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幻想徒然絵巻  作者: 日生
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墓参り

 夏休みも早いもので、部活や軽い騒動に巻き込まれていたりしたらもう八月。

 お盆に入った。


 帰省ラッシュで新幹線や高速道路が大変な混雑とニュースで騒がれているなか、佐久間家のお墓はそんなの全然関係ない近所のお寺にある。なので家族三人でお墓参りの荷物を持ち、のんびり歩いて行く。


 お墓には、おじいちゃんとおばあちゃんと、ひいおばあちゃんの三人だけが入っている。


 ひいおばあちゃん、つまりおじいちゃんのお母さんが、色々な事情で親子二人だけでこの町に移り、今の私たちが住んでいる家で暮らし始めたらしいので、先祖代々なんて言えるほどの歴史はうちにない。


 残念ながら、私はひいおばあちゃんに会ったことがなかった。ただ、聞くところによれば、どうやら妖怪が見える人ではなかったらしい。


 おじいちゃんが他界したのは五年前で、おばあちゃんは私が小学校に上がると間もなく亡くなってしまったから、こちらは十年近く前になる。


 なので、おばあちゃんとの思い出も実はあんまり多くない。けど、ハルという名前の通り、ぽかぽか陽気のように優しく温かな人だったことは覚えてる。


 おじいちゃんは冬吉郎だから冬で、おばあちゃんは春で、名前は正反対でもお似合いの二人だったって、お母さんたちが今でもよく言っている。


 仲良しの二人が入っているお墓の周りを掃除し、お茶と菊や百合などの花を供えて、最後にお線香を焚こうとしたら、「おぅい」と声をかけられた。


 振り返って、びっくり。


 引きずりそうなくらい長く美しい白金の光を放つ髪を持つ男性が、その肩に三歳くらいの小さな女の子を乗せ、こちらに歩いて来ていたのだ。


「お狐様!? アグリさんまで、どうして」


 いつもの九尾や耳は見えなかったけれど、容貌や服装などは変わってない。

 鶯色の着流しに、黒い羽織を肩にかけた格好だ。


「こんにちはなのですユキさま!」


「盆の墓参りくらいはな、友のよしみで毎年してやっておるのだ」


「そ、そうだったんですか」


 お墓参りは毎年決まった日にしているけれど、ここでお狐様に会えたことはない。

 もしかして今までは、遠慮して会わないようにしていたのかな。


「ユキ? そちらの方は?」


 お父さんやお母さんは、突然現れて墓石をぽんぽん叩くお狐様に、きょとんとしている。


 ――って、あれ?


「二人とも、お狐様が見えるの?」


「我ほどの者ともなれば、日中であろうが人に姿を見せるなど造作もなきことだ」


 お狐様がおっしゃるには、なんでも人に化けることで、普通の人にも姿が見えるようにすることができるらしい。ただ、アグリさんはそういうことはできないそうだ。


「ユキ? お狐様って?」


 置いてけぼりにしてしまっていた両親に、私は改めてお狐様を紹介した。


 そしたら予想どおり、二人とも大興奮でチャッカマンやらお線香やらを持ったまま、お狐様に詰め寄る。


「妖怪!? 妖怪なのほんとに!?」


「この方があのっ、お狐様なのか!? うわあ、うわあ!」


「すごいすごいっ、ほんとに人に化けるのね!」


「うむっ」


 ご迷惑かと思ったら、お狐様も嬉しそうな笑みを見せていた。

 特に、お父さんに対して。


「そなたは、夏輝だな? 我と会うは初めてではないぞ」


「え?」


 そう言われたお父さんは、しかし覚えていないよう。


「我はよく人に化けて冬吉郎の家を訪ねておった。その時、幼かったそなたを膝の上に乗せ、我が直々にあやしてやったのだぞ?」


「えぇえそうだったんですか!?」


「なにそれ! いいなーいいなー!」


 お母さんが心底うらやましそうだ。


 赤ちゃんだったお父さんを膝の上に乗せてあやしているお狐様・・・・想像しただけでなごむ。私も見てみたかったなあ。どうしたって無理だけども。


 記憶にない事実を知らされたお父さんは、すっかり感激していた。


「は~、親子三代に渡って、大変お世話になりました。どうぞ今後とも娘のことをよろしくお願いいたします、お狐様」


 両親そろって腰を折り、深々とお辞儀するので、私も慌てて一緒に頭を下げる。


「うむ、まかせておくがよい。それより、墓参りのほうは済んだのか?」


「あ、あとは線香をあげるだけです。どうぞ、お狐様もぜひ」


「うむ」


 お狐様は私たちがやることをまねて、お墓に手を合わせてくれた。おじいちゃんにとって、こんなに嬉しいお墓参りはないんじゃないかな。


 やることを済ませたら、私たちはそのままの足でお寺の和尚様にご挨拶に行った。


 その人は立派なあごひげと眉毛を持ったいかにもといった感じの人で、檀家の人みんなに、愛称のように《和尚様》と呼ばれて親しまれている。


 実はおじいちゃんの幼なじみで、佐久間家とは縁が深い間柄。


 お盆はご高齢の和尚様にかわり、息子さんが檀家を回っているので、お墓参りに来た時は、留守番中の和尚様にお茶をごちそうになるのが、毎年の恒例になっていた。


「やあ、久しぶりだねえ」


 笑い皺をふかーくして、和尚様は私の顔を見ると、必ず頭をなでてくれる。すると私もほっこり温かい気持ちになる。


「お久しぶりです和尚様」


「いやあ、ユキちゃんはまた別嬪さんになったなあ。ええ? お母さんに似たんだなあ」


「あらやだ~。そんなことありませんよ」


 お母さんは、まんざらでもなさそうな顔で言い返す。

 このやり取りも、会うたびに毎回行われるものだ。


「はて、そちらは」


 和尚様はふと私たち家族の後ろにいる人に向けた目を、びっくりしたように見開く。


「こりゃあ珍しい。お狐様がいらしたか」


「え・・・わかるんですか? 和尚様」


「わかるよ。冬吉郎に絵を見せてもらったことがあるからなあ」


 そう言って懐かしそうに、また目を細める。


 和尚様も普段は妖怪が見える人じゃない。でも一瞥でお狐様の正体を見破って、しかも全然、動揺しないんだからすごい。さすがはお寺の人。


 もしくは、若い頃から、いつも怪異を引き連れて歩いていたおじいちゃんとの付き合いの長さから、色んなことに慣れてしまっただけなのかもしれない。


「妖怪に墓参りされるたあ、なんともあいつらしいことだ」


「そなたも冬吉郎の友なのか?」


 お狐様の尋ねに、和尚様は剃髪した頭の後ろに片手を当てて、朗らかに笑った。


「友と言おうかなんと言おうか、奴とは腐れ縁ですな。昔から面倒ばかりかけられておりました」


「――ああわかったぞ。我も冬吉郎にそなたの話を聞いたことがある。奴がうっかり柿の木を折り、友の小僧に頼み一緒に叱られたと」


「そんなこともありましたなあ。まあまあ、昔話は中へお上がりいただき、ゆっくりといたしましょう」


「うむ、邪魔しよう」


 本堂の隣にある瓦屋根のお家の、広い居間に通され、そこでお茶をいただきながら、私は和尚様とお狐様のおじいちゃんにまつわる昔話を存分に聞かせてもらった。


 色んな逸話があったけれど、それらをまとめればつまり、おじいちゃんは人にも妖怪にも愛されていたんだなあということ。


 鈍くさいとか馬鹿正直とかまぬけとか、悪口がたくさん出てきて、まったく止まらない状態だったけれど。それがかえって親愛の深さを物語るようで、聞いていて嬉しくなった。


「実はユキも最近、妖怪に頼まれて絵を描くようになったんですよ」


「へえ?」


 話がひと段落したところで、お父さんが私のことを話題に出し、和尚様は皺に隠れていた瞳を見開いた。


「そういやユキちゃんも絵が上手だったっけなあ。今日は持って来てないのかい?」


「あ、一応は」


 気恥ずかしくはあったものの、和尚様に前にも見てもらったことがあったから、私はあまり躊躇はせずにスケッチブックを開き、最近描いた妖怪のページを出す。


 頼まれて描いた絵はほとんど相手に渡してしまうけれど、後から思い出して描いてみたり、絵を渡す際に少し時間をもらって、自分の保管用にもう一枚描かせてもらう時もある。


「こりゃまた怖そうな奴らばかりだねえ」


「どれ我にも見せよ」


「わたくしもみたいですっ」


 和尚様からスケッチブックを受け取り、お狐様とアグリさんもページをめくりめくり、この妖怪はどこそこに棲むあれだこれだと言い合い、それを横でお父さんやお母さんが熱心に聞いていた。


「しかし、危なくはないのかい?」


 盛り上がっている一部の横で、和尚様は湯呑を置き、心配そうに私を見る。


「冬吉郎のやつもほら、腕、やられちまっただろう? 気ぃつけなよ」


「はい、もちろん気をつけます」


「和尚様、それが大丈夫なんですよ」


 と、お母さんが話に横入りしてきた。


「ユキは彼氏に守ってもらってますから」


「へえ?」


「お母さんっ!? だから違うんだってば!」


 即座に否定はするけれど、まったく無駄だ。のれんに腕押し。


「この子は照れてますけどね。毎日、家まで送ってもらってるんですって」


「はあ。その彼氏ってのは妖怪祓いでもできんのかい?」


「みたいですよ。天宮ってお家知りません? 昔からある古いお家らしいんですけど」


「ああ、ああ、天宮の。確かに、あの家は妖怪祓いの家だなあ」


 さすがに、長く町に住んでいる和尚様も、当然のように天宮くんたちのことを知っていた。


「天宮の家にはこの寺もよく世話になってるよ。時々、妖怪が出るんでなあ」


「お寺にですか?」


「出る出る。近頃も夜になるとどこからか泣き声がするんでな、相談に行こうかどうか迷っていたところだよ」


「泣き声?」


 なんだろう。幽霊とかかな?

 お盆だし、お寺だし。


「それは毎晩か?」

 

 お狐様がスケッチブックを閉じて、わずかに身を乗り出した。


「はい、毎夜毎夜、どこからか啜り泣く声が聞こえるんですよ。ですが、姿を探してもなーんも見当たりません」


「いつからだ?」


「五日くらい前ですかなあ」


「心当たりはないのか?」


「それがまったく」


 和尚様は本当に見当がつかないらしく、立派な眉をひそめている。


「では我が特別に調べてやろう」


 と、なんとお狐様がそんなことを言い出した。


「茶を馳走になった礼だ。どうだ、ユキ。そなたも付き合うか?」


「え? い、いいんですか?」


 誘ってもらえたことに、思わず声が弾んでしまった。そんな私の様子に、お狐様はくつくつ笑ってる。


「どんな妖怪か気になるだろう?」


「でも、お邪魔になりませんか?」


「ならぬさ」


「お狐様っ、僕も、僕もだめでしょうか?」


「え、お父さんがいいなら私もっ」


 どさくさ紛れに、お父さんお母さんまで便乗してくる。

 お狐様は似た者夫婦な二人のことも笑い、でも、ゆるく首を横に振った。


「そなたらは、おそらく何も見えぬゆえつまらぬぞ。闇に興味を持つもよいが、分はわきまえねばならぬ」


 穏やかでも、きっぱり線を引く口調だった。


 勢いづいていた両親とも、お狐様の言葉に水をかけられたように大人しくなり、浮かせた腰を落とす。


「やっぱりだめ、ですか」


「どうしてユキや親父に見えて、俺には見えないのかなあ・・・」


 お母さんが残念そうに言い、お父さんがぽつりと疑問をこぼす。


 私も、お母さんはともかく、どうしておじいちゃんの子供であるお父さんが見えないのか、不思議には思ってる。


 すると、お狐様はちょっと眉を歪めて、お父さんに言い聞かせていた。


「嘆くな。誰にも操りようのない、これは巡り合わせというものだ。そなたも、わかっておろう? 血筋だけで妖怪は見えぬのだ」


 するとお父さんは神妙な顔付きになる。


 そうして、しばらくお狐様と見つめ合っていたかと思うと、やがて小さく肩を落とした。


「・・・やはり、そうですか。僕には縁がなかったということなんですね」


「うむ」


「わかりました。ではユキをよろしくお願いいたします」


「お父さん・・・?」


 二人は、なんの話をしているのだろう。


 困惑する私に、けれどお父さんは微笑むだけ。


「じゃあお狐様のおっしゃることをよく聞いて、無事に帰ってくるんだよ」


 そして同じく戸惑っているお母さんを連れて、先に帰ってしまった。


「ではさっそく調べるとしようか」


「あ、は、はい」


 私もお狐様に促され、結局、謎の会話は謎のまま、うやむやになってしまった。

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