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幻想徒然絵巻  作者: 日生
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迎え犬

 慌ただしい日々の中で、時間の経つのがずいぶん早く感じるようになった。


 次はあれを、次はこれを、と右往左往しながら、笹原さんのためにどんな絵を描こうか考えているうちに、とうとう休みの日になってしまう。


 文化祭が近くなると休日でも準備に召集されるという話だから、スケッチに行けるのはこの週末しかないかもしれない。

 今日か明日のうちに、なんとかしたい。


 でも、何を描くかが問題だ。

 九月はまだ紅葉に早く、この季節らしいものというと、金色に染まってきた田んぼや、庭先に揺れるコスモス、まだらに広がるうろこ雲、先がふわふわのススキ、などが散歩していると目に入る。


 様々なものの色が濃い夏から、柔らかな色が差してくる秋のはじめの景色はとても好きなんだけれど、満開の千年桜と比べてしまうとインパクトには欠けるかな。


 なんというか、できれば笹原さんには日常の風景の絵よりも、少し現実とはかけ離れた雰囲気の絵を贈りたい。


 以前、笹原さんは普通の人に見えない景色が見える、私のような人間に興味があると言っていた。一体普段、どんなものを見て、何を感じて生きているのか気になると。

 だから私が感じられて笹原さんには感じられないものを、絵を通じて伝えられたらと思うのだ。


 いまだに、私は笹原さんに妖怪が見えることをはっきりと話せていない。理由は二つ。一つは、私の気持ちの問題で、なかなか打ち明ける勇気が持てないでいること。


 もう一つは、下手に妖怪との関わりを話すことで、彼女にもなんらかの災いが降りかかってしまう可能性があるから。


 うちのおじいちゃんが相当な数の妖怪と関わって、家族が無事でいられたのは奇跡だと言われたくらいなのだ。妖怪とのことは不用意に周囲に話さないほうがいいと、天宮くんにも教わった。


 なので妖怪絵は無理だけど、妖怪の世界に近い雰囲気を持つ場所の絵だったら、笹原さんの期待に応えられるんじゃないかと思う。


 ただ、それが最も難しく、あれこれ悩んだ末に、私の足は北へ向かっていた。


 千年桜がある山の前に立つ。

 もちろん花は咲いていないだろうし、紅葉もまだだろうけど、他に思いつかなかったというか、もしかしたら素敵な景色が見られるかもという淡い期待を抱いていた。


「――あれ?」


 ところが、山の入口で首を傾げることになった。


 その山の歴史的な説明がされている看板の横に、千年桜までの道順が示された朽ちかけた看板が立っていたはずなのだが、どこを探してもそれがないのだ。


 ぼろぼろ過ぎてどこかに飛ばされちゃったのかな? 千年桜までの道はほとんど一本だから、特に案内板がなくても迷わないだろうけれど。


 とりあえず行ってみよう。


 道のりは長いので焦らず、散策しながらゆっくり進んでいく。山の中は妖怪に出くわす可能性が高いのだが、以前一人で来た時はなんともなかったし、まだ昼間だからのんびりしていても大丈夫。


 もっとも、千年桜の前では東山の天狗の大将である大天狗様と遭遇してしまったことがあるけれど。花の季節が終わった今では、大天狗様もわざわざここまで来ないだろう。


 しばらく進んでも、一定の間隔で立っていたはずの看板は、やっぱり見つからなかった。


 夏の風雨で全部飛んでいってしまったんだろうか?

 でも・・・山の中にあるものまでそんなに飛ぶかな。


 ゆるやかなカーブを描き登っていく道の途中で、私は足を止めた。


 ・・・なんだか、前はこんな形の道ではなかった気がする。

 もっとじぐざぐしていたような記憶がある。


 もしかしたら記憶違いかもしれないけれど。

 ただなんとなく、この違和感が怖い。


 や、やっぱりやめようかな?


 臆病風に吹かれ、道を引き返すことにした――のだけれど。


 振り返ると、道の真ん中に、痩せた一匹の犬がいた。


 赤い瞳をぎらつかせ、だらんと口の横から舌を出し、涎をしたたらせている。

 時折その口から、


「欲しい、欲しい」


 と、低いうめき声が聞こえる。


 よ、妖怪だ。しかも襲う気満々な感じ!


 まだ昼間なのに、ここが薄暗いから現れたのだろうか。

 ど、どうしよう?


 私が硬直している間も、その妖怪は襲いかかって来ない。

 うろうろと左右に歩き回りながら、一定の距離を保ったところに留まっている。


「・・・あ、あの」


 もしかしたら、襲う以外に何か用があるのかも。

 思いきって声をかけてみる。


 すると三角の耳がぴくりと反応したが、うろうろするのは止まらなかった。


「わ、私は佐久間ユキといいます。あの、な、なにか、ご用ですか?」


「欲しい、欲しい」


「な、なにが欲しいんですか?」


 妖怪は舌を舐めずりする。


「お前の、肉」


 やばい、だめだ。襲う以外に用はないんだ。


 すぐに襲って来ないのは私と向き合っているから? 

 目を逸らしたら食べられてしまう?


 妖怪の赤い瞳を見つめ続けるのは本当に怖かったけれど、死ぬのはもっと怖かったから、懸命に目を見開いて、じりじりと後ろに下がる。


 帰り道とは逆方向だったが仕方なかった。

 今はとにかく、この妖怪から逃げなければ。


 ところが、また一歩と後ろに踏み出した瞬間、踏むべきはずの地面がなかった。


「えっ――?」


 思考が止まって、体が傾いだと同時に、犬の妖怪が飛びかかって来る姿が一瞬だけ見えた。けど、その鋭い牙や爪が私の肉を喰い破るより、私が山の斜面を転がり落ちるほうが早い。


 いつの間にか、道の端まで下がっていたことに気づかなかった。


 後悔してもすでに遅く、泥や木の葉の中をもみくちゃになって転がる間にすでに半分くらい、意識はどこかへ飛んで、最後、頭に鈍い衝撃を受けて全部まっ白になった。

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