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幻想徒然絵巻  作者: 日生
初夏
41/150

遺されたもの

 翌日の放課後。


「天宮くんお願いします付き合ってくださいっ!」


 近頃、別件のお仕事で忙しい天宮くんが行ってしまう前にと思い、私はちょっと離れた特別教室の掃除から全速力で帰ってきて、席で荷物をまとめていた彼を掴まえた。


 一言叫んだ途端、激しく息切れする。


 当然ながら、天宮くんにはぎょっとされた。


「・・・どうかした?」


「っ、つ、付き合って、ほしいところがっ・・・っ、時間っ、あったらっ、っ、っ、白児さんのことで・・・っ!」


「わかった。聞くから、ちゃんと聞くから、まず落ちついて」


 と言っても、座って休むほどの時間はないため、美術室のほうに向かって一緒に歩いてもらいながら、呼吸をなだめる。


 天宮くんに頼むかどうかは、直前まで迷った。呪い騒動でさんざんご面倒をかけた後だったし、ただでさえ天宮くんは忙しそうだし、今度は私のわがままでしかないから。


 でも、どう考えても今は彼の力が必要で、どんなに迷惑がられてもお願いしてみるしかなかった。


 昨日いただいた八雲琴は美術準備室に置かせてもらっていた。その前で犬神さんに聞いた宴の話をし、天宮くんに改めて協力を仰ぐ。


「――お忙しいところ、ほんっっとに申し訳ないです。こんなこと頼める立場でもないのは重々承知です。ですがどうか、白児さんを探すのにお力を貸していただけないでしょうかっ」


「待った佐久間、土下座はやめてっ、わかったからっ」


 あちこちで頭を下げ過ぎて、私の土下座なんか、もはやなんの価値もなくなってる気がするけれど、天宮くんには腕を掴まれ、慌てた感じで止められた。


「そこまで必死に頼み込まなくても、協力するよ」


「ほんとですか!?」


「断ったら一人でも探しに行くんだろ? それに、俺も後味悪いと思ってたから、いいよ。白児を探そう」


「ありがとうございます!」


 やっぱり、天宮くんは優しい。ほんとに、彼がいてくれてよかった。


「あ、あの、犬神さんに会った後に、お狐様のところに行きまして、西山の辺りで見つけた時には知らせをくれるって、言ってもらえたんです。でもまだ何も知らせがないので、西のほうにはたぶん、いないんだと思います」


 追加の情報も全部出す。


 すると天宮くんはちょっと眉をひそめた。


「狐なら千里眼で見えるはずじゃなかった?」


「あ、それ、お狐様の力が及ぶ西山とその周辺までしか、はっきり見えないそうです。縄張りの外になるとわからないらしくて」


 聞いたことをそのまま伝えたら、天宮くんの顔がなぜか険しくなった。


「・・・じゃあ、影女の時にあいつが千里眼を使わなかったのは、ハナから使えなかったからってことか。わざと使わねえみたいなこと言いやがって」


 そういえばお狐様に影女さんの情報をいただいた時、天宮くん、たっぷり挑発されていたっけ。


 お狐様も、西の辺り以外は見えないということを、素直に言えなかっただけなのかもしれない。


 ま、まあ、今はそのことは置いといて。


「西のほうを抜かしても、まだ探す範囲が広いよね。どこから探したらいいかな?」


「単純に考えれば北山の周りが怪しいと思う」


 幸いと天宮くんはてきぱき頭を切り替えて、意見をくれた。


 ただ、一口に北山と言っても広い。なにせ山だから。


「ここでいつまでも悩むより、とりあえず北に行ってみよう」


 天宮くんは琴をひょいと小脇に抱える。


「あ、じゃ、時間ないし手分けして東のほうとかも」


「いや、暗くなると危ない。一緒に来て。大丈夫、やり方はある」


 なんと頼もしいことか。


 琴もなんだかんだで天宮くんに持ってもらってしまい、その分、私はめいっぱいの早足で、急ぎ北山へ向かったのだった。





 ❆





 時刻は四時半を回る。


 夏至も近いこの頃、日暮れまではあと二時間半くらい。


 北山の前に辿り着いた私たちの傍には、長い石段の始まりがある。それは山の中腹に建つ無人の神社に続く階段だ。鬱蒼とした杉の木に挟まれて、一歩でも踏み入ればすでに暗い。


 この町を囲う東西南北の山の中でも、北山は特に裾野が広く、ここから小さな白児さんを見つけなければならないとなると、絶望的に思えてくる。しかも、この山にいるとも限らないんだから大変だ。


 今日中になんて、やっぱり無謀だったな。


 でも、宴に間に合わなかったとしても、白児さんは見つけて琴を渡さないといけない。


 よし、と山登りのため気合を入れていると、道路の端に琴を置いた天宮くんが、リュックを開けて何かごそごそしていた。


「天宮くん? どうしたの?」


「先に式を飛ばす」


 しき・・・?


 なんだかわからないでいると、リュックの中から紙人形が何枚も出てきた。


 丸い頭に四角い手足の、とても単純な形だ。


 そのうちの一枚を天宮くんは手のひらに乗せて、息を吹きかける。


 と、紙人形は宙を滑るように、すうっと木々の間を飛んでいく。途中で落ちたりもせず、あるところで急に意思を持ったかのように、一層スピードを上げて。


 天宮くんは人形をいくつもいくつも、山に飛ばす。


 ひととおりその作業を終えると、彼は驚くばかりの私に説明してくれた。


「これは式神っていって、術者の意思で動く操り人形みたいなもん。こいつらが白児を見つけるまで、ちょっと待ってて」


 式神、と言われると何か聞き覚えがあるような。祓い屋の術って、便利だなあ。


 そして待つこと、およそ三十分。


 ただ手持ちぶさたにしているのもなんなので、道路から見える範囲を捜索しつつ待っていると、紙人形の一つが、右手のほうから戻って来た。


 天宮くんの指にいったんとまり、それから私たちを山の奥へ導く。


 あっという間に石段や山道をはずれ、道なき道を進んでいくと、やがて木々の影の中、白い子供が、うずくまっていた。


「白児さん!」


 ばね仕掛けのように、小さな体が跳ね上がる。


「ユキ・・・?」


 赤い瞳を大きく見開き、かすれた声でつぶやいた。


「な、なんでいるの?」


 斜面の木の根が張り出したところに、白児さんは立っている。私は天宮くんに助けてもらいながら、その傍まで行った。


「琴を、届けに来ました」


 天宮くんがそれを木の根の上に置いてくれる。紫色の布を取り、二弦の琴が露わとなる。


「うちのおじいちゃんが昔、妖怪にいただいた琴らしいです。普通の人では音が鳴りません。白児さんなら、鳴らせませんか?」


 日暮れは刻々と迫っている。でも焦らずに。

 まずは、白児さんの気持ちを確かめなければいけないから。


 白児さんは、おそるおそると言った様子で、琴の胴に触れた。


「・・・これ、お師匠様の琴だ」


 びっくりした顔で、言っていた。


「そうなんですか?」


「そうだ。お師匠様の気が宿ってる。初めて見るやつだけど、まちがいない。お師匠様が使ってた琴だ」


 私は、それを聞いてとても腑に落ちた。


 おじいちゃんがお師匠様にいただいた琴を、私が譲り受け、琴を失った白児さんに返す。


 きれいにつながるように、全部誰かが用意してくれていたみたい。


「――白児さん。この琴を持って、今夜の宴に出てみませんか?」


 犬神さんに教えてもらったことを、白児さんに伝えた。


 弾くひとが上手でないと鳴らない琴。それで演奏できれば、きっと北山の妖怪たちは認めてくれる。


 でも白児さんは嫌々と頭を振って、琴から手を離してしまう。


「おいらじゃ、鳴らないっ」


 その瞳からはまた、大粒の涙がこぼれる。小さな手では受け止めきれない。


 そうだよね。

 自信なんて持てない。私も同じ。


 自分を信じるということは、実は赤の他人を信じるよりも、ずっとずっと難しい。


「だったら、なんだ」


 鋭く、天宮くんが言った。


 白児さんが顔を上げる。私も彼を見上げた。


「ただ泣いてたって誰もお前を認めない。師匠の傍にいたいんだろ? だったら、できなくてもやるしかないだろうが」


 天宮くんの言葉は容赦がなくて。


 だからこそ、まっすぐ心に届く。


「忘れるな。琴を託されたのはお前なんだ」


「っ・・・!」


 きゅっと白児さんは腰紐の先を握りしめる。


 その手を包んで、私も精一杯の言葉をかけた。


「自信がないの、よくわかります。でもお師匠様は、白児さんなら弾けると思ったから、琴を遺したはずです。ですからお師匠様を信じて――お師匠様に聞かせるつもりで、弾いてみてはどうでしょうか」


「・・・お師匠様、に?」


「はい。私も、白児さんの琴を聞きたいです」


 最後は個人的な願望。

 やってみるもみないも白児さんの自由。ただこの琴だけは、どうか受け取ってほしい。


 手を放すと、白児さんはもう一度、琴に触れた。


 その細い胴をなで、白と緑の弦をなぞる。

 そして一弦、指先で弾いた。


 ――ィィン


 空気が、静かに震えた。


 響いてる。


 頑なに沈黙していた琴が、確かに鳴っている。


「っ、白児さん!」


 興奮して見やれば、誰よりも白児さんが、この事実に驚いているようだった。


 すると天宮くんが立ち上がる。

 

 そして白児さんを見下ろし、言った。


「行くか」


 ぐいと、白児さんは袖で顔を拭う。


「行く!」


 その瞳は力強く、決意に満ちていた。

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