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幻想徒然絵巻  作者: 日生
67/150

終わりと始まり

 カナカナカナ・・・


 物寂しく響くひぐらしの声は、夕方の寺の景色によく似合う。


 昼と夜の中間に存在する中途半端なこの時間帯は、ある意味、真夜中よりも不気味だ。

 曖昧に赤く染まる空がよけいにそれを演出している。


 さらに墓地に囲まれた寺とくればなおさらだ。

 濃くなった影が徐々に、異形の姿を成そうとしていた。


 そんな時間帯にわざわざ、天宮翔は知り合いの和尚を訪ねた。


 年老いて小さくなった和尚は仏の前の木魚を布でせっせと磨いており、はじめ翔が来たことには気づかなかった。


「こんばんは」


 声をかけられてから、初めて振り返る。

 翔の姿を見るや、和尚は皺を深くした。


「ひさしぶりだなあ」


「ひと月前にも来たじゃありませんか」


 苦笑を漏らし、翔は本堂へ上がり、和尚の横に座った。


 仏に手は合わせない。そのまま話し出す。


「その後お変わりありませんか?」


「変わったことは、あったよ。でもお前さんに連絡する前に、知り合いの孫が解決してくれた」


「は?」


「お前さんの出番はもうない。今度から怪異があったらあの子に頼むとしようかねえ。高い金を取られんで済む」


 かっ、かっ、と和尚は陽気に笑う。


 その間も木魚を磨く手は止めていなかった。


「お手入れですか? 熱心ですね」


「ああ。こいつも妖怪になっちまったからな。大切にしてやらんと、祟られるかもしれん」


「夜中に動きでもしましたか」


「いいや。ほれ、あの絵」


 和尚は本堂の壁を指した。

 曼荼羅や真言や、不必要なカレンダーが飾られている壁の隙間に、鉛筆で描いたらしい異形二つのスケッチ画が、額縁に入って飾られている。


「木魚と払子があんな姿に化けるんだと」


「・・・もしかして、和尚様の知り合いのお孫さんというのは、佐久間ユキという子ですか?」


「知ってたのかい。まさか、お前さんがあの子の彼氏ってやつじゃねえだろうな?」


「違いますよ。弟です」


「そうかい」


「俺ではまずいんですか?」


「そりゃ色々とまずいだろう。あの子は高校生だぞ」


「俺だってまだ二十二ですよ? 年自体はそこまで離れてませんよ」


「だめだ。お前さんはそのひねくれ直さねえと、あの子にゃ合わねえよ」


 遠慮の欠片もなく切り捨てられ、その小気味よさに翔は笑いたくなった。


「ずいぶんと可愛がっているんですね」


「そりゃ可愛いからな。心根のまっすぐな、いい子だよ、あの子は。一緒にいると、みぃんな優しい気持ちになる」


「そうかもしれませんね」


 いつも下手にあってどこか自信なげで、人を責めるということを知らずやたら頭を下げまくる。

 その割に人懐っこく寄って来る少女には、妖怪であれ気を許したくなるのだろう。


 神を奪い去る能力だけは厄介だが、実際、警戒する必要があるかと言われれば、そうでもないと翔は思う。


 彼女は行儀のよい子犬のようだ。滅多なことでおイタをすることはないだろうし、可愛がっていればいつか恩返しをしてくれるかもしれない。

 たとえその前にうっかり・・・・死なせてしまったとしても、胸が痛む以外に支障はない。


 ただ最近少し気になるのは、噂にしか聞けない彼女の祖父のことだ。


「ユキちゃんのおじいさんとはご友人だったんですか?」


 世間話の中で、翔は何気ないふうに尋ねた。


「そんないいもんじゃねえよ。腐れ縁だぁ、腐れ縁」


「おじいさん、冬吉郎さんでしたか。妖怪が見える方だったんですよね? 彼女に聞きました」


「そうだよ。よく危ない目に遭ったりしてたみたいだなあ。お前さんら、ユキちゃんのことはちゃんと守ってやれよ?」


「わかってますよ」


 佐久間ユキは己で己の身を守ることができない。

 妖怪祓いの術を使うのに必要な霊力が、彼女にはないのだ。


 どころか今、妖怪が見えているのが不思議なくらい、彼女からはなんの力も感じられないのだが、それはひとえに彼女の常人を越えた鋭い感性が、異質な存在を感知しているのだろうと推測されている。


「冬吉郎さんの描かれた絵はないんですか? 妖怪たちがとてもすばらしいものだと絶賛していたので、一度見てみたいと思っているんですが」


「妖怪の絵だったら、ここにはないよ。もっとガキの頃に描いた風景やら人やらの絵ならあるが。あいつは、もとから妖怪が見えてたわけじゃあねえからな」


 最後に和尚がぽつりと漏らしたことに、翔は虚を突かれた。


「・・・は?」


 完全に油断していたため、和尚の発言に対し、素直に驚きを示してしまう。


「どういうことです?」


「どうもこうも、そのまんまだよ。あいつはある日を境に妖怪が見えるようになったんだ」


 子供のうちに妖怪が見え、成長すると見えなくなる者はいる。

 しかし、その逆となるとただ事ではない。


「何があったんですか?」


「十五、六くらいの頃だったかなあ。山菜取りに入ったっきり、二日くらい、行方不明になったのよ。帰って来たら、妖怪が見えるようになってたんだと」


「二日間も、山でどうしていたんですか?」


「知らん。当の本人が覚えてなかった。ただ、帰って来たその日から、奴は人外のものに魅入られるようになった。それまでは普通の絵を描いていたのに、妖怪の絵ばかり描くようになって、まるで、わしらから遠い存在になっちまったみたいだった」


「・・・」


「冬吉郎は、普通の人間だったよ。闇に縁がある奴なんかじゃなかった。だから、たぶん、巡り合わせだったんだろうなあ」


「巡り合わせ?」


「うっかり何かに出会っちまったんだろう。その出会い一つで、あいつの人生はよくも悪くも変えられちまったんだよ」


「・・・ユキちゃんにも、冬吉郎さんと同じようなことはあったんですか?」


「さあなぁ。ただあの子は、あいつによく似てる」


 和尚は木魚を磨く手を止めると、皺に隠れた瞳を開き、翔を見つめた。


「天宮がなぜあの子に関わるのか、お前さんらがあの子をどうするつもりなのか、わしにはわからんが、くれぐれも、ひどいことはしてくれるなよ。おそらく、そのほうがお前さんらのためにもなろう」


 まるで何もかも悟っているかのように、寺の和尚は言うのだった。


「人道を進まば人外となることはない。翻って言えば、たとえ人でも道を踏み外さば人でなくなるということよ。情けは人の為ならず。年寄りの言うことは聞いとくもんだ」


「・・・覚えておきますよ」


 翔は、軽く笑って答えておいた。


 だが、頭の中では人畜無害な少女のまだ見ぬ側面と、得体の知れない少女の祖父について、様々に思考を巡らせていた。




 ❆




 新学期。


 夏休み中は普段より登校時刻が遅かった分、通常どおりの生活に戻りたてはちょっと眠い。


 でも沙耶のおかげで学校の課題は終わっているし、予習もできてるしでなんの不安もない。


 曇りない心で爽やかな朝を満喫しつつ、のんびり校舎に向かっていたら、急にぞぞっと首筋が寒くなり、続いて、がし、と後頭部を誰かに鷲掴まれた。


 何がなんだかわからないでいるうちに、ぐりん、と遠慮のない力で後ろ斜め上を向かされる。


「よぉ」


 見上げた先に、鷹のような鋭い瞳がある。


 忘れもしない。


 大きな手で私の頭をがっちり掴んでいるその人は、古御堂拓実さんだった。


「た、拓実さん!? どうして、学校に」


「馬鹿か。格好見ればわかんだろ」


「え?」


 言われてから気づく。拓実さんは紛れもなくこの学校の制服を着ていた。

 ということは・・・


「お、同じ学校だったんですか」


「俺、二年。来たのはお前らが後」


 しかも先輩。


 でも、そっか。考えてみれば同じ学校に通っていたから、名前だけでも私を探り当てることができたのかもしれない。


 美術室にはよく妖怪たちが訪ねて来ているのだから、拓実さんがそれを見かけることだってあっただろう。


 拓実さんは私の頭を掴んだまま、校舎に向かって歩き出す。


「ツレは?」


「え?」


 咄嗟に意味がわからないでいると、頭を掴む力がちょっと強くなった。


「天宮だ」


 ほんの少し、イラついてるような声。


「あ、天宮くんなら、まだ来てないと思います」


「ずっと張り付いてるわけじゃねえんだな」


「そ、それは、まあ・・・あの、何かご用ですか?」


 頭を掴まれて歩かされるのは歩きにくいというか、ちょっと握力が痛いというか。


「今はない」


「あ、あれ?」


「そのうちな。何かの役には立ちそうだ」


「な、何か、って?」


「まあいいじゃねえか」


 ぎろりと高いところから睨まれた。


「人間どうし、仲良くやろうぜ」


「・・・・・・は、い」


 迫力に、ただただ頷くしかなかった。


 新学期早々の怖い再会は、これから起こる騒動を暗示しているようで。


 どうやら私の日常は、いつまでも平穏無事にとはいかないみたいだった。



3章終了。

次章は15日開始。


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