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幻想徒然絵巻  作者: 日生
81/150

ミスコン

 イベントはすでに始まっていた。


 これを楽しみにしている人は多かったみたいで、会場は観客の生徒で溢れかえっている。


 そして運良くというか、天宮くんにとっては最悪のタイミングなのだけど、私たちが体育館に入るとすぐにマイクで『次は一年二組ぃっ!』と紹介の放送が入った。


 わあ、っと会場が湧く。


 ステージ上に現れたのは、黒髪ロングヘアの女の子・・・じゃなくて、カツラをかぶった天宮くん。


 光沢のある白のロングスカート、上はフェミニンな感じで可愛らしく、でもちらりと見える黒いパンプスがちょっと大人っぽい雰囲気。


 相手役のチカちゃんは髪をオールバックにして、一体どこから調達してきたのかわからない燕尾服を着こなし、二人手を取り合っているところはまるでお洒落なパーティの一場面のよう。


 見ないようにするという選択は、無理だった。


 すごくきれいです、天宮くん。


「うむ? あれが天宮の小僧なのか? 女にしか見えぬのう」


「よう化けておる」


「はにゃ~、わっちが化けるより美人でありんすよ~」


「あまみやのこぞうは、おんなでした?」


 妖怪たちは感心したような声を上げ、


「椿さんに似ているな。さすが姉弟」


「気色悪」


 龍之介さんはやっぱり椿さんの話になって、拓実さんはわざわざ見に来ておいてひどい言い様だった。


 ステージ上の天宮くんは始終動きが硬く、なるべく観客を見ないようにしているみたいだったけど、それですら場は存分に盛り上がった。


 天宮くんたちが下がった後も、私たちは残りのクラスの出し物を見た。単純に女装男装しているだけじゃなく、踊ったりコントみたいなことをしたり、普通に見ていても楽しかった。


 お狐様たちはそれらを肴に、どこからともなく取り出した酒瓶と猪口で一杯やり始めたりもして。


 そしてすべてが終了し、残るはグランプリを決めるのみとなる。


 何人かいる審査員が一番だと思った組を紙に書き、生徒会の人がその場で集計、即座に発表する。


『優勝は、一年二組っ!』


 おおおお、と歓声がまた上がった。


 やっぱり。みんなきっと私と同じことを思ったんだ。だって完成度高かったもの。あれを見た後では全部霞んでしまう。


「お、また出て来たぞ」


 天宮くんたちが舞台袖からステージ上に、もちろん男装女装のまま現れ、トロフィーを受け取りイベントは大喝采の中で終了した。


 ――のだけれど。


「すげええ天宮っ!」


「ねえ写真撮らせてっ!」


「こっちも!」


「可愛いーっ! こっち向いてーっ!」


 ステージを降りた天宮くんは、そのまま人の群れに囲まれた。

 クラスの人だけじゃない。見ていた人の多くが彼に殺到し騒ぎ立て、近づくことができない。


「な、なんか大変なことになってませんか?」


 盛り上がり過ぎて、すでに私のいるところからは天宮くんが人だかりで見えず、押し潰されてないか心配になる。


 でもその時、厚い人の輪から素早く抜け出す影があった。


 それは、たぶん天宮くんだった。髪が黒いから一瞬わからなかったけど、妖怪を相手にする時の本気具合で、人の隙間を縫い体育館を飛び出していく。


 みんな最初は唖然とし、けどすぐに誰かが「追え!」と叫んで、悪ノリした男子がけっこうな人数で追いかけていった。


 あ、天宮くん、大丈夫かな?


 ちょっと、なんとなく、心配になる。みんな異様に興奮しているし。


「すみません、ちょっと私も行ってきますっ」


「ユキ?」


 いてもたってもいられなくなり、私はまだ酒盛りを続けていたお狐様たちに断って、体育館を飛び出した。


 でも天宮くんはおろか、それを追いかけていった人たちの背中も見えない。


 どこに行ったのかな? 着替えは教室にあると思うけど、追いかけられている状況で直で戻るとは・・・。


 悩みながら、小走りに廊下を行く。


 向かった先は校舎の端っこ。案内の張り紙をしても結局全然人気のない美術室に繋がる、美術準備室の扉を開けた。


 他に思いつかなかったからここに来たのだが、果たして天宮くんは、いた。


 カツラを脱ぎ捨て、小さな水道でがむしゃらに顔を洗っている。あんまり激しくて水がスカートに跳ねてしまっていた。


 メークが完全に落ちるまで洗いきると、天宮くんはようやく顔を上げ、私に気づき目を剥いた。


「佐久間っ!?」


「は、はいっ、ごめんなさいっ!」


 反射的に謝ってしまう。


 天宮くんはぽたぽたと水滴が落ちるのをそのままに、


「・・・見てた?」


「ご、ごめんなさい。つい、成り行きで」


 正直に白状した。


 すると天宮くんは突然「あ~~っ」と叫び、上着を脱ぎだす。


「あああ天宮くん落ちついてっ! 大丈夫、大丈夫だったよ!」


 何が大丈夫なのかは自分でもわからないけど、着替えもないのにこんなところで脱いだらまずいだろうから、止めようとして駆け寄った。


 でも私が手を出す前に、天宮くんのほうで動きが止まった。


「っつ!」


「っ、どうしたの?」


「・・・引っかかった」


「え?」


 見れば、背中にあったファスナーに天宮くんの髪が絡みついていた。


 中途半端に下げきらないまま無理に脱ごうとしたから、ファスナーに髪が喰われちゃってる。

 半分脱ぎかけの状態で、天宮くんは動けなくなっていた。


「待って、今取ってあげる」


 下手すると髪を引きちぎってでもすぐに脱ごうとする天宮くんの手を押さえ、床に座ってもらい、私はエプロンのポケットからシャーペンを出した。


 彼の正面に膝をついて、芯を出さないペン先で一本ずつ髪をはずす。


 けっこうぎっちり絡まってしまっており、なかなか簡単には取れなかった。


「切っていいよ、髪の毛なんて」


 見えない布の下で、ふてくされたように彼は言う。


「ちょっとだけ待ってて、すぐに取るから。それに急いで脱いだって着替えは」


「逃げる途中で取ってきた」


 と言われて見回すと、ソファに天宮くんのリュックが放り投げられていた。中からは制服がはみ出している。


「冗談じゃねえ・・・最悪だ」


 布の下から、不機嫌な声はまだ止まらない。


「よ、よかったと思うよ?」


「よくねえよ全然。なんで女装なんか」


 心なし、天宮くんの口調はいつもより乱暴で刺々しい。

 どうやら本当に本当に嫌だったみたい。


 でも、怯むより先に、私の心には小さな疑問が生じていた。


「あの・・・どうしてそんなに女装が嫌なの?」


 そりゃあ好きではないだろうけど、彼の嫌がりっぷりは他の人より輪をかけて激しい気がする。


「ええと、何かあったの?」


 すると少しの沈黙の後、天宮くんは教えてくれた。


「・・・昔、よく女みてえだって、言われてたから」


「小さい頃?」


「そう。ものすごく屈辱的で、まるで俺自身弱くてなよなよしてるって、言われてるみたいで嫌だった」


「そんなことないよ」


 女の子みたいっていうのは、それだけ顔が整っていてきれいだということ。他意はないはずだ。


「天宮くんは弱くないもの」


 励ますつもりで言ってみたのだけど、天宮くんの反応があったのは、またしばらく沈黙が続いた後だった。


「・・・俺、上に三人もいるだろ?」


「え? うん」


「俺だけ年が離れてて、一番弱い。どんだけ修行しても、絶対あいつらのほうが先にいるんだ。だから何かあっても、俺だけ蚊帳の外だったり、足手まとい、だったりして・・・女みたいって言われると、守ってもらわなきゃならない弱い奴って、言われてるようで、それが本当に自分の現状に重なってて・・・悔しい」


 私は、つい、作業の手を止めてしまった。


 天宮くんが不意に教えてくれた気持ちが、けっこうな深い部分にあるものだとわかったから。


 女という言葉に、天宮くんは弱い者という言葉を重ねて見ているのかな。だから女装は嫌だったんだ。それは、守られなきゃならない弱い人が着る衣装だから。


「そっか・・・」


 天宮くんは、たぶん落ち込んでいるんだと思う。こんな格好が似合う自分が情けないと思ってるんだろう。


 何を言ってあげればいいのかな。どうすれば励ましてあげられるだろう? 


 それとも、いつも守られている弱い女の典型みたいな私が、何を言ったところで届かないかな。


 でも。


「――天宮くんは、とてもきれいな人なんです」


「・・・は?」


 せっかく天宮くんが心の内を少し聞かせてくれたのだから、この際恥は捨てて、変に思われても何しても、私が普段から常々思ってることを言ってしまうことにした。


「顔立ちもそうだし、性格も優しくて誠実で、そういうの全部まとめてきれいな人だなあと思います」


「・・・えっと」


 かなり唐突だったから、天宮くんは戸惑っているみたいだった。


「女装して大人気だったのは、天宮くんが単純にきれいだからです。きれいな人は何を着てもきれいなんです。弱そうとか強そうとか、そんなのは関係ないんです」


「・・・」


「私は、戦いのこととかはよくわからないけど、天宮くんが強い人だってことはわかります。だって天宮くんはいつも私を助けてくれて、私のお願いを聞いてくれるでしょう? 自分に余裕がないと人のお願いなんて聞けないと思うんです。余裕があるってことは、それだけ強いってことです」


 妖怪の絵を描きたいと言ったら、天宮くんは傍で見守ってくれる。

 お祭りに行きたいといったら付き合ってくれたし、迷子になったら迎えに来てくれた。


 自分が殺されかけた時でさえ、彼は決して私を見捨てなかった。


 その天宮くんが弱いと言うなら、強い人なんてこの世にはいない。


「椿さんたちも強いんだろうけど、天宮くんだって十分強いです。何度も何度も私は助けられて、たくさん迷惑かけて、それでも付き合ってくれて、私は、天宮くんの強さに甘えてばかりです。だから、もっと自分のことを認めてあげてください。天宮くんは全然、弱くないです」


 話しながら手も動かして、ファスナーから残りの髪をはずしていった。


「それに、こうして嫌々ながらだって、みんなのお願いを叶えてくれる天宮くんは、とてもかっこいいと思います」


 引っかかりをなくした服はするりと天宮くんの肩に落ち、ようやく彼の顔が見えるようになる。


「天宮くんは、強くてかっこいい男の人ですよ」


 可愛くても女の子みたいな顔でも、彼は誰より男らしい。

 いつも向上心を持って、自分に厳しく弱い者には優しい人だ。


 たとえ励ませなくても、せめて気が紛れるくらいの効果が、私の言葉にもあればいいな。


 天宮くんは目を見開いたまま、先ほどから動かない。何か言いたそうにも、ただ呆然としてるだけのようにも見えるけど・・・なんだろう。


 って、そうだ。ファスナーは取れたんだから、いつまでも見つめ合ってる必要なんてない。


 それに天宮くんの今の格好、半裸に近い。普通に向き合ってる場合じゃなかった。私、何してんだろ。


 色々と自覚したら急に恥ずかしくなって、顔が熱くなる。


「ご、ごめんっ、天宮くん着替えるよね? 外出てるねっ」


「・・・あ、うん」


 そそくさと廊下に出て、扉を閉める。

 それに寄りかかって、一つ、息を吐く。


 ・・・よく、思い返したら私、すごく恥ずかしいことをたくさん口走らなかっただろうか。


 なんとなく勢いで喋ってしまったけれど、天宮くんに気持ち悪がられなかったかな? びっくりしてるような顔だったけど・・・うぅ、やっぱりよけいなことは言わないほうがよかったかな。


 励ませたらなんて思ったけど、別に私に褒め称えられたからといって、自信になるわけもない。


 虫ケラ並に弱い相手に、あなたは強いですよとか言われても、まあねえ、って程度だろうし・・・だめだ、本格的に恥ずかしくなってきた。


 ああもう今すぐ消えたい。大体、よく考えたら私、思いきり呼び込みの仕事をさぼってる。


 でも、さすがに何も言わずにいなくなるわけにはいかないし・・・ああでもできればしばらく天宮くんと顔を合わせたくない。


 しかしやがて扉が開いて、制服に着替えた天宮くんが出てきた。

 もうすっかり元の彼だ。


「・・・お待たせ」


「う、うん」


 私と天宮くんはお互い視線を逸らし、沈黙。


 激しく気まずい。

 ど、どうしたらいいんだろう、この後。


「――いましたっ!」


 と、人気のない廊下に高い声が反響する。


 クラスの追手ではなく、お狐様率いる妖怪たちと、拓実さんたちだった。どうも、私を探して来たらしい。


 一気に賑やかになって、ちょっと、助かった。


「お? なんだ小僧、もう変化を解いてしまったのか?」


「・・・なんで狐どもまでいるんだ?」


「さっき、偶然会って」


 大集合の経緯を説明すると、天宮くんは軽く頭を抱えていた。


「煉くん、だったか。なかなかいいショーだったよ。これを」


 龍之介さんは胸ポケットに挿していたバラを天宮くんに恭しく差し出す。

 天宮くんはまるで毛虫でも見せられたみたいに、盛大に顔をしかめた。


「いらねえ」


「君にじゃない。椿さんに渡してくれたまえ」


「握り潰されるぞ」


「なんて激しい愛っ」


「違うだろ」


 身悶える龍之介さんに天宮くんは溜め息をつき、バラも受け取らなかった。

 そして私へは確認の視線をくれる。


「・・・こいつら全員、あれ見てた?」


「う、うん」


「・・・」


「よう似合うてござんしたよ天宮の旦那っ!」


「みなおしたです!」


「見事な化けっぷりであったぞ」


 猫又さん、アグリさん、一つ目入道さんの波状攻撃に天宮くんの背負う雰囲気がだんだん黒くなっていく。あああ・・・。


 皆さんがよかったよかったと執拗に褒めまくるから、天宮くんは今にも彼らを燃やしてしまいそうだ。


「普通に気色悪ぃ」


 ところが、拓実さんだけみんなの感想に反することを漏らす。そういえばステージの間も言ってたなあ。

 相当似合ってたと思うけど、拓実さんはなかなかどうして判定が厳しい。


 批判された天宮くんは、とはいえ似合ってると言われても嫌なためか、複雑そうな顔をしていた。


「ああいうのは、お前みたいなのが着るからよく見えるもんなんだろ」


「え」


 いきなり、拓実さんに水を向けられびっくりする。

 咄嗟に左右を確認したものの、やはり目線は私にまっすぐ向けられていた。


 女装は女性に似合うと言っても、すべての女の子の服が私に似合うわけじゃない。


 天宮くんの着てた服なんて、背が高くてスタイルもよくて、服に負けないくらいの顔がないと似合わないものだと思う。とてもじゃないけど私には無理。


「わ、私はあんなきれいな服似合わないですよっ。チビですし、スタイル悪いですしっ」


「そーか?」


 と、その時拓実さんがポケットに入れていた手を出した。なんのためらいもなく、ごく普通に伸ばされたので、私はまったくもって反応できなかった。


 毎度頭を掴んでくる大きな手が、今回は胸を掴んだことに。


「やっぱ見かけよりあるよな」


「っ!?」


 一拍遅れ、声なき悲鳴を上げる。


「もっと背筋伸ばして立てよ」


「っ、てめ何やってんだ!」


 天宮くんが間に割り込み、拓実さんの手を払いのけてくれたのだけど・・・。


 あまりのことに私は腰が抜けて、その場に座りこんでしまった。


「わお。やるね拓実」


「失せろ変態兄弟っ!」


「あ? 別にお前の女じゃねえんだろが。しゃしゃり出んなら手の一つも握ってから来いよヘタレ野郎」


「~~てめえ殺すっ!」


「修羅場じゃ修羅場じゃっ」


「こら小僧ども、勝手に争うな。ユキは生半な男には渡さぬぞ」


「佐久間様ぁ~、元気出しておくんなんし。服の上はノーカンでありんすよ」


「あんなの、いぬにかまれたのとおんなじですっ。わすれるのですっ」


 静かな廊下に、怒声や笑い声が響き渡る。


 私はただひたすらに余裕なく、もはや周りが何を言っているのかも聞こえていなかった。

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