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幻想徒然絵巻  作者: 日生
75/150

両面岩

 そこは、小さな物置部屋のような場所だった。

 板戸の隙間から明かりがかすかに漏れて見える。


 そっと板戸を開けた天宮くんの後に続き、部屋を出る。

 すると、無数の蝋燭に照らされている広い空間があった。


「――・・・」


 ゆっくり中央に進み出ると、奥の一段高くなっている場所に、大きな岩がそびえていた。


 左右を向いている人面が二つ、彫り込まれている岩だ。紙垂(しで)が差し込まれたしめ縄が回されていた。


 岩の横には、到底人が扱える大きさではない二本の剣と、同じくらい大きな矢と矢筒、それに弓がきれいに並べて立てかけられていた。


 私たちの後ろの扉は開け放たれ、下へ続く階段がある。

 逃げることは、たぶんそこからできるだろう。


 だけど今は逃げ道よりも、目の前の人面岩に惹きつけられてしまう。


 またしても私の中には不思議な懐かしさが湧き起こった。


 ――知っている。確かに私はこの岩を見たことがある。

 ずっと、昔のことだ。


「・・・こんなとこにあったのか」


 天宮くんは段差の手前まで進み、小さく呟いた。

 私もその隣に行って尋ねる。


「これは、なんなの?」


両面宿儺(りょうめんすくな)――千年前に天宮がこの地に封印した妖怪だ」


 その名前を聞いた途端、心臓が高鳴った。


 かつて、京の都を襲ったという、強大な力を持つ妖怪。それを封印するために、天宮くんのご先祖様がその身に神様を降ろした。


 とすればここは、天宮家にとって何より重要な場所ということになる。


「・・・ほ、ほんとなの?」


「間違いない。俺も初めて来たけど」


 岩を見つめながら天宮くんは話してくれる。


「封印の場所は代々、天宮家の当主にしか知らされないんだ。たとえ神を宿してる者でも、封印のかけ直しでもする時でないと詳しい場所は知らされない」


 少なくとも、天宮くんが神様を宿してからは、そういうことがなかったらしい。

 神様の封印がそうしょっちゅう弱まったりはしないということみたい。


「あいつらの言ってた北山様ってのは、両面宿儺のことなんだろうな、たぶん。東の血の者を傍に置こうとしたのは、両面宿儺が東国にいた奴だからだ」


「そうなの?」


「うん。両面宿儺っていうのは、顔が二つと手が四本、足も四本持ってる鬼神で、皇命に従わず、人民から略奪することを楽しんでいたとされてる。日本書紀では他の神に倒されたと書いてあるんだけど、完全には滅ぼされてなかったみたいで、復活して都を襲ったらしい。そういうことがあったから、今度は間違っても封印が解けないように、詳しい場所が秘密にされてるんだ」


「そうなんだ・・・あ、じゃあ、あのお面の妖怪たちは?」


「たぶん、天宮が使役してる宮守だと思う」


 みやもり・・・要するにお社の管理人?

 だとしたら、さっきのお面の人たちの間で、天宮家の当主に報告しようかとの話が出るのももっともだ。


 祓い屋に協力してくれる妖怪もいるんだなあ。それとも、怖い鬼神が復活したら、妖怪たちも困るからかな?


 身内にすら厳重に秘密にされ、山の中にひっそりと隠されたこの場所を、やっぱり私が知っているわけがない。

 だけど、でも。


「・・・私、ここに来たことがある気がする」


 もう、はっきり思い出せている。

 この岩のこと、この部屋の薄暗さ、背後の階段。全部記憶にある。


「どういうこと?」


 さすがに天宮くんも驚いた顔を見せていた。


「小さい頃、夏祭りで迷子になったことがあるって、話したよね。たぶん、その時に私は、ここに」


「・・・それは確か?」


「たぶん。この部屋のことはよく覚えてるの。途中の道のりはあんまり覚えてないけど、私はここに来て、ここで・・・」


 あ、れ?


 その時記憶の断片が、私の中で引っかかった。


「・・・前にも確か、隣に誰かがいて・・・その人が、私の手を引いて・・・」


 覚えているのは、柔らかな手の感触。


 あの翁の面の人のような、節の目立つ手ではない。私よりも大きかったけれど、滑らかな指がほっそりとしていて、あれは、女の人の手だったろうか。

 いや、どうだったろう。


 わからない。その人の顔が思い出せない。

 背の高い人だったとは思う。若い人だったかもしれない。


 あれは一体、誰だったんだろう?


「あの面の奴らじゃないのか?」


「かもしれないけど・・・違うような気が、します」


「・・・」


 天宮くんは黙り込んでしまった。

 なんだかそれが険しい表情で、それに気づいて私はちょっと焦った。


「ご、ごめんなさいっ、変なことを言ってしまって・・・ただの私の気のせいかもしれません。だっておかしいもんね、天宮くんでさえ知らなかった封印場所に私が来れるわけないんだから」


「・・・いや」


 天宮くんは首を横に振る。


「もしかすると、佐久間は天宮となんらかの形で繋がってるのかもしれない。わからないけど、神を引き離せる力ともあるいは関係してるのか」


「え・・・?」


「他に思い出せることはある?」


 真剣な眼差しに問われ、必死に断片的な記憶を辿ってみるけれど、やはり確かなことはわからなかった。


 ちゃんと思い出せるのは、手を引かれて階段を上り、岩の前に連れて来られたところだけ。

 手を引いていた人の感触以外、顔も何も思い出せない。


「ごめんなさい・・・」


「いや・・・わかった。じゃあまあ、ともかく出ようか。あの面の奴らが戻って来て鉢合わせると面倒だ」


 と、天宮くんは早々と切り替えて、階段のほうを見る。


「え? でも、あのお面の妖怪たちは天宮家の味方なんだよね?」


「まあそうなんだけど・・・あいつらは当主の言うことは聞くとしても、俺の言うことまで聞くかはわからない。妖怪の使役っていうのは制約が色々あって難しいんだ」


「えっと・・・それは、もしかしたら、鉢合わせると帰してもらえないこともあるかもしれないってこと?」


「そういうこと。だから今のうちにここから出よう」


 と言われたことに、異論があるはずもない。


 もはやお決まりの流れで天宮くんに抱えられ、階段の半ばから下のお社の屋根に飛び移り、大棟を駆け抜けていった。


 廊下はあんなに長かったのに、屋根の上を行くとお社は大した長さもない。

 入口の鳥居が見えて来た辺りで天宮くんは下へ降り、お社を囲む木々の中へ入っていった。


 そして間もなく、肌に当たる空気の感じが変わる。


 目を閉じて、再び開くと、草場に私のパレットや鞄が落ちている場所に辿り着いていた。


 そこで見た宴の光景も、季節外れの桜も木々の間のどこを覗いても影形なく、夕暮れの闇があるだけ。

 封印の場所への入り口は、もう閉じてしまっているようだ。


「――あれ?」


 散乱している荷物を回収していたら、スケッチブックがないことに気づいた。

 辺りをきょろきょろ探していると、不意に天宮くんが、私の上のほうへ呼びかける。


「おい返せ」


 そして頭に何かが落ちてきた。


「っ、痛っ!」


 見れば私のスケッチブック。ちょうど角の部分がつむじに当たった・・・。


「なにしやがるっ」


 再び上へ向かって天宮くんは怒鳴りながら、スケッチブックを拾って手渡してくれる。


 私も体を捻って頭上を見てみると、二又になっている幹の間に、なんと拓実さんが立っていた。


 陸上部の黒いジャージ姿で、睨むような視線で見下ろしてきている。


「また佐久間をつけてたな」


 天宮くんもまた拓実さんを睨みつける。


 私への監視は打ち切ると龍之介さんが約束してくれたはず。でも、偶然こんなところで鉢合わせたとは、さすがに考えにくい。


 拓実さんは無言のまま隣の木へ飛び移り、そのまま闇に消えてしまった。


「・・・な、なんだったのかな?」


「さあ。ともかく、あいつはまだ警戒しておいたほうがいい。祓い屋のくせに、佐久間が妖怪に襲われてんのも黙って見てたんだ」


 天宮くんが苛々している。なんだか拓実さんと出くわすと毎回こんな空気になるなあ。


 私は、拓実さんに疑われているのだろうか。


 天宮くんが修行のために私の傍にいるということを納得してもらえなかったのかもしれない。だとすると、これからもまた監視されたり、問い詰められたりするのかな。


 そう考えると少し怖い。


 危害を加えられるという意味ではなくて、秘密を漏らしてしまうかもしれない自分が不安で怖い。


 よく、注意しておこう。

 たとえ一人でいる時にもうっかり口にしたりなどしないように。それさえ気をつけていれば、私の力なんて想像もつかないはずだ。


 今日のところは天宮くんもいるし、もう大丈夫。


 すると拓実さんと入れ替わりに、緑の瞳の送り犬さんが茂みを揺らして現れた。


 どうやら私たちのことを待っていてくれたらしい。


 送り犬さんの助けがなかったら、きっと私は戻って来れなかっただろう。鼻をすり寄せてくる送り犬さんの頭を優しくなでる。


「天宮くんを呼んでくれて、ありがとうございます」


 送り犬さんは、くぅん、と小さく鳴いた。

 そして私たちが歩き始めると後を付いて来て、きっちり山を出るまで送ってくれた。


「送り犬は米を一升炊いてやると喜ぶよ」


 何かお礼できないかなあと思っていたら、先に天宮くんが教えてくれた。


「い、一升? けっこうな量ですね・・・」


 うちの炊飯器は五合炊きだから、二回炊かないと準備できない。すごい食欲だ。おかずはいらないのかな?

 とにかく今すぐ用意するのは無理だ。


「あ、あの、お礼は明日でもいいですか?」


 ちょこんとお座りしている送り犬さんに伺ってみると、小首を傾げられた。


「別に必ず礼をしなきゃいけないってことはないよ」


「ううん、そういうわけにはいかないよっ。明日、明日必ず持って来てここに置いておきますね」


 山の説明看板の足下を、ここ、ここ、と何度も示して送り犬さんに伝える。

 伝わったかは、はっきりとはわからないけれどとりあえず、明日ここにご飯をお供えしよう。


「だったら俺も手伝う」


「え!?」


 すると天宮くんに思わぬことを言われ、つい大きな声が出てしまった。


「そんな、これ以上ご迷惑かけられないですっ」


「いいよ。運ぶの大変だろうし、佐久間をほっとくとまた何かに巻き込まれるような気がするし」


 そんな心配は無用だと、胸を張って言えない自分がここにいる。


「ご、ごめんなさいぃ・・・」


「いや、明日も予定あるほうが俺の都合がいいんだ」


「え?」


「まあ、文化祭の話」


 あぁ・・・もしかして今日、途中で抜け出しちゃったから、明日も会議があるのかな。


 私に構っていれば行かない理由になって、天宮くんを気持ち的には救えるけれど、沙耶たちの準備が進まなくなるのは、どう、なのかな。


 少し迷うところであったものの、結局断り切れず手伝ってもらうこととなってしまった。


 送り犬さんに明日の約束をして、山の中に帰って行くのを見届けてから、今度は天宮くんに送られて、完全に夜となる前に無事、私は帰宅した。

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