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幻想徒然絵巻  作者: 日生
初夏
32/150

おもてなし

 夕飯ができる頃にはお父さんも帰ってきて、まあ大体お母さんと同じような反応をし、皆でご飯となった。


 今日はから揚げと、ほかほか白いご飯にネギと油揚げのお味噌汁、サラダなどなど。


 私の横にもう一つ椅子を用意し、子供の頃に使っていた私のお茶碗にご飯をよそって、他のおかずも取りやすいよう、小皿に分けて白児さんの前に並べた。


 白児さんはとても小さいから、椅子に立っても目の辺りまでしか食卓より上に出ない。


 大きな赤い瞳がきょろきょろとお父さんとお母さんの様子を窺って、二人が見ていない間に、こっそり箸でおかずを突き刺して食べていた。


「お口に合いますか?」


 白児さんは答えなかったけど、ご飯を三度おかわりした。


 夕飯が終わる頃にはお風呂の準備もできて、まず白児さんに入ってもらおうということになったのだが、小さな白児さんに湯船は深過ぎる。なので、私も一緒に入ることにした。


 床に引きずってしまうほどの長い髪を、シャワーで洗い流す。それで泥が完全に落ち、輝く白になる。


 髪も体も、見事にまっ白。肌などまるで陶器のよう。つるつるすべすべな手触りで赤ちゃんと同じだった。


「なあ、おまえ、ユキって名前なの?」


 白児さんが湯船で溺れないように抱きかかえて入っている時、少し話もした。


「ユキって、空からふる白いやつだろ?」


「はい、そうですよ」


「おいらとおんなじ色だなっ」


 白児さんが初めて笑った。子供らしい、屈託のない笑顔にこちらもつられる。


「ユキのじい様はなんてったっけ」


「冬吉郎ですよ」


「どういう字? おいらは字を知ってるぞ」


「え、すごいですね」


 素直に驚くと、白児さんは得意げに鼻の下をこすった。


「犬神にならったんだ」


「イヌガミさん、ですか? お師匠様ではなく?」


「お師匠様には字なんかいらない。おいらも、ほんとはいらないけど、犬神がいちおう覚えとけっていうから」


 犬神さんというと、犬の妖怪かなというくらいは察しがつくけど、よくは知らない。白児さんの友達だろうか。


 字とか琴とか、白児さんは色んなひとに色んなことを教わって、とても勉強熱心なんだなあ。


「で、どう書くの?」


「こうですよ」


 曇った鏡に《冬吉郎》と書いてみせると、白児さんが一番上の文字を指してはしゃいだ。


「この字はわかる! 季節の冬だ!」


「当たりです。実は私の名前は、おじいちゃんの名前にかかっているんですよ」


「どーゆーこと?」


「ほら、雪は冬に降るものでしょう? うちは家族全員に季節の名前が入っているんです。おばあちゃんの名前はハルで春、お父さんは夏輝の夏で、お母さんは字は違いますけど亜希子だから秋。だから、私の時は一周して、冬にちなんだ名前になったそうです」


 春夏秋冬の順なら、一周して本当は春にちなんだ名前をつけそうなものだけれど、家長のおじいちゃんを始めとしたらしい。


 私にだけ妖怪が見えるのは、おじいちゃんの名前にちなんだからじゃないか、なんて家族の間では言われてる。


「おじいちゃんはとっても優しくて、絵が上手で、妖怪が大好きで友達がたくさんいる人だったんですよ」


「でもあいつはお師匠様の約束をやぶったぞ。悪いやつだよ」


「そうですね・・・おじいちゃんも、きっと無念だったと思います」


「?」


 白児さんはきょとんとして見上げてくる。


 もしかしたら、長い時をほとんど姿も変わらずに生きる妖怪には、気づけないことなのかもしれない。


 年老い、足腰が弱くなってしまった人にとって、山の中に行くことは、かなり難しい。そのうち、そのうち、と思ううち、時間切れになってしまったんじゃないだろうか。


「? ユキ?」


 でも待っていた者にとっては言い訳に過ぎないだろう。


 私は、白児さんに改めて頭を下げた。


「ごめんなさい。祖父にかわってお詫びします。琴はきっと、見つけますね」


 おじいちゃんなら、絶対にそうしただろう。


 温まるまでゆっくり湯船に浸かり、出ると脱衣所に小さな甚平が用意されていた。入っている間にお母さんが持って来てくれたんだろう。


 確かおばあちゃんお手製の、お父さんが小さい頃に着ていたものだったと思う。


 着せてあげると白児さんはきゅう、と口をすぼめて頬を赤らめた。それが嬉しい表情だということは、なんとなくわかる。


 もとの血と泥で汚れた着物は洗面所で軽くもみ洗い。白い着物一枚と腰紐一本しかないので、片手がちょっと動かなくても、そんなに大変じゃない。


 洗う前には、腰紐に通されていた鈴付きの小さな木札を取る。その時によく見てみると、それは五角形で、白い馬の絵が描かれていた。


「これ、絵馬ですか?」


 神社で見るものの三分の一くらいのミニサイズだったけれど、白児さんに確認したら、やっぱりそうらしい。


「それは手形がわりなんだ。ないとお師匠様のいるところに入れない。結界があるからな」


「へえ、厳重なんですね」


 妖怪の世界にもセキュリティがあるんだなあと、なんだか感心してしまった。


 洗った着物は庭に干しておき、寝る準備を整える。


 妖怪は夜が本番。なのだけれど、部屋のベッドの横に布団を敷いている頃には、白児さんはもう、うつらうつらしていた。


 私たちに会う前も一人で琴を探し回ったり、大変な目に遭って、今はお腹もいっぱいでぽかぽかで眠たくなってしまったんだろう。


「もう寝ますか?」


「うん・・・」


 舟を漕ぎながら、白児さんは言って袖を引っ張ってきた。


「うた、うたって」


「え?」


「うたって」


 思わぬリクエストだ。自分の歌声に自信はなかったが、せがまれるままに、白児さんを布団に寝かせ、とりあえず子守唄を歌ってみた。


 リズムに合わせゆっくり、ぽん、ぽん、とお腹の辺りをそっと叩いてあげると、やがて白児さんは寝息を立てはじめ、歌をやめても起きなかった。


 なんだか、年の離れた弟でもできたみたい。


 可愛い額を一度だけなでて、電気を消そうとした時、携帯が鳴った。せっかく寝ついた白児さんが起きないよう、急いで取ると、相手は天宮くんだった。


『そっちは問題ない?』


 どうやら心配して、わざわざ電話をかけてくれた様子。


「うん、大丈夫だよ」


『今、見回りで近くまで来てるんだけど、窓開けられる?』


「え? う、うん」


 ついそう返してしまったけど、私、パジャマなんだよね・・・前に一度見られてるけれども。


 とりあえずカーディガンを羽織り、気休めに髪を手櫛してカーテンを開けたら、天宮くんがもういた。


 袖の長い、平安貴族のような着物――狩衣というらしい――を着て、下の階の屋根に立っている。


「白児は?」


「今、寝たばっかりだよ」


 体をずらし、天宮くんにも白児さんが見えるようにする。


「こっちはなんにも問題ないよ。夕飯もお風呂も喜んでもらえました」


 すると天宮くんには、とても微妙な顔をされた。


「別にもてなさなくていいんだけど・・・まあ、問題ないならよかった」


「私より天宮くんのほうは大丈夫ですか? お家のお仕事もあるのに」


「そっちは翔たちもいるから大丈夫。佐久間のほうが優先だ」


「ぅ、ご、ごめんね、ありがとう」


 申し訳ないけれど、今は天宮くんに頼るしかない。明日からはちゃんと、私にもできることを探していこう。


 ひそかな決意を燃やしていると、再び天宮くんの視線は白児さんのほうへ向けられた。


「よく、寝てるんだな」


 どこか、不思議そうだ。確かに、夜にぐっすり眠っている妖怪ってなんだか変な感じ。


「少しは安心できたのかもしれないね」


 半分は願望。傷つきさまよっていた白児さんの心が、ほんのちょっとでも、ここで癒されたらいいなと思う。


「お師匠様が亡くなって、悲しいのもそうだけど、きっと不安も大きいんだと思います。・・・私もおじいちゃんが亡くなった時は、急に道しるべがなくなってしまったような気がして、怖かったから。私にとっては、おじいちゃんが師匠みたいなものだったので」


 絵についても、妖怪についてもそう。


「妖怪が見える人をおじいちゃん以外に知らなかったから、なんだか、この世に一人ぼっちになったみたいな気がして。この後、どうしたらいいのかな、って・・・だから、なんだか白児さんのことは他人事じゃない気がしてしまって、天宮くんには本当にご迷惑で申し訳ないですけど・・・」


「――いや」


 天宮くんは白児さんを見つめたまま、ゆるく首を横に振った。


「早く見つかるように、俺も努力する。――そろそろ行くよ。おやすみ」


「あ、お、おやすみっ。わざわざありがとう、無理しないでね?」


「大丈夫」


 そうして天宮くんはあっという間に夜の中へ消えてしまった。


 それを見送り、窓を閉め、明かりを消すと、白児さんの体がぼんやり白く光って見える。


「・・・おやすみなさい」


 そっと呟き、私もベッドに潜りこんだ。

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