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幻想徒然絵巻  作者: 日生
80/150

文化祭

 気持ちよく晴れた秋の日に。


 空高く青が澄み渡り、暑過ぎず寒過ぎずの絶好の天気のもとで、ある時は準備が間に合わないかと焦った文化祭は無事、幕を開けた。


 開会セレモニーが体育館で行われた後、生徒はそれぞれ部活やクラスのお店に散って、一般の方々の入場が始まった。

 近所からたくさんの人が詰めかけているなか、私はと言えば、


「い、一年二組、ねこ・・・猫喫茶でーすっ。どうぞ、寄って行ってくださー・・・い」


 お店の名前を書いたプラカードを持ち、校門と校舎の間で呼び込みをしていた。


 このあきらかなミスキャストはひとえに人手不足の賜物。

 部活のほうにも顔を出さなきゃいけない人が多く、調理担当でもない暇な私にこの役が回ってきたのだ。


 正直こういうのは苦手なのだけど、恥ずかしがってぼそぼそ言っていてもしかたないので、十回に一回くらいはがんばって声を張り上げる。


「い、一年、二組っ、喫茶店、やってます! ぜ、ぜひ寄ってくださーい!」


「ぜひ寄らせてもらおうか」


「ひ!? あ、はいっ」


 横合いから思わず声をかけられて、見やればそこに、にこにこしている男性がいた。


 やや彫りの深い派手な顔立ちに、お洒落なスーツ姿で、なぜか手に一輪のバラを持っている。


「あ、あれ? 龍之介さん?」


「その節はどうも」


 古御堂龍之介さん。顔も性格もあんまり似てない、拓実さんのお兄さんだ。


「可愛らしい格好をしているね。それは猫かい?」


「は、はい、そうです」


 上は学校指定のシャツだけど、頭に猫耳を縫い付けたバンダナを巻き、スカートには尻尾を安全ピンでつけている。


 あと喫茶店なのでエプロンも。このほうが可愛いからって、沙耶にスカートをいつもより短めに直され、ちょっと落ちつかない。


「猫喫茶です。あ、本物の猫はいないんですけど」


「それは楽しそうだ。ところで椿さんは来ていないのかい?」


「椿さん、ですか?」


 そういえば龍之介さんは天宮くんのお姉さんの椿さんが好きなんだったっけ。

 あまりに好き過ぎて私を人質に取り、交際を迫ったあの騒動は記憶に新しい。


「見かけてませんね」


「来る予定は?」


「特には、聞いてないです」


 天宮くんに誰か見に来るのか聞いてみたことがあったけど、女装があるためか絶対に教えないと言っていた。ちなみに私の家も、両親とも都合がつかず来れない。


 椿さんが来ないらしいとわかると、龍之介さんは残念そうに肩を落とした。


「そうか・・・ま、仕方がないか。彼女も忙しいのだろう」


 言いながらバラを自分の胸ポケットに挿す。

 もしかして、椿さんがいたら渡すつもりだったのかな。


「では弟の様子でも見て帰るとするか。――佐久間さん、もしお邪魔でなければ拓実のクラスまで案内をお願いできないだろうか。もちろん、君のクラスにも後で寄らせてもらうよ」


「あ、はい。こちらです」


「ありがとう」


 うーん、やっぱり龍之介さんって普通にしてれば紳士的なんだよね。


 椿さんにもあんな猛烈に迫らないで、今みたいに接したほうが好印象なんじゃないだろうか。いや、まあ、恋愛経験のない私が生意気に言えることじゃないですが。


 何はともあれ、龍之介さんを先導して拓実さんのクラスに向かう。


「先日は拓実が迷惑をかけたね」


 その途上で、龍之介さんが不意に切り出した。


「妖怪退治の仕事を無理やり手伝わされたそうじゃないか。君は祓い屋ではないというのに、申し訳ないことをした」


「いえっ、怪我もなかったですし、拓実さんのおかげで素敵な人を描くことができました」


「あぁ、報告を聞いたよ。かつての姿を絵に描いて、鬼を人に戻したそうだね。君は本当にすごいな」


「え? そんな、私は何も」


「いや、これはすごいことなんだよ。人が鬼になってしまったら、どんな優秀な祓い屋でも元には戻せない。そんな術はないからだ。・・・だからこそ、君の存在は異質と言える」


「・・・え?」


「拓実は君の不思議な力を確かめようとしたんだろうね。一見乱暴だが、なにげに頭は僕より回るんだよねえ」


 龍之介さんはしみじみと言っていた。


「疑り深くて、なんでも自分の手で確かめないと気が済まない、面倒な性格なんだ。本当に、君はただ絵がうまいだけの少女なのか、天宮と特別な因縁はないのか、確かめようとして何度もちょっかいを出していたんだよ。ま、君を問い詰めても埒が明かないという結論には、至ったようではあるがね」


「――」


 指摘されたその疑問が、また胸の内に蘇る。


 なぜ、私の描く絵には不思議なことが起こるのか。今まで理由を追究してこなかったのは、誰に尋ねてもわかることではない気がしたから。深く考えるのをやめてしまっていた。


 でも拓実さんに問い詰められてから、知らないままでいることが最近は少し不安に思うようになっている。


 もし、不思議なことの理由がわかれば、天宮くんたちに迷惑をかけないで済む方法が見つかるかもしれない。

 だったら私は追究するべきなんじゃないのかな?


 ついこの間も、北山の封印場所に迷い込んでいた記憶を思い出したばかりだ。

 もし私と天宮家との間に、実はまだ知られていない繋がりがあるのだとしたら。この力に、由来があるのだとしたら。


 自分で自分のことを、もっとよく知るべきなのかもしれない。


 でも今すぐにはどうしようもない。神を奪い去れることは誰にも言わないでいるしかない。妖怪にも、人にも。


 天宮くんたちには敵が多い。人であっても、古御堂家は天宮家が滅ぶべきと考えている。

 私の力を知ったら、龍之介さんや拓実さんは、利用しようとするのだろうか。


「そんなに不安そうな顔をしないでくれたまえ。僕自身は君に何があるとも思っていないんだ」


 声をかけられ、我に返った。

 つい、龍之介さんをじっと見つめてしまっていたのだ。


「何も言わなくていいよ。僕は君が何者であっても構わない」


 龍之介さんは胸に挿したバラを愛おしそうに指先でなでた。


「僕は椿さんがしてくれた説明で納得している。君はあの弟くんの修行に使われているだけで、それ以上でも以下でもない。実際、君はなんの力もない普通の子だ。どんな秘密があるようにも見えないね。拓実は考え過ぎだと本気で思うよ。――だが」


 その時、龍之介さんの表情に陰が落ちた。


「もし拓実のほうが当たりで、君には重大な秘密があり、君を利用することで天宮に打撃を与え、利をもたらすことができるのだとしてもだ、僕はそれを知りたいとは思わない。むしろ、知りたくない。理由は、言わなくてもわかってくれるね?」


「・・・あ」


「僕もこれでなかなか苦しい立場なんだよ。家も大事だが、椿さんの敵にもなりたくないんだ」


 困ったもんだよ、とそれでも明るく笑っていた。


「――っと、要するに、僕が言いたいのはだね、我々は決して君を敵視しているわけではない、ということなんだよ。拓実は乱暴だし顔も怖いが、根はわりといいやつだから、ぜひ仲良くしてやってくれたまえ」


 ぽんと肩を叩かれた。


 そっか。龍之介さんも《お兄さん》なんだ。

 一人で動き回っている弟さんのことを心配しているんだ。


「ぜひ、仲良くさせてくださいっ」


 笑顔で、私も答えた。


 拓実さんは悪い人ではないと思う。もちろん、龍之介さんも。完全に天宮家の敵というわけじゃない。


 みんな、同じ人なのだ。それぞれに想いを抱えてる。家の問題はひとまず置いといて、私はそれぞれと交流を深めていけたらいい。


 拓実さんのクラスに着くと、教室の前はたくさんの人が並んでいた。どうやらお化け屋敷は大盛況のようである。


「拓実は中にいるのかな? しかしこれに並ぶのは骨だなあ」


「お化け屋敷、人気なんですね」


 子供から大人まで色んな人が列に並んでいる。

 お店の休憩の合間に遊んでいるのか、着物などちょっと変わった格好の人もいたりして――って。


「お狐様!」


「む? おお、ユキ。ここにおったか」


 古風な着物姿の男性がいると思ったら、人に化けて、でも白金色の長髪だけはそのままのお狐様だった。

 その肩の上には「ユキさま!」と今日も元気で可愛い、お狐様の従者のアグリさんもいる。


「一つ目が今日はそなたが催す祭りがあると言っておったのでな、見物がてら会いに来たぞ」


「そ、そうだったんですか・・・あの、お狐様、お化け屋敷に入るんですか?」


 お化けがお化け屋敷に入るって、どうなのだろう。お狐様も驚いたりするのかな。


「? ようわからぬが、あの壁にあるはそなたの絵であろう? 中にそなたがおるのやもと思い入ろうとしたが、入口の小娘に並ぶよう言われたゆえ並んでおった。だが会えたならもうよいな」


 と、あっさり列を抜ける。

 それにしてもちゃんと言うこと聞いて並んで待ってるなんて、お狐様は妖怪なのに常識があるなあ。


「知り合いかい?」


 私たちの様子を見ていた龍之介さんは首を傾げている。


「あ、はい、こちらは」


 紹介しようと振り返ったら、くん、とスカートを引かれた。

 いつの間にか、背後に現れた拓実さんが私の尻尾を無表情に掴んでいたのだ。


「わ、あっ!」


「てめえ他所の店の前で客引きかよ」


 さっそく怒っているらしく、尻尾をぐいぐい引っ張ってくる。


 別に痛くはないけれど、尻尾はスカートに付いているわけで、だから上に引っ張られるとただでさえ短めのスカートがめくれそうになるわけで・・・。


「し、尻尾、放してもらえませんか?」


 片手でスカートの端を押さえつつ懇願するが、拓実さんは無表情のまま。


「却下」


「ええ? あ、あの私、客引きじゃなくて龍之介さんを案内して来ただけでしてっ」


「見りゃわかる」


「え、あれ?」


 じゃあどうして尻尾引っ張るんですか・・・?


「拓実。あまり女の子をいじめるものではないよ?」


「・・・ふん」


 幸い、龍之介さんに言われて拓実さんは尻尾を放してくれた。


 はあ、よかった。たぶんめくれてはなかった、よね?


「ユキが天宮ではない祓い屋と一緒にいるのは珍しいな」


「あ?」


 お狐様の呟きに、拓実さんが反応してそちらを見た。


「なんだ? てめえ、妙な気配しやがるな」


「ふむ。生意気さは天宮の小僧と大差ないな」


 お狐様は睨まれてもどこか楽しそうだった。対する拓実さんはとても不機嫌そう。


 私は険悪な空気になる前に、慌てて両者の間に滑り込んだ。


「お二人ともっ、こちらは西山のお狐様とアグリさんですっ。お狐様、こちらは祓い屋の古御堂龍之介さんと拓実さんのご兄弟ですっ」


「きつね? まさか西の九尾狐かい? 大妖怪じゃないかっ」


「古御堂の者であったか。なるほどな」


 龍之介さんが驚き、お狐様は納得したように頷く。拓実さんは眉をひそめ、アグリさんは話に興味がないのか私に抱っこを求めてきた。


「九尾狐がどうしていやがる」


「むろん、友に会いに来たのだ。なんぞ問題でもあるか? 祓い屋よ」


 拓実さんが訝しげにこちらを見たので、私は大きく頷いた。


「お狐様は私の大切な友達ですっ」


「・・・」


「そういえば、君は妖怪たちにとても好かれているという話だったね」


 龍之介さんが言った時、


「佐久間さまぁーっ♪」


「おおユキ、ようやっと見つけたぞっ」


 猫又さん、一つ目入道さんが廊下の向こうから走ってきた。


 猫又さんは本来の三毛猫姿で、ぴょいとアグリさんを抱っこしている私に飛びつき、器用にそこに留まった。


「猫又さんっ。よかった、ご無事だったんですね」


「佐久間様も、死んでなくてようござんした」


「このねこ、なんですか? じゃまなのです」


「ぎにゃあ!」


 アグリさんに突き飛ばされて、落ちる猫又さんを途中で一つ目入道さんがキャッチ。


「なんじゃこのガキは!? 佐久間様に己だけ抱っこされるとは生意気なっ!」


「はやいものがちなのですっ」


「これこれ、ユキを困らすでない」


 しゃーっと牙を剥く猫又さんを落ちつかせるように、一つ目入道さんが頭をなでてあげている。


 日中の人のお祭りで、いつの間にか私の周りには妖怪がいっぱいだ。

 ここに来てくれたのはみんな、私の大切な友達。


「・・・やっぱり君は普通の子ではないのかもしれないね」


 妖怪たちに囲まれている私を見て、龍之介さんがぽつりと言った。


「類は友を呼ぶというからね。僕らも含め、君は色々とおかしなものを引きつける子のようだ」


「は、はあ」


 なぜかちょっと嬉しそうに、龍之介さんは笑顔だった。


「ところで、なんで天宮はいねえんだ」


 拓実さんが気づいてしまうと、他の皆さんもああそういえばと私に説明を求める視線をくれる。

 私と天宮くんはセットでいるイメージなんだろうか。


「あー、っと、天宮くんは今、お取り込み中でして」


「何かあったのかい?」


「いえ、大したことではないんですが」


 すると、拓実さんが「あ」と声を上げた。


「わかった、あれだろ。男装女装大会」


 ずばり当てられ、私は咄嗟の言葉に詰まる。

 すると龍之介さんが思い出したように手を打った。


「ああ例のミスコン。女子が男子の、男子が女子の格好をして出し物をするんだったっけ。僕の時代にもあったが、まだ続いていたのか」


「ちょうど体育館でやってる頃だな」


「それに彼が出るわけか。よし、ここは見に行ってあげようじゃないか」


 ノリノリで龍之介さんが歩き出す。


 それを聞いたお狐様たちも、どうやら話を断片的には理解できたようで、


「む? つまりはあの小僧が女装しておるのか? 奴にはそんな趣味があったか」


「い、いえ違うんですお狐様っ。天宮くんは無理やりやらされてるだけでっ」


「なんにせよおもしろそうだ。者ども行くぞっ」


「おー!」


 お狐様の号令で、ぞろぞろと妖怪の皆さんも行ってしまう。


 それを止めるべきかどうなのか判断しかねていると、先へ行っていた拓実さんが振り返った。


「お前は行かねえのか」


「あ、わ、私は、見ないでくれって言われてて」


「あいつに?」


「はい」


「じゃあ行くぞ」


「あれ!?」


 話の流れが掴めないまま、拓実さんに頭を掴まれ、体育館まで連行された。

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