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幻想徒然絵巻  作者: 日生
79/150

最後の尋問

 かたたん、かたたん、と規則的に揺れる音がする。


 うっすら目を開くと、蛍光灯の明かりが飛び込んで来た。


 でもそれ以上はよくわからない。なんだかとっても心地良く、起きてしまうのがもったいないような気がした。


 傍にとても落ちつく何かの存在があって、たぶん私はそれに寄りかかっているのだと思う。


 できることなら、ずっとずーっと、こうしていたい。

 永遠が無理でも、せめてあともう少しだけ――


「・・・佐久間? 起きた?」


 静かな声が頭の上から降ったと同時、意識を完全に呼び覚まされた。


 あれ、もしかして私が寄りかかってるのって――天宮くん?


 即座に飛び起き、目をちゃんと開けばそこが電車の中であるとわかる。左隣に天宮くんが座っていて、そして――


「よぉぉやくお目覚めか」


 ぎりぎりと、正面からすごい力で頭を絞められた。


 指がこめかみや頭のいたるところにめり込むのかというくらい、激しく痛い。


「動くなっつったよなあ? 人が苦労して張った陣をなに壊してよけいなことしくさってくれてんだおい」


 頭を押さえつけられているから顔が見えないけれど、掴まれる一瞬前に見えたのは間違いなく拓実さんである。


「っい、ご、ごめんなさっ」


「やめろ!」


 すぐに天宮くんが拓実さんを引き離してくれて、助かった。

 拓実さんは、どっかと私の右隣に座る。


「おい来んなっ」


「どこに座ろうが勝手だろ」


 口論が私の頭の上を飛び交う。

 一両しかない車両で、他に人がいなかったため二人とも声の大きさに遠慮がなかった。


「あ、あの、私はどうしていたんでしょうか?」


 睨み合いを続ける二人に挟まれ、大変恐縮だったけど、これだけは訊いておかねばならない。実を言うと、竹林の中にいた時までの記憶しかなかったのだ。


 すると天宮くんが先に睨み合いをやめて、教えてくれた。


「あの後すぐ気を失ったんだよ。鬼の瘴気にあてられたんだと思う。どっか具合悪いとこない?」


「あ、うん、大丈夫です」


 強いて言うなら、さっき拓実さんに握り潰されそうになった頭が痛いかな。

 他は全然、いつも通りだ。


 窓の外はすでに真っ暗。

 気を失ったまま私は運ばれて今、ようやく目が覚めたということらしい。


「ごめんなさい、面倒をかけてしまって・・・」


「佐久間が謝ることじゃない。もとはと言えば古御堂のせいだ」


 再び天宮くんが睨みつけるが、拓実さんは正面を向いて無視していた。


「お前は一体どういうつもりだ」


 反応のない拓実さんに、なおも天宮くんは問い詰める。


「佐久間はお前のせいで死ぬところだったんだぞ。天宮への嫌がらせなら直接来い。祓い屋どうしの諍いに佐久間は関係ない」


 すると拓実さんが目線だけ、天宮くんのほうを見た。


「こいつがなんで霊力もなしに色んなモンが見えんのか、なんでこいつの絵には妙な力があるのか、お前は知ってんのか?」


 逆に問われ、天宮くんは言葉を詰まらせる。


 霊力というのは妖怪を見たり、祓いの術を使ったりするための力。

 私にその力がないとは、前にも言われたことがある。


 天宮くんのお母さんの綾乃さんには、私が異質なものを捉える感覚を持っているから見えるんだろうと言われ、それで納得していたことだった。


 ただ、絵については、よくわからない。天宮くんに宿る火の神様や、夏休みに会ったキの神様など、どうして私の絵には神様が宿るのか。

 それだけ才能があるんだなんてことも言われたけど、実はちょっと自分では信じ難く思っている。


 拓実さんの視線はこちらにも向けられ、でも私も天宮くんと同様に答えられない。

 今度はごまかしではなく、本当に説明できないから。


 拓実さんはまた正面に顔を戻した。


「わかった。本気でお前らはなんも知らねえんだな」


 キキーっと甲高いブレーキ音がして、電車が止まった。

 ボタンでドアを開け、降りる間際に、拓実さんは私の携帯を投げて返した。


「もうお前らに用はない」


 それだけを言い残し、拓実さんは夜闇の中へ去って行く。


 今後、関わる気はないということだろうか。

 安心していいはずなのに、なぜか、言い知れぬ不安が胸中に渦を巻く。


「・・・帰ろう」


「・・・うん」


 帰路につく私と天宮くんの間を、冷たい夜風が吹き抜けた。





 ❆





 哀しい鬼との出会い、そして拓実さんの謎の言動はしばらく私の中で考え込む原因となった。


 けれど、そんなのおかまいなしに時間は進み、文化祭の日が迫るにつれ忙殺される。

 準備は最後の仕上げ段階に入り、その日の放課後も私は教室で看板づくりに精を出していた。


「よぉ」


「ふわっ!?」


 看板の細かいところに色を置いている最中、いきなり後ろから頭を掴まれた。


「え、た、拓実さん?」


 他のクラスの人もたくさんいるのに、拓実さんはまるで躊躇なく入って来られた。

 教室内はてんやわんやの騒ぎだったから、それに気づいたのは一緒に看板づくりをしている人たちだけだったけれど、みんな大柄な先輩に目を丸くしていた。


「来い」


「あ、ちょっ――」


 以前のように引きずられ、さらわれる。


 もう私に用はないんじゃなかったっけ、と心の中で首を傾げていたら、連れて行かれたのは校外ではなく、B棟の上級生の校舎、二年生の教室だった。


 そこでも私のクラスと同じように、みんなでわいわい文化祭の準備をしている。


「お? 誰だその子」


 クラスの人が訝しげな顔をしている前へ、拓実さんが投げるように手を放してくれたので、私は床にこけてしまう。

 拓実さんは隣にしゃがんで、目の前に敷かれたダンボールを指した。


「妖怪の絵を描け」


「・・・へ?」


「なんでもいいから描け。俺んとこお化け屋敷やるんだよ」


「・・・えっと?」


「だから、飾り付けるように妖怪の絵を描けっつってんだよ」


 苛々とした口調で再度言われ、ようやく理解する。


 つまり、準備を手伝ってほしいということ?


「わ、私が描いていいんですか?」


「どいつもこいつも絵心ねえからな」


「あーひでえっ、拓実だってねえくせに!」


 先輩方は、拓実さんにけらけら笑いながら言い返していた。


「だからこいつ連れて来たんだろーが」


「その子なんなの? 拓実の彼女?」


「見た感じ一年生だろ? 可哀想に、拓実に脅されたんだー」


「脅してねえ。お前はさっさと描け」


「は、はいっ」


「脅してるじゃん!」


 やいのやいのと遠慮のない会話が飛び交う横で、スプレーや絵具を借り、頼まれた絵をいくつか描いてみた。


 私も自分のクラスが終わってないから、ちょっとだけ急ぐ。


 お化け屋敷といえば定番の化け提灯や幽霊、お墓に井戸、あとリクエストがあったので落ち武者などをぱぱっと描き上げて切り抜き、スプレーで色を付ければ完成。


 線を簡略化して、あまり凝った絵にはしなかったのだけど、先輩たちは「おお!」とかなり大げさに驚いてくれていた。


「すげえな拓実の彼女!」


「え? あ、いえ、私はそういう者ではなく・・・」


「あれ、違うの? なんだよおい拓実ー」


「俺は一言も言ってねえ」


「あ、あの」


 お友達どうしで笑い合っているいるところに、おずおず申し出る。


「他にご用がなければ、私も自分のクラスの準備に戻りたいんですが・・・」


 放っておくと先輩方の会話には終わりがないような気がした。

 拓実さん、怖い方だと思ったけど、クラス内ではけっこう打ち解けているんだなあ。ちょっと意外。


 先輩方は、「そっかごめんね!」「ありがとね!」「助かったよ!」と気さくに言ってくれて、無事に私は解放された。


「待て」


 教室を出ようとして、また拓実さんに頭を掴まれた。でもすぐに手が離れる。


 頭の上に何か乗っているような感じがし、取って見ると四角い小さなガムだった。よく駄菓子屋さんで売っているのを見かける、一個十円のやつ。


「この間の報酬だ」


「・・・ほうしゅう?」


 この間、というと、あの竹林でのことを指しているのだろうか。


「よけいなことしやがったから減給だ」


 そうしてなぜか、ぎろりと睨まれた。


「弱ぇくせに無茶すんな馬鹿」


 拓実さんの口調は怒っているし、怖い顔をしているけれど・・・なんだかあんまり怖くなかった。


 だって、無茶するなって、それってまるで心配したと言っているみたい。


 考えてみれば、結局拓実さんは天宮くんを呼んでくれたし、ぎりぎりでも鬼から助けてくれた。

 そうだ、最初に出会った時だって、妖怪に通せんぼされているところを助けてくれたんだ。


 少し怖いところもあるけど、拓実さんもやっぱり、人の命を守る立派な祓い屋なんだ。


「・・・ごめんなさい。それと、ありがとうございます」


 自然と笑みが浮かんでしまったからだろう。

 拓実さんはそんな私を口をへの字にしてさらに睨む。


「お前に礼を言われる筋合いはねえ」


「いえ。拓実さんのおかげで素敵な絵が描けました」


 今ではよかったと心から思う。あんなに美しい人を描けて私は幸せだった。全部、拓実さんのおかげだ。


「・・・あっそ」


 拓実さんはそうして興味も失せたように背を向け、お友達のところへ戻っていった。


 それに一度だけ頭を下げて、私もクラスに戻る。



「っ!」


「わ!」


 教室に入ろうとした時、ちょうど出て来た天宮くんと危うくぶつかりそうになった。


「佐久間っ、無事か?」


 なぜか焦っている天宮くんに肩を掴まれて、ちょっとびっくり。


「ど、どうしたの?」


「古御堂みたいな奴に連れてかれたって、聞いたんだけど」


「あ、うん。でもね、文化祭のお手伝いをしただけで何もなかったよ。それとこの間の報酬に、ってガムをくれたの」


 現物を見せたら、天宮くんは一転、拍子抜けしたような、唖然としたような顔になった。


「? あれ、天宮くん、なんか唇が赤い・・・?」


「あっ」


 ふと気づいて指摘すると、天宮くんはぱっと袖で口を拭った。

 もしかして、


「口紅? メークもするの?」


「む、無理やりされたんだっ」


 天宮くんは愛想がいいほうではないけど、頼まれると断れないところがあるから、嫌々ながらも女の子たちにされるがままだったんだろうなあと思う。

 そんな光景を想像すると、本人には悪いが微笑ましい。


「そういえばどんな衣装になったの? チカちゃんはスーツみたいなのだったけど」


「・・・佐久間は見ないで」


 天宮くんは口に袖を押し当てたまま、もごもご言う。


「当日も、だめだ」


「え?」


「ぜっったい見るなよっ!」


 いつになく強い口調で言い放ち、天宮くんは私の横をすり抜けどこかへ走って行ってしまった。


 ミスコンは、別に全校生徒を強制的に集めてやるわけではないから、見に行かないという選択肢も確かにあるけど・・・み、見たいんだけどなあ。


 やっぱり、普段関わりのある相手に女装は見られたくないのかな。本人にあんなに拒否されたらさすがに行けない。


 そこはとっても残念だったけれど、私はようやく気持ちが上を向き、屈託なくお祭りを楽しもうという気分になれた。

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