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幻想徒然絵巻  作者: 日生
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学級会

 まだ夏の暑さが残る九月のはじめ。


 みんな、それぞれに色々とあっただろう夏休みも終わり、浮かれた心を落ちつけて、元の日常に・・・戻る前に、学校にはもう一つ浮かれてしまうイベントがある。


 その日の放課後、クラスでは話し合いが行われていた。


「じゃー、クラスの出し物を何にするか、案言ってってくださーい」


 委員長の佐藤さんが前に立ち、みんなに尋ねているのは、十月に行われる文化祭についてのこと。


 先生がいない生徒だけの話し合いはリラックスした雰囲気で、それぞれ席の近い人と雑談しながら、クラスで何をするか思いつくままに案を挙げていっている。


 私も、隣の席の沙耶と話しながら、黒板に書かれる文字列を眺めていた。


「一カ月もかけて準備するんだから、すごいのできるよねっ」


 イベントが大好きな沙耶は、話し合いの間もうきうきしていた。


「沙耶は何がいいの?」


「やっぱベタに喫茶店かなあ。ユキは?」


「うーん・・・なんだろう。こういうの初めてだから、よくわかんないや。中学の時はステージ発表と展示だけだったから」


「うちのほうもー。でも去年卒業した姉ちゃんが、文化祭で喫茶店やっててさ、飲み物と簡単なケーキとか出すだけでよくて、可愛い制服作ったら楽しいって言ってたよ」


「へえ~。それはいいかも」


 沙耶が言うなら、私も賛成しよう。特別やりたいことも他にないし。


 候補の中にはすでに喫茶店がある。他は、お化け屋敷とか縁日とか、焼そばなどの飲食店、劇なんかも出ていた。


 でも今日は多数決を取るまでは進まず、とりあえずたくさん意見が出たので、そこから何がやりたいかをそれぞれ考えて、また明日決めようということになった。


「――あと、ミスター&ミス・コンテストに出る人決めなきゃならないんですけどー」


 もう終わりかなあと思ったら、佐藤さんがプリントを見ながら最後に言った。

 私を含め、クラスの半分くらいは何それ? 状態できょとんとしてしまう。


「ミスター&ミス・コンテストというのはー、男子が女装して女子が男装して、ペアでステージ発表するものらしいです。クラスで必ず一組出さなきゃならないんでー、誰かやりたい人いますかー」


 いますかーと言われても、こればかりはさすがに手が挙がらなかった。でもクラスのざわめきはさっきよりも大きい。

 男子が女装、女子が男装、というおもしろそうな催しに、私も含めみんながちょっと色めき立っている。


「じゃー、推薦では誰かいますかー」


 立候補を早々にあきらめた佐藤さんがそう言うと、今度は手が挙がった。

 女子だと部活で髪を短くしてる子や、背が高い子、普段から目立つ子などで、沙耶も名前を挙げられ「えーっ!? やだーっ!」と楽しそうに叫んでた。


 そして男子は―――


「天宮はどう?」


 誰かが、この話し合いの場で、一人だけ最初からずっと寝ている彼の名前を挙げた。


 授業中でも休み時間でもいつも寝ている天宮くんは、クラスであまり目立たない存在だけど、すごく整ったきれいな顔立ちをしていることは、どうやらみんなの共通認識にあったらしい。


「天宮が女装したらハマり過ぎだろっ」


「すっげ見てみてーっ」


「男子は天宮で決定でいいんじゃね? こいつより似合うやつ他にいねーよ」


 クラスの男子が一丸となって、寝ている天宮くんに女装を押し付けようと囃し立てるなか、離れた席にいる私は一人、おろおろしていた。


 あああ天宮くんっ、い、今、起きないと決まっちゃうよ~。


 必死に念を送るも虚しく、佐藤さんは無表情に黒板に天宮くんの名前を書き、赤チョークで上に二重丸をした。


 決定された!


「じゃー、このことは後で佐久間さんから本人にお願いしてもらうということでー」


「え、わ、私ですか?」


 急に名指しされてなんで? と思ったら、クラスの視線が生温かいのでわかった。


 そうだ、私、天宮くんと付き合ってると思われてるんだ・・・本当は、私を妖怪から守るために一緒にいてくれてるだけなんだけど、うまく説明することができず、恥ずかしくてうつむくしかなかった。


「じゃー、女子のほうはテキトーにじゃんけんして決めましょー」


 佐藤さんは不満げな人たちをてきぱき仕切り、速やかにチカちゃんという陸上部のすらっとした女の子に決まった。


 なお、天宮くんが決まった直後に私の名前も候補に挙げられかけたが、顔面真っ赤にしつつ全力で拒否してなんとか免れた。


 男装は美人じゃなきゃ似合わないと思うし、なにより天宮くんとステージに立ったら噂に拍車をかけるようなものだ。そうでなくても、人前に立つなんて恥ずかしくて死ねる。


 男女とも代表者が決まったら、即解散となった。部活のある人は足早に教室を出て行き、そうでない人もぱらぱら帰ってゆく。


「じゃ、ユキがんばって」


 沙耶は私の肩をぽんと叩いて、教室を出て行ってしまった。

 彼女もテニス部の活動があるのだ。


 私は仕方なく、というか他にどうしようもなく、天宮くんのところへ行って彼を起こした。


「・・・ん? ああ、終わったのか」


 天宮くんは半眼の眠そうな顔で、ぼーっと宙を見てる。


 その目はちゃんと開かれると少し大きく、鼻筋はすっと通って、顎も細くてきれいだ。みんなには見えないけれど、派手な緋色の髪も彼にはよく似合う。


「ぶ、部活、行く?」


 彼が黒板の字に気づく前に誘う。天宮くんは「うん」と言って席を立ち、鞄を持って、あくびをしながら教室を出た。


 どのタイミングで切り出そうか悩んでいるうち、美術室に着き、荷物を置いて、絵具の準備を始めて、そこでようやく、


「――そういえば文化祭、何やることになった?」


 天宮くんに訊かれ、話を切り出せた。


「・・・は?」


 ミスコンのことを聞いた、天宮くんの第一声はこれ。


「絶っっ対、嫌だ!」


 普段、どんな妖怪が美術室に訪ねてきても動じない天宮くんがひどく狼狽し、私はそんな彼に頭を下げるしかなかった。


「ごめんねっ。なんかもう、決められちゃって」


「なんで本人の意思すっとばして決められてんだ?」


「それは、たぶん、他の人がやりたくなかったからじゃないかと・・・」


「・・・ざけんな」


「っ、ご、ごめんなさいっ!」


「あ、いや、佐久間は謝らなくていいけどさ」


 天宮くんは、深い溜め息を吐く。


「んなアホな行事があるってわかってたら起きてたのに・・・」


「ごめんねっ。私が起こしてあげればよかったよねっ」


「いや、佐久間は席離れてるから別に」


「あ、あとで佐藤さんに言えば、また話し合いしてもらえるかもっ」


「うん、言っとく。それでだめだったら」


「だったら?」


「・・・休むか、当日」


「そ、そこまで?」


「大体、女の格好を男にさせて何が楽しいんだ?」


「そ、そうだね」


「男が着たって似合うわけないだろーが」


「だ、だよね」


 天宮くんは、似合いそうだなあ・・・。


 ごめんなさい。白状すると実は私も、ちょっとだけあなたの女装姿を見てみたいと思ってしまいました。

 彼の前では、口が裂けても本音は言えない。


「―――佐久間さーん、ちょっといい?」


 その時、相馬先生がひょこっと現れた。


 美術部顧問の先生だけれど、普段から滅多に部活には顔を出さない。活動内容も何もかも自主性にまかされているため、監視の目がないのをいいことに、私は美術部ではない天宮くんや、妖怪たちを招いて絵を描いているのである。


 天宮くんは私を妖怪たちから守るために、頻繁に美術室に訪れ、時には準備室で昼寝までしているのだけど、今まで先生と遭遇したことは奇跡的に一度もなかった。


 だから咄嗟に、私は相馬先生に怒られるのではと身構えた。

 けれど先生は、部外者であるはずの天宮くんを見ても、「あ、こんにちは~」とのんびり挨拶しただけ。


「ちょっとごめんね? 文化祭のことで相談があるんだ」


 相馬先生は持っていたプリントを机の上に置いて、私たちの前の席に座った。


「美術部の出し物なんだけど、佐久間さん、何かやりたいことある?」


「あ・・・そっか、部活でも何かしなくちゃいけないんですね」


 ちょっと忘れてた。

 でも何をしたいかと訊かれても、私一人しかいないからなあ。

 できることは限られる。もちろん、相馬先生もその辺りのことはご承知だった。


「まあ一人しかないからね。普通にこれまで描いてもらった絵を展示するのでいいかなと思うよ。あ、もし天宮くんも何か作品があるなら飾るけど」


 この流れで名前を出された天宮くんは、戸惑っていた。


「え? いえ、俺は部員じゃないんで」


「でもほとんど毎日来てくれてるじゃない? 新入部員は大歓迎だよー」


 ほとんど部活に顔を出していないのに、相馬先生が天宮くんのことを気づいていたのは、ちょっとびっくり。

 でも、怒ってはいないみたい。別に部外者がいてもいいのかな? もしくは見学か何かだと思ってるのかもしれない?


「俺は絵とか描けないんで」


「絵じゃなくてもいいんだよ? 塑像とか、彫刻とか」


「いや、遠慮します」


「そう? その気になったら教えてね。じゃあ佐久間さん一人の作品を飾ることになるんだけど、いいかな? いわば個展だね」


「そ・・・です、ね。はい、わかりました」


 個展なんて言われると急に恥ずかしいけれど、でもどうしても何かしなくちゃいけないのなら、仕方がない。

 いや、きっと、たぶん、どうせ、こんな奥まったところまで誰も来ないだろうし。他に楽しげなお店がたくさんある中で、私の絵なんか見ていく人はいないだろう。


 相馬先生は「よし、決まり」と早速、文化祭の出し物内容の申請書にさらさら書いてしまった。


「コンクールに出した作品と、あとは佐久間さんの好きな絵を飾っていいよ」


「は、はい」


 好きな絵、かあ。なにほど描いているのは妖怪絵だけど、それはさすがに飾れない。どんな部活だと思わてしまう。


「あ、あと、文化祭のポスターを描いてほしいんだ」


 話は終わりと思いきや、ここでもう一つ追加された。


「一応、これまでずっと美術部が担当してきた仕事でね。できればやってもらえると助かるんだけど、どうかな? 頼めるかい?」


「わ、私でいいんですか?」


 人が来るともわからない美術室に飾るのと違い、文化祭のポスターは町中に貼られる。

 そんな学校を代表するようなものを、私がやって文句が出ないのだろうか。


「もちろん佐久間さんにならまかせられるよ。ほら、コンクールに出したのが全部良い賞もらえたでしょう。そういう実績も認められての依頼なんだよ」


 そ、そうなのかな。

 まあ、美術部が描くものだと決まっているのなら、描くしかないんだろうけれど。


「来週中にデザインを生徒会に提出して、認証もらえたら印刷所に回すらしいよ」


「締め切り近いんですね」


「早めにほしいそうだよ。だからとりあえずポスター優先でお願いね。サイズは拡大縮小できるから何に描いても大丈夫。必ずあってほしいのがテーマと日時と場所で――」


 結局ポスター作成も引き受けることになり、先生はポスターに描くことの必須事項を伝えてくれた後、プリントを提出してくるからと美術室を出て行った。


「・・・急に忙しくなったな」


「だね」


 天宮くんと顔を見合わせた時、話が終わるのを待っていたかのように、窓をこんこん叩く音がした。

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