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幻想徒然絵巻  作者: 日生
初夏
38/150

解決?

 次の日、すべてが元に戻ったことを、私はお狐様にご報告に行った。


 腕が治ったのでもちろん部活を終えた後に。


 天宮くんはキイチさんが他に付喪神や厄介な品を売っていないか、調査に駆り出されて今日はいない。呪いの件が解決したので、もう私にぴったり付いてなくても大丈夫だと判断されたようだ。


 お狐様は毛皮ソファの上で煙管を咥えつつ、事の顛末を聞き終えると「そうか」と頷いた。


「お騒がせしました」


「そなたの無事がなによりだ。白児の奴は気の毒であったが」


 煙とともに吐き出される言葉はそのまま、私の心の中に暈となる。


「・・・はい」


「もっとも、奪われぬでも弾けぬのならば結局は帰れまい。そなたのせいでは断じてないぞ。ほれ、可愛い顔を曇らすな」


 お狐様は鋭い爪が当たらないようにして、優しく頬をなでてくれた。でも今、優しさや励ましが必要なのは私じゃない。


 思えば苦しくて、視界が滲んだ。


「泣くな泣くな。まったく、そなたは優し過ぎるぞ。そんなんだから小物にすらつけ入られるのだ」


「すみません・・・」


 私が泣いたってしょうがないのはわかってる。これ以上みっともない姿を見せないように、両手で涙を拭った。


「白児さんは、これからどうするんでしょう」


「さあな。あれは生まれた時より居場所のなき者だ。己で作る力があればよいが、どうかな」


「・・・」


 居場所を作るなんて、言うほど簡単なことじゃない。


 人に捨てられ、妖怪からも仲間はずれ。


 そんな白児さんはどこに行けるのか。お師匠様の傍以外の、一体どこに。


「ユキよ」


 顔を上げると、きれいな赤い双眸と目が合った。


「そなたの心は弱点でもあり、武器でもある。優しさは時として、いかなる呪いをも打ち破るのだ。よく覚えておいで」


「・・・どういうことですか?」


 するとお狐様は優しく、頭をなでてくれた。


「その心に従い、なすべきをなせばよい。時には災いを招くが、大いなる幸いもまた招くだろう。いずれにせよ、そなたならば大丈夫」


「お狐様・・・?」


 大丈夫、大丈夫と繰り返すばかりで、お狐様は言葉の真意を教えてはくれなかった。


 祠を出て、山を下っている間も私はずっと悩み続ける。


 悩んでもしかたがないことはわかっている。


 私が白児さんに頼まれたのは琴探しだけで、もう助けは必要とされていない。それに琴探しだって結局、天宮くんやお狐様を頼っただけで、私自身は何もできてない。


 どうすれば白児さんがお師匠様のところに帰れるかなんてことも、わからない。


 答えには辿り着かないまま、ほどなくして本殿の後ろに出る。


 そして表に回ると、


「――やあ」


 髪を茜色に染めた翔さんが、境内にいた。


 またしても意外なところで会い、一瞬言葉に詰まる私に、翔さんはにこやかに片手を挙げる。


「変なところでよく会うね」


 翔さんも同じことを思っていたみたい。


「こ、こんばんは。お参り、ですか?」


 うっかりそう訊いてしまったけれど、祓い屋さんが妖怪の祀られている神社にお参りするとは、あまり考えられない。


 案の定、「いや、たまたま通りかかっただけ」との答えが返ってきた。


「ユキちゃんは狐に会って来たところかな?」


「あ、はい。呪いが解けたことをご報告に」


「煉から聞いたよ。よかったね」


「翔さんにも助けていただいて、本当にありがとうございました」


「俺は自分の仕事をしていただけだよ」


「それがとても助かりました」


 偶然とはいえ、翔さんがいなければ琴は見つからなかったかもしれない。深く頭を下げ、改めてお礼を述べた。


「ところでユキちゃんは狐の寝床に出入り自由なんだ?」


「え? あ、はい、いつでも遊びにおいでとは言われてます、が・・・」


「かなり気に入られてるんだね?」


「お狐様はおじいちゃんと仲が良かったので、私のことも構ってくださるんです。とっても優しい方なんです。天宮くんのことも助けてくれましたし」


「人によって神格化された妖怪は、祓い屋と敵対するものではないからね。だからって馴れ合いもしないけど」


「そ、そうですか」


 翔さんの口調は、ちょっとだけ冷たい感じ。


 妖怪と馴れ合うことなんて絶対にあり得ないと、暗に言われているようで、たった今お狐様に慰められてきた身としては気が引ける。


 それを知ってか知らずか、翔さんの質問は続いた。


「ね、おじいさんはどのくらいの数の妖怪と《お友達》だったのかわかる?」


「え? ええと、どのくらいなんでしょう・・・」


 とってもたくさんというくらいしか、わからない。おじいちゃんは生きている間、私には一切、自分の友達の妖怪とも触れ合わせたりしなかったから。


「そいつらには名前をつけていたりした?」


「名前? ですか?」


 なんの話なんだろう。


 翔さんは私から何を聞きたいのかな。質問の意図がよくわからない。ただの世間話なのかもだけど、なんとなく、翔さんの目付きがいつもと違うような・・・。


 すると、下からスカートをくいくい引かれた。


 いつの間にか、アグリさんが右足に張りついている。ここに来た時は姿が見えなかったけど、アグリさんは境内と西山の中ならいつでもどこでも現れる。


「ユキさま、だめなのです」


 アグリさんは翔さんを指す。


「そのおとこは、ユキさまをまちぶせていたのです」


「え?」


「偶然だよ」


 翔さんは肩を竦めて言った。


「その子は? 狐の使いかな?」


「あ、はい」


 特に詳しく説明しなくても、翔さんならアグリさんの正体がわかるんだろう。天宮くんもそうだった。


「わたくしはみていました。そのおとこはユキさまをまちぶせました」


「勘違いだよ。本当に、たまたま通りかかってぼーっとしてたら、ユキちゃんに会えただけだ」


 うーん・・・アグリさんには申し訳ないけれど、翔さんの言い分のほうが信じられる。だって翔さんが私を待ち伏せる理由なんかないもの。


 たぶん、アグリさんは何か勘違いをしているんだろう。そもそも私がここに来るかなんて翔さんにはわからないことだ。


「大丈夫ですよ、アグリさん。翔さんは天宮くんのお兄さんなんです。悪い人ではないですよ」


 身を屈めて、アグリさんに改めて翔さんのことを紹介する。


 何も危ないことはないんだと伝えるつもりだったのだけど、アグリさんは眉根を寄せて渋い顔になってしまった。


「ユキさまはトーキチローさまとおんなじです。すぐにゆだんするのです。いいですか? あまみやは、ひとのようでも、ひとではないのです」


「え?」


 人のようでも人ではない・・・? どういう、ことだろう。


 翔さんのほうを見ると、夕日をまぶしく反射する髪色の下、影の中で、笑っていた。


「――そろそろ帰ろうか。家まで送るよ」


「・・・あ、いえっ」


「途中で暗くなったら危ないよ? ユキちゃんは可愛いんだから、妖怪に限らず気をつけたほうがいい」


 慌てて断ろうとしたけれど、聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなお世辞を交えてあれこれ言われているうちにいつの間にか、送ってもらうことになってしまった。


 結局、鳥居を出るまでアグリさんは不安そうなまま、彼女が自力では越えられない神社の敷地の境に立って、いつまでも私たちを見送っていた。


「さっきの続きなんだけど」


 帰り道も、翔さんにはおじいちゃんに関することで、よくわからない質問をいくつかされた。


 妖怪に名前を付けていたかとか、どういうことかはわからなかったけど、友達どうしのあだ名とか、そういう類の話ではないらしい。どちらにせよ、とにかく覚えは一切なかった。


「あの・・・祖父が、どうかしたんですか?」


 頃合いを見て、こちらからも尋ねてみる。


「単純に興味があるんだよ。祓い屋としてね。ユキちゃんの家では普通のことだったかもわからないけど、それだけ多くの妖怪と関わっておきながら家族もみんな無事でいられてるなんて、ほとんど奇跡に近いんだよ」


「そ、そうなんですか?」


「うん。妖怪は人に災いをもたらすもの。百害あって、一利あることなんて稀も稀だね。祓い屋でさえひどい目に遭うことがあるっていうのに、なんの力もないはずの君のおじいさんはどうして無事だったんだろうって、不思議に思うのは当然じゃない?」


 確かに、私も疑問に思ってはいた。


 とはいえおじいちゃんだって、いつもいつも無事だったわけじゃない。怖い目にもひどい目にもたくさん遭っていた。左腕を失ったこともそう。聞いたことはないけど、もしかしたら呪いを受けたことだってあったかもしれない。


 それでも、命を落とすようなことにならなかった理由は――


 考え、ふと、白児さんの顔が浮かんだ。


 そして呪いの解けた自分の右腕を見て、わかってしまった。


 ――そうだ。さっきお狐様が言ってたじゃない。心は武器になる、って。


 たぶん、おじいちゃんは絵を描く以外に何もできなかったと思う。身を守る術なんか持ってなかったはずだ。


 だからこそ、心一つで妖怪に向き合えた。


 普通に人と接するように、妖怪にも接したんだろう。そして何をされたって恨まず、光の部分も闇の部分も受け入れて、まっすぐに、彼らを愛した。


 自分を愛してくれる人を誰が傷つけられるだろう?


 きっとそれが、おじいちゃんの護身術。


 でも、この思いつきを翔さんには言えなかった。私は納得できても、普通こんな話は馬鹿馬鹿しいと思われてしまうだけだろうから。


 やがて家に辿り着き、翔さんにお礼を言って別れた後、私はもう一度考えてみた。


 人が憎くてしかたがなかったのに、私の呪いを解いてくれた白児さんのことを。


 小さな、友達のことを。


 私は、友達として十分な働きができたのかな?


 一応の約束は果たしたから、後は放っておいてもいい?


 それで本当にいいと思ってる?


 私は――。

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