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幻想徒然絵巻  作者: 日生
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長男遭遇

 その人はとても背が高くて、細くて、なんだか地面からにょっきり生えてるつくしを思い起こさせた。


 もさもさした髪で顔の上半分がほとんど隠され、おそらく黒縁眼鏡がなかったなら目の位置がわからない。


 それだけでもかなりインパクトのある出で立ちだったけれど、他のどんな特徴よりも、私は、その青紫の髪色にいちばん惹きつけられてしまう。


「慧、こちらはなんと佐久間冬吉郎画伯のお孫さんの、佐久間ユキちゃんなのよっ」


「サクマユキ?」


 続けて美月さんが私を紹介すると、その人は眼鏡の位置を直した。


「もしや、君が煉の?」


 なに、とは続きがなくとも、問いかけの内容はわかる。

 私は慌てて、美月さんたちのほうへ駆け寄った。


「は、はい、そうです」


「やはりそうか。俺は煉の兄で天宮慧という。君のことは話に聞いている」


 私も存在だけは話に聞いていた、天宮くんのもう一人のお兄さん。


 普段お家にいないことが多いらしく、お顔もお名前も全部初めて知る。鮮やかな髪の色を見る限り、たぶん慧さんも神様を宿しているんだろう。


 天宮ご兄弟はそろいもそろって美形ばかりだけれど、慧さんは顔が半分隠れているのでよく見えない。

 でもきっと、きれいなお顔をしているんだろうな。シャープな顎のラインだけでも、なんとなく察せられる。


「は、はじめましてっ。弟さんにはいつもお世話になってますっ」


 きちんと腰を折って、まずはご挨拶。

 そんな私たちのやり取りを眺め、美月さんはきょとんとしていた。


「あらら? 二人とも知り合いなの?」


「彼女は弟の同級生だ。会うのは初めてだが」


 慧さんが端的に答えると、美月さんは「すてき!」と手を叩く。


「世間は狭いってほんとね!」


「何を喜んでいるのか知らないが、なぜ彼女を連れて来た」


 慧さんの口調はひたすら淡々としていて、ともすれば怒っているのかと不安になる。

 でも美月さんはまったく気にせず、にこにこしていた。


「偶然入った骨董屋さんで知り合ったの。お昼も一緒に食べたのよ」


「なぜ大人しく駅で待っていなかった。無理やり人に約束させておいて勝手に行くとはどういう料簡だ」


「予定より早く着いちゃったの。待ってるのも暇だったから、ちょっと探検してみようかと思って」


「・・・君の無神経さを今さら咎める気はないが、見ず知らずの人間まで巻き込むのはやめたほうがいい」


「だって、彼女は妖怪が見えるの。あなたと同じよ?」


「何が『だって』なのか意味不明だが」


 慧さんは疲れたように続ける。


「何度も言うが、俺は見えない」


「え!?」


 思わず声を上げてしまったのは私。


 美月さんは人差し指を、慧さんの鼻先に突きつけた。


「嘘はよくないわ」


「なぜ嘘だと言える? 妖怪の見えない君が」


「ええ!?」


 さらに声を上げてしまう私。


 信じられない気持ちで美月さんを見やると、可愛く舌を出された。


「小さい頃は見えたのよ?」


「それは今と関係ない」


 ちょっと、ちょっと待ってください。


 二人とも妖怪が見えないって、どういうこと? 美月さんは嘘をついていたということなのだろうか。


 妖怪が見えなくても妖怪が好きな人は、まあ私の家にも二人ほどいるから、こちらはいいのだけれど、慧さんが見えないというのはどうしても信じられない。

 慧さんは天宮家の人だし、髪の色だって・・・。


「ごめんね、ユキちゃん」


 混乱する私の傍に、いつの間にか移動した美月さんが、両手を合わせて申し訳なさそうな顔で言う。


「騙そうと思ったわけじゃないの。でもどうしても、あなたの話を聞いてみたかったの。ごめんね」


 謝られたものの、別に美月さんを責めようなんて思っていなかったから、かえって戸惑ってしまう。


「い、いえ、大丈夫です。ちょっと、びっくりしただけで」


「でも、小学校に上がる前までは妖怪が見えていたのよ。それはほんと」


「七つまでは神の子と言う。子供のうちはまだ魂が定着していないためか、この世ならざる者が見えると伝えられている」


 慧さんが素っ気ない感じで説明を入れてくれた。


 子供のうちは見えていたものが、大人になると見えなくなる、そんな不思議なことがこの世にはあるらしい。


「――いいえ、もしかしたら今でも見えるかもしれないわっ」


 と、急に美月さんが声を張った。


「今住んでるところに妖怪がいないだけなのかもしれない。ユキちゃん、確かめるのを手伝って」


「え?」


「どういうことだ」


 私のかわりに慧さんが尋ねると、美月さんはお家を指さした。


「私が妖怪を見たのはこの家の中なの。取り壊される前に、どうしてもそれを確かめたくて」


「待て美月」


 慧さんがそれまでと違い、ほんの少しだけ焦ったように、玄関を開けようとする彼女の腕を掴む。


「そんな話は聞いてないぞ」


「とてもかすかな記憶よ。私は、家族以外の誰かとここで遊んでいた気がする」


「美月」


 再度慧さんに呼ばれて、やっと美月さんはそちらを振り返った。


「言ったらあなた、嫌がってたでしょう?」


「当然だ」


 今度は本当に怒っているような、低い声を出す慧さんの肩を、美月さんはぽんぽんと叩く。


「大丈夫よ。ここにいるのは優しい妖怪だもの。お願いユキちゃん、一緒に来て? はじめは慧にお願いするつもりだったんだけど、この人って意地悪だから妖怪がいても教えてくれないの」


 つまり、その昔に会ったことのある妖怪が今も家にいるのかどうか、私に確かめてほしいというわけ、かな。


 美月さんは自分で妖怪が見えるかどうか確証がなく、慧さんは見えないと言い張っているから。


「わ、私は、いいですけど・・・」


「ありがとうっ」


 美月さんが手放しで喜んでくれた一方で、気になるのは慧さんの反応だ。


 何か言われるのかどぎまぎしたけれど、慧さんはただ深く溜息をついただけで、あきらめたように美月さんを放した。


 美月さんはさっそくお家の鍵を開け、中に入る。


 十年くらいほったらかしにされていたということで、床は何か砂っぽく、空気が全体的にカビ臭い。


「わあぁ、懐かしいっ」


 美月さんは窓を開けながら、うきうきした様子でお家を回る。


 大好きな妖怪のことより、まずは十年ぶりの懐かしさのほうが勝っているみたい。


 古い壁や柱には、幼かった美月さんが残した落書きや背比べの跡などがあり、それらを見つけるたびに、笑みを零れさせていた。


 そんな様子を微笑ましく眺めていると、背後から慧さんに肩を叩かれる。


「頼みがある」


 慧さんは軽く身を屈めて、耳元で囁いた。


「妖怪の存在を彼女には知らせないでほしい。彼女に妖怪が見えないことは確認済みだ」


 確認済み、ということは。


「や、やっぱり慧さんは妖怪が見えるんですよね?」


 私も美月さんに聞こえないよう、声量に気をつけて尋ねると、慧さんは頷いた。


「どうして、美月さんには内緒に?」


「彼女は闇への関心が強過ぎる。そういう者を下手に妖怪と関わらせると、憑りつかれるおそれがある。本来は君とも関わらせたくはなかった」


 最後の言葉にどきりとしてしまう。

 美月さんといたことを、責められている気がした。


「す、すみません」


「いや、謝罪は必要ない。君は無理やり引っ張られてきただけだろう。彼女の強引さは俺が一番よく知っている」


 苦々しい感じで言う慧さん。口調から疲労が滲み出てる。


 もしかして、慧さんは美月さんから妖怪に関するものをすべて遠ざけたいのに、妖怪が大好きな美月さんは今日みたいに自分からどんどん関わっていこうとするのかも。それで色々と苦労してるとか。


 ・・・あれ? この関係って、なんだか、私と天宮くんに似てる?


 ただ、私の場合は仕事や修行として面倒をみてもらっているわけだけど、慧さんが美月さんを心配するのはそうじゃないだろう。


 邪推、かもしれないけど、同じ大学の人というだけでなく、二人は特別な関係なんじゃないのかな。慧さんにとって美月さんはとても大切な人なのかも。


 慧さんが守りたい人を、勝手に妖怪と繋いだらいけないんだろうな。


 美月さんには絵を買ってもらったりお昼をごちそうしてもらったりした恩があるし、妖怪に会いたいという気持ちも痛いほどわかる。けれど、慧さんの言葉を無視することは、できない。


「――わかりました。よけいなことは言いません」


 そもそも天宮家にご迷惑をかけている身として、従う以外のことは考えるべきではないだろう。


「そうしてくれると助かる」


「あ、と、ところで、本当にここには妖怪がいるんでしょうか?」


「わからない。家に憑く妖怪の気配は感知するのが難しい。君もなるべく離れないでくれ」


「は、はい」


 慧さんの注意を受けつつ、はしゃいで廊下を小走りに行く美月さんを見失わないよう、追っていく。


 けれどあるところで、美月さんはぴたりと止まった。


 縁側に面した木戸の前で、じっと、そのなんの変哲もない、日に焼けた戸に美月さんは視線を注いでいる。


「ここで・・・確か・・・」


 ぶつぶつと何かを言いながら、おもむろに木戸を開く。


 私と慧さんも後ろから覗きこむと、そこは小さな物置き部屋のようだった。太陽の光だけで十分、中が見渡せる。棚があるだけで、物は一つも残っていない。


 中に入ってみると、閉め切っていただけあって、湿っぽい空気を感じる。


「みつき・・・?」


 ふと、か細い声が聞こえた気がして、振り返えればそこに、小さなおばあさんがいた。

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