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幻想徒然絵巻  作者: 日生
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前期終了

 その日、学校中が浮かれた雰囲気に包まれていた。


 なぜかと言えば、今日は前期終了日だから。つまり明日から夏休みなのだ。


 午前中は授業を受け、午後は全校挙げての大掃除を行い、ホームルームで先生から通知表をもらって、おしまい。


 気になる成績ですが、期末テストの順位はちょうど真ん中だったから、通知表の評価もそのくらい。


 唯一の得意教科である美術の成績はよかったので、まあいいや、という感じ。


 ここは特に進学校というわけではないため、先生もあまり成績について厳しく叱ることもなく、通知表に一喜一憂した後は、みんな、明日からの長い休みに浮かれていた。


 とはいえ今日も普通に部活はある。私も美術室で、いつものとおり絵を描いていた。


「きれいじゃなあ」


 机の上で煙をくゆらせながら、赤い大きな一つ目を持つ妖怪が感想をつぶやく。


「東天紅か」


 今朝の絵を水彩で描き直していたところ、先ほど一つ目入道さんが訪ねて来てくれた。


 あぐらを掻き、煙管をくわえすっかりリラックスした体勢で私の絵を横から眺めている。


「たまたま早起きしたら見られたんです。もっとうまく写せるといいんですけどね」


「ユキの絵は十分うまいよ」


「ありがとうございます。でもまだまだ、おじいちゃんには遠いです」


 おじいちゃんの描く絵は本当にすばらしく、美しく、妖怪を見ることができない人にまで存在を信じさせてしまうくらい、不思議で圧倒的な力を持っていた。


 今の私じゃ足元にも及ばないのだ。


「焦らぬでよいさ。少しずつ上達してゆくよ、冬吉郎だとてそうじゃった」


 団扇のような大きな手が、頭をなでてくれる。


 おそろしい顔をしているけれど、一つ目入道さんはとても心優しい妖怪だ。

 いつも穏やかに見守ってくれている。


 優しい友達に励まされ、私は今日も絵を描ける。


「――できました」


 妖怪の世界から人の世界へ変わる、短いひと時の光景。


 朝焼けの赤とまだ暗い夜空のコントラストが不気味でいて美しい、そんな絵。


 うん、まずはこれで、満足。


 絵を乾かすため網の棚に乗せた時、開けっぱなしの内扉から天宮くんが出て来た。


「あ、おはよう」


「うん・・・」


 天宮くんはとっても眠たそうにあくびをしている。今日も彼には隣の美術準備室のソファで、お昼寝ついでに護衛をしてもらっていた。


「おったかよ、天宮の小僧」


 一つ目入道さんは慣れたもので、祓い屋の天宮くんを怖がることなく、気さくに声をかける。


 天宮くんは大抵そちらを一瞥するだけだけど。


「俺が寝てる間なんもなかった?」


「うん、今日は一つ目入道さんしか来てないよ。あの、ちょっといいかな? 天宮くん」


「なに?」


「寝ぐせがついてます」


 きれいな緋色の髪の一部がくしゃっとなってしまっている。

 鏡がなければ直しにくいだろうから、失礼して軽く手櫛で梳いてあげた。


 髪はうらやましいくらい、やわらかくてさらさらで、なんだか猫をなでているみたいだった。


「はい、直りました」


「・・・どうも」


「まるで夫婦のようだの」


「え」


 一つ目入道さんに言われて初めて、自分の恥ずかしい行動を自覚する。

 まったく無意識に、天宮くんに触ってしまった。普通、他人に髪を触られるのなんて不快だろうに。


「ご、ごめんなさい!」


「え? いや、別に」


 最近ちょっと天宮くんと仲良くなれたかもなんて思ってたものだから、つい調子に乗ってしまった。


 気をつけよう。

 迷惑かけてばっかりなんだから、なるべく嫌な思いをさせないようにしなきゃ。


「仲良きことは美しきじゃ」


 にこにこの一つ目入道さんから逃げるように、私はパレットを洗いにかかる。


 天宮くんのほうは特に気にするでもない様子で、一つ目入道さんの隣の席に座った。


「そうだユキよ、今宵は西山に来ぬか」


 ふと思い出したように、一つ目入道さんが言った。


「よい酒が手に入ったゆえ、お山の皆で飲もうという話があってな。ぬしが来ればきっとお狐様もお喜びになろう」


 嬉しいことに、妖怪の宴に誘ってもらってしまった。

 お狐様をはじめ、西山の皆さんには普段からよくしてもらっているので、ぜひ行きたいところだけど・・・。


 私は答える前に天宮くんを窺う。

 仮にも妖怪の住処に行くのだから、護衛役である彼の意見をないがしろにはできない。


「天宮の小僧は来ぬほうがよい」


 と、煙を吐きつつ一つ目入道さんが先に言う。


「お狐様はともかく、他の者がうぬを怖がるでの」


「誰も付いて行くとは言ってねえだろ」


 天宮くんが半眼で返す。ということは?


「私一人で行ってもいいの?」


「勧めはしないけど、西山の連中ならまあ、いいよ」


 あっさりお許しが出た。なんだかんだでよく助けてもらっているので、天宮くんもお狐様のことは信用しているんだろう。


 ならもう、迷うことはない。


「じゃあ一度家に帰って、荷物を置いてから神社に行きますね」


「うむ、待っておる」


 それからまた絵を描いたり、お話しをしたりするうち、下校時刻になった。

 一つ目入道さんを見送った後に戸締りをし、鍵を職員室に返して帰路につく。


「そういえば夏休みも部活あんの?」


 今日も家まで送ってくれる間、天宮くんに尋ねられた。


「お盆と、土日以外はあるよ。午前中だけ」


 夏休み中の部活は一応、九時から正午までと決まっている。

 運動部なんかはそれだけでは足りないから、午後もやるらしいけど、美術部がそこまでハードである必要はない。


「たまに様子見に行っていい?」


「夏休みも来てくれるの?」


 それは、なんというかちょっと悪いような気がした。だって夏休みなのだ。

 私の護衛の仕事だって、休みがあったほうがいいのではと思う。


 でも一方で、来てくれることを喜んでいる自分も、心の片隅にちゃっかりいたりする。


「一回か二回、見に行くだけ。午前中なら妖怪もそう出て来ないだろうし、なんかあった時だけ連絡くれればいいよ」


 一回か二回・・・。


 もちろん天宮くんにも休みがあったほうがいい。あったほうがいいのだけど・・・いざ彼の口から具体的な数字を聞いたら、落胆する気持ちを止められなかった。


 別に、普段から二人でわいわい部活をしているわけではないものの、いてくれるとなんとなく安心するというか、寂しくないというか。


 いや、いやいや、休みの日まで天宮くんを拘束しちゃいけない。

 なるべく問題を起こさないように、静かに過ごそう。


「困ったことがあったら遠慮せず呼んで。この町の中ならどこにいてもすぐ駆けつけられるから」


「うん、わかりました」


「あと夏休み中にもしかしたら、うちに呼ぶことがあるかも。当主が佐久間に会いたがってるんだ」


「綾乃さんが?」


 天宮家の美しい当主のお顔が脳裏に浮かぶ。


 天宮くんが私の護衛をしてくれているのは綾乃さんの配慮なので、彼女にも時々は会ってお礼を言わなければならないだろう。


「たまに様子見ときたいんだってさ」


「私も、綾乃さんにご挨拶したいと思ってたの。いつでも大丈夫なので、ぜひ呼んでください」


「そう言ってくれると助かる」



 そしていつものとおり、天宮くんとは家の前で別れた。


 前期の間かけたご迷惑へのお詫びと、このひと月はある長い休みを彼ができるだけゆっくり過ごせるように祈りつつ一礼し、中に入った。


 玄関からすでに、出汁と醤油の匂いがする。煮物かな?

 まっすぐリビングに行くと、お母さんがカウンターの向こうのキッチンで鍋に落とし蓋をしていた。


「おかえりー」


「ただいまー。お母さん、あのね――」


 鞄も置かずに、私はさっそくお狐様の宴会に行きたい旨を告げる。

 すると、


「お狐様と飲み会!?」


 悲鳴に近い叫び声が上がった。


「いいなあお母さんも行きたい!」


「お母さんは行っても見えないでしょ」


 夜中に出かけることを咎めたり心配するどころか、本気で娘をうらやましがるのだから、暢気な親だ。助かるけども。


「お狐様にはお世話になってるし、せっかく誘っていただいたから行って来ようかと思うんだけど」


「そうね。お父さんには言っといてあげる。ただし、あんまり遅くなり過ぎないようにね」


「はーい」


 こちらもあっさり許可が降りた。

 ので、制服を着替え、必要なもろもろをトートバッグに詰め、さっそく出かけることにした。

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