ご招待
「おい、なんで琴のありかを聞かないんだよ?」
祠を出ると、ずっと大人しくしていた白児さんに、ぺちぺち頭を叩かれた。
でもお狐様が教えてくれないのには、きっと意味があるんだと思う。もしくは、必要がないということなのかもしれない。
私は天宮くんに伺ってみた。
「えっと・・・どう、しようか?」
「一応、思いついたことはある」
天宮くんはすかさず答えてくれた。
「盗人をおびきだすんだ」
「おびきだす?」
「広範囲を探し回るのは効率悪いだろ」
確かに。
まだその泥棒が白児さんの件と関係あるかはわからないけど、事情を聞いてみる価値はあるはずだ。
「どうやっておびきだすの?」
「細かいところはこれから詰めてく。準備ができたら言うよ」
準備ができたら、ってことはつまり、私はその準備にまったく必要にならないと。
うぅ、もとより役立たずは自覚しているけれど、言い出しっぺは私なのに、こんなことでいいのかなあ。
それにしても天宮くん、なんだか妙に気合が入っているような・・・。
いつもより声が張っているし、普段は眠たそうな半眼がちゃんと開かれている。お狐様が挑発したせいだろうか。
東山の天狗の宴に行き、危うく帰れなくなりそうになったあの夜、結果的にお狐様に助けられる形になってしまった彼には、悔しい思いがあったのかもしれない。
それもこれも私が巻き込んだせいと思うと、また申し訳なくなった。
「とりあえず、今日のところは帰ろう」
天宮くんが言うと即座に、「なんでだよっ!」と白児さんが不満の声を上げた。
「はやく琴を探せ!」
ばたばた両足を振り、私の髪の毛を引っ張る。白児さんからすれば、たった一回聞き込みをしてもうやめてしまうのかと、じれったいのだろう。
しかしなんだかんだで今は六時を過ぎ、だんだん日が暮れてしまう。これから探すと言っても手がかりもなければ、他にあてもない。
「あ、あの、でも白児さん、今日はもう」
「さーがーせーっ!」
暴れる白児さんを落ちつかせるのは、やっぱり私ではだめで、
「いい加減にしろっ」
「うわっ」
天宮くんが、白児さんを私から引き剥がす。
そして白児さんの胸ぐらを片手で掴み、宙吊りの状態で凄んだ。
「勘違いするな。こっちはお前を殺せば解決するところを手伝ってやってるんだ。琴を見つけたいのなら従え。できなければ殺すだけだ」
はっきりとした脅し。白児さんはごくりと喉を鳴らす。
「お前はこのまま俺と来い。逃げるなよ」
しかし、このことに白児さんは全力で拒絶を示した。
「や、やだ! 祓い屋のところなんか行きたくない!」
必死に天宮くんの手から逃れようとするものの、簡単にはいかない。
妖怪にとって祓い屋は殺し屋も同然だ。しかもついさっき脅しをかけられたばかりの相手の家に行くとなると、相当の勇気がいると思う。
無理やり連れて行かれそうな白児さんは今にも泣きそうだったものだから、私はつい、口を出してしまった。
「あ、あの、私の家でもいいですよ」
「は?」
天宮くんが驚いたように、こちらを見る。
「だめですか?」
「だめっつーか・・・わかってる? こいつは、佐久間を呪ってる妖怪だぞ?」
「うん。だから、これ以上悪いことは起きないよね? 白児さんも琴が見つかるまではどこにも行かないと思うので」
「いや、でも」
「おいらも佐久間がいい!」
渋る天宮くんの手元で、白児さんが叫ぶ。その声に励まされ、もう一歩、押してみる。
「もし差し支えなければ、白児さんのお世話くらいはさせてください。その、準備を手伝えないかわりに」
「別にそんなの気にしなくても」
「気にします。私のことだもの」
「おいら祓い屋のところなんかに連れて行かれたら暴れるぞ! 逃げるぞ!」
白児さんのさらなる後押しもあって、天宮くんは若干迷う様子を見せながらも、最終的には、折れてくれた。
「・・・わかった。なんかあった時はすぐ呼んで」
「はいっ。ありがとう天宮くんっ」
白児さんは無事解放され、私の後ろへすばやく隠れる。
それから天宮くんに家まで送ってもらい、別れ際の注意はいつにも増して念入りに行われた。
さらに天宮くんは白児さんへ、絶対に夜に私を連れ出さないように脅し聞かせ、私たちが玄関に入るまでちゃんと見届けてから帰ったようだ。
「ここがお前の家?」
白児さんは物珍しそうに、ぺたぺた中を歩き回る。靴を履いていなかったので、泥のついた裸足の跡が床に残る。
うーん、とってもホラー。お母さんたちが帰って来る前に掃除しとかないと騒ぎになりそう。
うちは共働きなので、帰ると誰もいないことがほとんどだ。ちなみにお父さんは隣町の会社で働いていて帰りは遅くになることが多く、お母さんは近所のスーパーに勤めており、こちらはあともう少しで帰ってくる。
床の掃除も必要だけど、まずは白児さんをきれいにしたほうがいい。私はさっそく洗面器にお湯を汲み、リビングをうろうろしていた白児さんを呼んだ。
食卓の椅子に座ってもらい、片手に収まるくらい小さな足を、ぬるま湯で洗ってあげる。それから体や着物に付いた泥も、タオルやブラシなどを使って取る。
「ぃつっ!」
「あ、ご、ごめんなさい」
顔や体のあちこちにある擦り傷や切り傷の上を拭いたら、白児さんに痛がられてしまった。
「なにすんだっ」
腕を押さえ、睨む白児さん。利き手が思うように動かせないので、かわりに左手を使ったら力加減がうまくいかなかった。
「ごめんなさい。でも傷のあるところはきれいにしないと、悪くなってしまうかもしれません。次は痛くしないようにするので、拭かせてもらえますか?」
「え・・・」
「ちょっと、失礼しますね」
再び腕を取り、今度はもっともっと注意し、タオルを優しく当てるようにして汚れを取る。
「これではどうですか? 痛いですか?」
「・・・ううん」
どうやら大丈夫みたいだったので、同じ感じで他の場所も拭いていった。
「おいらは妖怪だもの、ほっといたって治るのに。佐久間はバカだな」
「そうでしたか。すみません」
すると、白児さんは怪訝そうな顔になる。
「なんで笑ってるんだ?」
「え?」
指摘されて初めて、ずっと自分が笑顔でいたことに気づいた。
呪いをかけられた相手だと、わかってはいるんだけど、どうしても見た目の可愛さから頬が緩んでしまう。
「ごめんなさい」
「だから、なんで笑うんだよ?」
その後も間抜け面が緩みっぱなしで、白児さんに不審がられてしまった。
あらかたきれいになったら、白児さんの歩いた場所を雑巾で拭いて、そうこうするうちに買い物袋を両手にぶら下げたお母さんが帰ってきた。
「ただいまー、あ? なにしてるの?」
玄関から廊下まで、雑巾がけをしている私の傍には白児さんもいたけれど、当然そちらはお母さんの目に映らない。
「なになに掃除なんかして。腕は大丈夫なの?」
「うん。あのね、実は――」
私はきちんと、今回のことをお母さんに説明した。そのほうがかえって心配させないで済むと考えたのだ。
それから白児さんが家に来ていることを教えると、途端に目を輝かせた。
「どこ!?」
すばやく周囲を見渡し、白児さんの姿を探す。私が、ここにいるよと隣を示すと、ぎらついた目を向け、びっくりした白児さんが私の後ろに隠れてしまった。
そんなこととも知らず、お母さんは一人で舞い上がっている。
「わぁあどうしましょうどうしましょう!? と、とととりあえず挨拶かしらね!? ええと、白児さん? 初めまして、私はユキの母の亜希子と申します! ユキったらどうして先に連絡してくれなかったの? わかってたらごちそう用意したのにー」
お母さんの妖怪好きは知っていたけれど、仮にも娘を呪っている妖怪に対してこの反応とは。私以上に暢気者だ。
当の妖怪ですら、怯えて私の後ろから出て来ない始末。
お母さんをなだめ、通常どおり夕飯の支度をさせるまで、やたら時間がかかってしまった。
「あいつ妖怪見えるの? 見えないの?」
白児さんがおそるおそる顔を出す。
「見えません。うちには私以外に見える人がいないんです。でも両親ともに妖怪が大好きなんですよ」
「妖怪が好き? 人間なのに?」
大いに驚く白児さん。まるで信じられないものを見るかのようにキッチンのお母さんを見つめていた。
「お父さんもお母さんも、亡くなったおじいちゃんもおばあちゃんも、もちろん私も、みんな妖怪が大好きなんですよ」
「・・・へんなやつら」
白児さんの言うとおり。
でも今は、それがとっても助かった。




