表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想徒然絵巻  作者: 日生
8/150

屋上の尋問

 今朝は家を出るのが遅くなってしまった。頭が混乱してなかなか眠れなくて、明け方にようやく少し眠れただけなのでかなり寝不足。


 トートバッグの中には例のスケッチブックが入っている。家に置いたままにしておくのがなんとなく不安で持って来た。


 でも持ち歩くのも正直、怖い。妖怪かどうかすらよくわからない、相手は得体の知れないモノなのだ。


「ユキ! 大丈夫?」


 目をこすりながら教室に着くと、沙耶がすでに席にいた。


「メールにも返信ないから心配してたんだよ?」


「え? ご、ごめん」


 昨日は携帯をチェックする余裕もなかった。先生方と同様に、沙耶にも大変心配をかけてしまっていたらしい。


「ごめんね。でも大丈夫だったから。ほんとごめん」


「いいけど、なんだったの? 貧血?」


「う、うん。そんな感じ」


 曖昧に答えて席に座ると、


「佐久間」


 背後から低い声がした。


 振り返ると、知らない男子生徒が立っていた。眠たそうな目をして、ポケットを両手に突っ込んでいる。誰かに似ているような・・・?


 ――違う。


 気づいた瞬間、全身が凍りついた。


 そこに居るのは全然、知らない人なんかじゃない。絵にまで描いたんだから間違えない。


 その人は、絶対に天宮くんだ。


 なのにその髪は、まっ黒だった。


「今日の放課後、付き合って」


 返事は聞かずに天宮くんはさっさと自分の席に行ってしまう。


 私は呆然と、その黒い頭を見つめていた。


「ね、ねえねえっ、何があったの?」


 沙耶に袖を引かれた。そちらには、なぜかきらきらと輝く瞳がある。


「放課後付き合えってなに? まさかユキ、天宮くんと?」


「っ、ち、違うよ!?」


 なにか誤解されそうになっているのを察し、慌てて否定する。


「違くて、そういうんじゃなくて、何か話が」


「え~? それ告白されるんじゃない?」


 にやにや~っと沙耶の顔に怪しい笑みが広がった。


「だからそういうのじゃなくて、たぶん、あの・・・」


 昨日のこと、だろう。


 だってそれ以外にこのタイミングで、天宮くんが私に声をかける理由がない。でも、それにしても・・・。


「・・・ねえ。天宮くん、髪、急にどうしたのかな」


「髪? 髪がなに?」


 沙耶は、きょとんとしている。


「なにって、ほら、黒になってる」


「え? もとからそうじゃん?」


「っ・・・」


 私はここでやっと、ようやく、気がついた。


 どうして先生方は天宮くんの髪色を注意しないのか。どうして誰も、そのことには触れようとすらしなかったのか。


 理由は簡単。みんなには天宮くんの髪が黒に見えていたから。


 彼の髪を緋色だと思っていたのは私だけだったんだ。


 私だけが、見えていたんだ。


「ユキ? どうしたの? 顔色悪いよ?」


「・・・ううん、大丈夫」


 沙耶になんとか答える間も、内心は恐怖で凍りついていた。天宮くんが何者なのか本当にわからなくて、怖かった。


 その日の天宮くんはほとんどいつもと変わらない様子で、ずっと机に突っ伏し、朝以来まったく話しかけてくることはなかった。


 放課後になるまでは。


 クラスに割り当てられていた空き教室の掃除当番を終えて、自分の教室に戻って来ると、すでに荷物を持ち、彼は私の席で待っていた。


「付いて来て」


 拒否権は、ない。


 私も鞄を持って、彼の後に大人しく付いて行く。本当は逃げたくてたまらなかったけど、そのほうがもっとおそろしいことになる気がした。


 着いた先は屋上。立ち入り禁止で鍵がかかっているはずなのに、ドアノブを回すとあっさり開いて青空の下に出られた。


 天宮くんは先に私を通し、自分は後から入った。


 振り返り、閉めた扉を背に立つ彼を見て、これは、逃げ道を塞がれたんだと悟る。


「・・・まどろっこしいのは苦手だから、単刀直入に訊くけど」


 足元に鞄を落とし、天宮くんが口火を切った。


「あんた何者だ?」


 まさかの質問。


 私のほうこそ、天宮くんを何者だろうと思っているのに。

 予想外の事態で、何も言葉が出てこなかった。


 その沈黙を彼はどう取ったのか。


 眠たそうだった目がほんの少し、鋭くなった。


「なんのつもりで神を奪った」


「・・・は」


 一歩、天宮くんが近づく。私は足が竦んで動けなかった。


「答えろ。何者だ」


 また一歩詰め寄られて、彼が作る影の中に入ってしまう。


 私は混乱しっぱなしで、もはや何を尋ねられているのかすらわからなくなった。


 ただ少なくとも、天宮くんが怒っているようだという雰囲気は感じられる。きれいな顔が今はとても怖い。


「何を企んでいるか知らないが、早く返せ。さもなくばその身は天宮が滅ぼすぞ」


「っ――」


 瞬間、私は両膝を地に付けた。


「ごめんなさいっっ!」


 土下座よろしく、コンクリートに額を打ちつける。わけはわからないけれど、とにかく、命乞いをするほかないと思った。


 涙がわっとあふれ出し、口が勝手にまくし立てる。


「ごめんなさいすみませんほんとに、申し訳ありませんでしたっ! よ、よくはわかりませんが、すみませんっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」


 命だけはどうか、という気持ちを込めて謝罪を連呼する以外に、言葉が見つからなかった。


 泣きながら土下座している私の姿は、きっと傍から見たらかなり惨めなものだろう。でもなりふりなんて構っていられない。


「あー・・・っと」


 しばらくし、何やら困っているような声が頭上から降ってきた。

 続けて、肩をぽんぽん、叩かれる。


 おそるおそる、わずかに頭を上げると、しゃがんだ天宮くんが、なんだか罰の悪そうな顔をしていた。


「その・・・なんか、ごめん」


 唐突な謝罪。表情を見る限り、先ほどのように怒ってはいない。


「一応確認するけど、人間、だよな?」


 とても基本的なところから、今度は優しい尋ね方だった。ぐずりながら頷くと、さらに質問が続いた。


「佐久間は祓い屋?」


「・・・? な、んですか、それ」


「妖怪退治をする家の者か、って、その様子じゃ違うよな」


 天宮くんは一人で納得してしまう。


「そもそも、天宮のことは知ってる?」


「天宮くんの、こと、ですか?」


「いや、俺じゃなくて俺の家。・・・もしかして何も知らない?」


 ひたすらに困惑していると、天宮くんは考え込んでしまった。


「――あのさ、昨日俺が寝てる間に何があったのか話してくれるか?」


 ややあってそう言われ、私は、トートバッグの中から例のスケッチブックを出した。あの絵を見せ、言われた通り昨日の出来事を覚えている限りで、余さず話す。


 天宮くんは絵を見てものすごく驚いていたけれど、私の話が終わるまで黙って聞いてくれた。


「つまり、佐久間は絵を描いただけってことか」


「はい・・・」


 今の天宮くんはあぐらをかいて座り込み、絵に見入っている。


 この頃には私も涙がおさまって、少しは冷静さを取り戻せていた。


「確かに宿ってるな・・・こんなこと一体どうやったら・・・」


 何かつぶやいた後で、天宮くんはこちらを見た。


「なあ、これからうち来れる?」


「え」


 うち? うちって、ええと、誰のおうち?


「てかごめん、連れてく。もし用事があるんなら今ここで連絡なりして」


「・・・用事は、特にないです、けど」


「じゃあ一緒に来て」


 言うが早いか天宮くんは立ち上がり行ってしまうので、慌ててスケッチブックをしまい、後を追った。


「あ、あのっ」


 さっさと足を進める彼に、思いきって声をかける。


 私のほうはまるで状況を理解できていない。どうしてこれから天宮くんのおうちへ行くんだろう。

 結局のところ天宮くんは何者なんだろう。


「事情は全部家で話す」


 私の胸の内を悟ってくれたのか、天宮くんが歩きながら半身振り返った。


「あと一応は俺も人間だから、怯えなくていいよ」


 そう断りを入れるのは、危害を加えるつもりがないと言いたいからだろうか。どちらにせよ、事情を知るためには付いて行くしかない、のだろう。


 でも妖怪のところに行くわけではないのに、歩いている間なぜだかずっと、おじいちゃんの失われた左腕の光景が、頭から離れなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ