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幻想徒然絵巻  作者: 日生
61/150

廃校の怪

 途中でコンビニに寄って軽くお昼を済ませてから、私たちは家に帰らずまっすぐ南山へ向かった。


 山住姫が来いと言ったのは、山の麓にある人が打ち捨てた屋敷。


 屋敷と言うのだから、天宮くんのお家のようなところを想像していたのだけれど、その場所に心当たりがあるという一つ目入道さんに付いて行った先に、建っていたのは小学校だった。


 取り壊しが決定された廃校だ。確かに、お屋敷と言えるくらいの大きな建物ではある。

 夜泣き石さんの件に続いて、またしてもここに来ることになってしまった。


 前は夜だったからよく見えなかったけれど、建物は時代を感じる木造で、校庭は草だらけ。

 校門に立てられた看板には、休工中と書いてあって、人の姿は見えなかった。


 簡単に跨げる立ち入り禁止を表すチェーンを乗り越え、天宮くん、私、一つ目入道さんの順で昇降口から中に入る。鍵はあいていた。


 中は少しじめっとした匂いがした。窓が曇っているせいで日が届かず、昼間なのに薄暗い。

 土足のまま廊下を二、三歩進んだところで、天宮くんがすぐ足を止めた。


「・・・やっぱ引き返したほうがいいかな」


「ど、どうしたの?」


「妙な気配がする」


 天宮くんは辺りを油断なく見回す。


「・・・気配がだいぶ散ってる。どこかに潜んでるってか、この建物中にいるって感じだな」


「えっと・・・どういうこと?」


「俺もよくわからない。とにかく、早いとこ離れたほうがいいのは確かだ」


「なんじゃ、来たばかりではないか」


「お前だって佐久間を危ない目に遭わせたいわけじゃねえんだろ」


「当たり前じゃ」


「佐久間もいい? いったん出よう」


「う、うん」


 もちろん、私に拒否権なんてない。

 正直、こんな入口ですぐ帰ってしまうのは忍びないけれど、天宮くんが危ないと思ったら帰るというのが約束だから。


 昇降口の扉を天宮くんが引く。けど、入る時は簡単に開いたものが、今度はぴくりとも動かなかった。


「ん?」


 逆に押しても動かない。私も一緒にやってみたけれど、二人がかりの力でも微動だにしない。


「あ、あれ? どうしたのかな?」


「・・・」


 天宮くんは無言で、廊下の窓に近づいた。するとそっちは鍵があかない。接着剤で固められているかのように動かないのだ。


「下がってて」


 天宮くんが、肘で思いきり窓ガラスを突き入れる。ごん、とすごい音が響いたけれど、まったくヒビすら入らなかった。


「あの、これって・・・」


 おそるおそる、尋ねると天宮くんは一度深く頷いた。


「閉じ込められた」


 や、やっぱり?


「困ったのう」


 一つ目入道さんはそう言いつつも、さほど困った感じは漂ってこない。


「・・・お前、わかっててわざと連れて来たんじゃないだろうな?」


「馬鹿を言え。わざとなら一緒に入っとらんわい」


「どうして開かないんでしょう?」


 これは確実に人のなせることじゃない。

 妖怪だとしてもなぜ、こんなことを?


「無差別に侵入者を閉じ込めてるのか、もしくは俺らのうちの誰かに用があるのか・・・可能性が高いのは佐久間だろうけど」


「わ、私ですか?」


「ここの主がいるはずだ。祓うにしろ事情を聞くにしろ、どのみち探すしかない」


「・・・ご、ごめんなさい。やっぱり、変なことになっちゃったね」


 ある程度危険は予想していたものの、いきなり退路を断たれてしまうというのは、ちょっと危機的状況が過ぎる。


 すでに激怒されても仕方がないところだ。


「いや、このために俺が付いて来たわけだから」


 ところがこんな状況でさえ、天宮くんはまったく怒ってる様子がなかった。もう、本当に頭が上がらない。


「絶対に離れないようにして」


「は、はいっ」


 天宮くんと一つ目入道さんに挟まれて、まずは慎重に妖怪を探す。


 私も一応、妖気というものを感じることはできる。

 でも、どこにいるのかまでは全然わからない。天宮くんが言うように、確かにこの建物は全体に不思議な気配が満ち、どこにいても見られているような、変な感じがする。


 私たちは一階から教室の一つ一つを、丹念に探して回った。妖怪がどんな姿形をしてどこに潜んでいるかわからないから、散乱した机の中や下まで探さなきゃいけない。


 もちろんそれは私もやる気でいたのだけど、


「佐久間は何も触んないで。俺がやる」


 速やかに押しやられ、教室の入り口で一つ目入道さんと一緒に手持ち無沙汰になった。

 突然妖怪が出て来たら危ないってことなんだろうけど、まかせっきりは申し訳なさ過ぎる。


 せめて廊下の見張りなどを、と思い、その場で左右をきょろきょろ見ていると、少し離れた曲がり角を一瞬、影が走った。


「・・・?」


 ただ、本当に一瞬で、なんだったかもわからない。


「なんじゃ?」


 一つ目入道さんと共に首を傾げ、またよぉく目を凝らしていると、白い光が現れた。


「――あっ!」


 と思わず、声を上げてしまう。


 曲がり角の向こうから現れたのは、腰まで届く絹糸のような白髪を高く結い上げ、さらに白っぽい狩衣をまとった、この世の者とは思えないほどに美しい、女性。


「椿さん!?」


 間違いなく、天宮くんのお姉さんの天宮椿さんだ。私の声に気づいて天宮くんも廊下に出て、お姉さんを見るや「うわ・・・」となぜか嫌そうに顔をしかめた。


「あらぁ。誰かと思えば、我が愛しの愚弟くんに、可愛いお姫様じゃないの。こんなところで何してるのかしら?」


 椿さんはにこにこしながら私たちのところまでやって来る。


「先に言っておくけど煉? 女の子を連れ込む場所としては最悪のチョイスよ」


「ちげえよ!」


「ま、どうせユキちゃんが妖怪にさらわれるか呼ばれるかして、あんたものこのこ付いて来たってところかしら」


 ちらりと椿さんは一つ目入道さんのほうを見やって、鋭いことをおっしゃる。

 というか、ほぼ正解です。


「わかってんなら聞くな。そっちはなんでいる」


「仕事よぉ。近々ここを取り壊す予定なんだけど、妖怪がねぐらにしてるから追い払ってくれって依頼があったの。でも、まさかあんたたちに会うなんてねえ。何してるのか知らないけど、さっさと出なさい」


「出られないんだよ」


「え?」


 ぶっきらぼうに天宮くんが言い放つと、椿さんは目を瞬いた。


「どういうこと?」


「気づいてないのか? 妖怪の術で閉じ込められてるだろ」


 椿さんは近くの窓をいじってみて、やはり開かないことを確認すると大いに驚いた。


「うそ、なんでー? さっきまではそんなことなかったのに」


「そうなのか?」


「そうよ。さてはなんかしたわね、あんたたち」


「してない」


「ふうん? 狙いは、やっぱりユキちゃんなのかしら」


 椿さんに視線を向けられ、どきりとする。


「ご、ごめんなさい!」


「佐久間、よくわからないうちに謝らなくていいから」


 天宮くんはそう言ってくれるけれど、私たちが入ったことで閉じ込められたのなら、やっぱり私のせいなんだと思う。


「・・・もう何匹か妖怪を祓ってるんだけど、おかしいのよねえ」


 椿さんは人差し指を顎の先にあてがって、悩むように言っていた。


「なにが?」


「妖怪の数と種類がやたらに多いのよ。本来、山にいないようなものまで混じってた。それに全員が妙にぼーっとしてて、祓っても手ごたえがない。紙風船でも割ってる気分だわ。何かおかしいのよ」


 ただ、それが何かは椿さんにもよくわからないそうだ。


 ここにはわからないことだらけ。廃校に集まったたくさんの様子のおかしな妖怪たちに、建物全体を覆う不思議な気配、そして私たちを閉じ込める理由。


 一体どんな妖怪がここの主なのか。私たちに、あるいは私に、一体何をさせたいのか。用があるなら姿を現してくれたらいいのに。


「――ま、とにかく片っ端から見かけた妖怪を祓ってみるしかないわね。ってことで煉、半分頼むわ」


 椿さんはびしりと天宮くんを指した。


「は? いや、こっち佐久間いるし」


「そのくらい守りながらやんなさいよ」


「よくわかんねえ妖怪が相手じゃ危ないだろ、さすがに」


「あんた、それだけ慎重になれるならどーしてユキちゃん連れて来たのよ?」


「・・・」


「あ、あの、私が無理にお願いしたんですっ」


 黙ってしまった天宮くんのかわりに言い訳をさせてもらう。天宮くんが責められるいわれはないのだ。


「私が悪いんですっ、だから」


「あーあ、女の子にこんなこと言わせちゃって」


 あ。なんか、逆効果だったかも。


「いいええあのっ、私が本当に悪かったんですっ」


「・・・いいよ佐久間、もう」


 さらに言い募ろうとしたところを、天宮くんに止められた。


「わかったよ。佐久間守りながらやればいいんだろ」


「そゆこと~♪ もう一階は調べ終えたから三階を頼むわね。私は二階を見るから」


 椿さんは楽しそうに言い、曲がり角の向こうに消えてしまった。

 対してどっと疲れたように、天宮くんは肩を落とす。


「だ、大丈夫?」


「・・・大丈夫。行こう」


「我も手伝おう」


 そういうわけで、天宮くんと一つ目入道さんと三階まで階段を上る。


 けれど椿さんがあらかた退治してしまったのか、妖怪の影は見当たらない。気配は感じるからいないわけではないのだろうけど、どこかに隠れているのかも。


 正直、それで私はほっとしてた。天宮くんたちのお仕事はよくわかっているつもりだけれど、やっぱり妖怪を祓う、つまり殺してしまうことには抵抗があったから。


 みんなそれぞれに、うまく折り合って生きられたらいいのに。


 そんなことを考えながら、とある教室を過ぎようとした時のこと。


「んぎゅうっ!?」


 背後で奇妙な声がして、振り返ると、一つ目入道さんの大きな頭に細い棒がめり込んでいた。


 そのまま、巨体が床に倒れる。


「っ!?」


 私は即座に天宮くんに抱き寄せられ、その場から飛び退いた。


 天宮くんは私を放して背に庇う。

 その肩から向こうを覗けば、黒い影がいた。


 猿のお面をした、漆黒の衣装の、ヒト。


 朱塗りの棒を構え、昏倒した一つ目入道さんの傍に音もなく立っていた。

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