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幻想徒然絵巻  作者: 日生
初夏
42/150

代替わり

「こっちだ!」

 

 白児さんが琴を頭に乗せて、結界の入り口まで先導してくれる。


 太陽を探せば、すでにその姿は赤く、木々の向こうにほとんど隠れてきている。山の中はもう夜に近い暗さだ。


 天宮くんが炎で照らしてくれるところ以外はよく見えないうえに、ろくに道もない。一列になるしかない狭い足場で、しょっちゅう石や木の根につまずいてしまう。


 もたもたしてる場合ではないのにっ。


 気持ちばかり焦り、残り時間を気にして、視線をわずか空に向けた途端、また何かに足を引っかけた。


「あ・・・っ!」


 と思った時にはもう、斜面を転がり落ちている。


「佐久間っ!」


「ユキ!?」


 途中で、天宮くんに腕を掴まれ、なんとか助かった。


 手や顔がひりひりする。日頃の運動不足も祟り、膝に力が入らず、すぐ立ち上がることもできない。


 もう、だめだ。このまま私が付いて行ったら、確実に宴に間に合わない。


「わ、私に構わず、先へ行ってくださいっ。早く、しないとっ」


 だけどその申し出は、白児さんに即座に却下された。


「だめだ! ユキにも聞いてもらわなきゃ意味ない!」


「でも」


 なおも言いかけたその時、いきなり天宮くんが私を片手で抱え上げ、さらにもう片方に白児さんと琴を担いだ。


「行くぞ!」


 そして風のように走りだす。


 神様の力で身体能力が高められている天宮くんだからこそ、できることだ。


 これで間に合うかもと思いつつ、私は前が見えない状態で肩に担がれているので、視界の横をものすごい速さで木々が流れていく様が非常に怖く、必死に悲鳴をこらえていた。


「――ここだ!」


 白児さんが示した木々が開けた場所で、天宮くんが倒れ込むように膝をつき、私も白児さんも琴も平らな地面に降ろされる。


 耳を澄ませばどこからか、笛や太鼓のお囃子の音が聞こえてくる。


 周囲に、青い小さな光がいくつも舞い、それらが音に合わせるように光ったり、消えたりしていた。


「わ・・・」


 地面に座り込んだまま、思わず感嘆が漏れる。


 この世のものではない美しい光景。美しい音色。


 でもなんとなく、物足りない気もする。


「白児」


 天宮くんが、切れ切れの息の間から呼びかけた。


「俺たちは、宴の中には、行けない。っ・・・ここまで聞こえるくらい、盛大に、弾いてこいっ」


 檄を飛ばされ、白児さんは、


「わかった!」


 琴を頭に乗せて、深い闇の向こうへ走って行った。


 天宮くんは草の上に寝転がり、深く長い息を吐き出す。


 いくら神様の力で体が強化されているとはいえ、さすがに山道を人間一人と琴を担いで全力疾走は堪えたのだろう。


 私は運ばれているだけだったから、はっきりとはわからないけど、たぶん相当な距離だったと思われる。


「ありがとう、天宮くん」


「いや・・・佐久間は、怪我とか、してない?」


「うん、転んだ時にちょっと擦りむいただけで、大したことないです。それより白児さん、うまくいくかな」


「大丈夫だよ。たぶん」


 天宮くんが言うように、今は信じて待つしかない。


 ただ、せめても祈る。


 がんばってください、白児さん。


 そして白児さんのお師匠様、どうか白児さんをお守りください。


 あなたの大切な弟子が、自分からいたいと思えた居場所を追い出されないように。


 どうか、どうか・・・。


 祈り続けていると、やがて、木々の光り方が変化した。


 ィィィイイン―――


 弦を弾く音がする。


 他の楽の音はやみ、澄んだその音だけが大気を震わせている。


 離れた場所でも十分に、聞こえた。


「天宮くん、これ・・・」


「うん」


 あの琴の音色。さっきまでのお囃子になかった音。


 間もなく、止まっていた笛や太鼓の音も静かに重なった。

 

 見事に調和しているそれらの音は、白児さんが北山の妖怪たちに受け入れてもらえたことを、明確に表している。


「よかった・・・」


 安堵から全身の力が抜け、天宮くんの隣に、彼と同じような格好で倒れる。


「ほんとに、よかったです」


 思わず、涙ぐんでしまう。


「やっぱり白児さんは弾けたんだね」


「うん」


「お師匠様はわかっていたんだよね。白児さんなら立派にお師匠様のかわりを務められるって」


「・・・もしくは、あいつがここを追い出されないように遺してやったのかもな」


「そっか、そうなのかもしれないね」


 お師匠様は、自分がいなくなったら山の妖怪たちが白児さんを追い出すとわかっていたんだろう。


 でも琴を弾けたら、誰も白児さんを追い出せない。自分が傍で守ってあげられないかわりに、必要な技術を、そして化身である琴を、遺したのかもしれない。


 死してもなお、この音色が白児さんを孤独にはしない。


 きっと、そうなんだ。


「本当にありがとう、天宮くん」


「・・・別に。大したことはしてないよ」


「そんなことないです。ごめんね、私の我がままで、また頼ってしまって」


「一人で無茶されるよりずっといいよ。佐久間を守るのが俺の仕事だし、それに」


 と、天宮くんは言葉を切った。


 何かなと思って横を向いても、伸びた草に隠れて緋色の髪先がちらちら見えるだけで、表情がわからない。


「・・・頼られるのは、嫌じゃない」


「え?」


「まあ、俺も男だから」


 そうして天宮くんは頭の後ろに手を組んだ。


 ・・・頼られるのが嫌じゃないってことは、少なくとも、私の存在をそこまで迷惑だとは思っていないと、考えてもいいのだろうか。それともうぬぼれ過ぎかな?


 でも、もし、気づかいだけの言葉じゃないのなら。


 私に頼られるのは、嫌じゃないんだ――。


 ほっとして、嬉しくて、顔が急に熱くなってきた。


 ちょうど曲のテンポが早くなって、心を掻き立ててくるみたい。ほっとしたのに、今度は落ちつかなくなる。


 わわわ、どうしよう? 勢いでなにか変なことを言っちゃいそう。


「佐久間」


「はいっ!?」


 うっかり変な声を上げてしまい、顔は見えないけどたぶん、天宮くんには怪訝に思われた。


「どうかした?」


「ううんっ、なんでもないよっ。な、なに?」


「いや・・・なんつーか」


「うん」


「・・・やっぱなんでもない」


 あれ? なんだったんだろう。


 とりあえず、またしばらく待っていると、天宮くんはぽそりとつぶやいた。


「きれいな音だな」


「――うん。聞けてよかった」


 曲調が少し落ちついて、私の気持ちも落ちついてきた。そろそろ終わりに近いのかもしれない。


「すごく幸せで・・・夢みたいです」


 すると、隣から笑い声がした。


「天宮くん? どうしたの?」


「百鬼夜行にまざった時も似たようなこと言ってたよ」


「え、そ、そうだっけ?」


 確かにあの時もすごく楽しくて幸せだったから、調子に乗って色々言ってしまったような気がする。


「よく、覚えてるね」


「佐久間といると初めてのことばっかで忘れらんない。今まで襲ってきた妖怪を祓わないでいるなんて考えられなかったし、百鬼の列にまざるとは思いもしなかった」


「ご、ごめんなさい・・・たくさん、無理させちゃってます、よね」


「いや」


 そうして、天宮くんはとてもとても嬉しいことを言ってくれたのだ。


「俺も、夜行は楽しかった。この演奏も、聞けてよかったと思ってる」


「―――」


 私は、言葉を失ってしまった。


 かわりに、頬が緩む。


 あぁ・・・幸せだなあ。


 美しい光に包まれ、すばらしい琴の演奏を聞きながら、天宮くんとやわらかい草の上。


 これ以上の幸福なんて、あるのだろうか?


 心のままに動いてみてよかった。勇気を出してよかった。信じてよかった。


 改めて思う。


 やっぱり私にとって妖怪は、幸福をもたらしてくれる存在なのだ。



17時にもう一話投稿します。

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