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幻想徒然絵巻  作者: 日生
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夏の暮れ

 キの神様を無事お見送りし、家に帰った私はまた泥のように眠って、次の日はゆっくり起きた。


 どうして雷切が避雷針にくくりつけられていたのかは疑問として残るけれど、この夏の間ずっと懸念事項だった謎の猿面の人の正体もわかったし、騒動自体は全部解決して、朝の目覚めもすっきり。


 思い返せば色々なことがあったこの夏休み。お祭りなどの楽しいイベント、新たな妖怪、神様、人との出会い。


 そんな思い出いっぱいの私の夏を締めくくるのは、やっぱりこの人だった。


「――それは、ようございました」


 桔梗の模様が入った黒い着物姿が古風なお屋敷に似合う、天宮家当主の綾乃さんは、私の長い話を聞き終えて微笑んだ。


 夏休み最終日、天宮家に招かれた私は、綾乃さんに思い出話を乞われて、この夏の出来事を話していたのだ。


 今、部屋には綾乃さんと私の二人きり。

 天宮くんは話が終わるまで、別室で待機してくれている。


「休暇を楽しく過ごされましたようで、何よりです」


「はい、おかげさまで」


「煉から随時報告は受けておりましたが、こうして直に貴女のお顔を見ましたほうが安心できます」


 綾乃さんも普段から気にかけていてくれたよう。ありがたく、でも申し訳ない。


「すみません、いつもご心配をおかけしてしまって」


「いえ。しかし存外、貴女はお強い方であったのですね」


「え?」


 どうしてそんな感想が出てきたのかわからず、私はぽかーんと口を開けてしまった。


「ユキさんのお話を聞いておりますと、不思議な心地がいたします」


 綾乃さんはわずかに首を傾げて言っていた。


「たった数か月前まで、常の人と同じように過ごされていた娘さんが、突如人ならざる者に生活をおびやかされるようになった、にもかかわらず、まったく変わった日常の中で、変わらず日々を過ごしていらっしゃるということ。これは、奇跡に近いように思われます」


 それはなんだかとっても、大げさな言い様だ。


「貴女は己が主導権を握れぬ状況の中にあっても、根本ではさほど動揺してらっしゃらない。真の強さとは、揺らがぬことだと私は思います」


「そ、そんな、大した者ではないです」


 綾乃さんが何をもってそんなふうに思ったのかわからないけど、実際の私なんて動揺しまくりだ。

 何か起こるたびにいつだって、自分じゃどうしようもなくて、ひたすらおろおろしているだけ。


「私は全然、強くなんかありません。弱くて、馬鹿で、いつも自分の身を守ることすらできません。なので、あの、そんな私がこんなに色々なことがあっても無事で、楽しく日々を過ごせるのは、天宮家の皆さんをはじめ、周りに恵まれているからなんだと思います」


 本当に、心から思う。


「私が強いんじゃないんです。皆さんが優しいんです。だから何があっても平気だったんです」


「・・・そうですか」


 綾乃さんはつぶやきのような相槌を打ち、あとからもう一度、「そうですね」とはっきり言い直した。


「貴女はそういう方でしたね。そういう方だからこそ、無事であれるのでしょう」


 綾乃さんは微笑みを浮かべる。


「そろそろ、日も暮れる頃合いです。このような時間まで年寄りの相手をしてくださりありがとうございます」


 年寄りって、綾乃さんはまだまだ全然お若い感じなのですが・・・まあ、冗談で言ってることことだろうし、いちいち指摘しなくていいのかな。


「今日は色々と話を聞いてくださって、ありがとうございました」


「いえ、こちらがお尋ねしたことですから。いつでも、またお話をしにいらしてください」


「はいっ」


 綾乃さんとお別れの挨拶を済ませたら、今日は家まで迎えにも来てくれた天宮くんに送ってもらう。


 帰り道に見上げる茜色の空にはトンボが飛びはじめ、ひぐらしの鳴き声が今日の終わりを告げている。


 同時に夏も、もう終わり。


「だいぶ長い時間かかってたけど、なに話してたの?」


 並んで歩く天宮くんから、帰り道に尋ねられた。


「夏休みの思い出話だよ。いっぱいあり過ぎて時間経っちゃった」


「それだけ?」


「うん」


「・・・」


「どうかした?」


「いや・・・普通の話してんのが想像つかなくて。当主とは必要な会話しかしたことないから」


 天宮くんは、お母さんである綾乃さんのことを当主と呼ぶ。とても他人行儀なのが、天宮くんのお家では普通みたい。


「でも綾乃さん、すごくよく話を聞いてくれるよ。聞き上手っていうのかな」


「ふうん?」


「天宮くんの話も、きっとよく聞いてくれるよ」


「・・・機会があったら。一生ない気がするけど」


 まあ、天宮くんは男の子だから、お母さんとは色々あるのかもしれない。

 この辺にあんまり首を突っ込むのはお節介というものだろう。


 別の話題で他愛ないお喋りをしていれば、いつの間にか、家の前に着いてしまう。


「じゃあ」


「あっ、待って」


 帰ろうとする彼を引き留め、神様にするように、深々と頭を下げる。


「明日から、またよろしくお願いします」


 これだけは言っておかなければと思っていた。私が楽しく笑って日々を過ごすには、彼の存在が不可欠だから。


 天宮くんは一瞬びっくりしたような顔をして、ややあって「あー・・」と唸り、頭を下げた。


「・・・こちらこそ、よろしく」


 お互いに言って、それから彼は帰路に就き、私は家の中へ入った。


 こうして、私の高校一年生の夏休みは無事、終了したのでした。

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