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幻想徒然絵巻  作者: 日生
69/150

一つ目、猫目、鷹目

「おぅいユキ、開けてくれんか」


 窓の外には大きな一つ目の妖怪。

 美術部ではすっかりお馴染みの、一つ目入道さんだった。

 天宮くんも私がすんなり窓を開けることに、もはや反対することもない。


「こんにちは、一つ目入道さん」


「おお、すまんのう」


 よっこらせと窓を乗り越え、一つ目入道さんはいつもの机の上にあぐらをかく。


「実はユキに絵を描いてほしいという妖怪がいての」


 すると一つ目入道さんは袖の中を探り、なんと三毛猫を取り出した。


「わあ!」


 模様も毛並みもきれいな猫だった。

 瞳は緑で、長く立派な尻尾は二本もあって・・・二本?


「知り合いの猫又じゃ」


「猫又、さん? っ、聞いたことありますっ」


 猫が二十年以上生きると神変を得て妖怪になることがあるという。

 でも実際に目の当たりにするのは初めて。二つの尾以外は、ただの猫にしか見えないけれど。


 すると猫又さんは一つ目入道さんの手から床へ飛び降り、着地すると同時にその姿が変化した。


 可愛い猫は、可愛い女の子へ。


 派手な着物の胸元を大きく開けて、髪を頭の両脇でお団子に束ねた、ちょっと猫目な少女の姿になった。


「初めまして、わっちが猫又でありんすっ」


 自己紹介ともにウインク。すごく可愛い。


「あなたが佐久間様? わっちの絵を描いてくださるって本当?」


 人懐っこい笑みを浮かべ、猫又さんはごろごろと喉を鳴らし私の腕に抱きついた。


「てっきり男の方かと思ったら、こんな可愛らしいお嬢さんでありんしたの。やん、良い匂いがするぅっ。わっちは女の子、大好きよっ」


 そしてぎゅう、と首の辺りを抱きしめられた。すると位置的に、深い谷間に顔を埋める格好になる。

 む、胸、大きいなあ。


「やっぱり女の子は柔らかぁいっ」


「あ、ああああのっ!」


 一瞬、私のほうも柔らかい感触に呆然としてしまい、慌てて離れようとしたら、首のところにぐっと力を込められた。


「――ほんに、喰っちまいたくなるわいなあ?」


 ぞ、っと背筋が寒くなった。

 耳元に囁かれた声が先ほどの明るい調子と違う。


 食べられる、と思った。


「ぎゃっ!」


 しかし次に悲鳴を上げたのは猫又さんで、彼女は急に猫の姿に戻ってしまい、その小さな頭を天宮くんに掴まれていた。


「佐久間に仇なす者は殺す。――伝わってなかったか?」


「冗談、冗談でござんすよぅっ!」


 手足を必死に暴れさせる猫又さん。

 傍目から見ると、動物虐待をしているかのよう。


「大禿様のお友達に、害などなしんせん!」


 猫又さんの口から出た別の妖怪の名前は、まだ記憶に新しい。


 大禿さんとは見た目は小さなおかっぱ頭の女の子だけど、その実何百年も生きている大妖怪で、幼い姿なのになぜか色っぽい、大人っぽい雰囲気の妖怪だ。


「猫又さんは大禿さんのお知り合いなんですか?」


「大禿様はわっちのお師匠でありんす! だからわっちが佐久間様にどうこうするなんてことは絶対にありんせん!」


 懸命に叫んでいる様子に、何も嘘はないように見える。


「あ、天宮くん、私は大丈夫だったから、ね? 放してあげてください」


「・・・大人しくしろよ」


 天宮くんが頭から手を放すと、猫又さんは着地して急いで一つ目入道さんの後ろに隠れた。


「ああんもう、祓い屋は冗談が通じなくて嫌いでありんすよぅ。しかも男は肉が堅くて、わっちはなお好かん」


「お前、人間喰う類か。やっぱ殺しとくか」


「いやあ最近は喰っておりんせんっ! 堪忍しておくんなんし!」


 猫又さんはミーミー可哀想なくらい怯えて鳴いている。


 でも、こういう時の天宮くんはわざと脅してるだけで、大抵、本気じゃない。すっかり小さくなってしまった猫又さんに、結局は何もせず椅子に座り直した。


「お前ら今は忙しいから帰れよ」


「何ぞあったのか?」


「あ、っと、実は文化祭というものがありまして・・・」


 私は一つ目入道さんたちに事情を説明した。


 そもそも文化祭という言葉を妖怪たちは知らないのでまずそこから話し、全部聞き終えると一つ目入道さんは納得してくれた。


「要は祭りの準備で忙しいということか」


「でもわっちのことは描いておくんなんしよ! せっかく来たのに天宮に脅された挙句、忙しいから帰れなんてあんまりじゃ!」


「は、はい。猫又さんの絵はもちろん、今描かせていただきます」


 私もこのままでは心苦しいので、そう申し出た。まだポスターの締め切りまでは時間があるし、デザインは家でも考えられる。


 水彩絵の具とスケッチブックを用意し、大喜びの猫又さんの姿を描く。柔らかい猫の肢体に二股の尻尾を、可愛いらしく、ほんわかした感じのタッチで仕上げてみた。


「素敵!」


 猫又さんから嬉しい感想をもらえたと思ったら、彼女はいきなり宙を一回転して、また女の子の姿になる。


「今度はこっちの姿を描いておくんなんしよ」


「一枚で満足しろよ」


「こちらもわっちの姿でありんすっ。――あ、それとも天宮の旦那は、こういう格好がお好みでない? ならっ」


 と、猫又さんまた宙返りする。すると艶やかな着物姿だった彼女が私と同じ服、つまりはうちの高校の制服姿になった。


「どうですかえ? 佐久間様とおそろいでありんすよっ」


「すっごく似合います、可愛いですっ」


 天宮くんが何か言う前に、つい私が答えてしまっていた。だって、本当に可愛い。


 髪型も今風の毛先にゆるくウェーブのかかったふわふわした感じになっていて、雰囲気的に現役女子高生モデルみたいな・・・あ。


 閃いてしまった。


「猫又さん、その格好でポスターのモデルになってもらえませんか?」


「んにゃ?」


 きょとんとする猫又さんに、趣旨を説明する。


 ポスターの画面に可愛い女の子を描くだけで、それでもうあとは周りをテーマに合ったモチーフでとことん華やかにしておけば、十分なような気がしたのだ。


 猫又さんなら、どれだけ周りを派手にしたとしても負けない顔をしている。


「にゃあ、いいでありんすよっ。望むところでありんすっ」


 猫又さんからは心よくオッケーをもらえた。


 たくさんの人の目にも触れるのだと言ったらむしろすごく喜んでいた。なんでも、存在が不安定な妖怪にとって、自分の存在を示せるのは嬉しいことなのだそうだ。


 さっそく色々とポーズを取ってもらい、それをスケッチ。猫又さんには、たくさん描いたうちの一枚を差し上げる。


 彼女は二枚の絵を持ち、ほくほく顔で帰っていった。


「助かっちゃいました」


 私もデザインが決まってほくほくだ。

 これでポスターの大枠は決まり。あとは文字の配置と背景を考えればいいだけ。


「よかったのう。我も連れて来た甲斐があったというものだ」


「はい、一つ目入道さんのおかげです。ありがとうございます」


「・・・どうでもいいけど、なんでお前は紹介屋みたいなことしてんだ?」


 素朴な疑問を天宮くんが一つ目入道さんにぶつけた。実は一つ目入道さんが、こうして他の妖怪を連れて来るのは初めてではなかったのだ。


「どうやら、我と行けば天宮に祓われず絵を描いてもらえると評判が立ってしまったようだ。近頃はとみに頼まれる。じゃが、むろん我とて連れて来る妖怪は選んでおるぞ。伊達に年を重ねてはおらんからな、そこは信用してくれてよい」


 一つ目入道さんは得意げだ。


 おじいちゃんの古い友達である彼は、私を自分の孫のように思ってくれているらしく、本当に色々とよくしてくれる。今日のように妖怪を紹介してくれる他、ここで妖怪たちがちょっともめ事などを起こしたら、天宮くんが止める前に仲裁に入ってくれたり、とても助かっている。


 穏やかな性格の一つ目入道さんだけど、近頃聞いたらなかなかの名のある妖怪らしい。大物ほど落ち着いているということなんだろう。


 そんな一つ目入道さんに感謝して別れ、部活は終了の時間となった。

 やっぱり放課後に話し合いがあると、いつもより活動時間が短い。


 文化祭まであと一カ月はあると言っても、また近くなればきっともっと時間をクラスでの準備にとられるようになるのだろう。


 この分だと、また夏休みの時のように、妖怪の絵があんまり描けなくなりそうだなあ。


「文化祭って忙しいんだな」


 天宮くんもこれからのことを考えていたのか、校舎を出た時、そう漏らした。


「天宮くんは、中学校の時の文化祭は何をしたの?」


「何も。俺出てないから」


「え? 一回も?」


「うん。中学の時は色々とごたついてて、休むことも多かったから、行事は全然出てない」


「た、大変だったんだね?」


「まあ、色々と。でも今年は出るよ。佐久間のこともあるし」


「あ、私の護衛しなきゃならないから?」


「そういうこと。あの一つ目とか狐とかも、堂々と来そうだろ?」


「あはは・・・」


 確かに文化祭の話を知ったら来るかもしれない。

 お狐様は人に化けられるから、普通に楽しんでいきそうだ。


「それなら、天宮くんは今年が初めての文化祭なんだね」


「え? ああ、うん」


「私も高校の文化祭は見に行ったこともなかったから、初めてなの。お互い、楽しめるといいね」


 心からそう思う。普段は特殊な環境にいる天宮くんだって、たまにはなんでもない高校生活を楽しめたらいい。

 すると天宮くんはちょっと黙り、


「・・・そのためには女装回避しねーと」


 言われてから、私も思い出した。


「そう、だったね」


「絶対ごめんだ女装なんて」


 本当に本当に嫌がっている様子の彼に、似合うと思うよ、とは、やっぱり言えなかった。


「あ、そういえびゃっ!?」


 慌てて明るい話題に変えようとした時、突然、後ろから頭を掴まれ、変な声が出てしまった。


「よぉ」


「古御堂っ」


 天宮くんが、私の後ろにいる人の名前を叫ぶ。


 頭を掴む手の力はとても強い。

 ともすれば、そのまま持ち上げられてしまいそうなくらい。


 姿は見えないけれど、反射的に脳裏に浮かぶその人の目は、鷹のように鋭く怖い。


 古御堂拓実さん。

 一学年上の先輩で、天宮くんと同じ、祓い屋さん。天宮くんたちの商売敵だ。


 はじめ、拓実さんたち古御堂家の方々は、妖怪たちが噂する私のことを何者かと思って調べ、私は気づかないうちに拓実さんに後をつけられたり監視されていたらしい。


 私の側に天宮くんがいることが更に興味を引いてしまい、お兄さんの龍之介さんのほうに人質に取られたりと色々あったりして、でも夏休みの間に和解できた・・・と思うのだけど、なぜかこの場は妙に緊迫している。


「佐久間を放せっ」


 言われて拓実さんはわりとあっさり、手を放してくれた。天宮くんはすかさず私の腕を引いて、背に庇う。

 そこでようやく、私も拓実さんの姿を直視できた。


 拓実さんは制服でなくジャージ姿だった。

 でも学校指定のジャージじゃない。


「何の用だ」


「案外、隙だらけだな」


 警戒する様子の天宮くんに、拓実さんはぽつりと言った。


「気配も読めねえのかよ。天宮っつってもこんなもんか」


「・・・」


 天宮くんは何も答えなかったけれど、拓実さんの言葉に怒っているようなのは空気から伝わってくる。


「用がないなら近づくな。燃やすぞ」


「安い脅し。妖怪相手に使えよ」


 天宮くんも拓実さんもお互いに敵対心が剥き出しで、このまま殴り合いにでも発展してしまいそう。

 他の人もさっきからこっちを見ているし、どうしたら・・・。


 するとその見ている生徒の中から、「おーい拓実―」と呼びかける声が響いた。


 拓実さんと同じ黒いジャージを着ている人たちで、手に手にカラーコーンやハードルなどを持っていた。


「何やってんだよーっ、片付け手伝えーっ」


「おう」


 拓実さんはあっさり私たちには背を向け、呼ばれたほうに行ってしまう。背には学校の名前と一緒に《陸上部》と白字でプリントされていた。


「・・・なんなんだ?」


 天宮くんが言う通り、ほんとに、なんだったのだろう。とりあえず喧嘩にならなかったのはよかったけど。


 まあ、特に用はなかったんだろうと思うことにして、私たちは帰路についた。


「古御堂には近づかないほうがいい」


 校門が見えなくってから、天宮くんに言われた。


「あ、うん。私のことは人にもばれちゃいけないだもんね」


 私と、天宮家の間の誰にも言えない秘密。

 おもに警戒するのは妖怪に対してだけど、人にも不用意に漏らしていいものではない。


「特に古御堂は、天宮を敵視してる家なんだ」


 天宮くんはずいぶん物騒な表現を使っていた。


 商売敵という意味にしても、敵視とは強過ぎる言葉に思えてしまう。単なるライバルという意味ではなく、もっと、禍根があるかのような。


「俺らが神を天に帰さないことが気に入らないらしい」


「? どうして? だって、天宮くんたちは封印を守るために神様を宿してるんだよね?」


 神様がいなくなったら、封印が解けてしまうかもしれない。さらに祓い屋として数多くの妖怪の恨みを買っている天宮家は、力を失ったら襲われてしまう。


 だから神様は宿したままでなければならない。

 それの、どこが気に入らないというのだろう。


「封印のことをどう考えてるかまでは知らないけど、少なくとも、俺たちが力を失って滅ぶのは報いだと言ってるらしい」


「・・・報い?」


「人の身に神を拘束し、天を冒涜した報い。天宮は滅ぶべきだ、ってさ」


 滅ぶ、べき? 天宮くんたちが?


 人を守るために神様を宿して、千年以上、朝も昼も夜も、この土地を闇の脅威から守ってくれている人たちなのに?


「そ、そんなのってないよっ。天宮くんたちは何も悪くないのに・・・」


 すると、天宮くんはなぜか表情を曇らせた。


 なんだか困っているような、あるいは気まずそうな、複雑な彼の顔を見たら、先に続く言葉を忘れてしまった。


「・・・ごめん。本当なら祓い屋どうしのいざこざなんて、佐久間には関係ない話なんだよな。俺といるから、からまれてるだけだ」


「――? あ、天宮くんが謝ることじゃないよっ」


 我に返って、私は慌てて首を横に振った。


「お世話になってるのは私のほうなんですから。と、とにかく、拓実さんに気をつければいいんだよね?」


「さすがに、危害を加えてくるとかはないと思う。一応でいいよ。ずっと気を張ってることない」


「うん」


 拓実さんが悪い人とは思わないけど、お家の話になると部外者には全然わからない。


 私は天宮くんの言うとおり、よけいなことはしないのだ。


 なんの役にも立たない厄介者が、忠告すら聞けなかったら本当に、迷惑以外のどんな存在にもならないのだから。

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