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幻想徒然絵巻  作者: 日生
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いじめっ子

 話し合いを何度か重ね、文化祭のクラスの出し物は無事、喫茶店に決まった。


 メニューの検討や制服づくり、店内の飾りつけなどの準備は分担して行うこととし、材料の買い出しや会議などで、放課後は他のクラスも人が出たり入ったりして、校内は少しずつ慌ただしくなっていった。


 そして問題の天宮くんの女装の件は、残念ながら、取り消しできなかった。


 仕事の早い佐藤さんがとっくに参加者の名前を書いて生徒会に提出してしまっていたらしく、撤回するならかわりの人を男子の中で決め生徒会に申告してと、まあけっこう厳しいことを言われてしまったらしい。


 どうも佐藤さんは、話し合い中に寝ていた天宮くんにちょっとお怒りだったようで。


 そして結局、かわりの人が見つからず、天宮くんは引き受けざるを得なくなってしまったそうだ。

 さすがに本人はふてくされてしまい、私はなんとも声をかけられなかった。


 美人も一概にうらやましいとは言えないのかな。

 人の注目を浴びるということは、よくも悪くも大変なことだ。けど、そんなに嫌なのに、最終的には引き受けてしまう天宮くんは本当に人がいい。


 ということで、天宮くんはコンテストの話し合い、私は美術部であることを買われてお店の看板を作る係になり、放課後はひさしぶりに別行動になった。


 まず看板作りのために木材などを調達しなければならない。

 でも必要な資材は力持ちを集めた買い出し班がまとめて買って来てくれるということになったので、少し時間のあいた私は、締め切りぎりぎりまでじっくり構図や配色を考えたポスターを生徒会へ出しに行くことにした。


 人間バージョンの猫又さんをモデルにした、自分的にはなかなかの自信作だ。

 内心どきどきしながら生徒会室の扉を開くと、役員の人たちは輪をかけて忙しそうに書類の整理や話し合いをしていて、「そこに置いといてください!」と空き箱を示された。


 ・・・うん。早めに感想をいただきたかったけれど、私なんかに構ってる暇が今、誰にもあるわけないですよね。あきらめて、すごすごと生徒会室を後にした。


 とりあえず、これで一つ仕事が終わった(デザインが却下されなければ)。

 次は看板のデザインを考えないといけない。係の間でそれぞれに考えたものを後でつき合わせることになっているのだ。


 それから美術室の展示も、早く飾る絵を選んで、足りなければ新しく描いて、レイアウトも相馬先生に相談しなくちゃ。


 あれとそれとこれと・・・とやることを思い浮かべながら廊下を歩いていた矢先、前方に、とても背の高い人影が見えた。


「っ!」


 反射的に、私は回れ右して教室ではない方向に廊下を曲がってしまった。


 き、気づかれなかったかな?

 あんまりよく確認しないまま逃げちゃったけど。


「よぉ」


 低い声が聞こえたのとほぼ同時に、後ろから頭を鷲掴みにされる。


 そして、ぐりん、と無理やり首を捻られ、鷹のように鋭い瞳と目が合った。


 や、やっぱり拓実さんだった。


 だいぶ離れたところにいたはずなのに、追いつくのが早過ぎやしないだろうか? 


 走ってきたにしても、足音もしなかったし息も切らしていない。まるで忍者みたい。最初に夜道で拓実さんに出会った時の、黒ずくめの衣装が脳裏に蘇る。


「なんで逃げる」


「えっ」


 普段錆びついている頭を慌てて回し、私は必死の言い訳を試みた。


「あ、えっと、た、拓実さんにご迷惑をおかけしてしまうかもしれないので、あ、あんまり近寄らないほうがいいかなーと、思いましてっ」


「俺とは顔も合わせたくねえと?」


「い、いえ! そうではなくて、私がっ、私が至らない者なのでっ、ご不快な気分にさせてしまうかとっ」


「安心しろ。逃げられるほうが不快だ」


「すみません!」


 ぐ、っと頭を掴む手に力が込められる。


「逃げろっつーのは天宮の指示か?」


「え? い、いえ、違います!」


 否定するものの、拓実さんの鋭い目は心を探ってくるようで、とても落ちつかない。


「逃げんじゃねえ。先輩にはてめえから挨拶に来いよ」


「・・・は、はい」


 言われていることは正論のはずなのに、なぜだかとても怖く、素直にそのとおりにするには勇気がいりそうだった。

 でも、へたに逃げて結局捕まって不審がられるなら、ちゃんと挨拶したほうがいいのかもしれない。


「天宮に保護されてるとはいえ、奴らとは赤の他人なんだろ? だったら、俺とも仲良くしようぜ」


 友好的な言葉を、拓実さんはまったくの無表情で言っている。


 ふ、普通に怖い!


 嫌な予感しかしなくて、必死に逃げる方法を考えていたその時、救いは思わぬところからやって来た。


「――ちょっと放してあげてくれないかな?」


 横合いから現れた人が、拓実さんの手首を掴み、私の頭から引き離す。


「あ?」


 不機嫌そうに拓実さんが睨む先には、すらっとした佇まいのセミロングの女子生徒。


 笹原さん!


「誰だお前」


「私は三年の笹原。君は、二年生かな? 可愛い後輩をいじめないでほしいなあ」


 笹原さんは、拓実さんに上から睨みつけられてもちっとも動じず、むしろ不敵な笑みすら浮かべて見返している。


 ちなみに、笹原さんは妖怪とかそういうのは見えない人なので、祓い屋のこともたぶん知らない。


「別に、いじめてねえ。だろ?」


 と、水を向けられ、私は急いで首を縦に振った。横に振れるわけがない。


「じゃあな」


 そして拓実さんは踵を返し、行ってしまった。


 あっさりいなくなったのは、笹原さんがただの人であることを拓実さんもなんとなく察したせいかもしれない。

 関係ない人の前では祓い屋の話も妖怪の話もできないから。


「サクちゃん大丈夫?」


 拓実さんの姿が消えてから、笹原さんは心配そうな顔をこちらに向けた。


「は、はい、ありがとうございます」


「友達って雰囲気じゃなさそうだったから割り込んじゃったけど、よかったんだよね? あの人なんなの?」


「えっと、知り合い、というか」


「ただの知り合い? ――ねえ、もしかして、ほんとにいじめられてる?」


「いえ! いじめではないんです、ほんとに」


 拓実さんの名誉のためにも、そこはちゃんと否定しておく。

 後輩をいじめてるなんて人聞き悪いもんね。


「私が、ちょっと怒らせてしまっただけで、私が悪かったんです」


「怒って頭掴まれてたの?」


「あ、いえ、頭を掴むのはなんか、そういう挨拶っぽい感じです」


「変な人だねー」


 笹原さんは率直な感想を漏らす。あとはもう興味がなくなったのか、幸いながら、それ以上拓実さんのことは聞かれなかった。


「サクちゃんとこ、出し物決まった?」


 すぐに、文化祭の話に移った。

 喫茶店をやることを話すと、笹原さんのクラスはクレープ屋さんをやるんだと教えてくれた。


「でも、私はほとんど部活のほうにかかりっきりになるかな。コンサートやることになったからさ」


「そうなんですか? ぜひ聞きに行きますっ」


「うん、ぜひ聞きに来てっ。そういえばサクちゃんにはフルートのほうは聞いてもらってなかったもんね?」


「はい、楽しみにしてますっ」


「ありがと。美術部は何かやるの?」


「あ、えと、展示をします」


「サクちゃんの絵が飾られるの? 確か、美術部ってサクちゃんしかいなかったよね? じゃあ個展だ」


 笹原さんがからかうような口調で言うので、また恥ずかしくなってしまう。


「絶対見に行くね」


「た、大した絵はないですよ?」


「そうかなあ? なんだかんだで私、まだサクちゃんの絵を見せてもらってないんだよね。千年桜の絵も―――そうだ、それ描いて飾っておいてよ」


「え?」


「あ、でも今は桜咲いてないか。やっぱり花が咲いてる時のがいいよね。じゃあ千年桜じゃなくていいから、私のために、サクちゃんがきれいだと思う何かを描いて飾っておいてくれないかな。いじめっこから助けてあげたお礼、ってことで!」


 笹原さんは無邪気に言うけど、私は大いにプレッシャーを感じてしまっていた。


 今日に限らず、何度もお世話になっている笹原さんのためにとなると、半端なものでは申し訳ない。

 もちろんそれが今までのお返しになるとは思わないけれど、リクエストされたからには全力でやるしかない。


 休みの日にでも、どこかいい場所を見つけてスケッチに行かないと。


「期待してるよっ」


 笹原さんと別れた後、私はさらに増えてしまったやらなくてはならないことに、頭を抱えながら教室へ戻った。




 ❆




 曲がり角のすぐそこで、目付きの悪い少年が、去ったと見せかけ会話を盗み聞いていたことに、少女たちは気づいていなかった。


 やがて彼女らが話を終えて別れると、少年も人よりずっと長い足で、大股にどこかへ歩いて行ったのだった。

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