親子相談室
「ユキー、コンビニ行かないかー?」
お風呂上がりに、お父さんに誘われた。
晩酌をしようとしたら、おつまみがなかったらしい。
以前、東山の天狗の大将である大天狗様に絵のお礼としてもらった、蓋をしておけば何度でも瓢箪の中身がいっぱいになるお酒を、お父さんもお母さんも気に入って、あれからちょくちょく二人で飲んでいる。
私はまだお酒には付き合えないけれど、買い物だったら付き合える。湯冷めしないように着替えて、付いて行くことにした。
「学校はどう?」
仕事で遅くなることも多いお父さんと、こうしてゆっくり話すのは久しぶりのことだ。
「妖怪たちとはうまくやれてるかい?」
「うん、大丈夫」
うちは両親ともに妖怪が見えない。お父さんには、おじいちゃんの妖怪を見る力が遺伝しなかったらしい。
でも私に負けず劣らず妖怪が大好きで、普通の人に見えないものが見えてしまう娘を気味悪がるどころか、心底うらやましがるような親なのである。
だから、私も妖怪たちとのことを気兼ねなく話すことができる。
「今日はろくろ首さんに会ったの。他にもたくさん、いろんな妖怪たちが訪ねてくれてね?」
天宮くんと出会うまで、周囲に同じ景色が見える友達がいなくても、なんとかやってこられたのは、こうして温かく受け入れてくれる家族があったからだろう。
「楽しそうだなあ、いいなあ」
お父さんは、やっぱりうらやましそうに言う。
行って帰って大体三十分くらいの道のりを、のんびり、散歩がてら歩いていく。涼しい夜気が、お風呂上がりの体に心地よかった。
「ユキは着実におじいちゃんと同じ道を行ってるな」
うんうんとお父さんは何やらしきりに頷いている。
おじいちゃんも妖怪に頼まれて絵を描いていたから、確かに同じ。違いがあるとすれば、天宮くんの存在だろう。
「・・・そういえば、おじいちゃんはどうやって身を守ってたんだろう」
実際に自分も妖怪たちと付き合うようになってから、最近はその疑問をはっきり意識するようになった。
訪れる妖怪はもちろん、絵を描いてほしくて来るわけだから、敵意はない。
でも、私なんかの稚拙な絵でさえひどく気に入り、棲み処にまで連れ去ろうとする妖怪が中にはいるのだ。
そういう時、おじいちゃんはどう対処していたのだろう。守ってくれる人がいたというような話は聞いたことがない。
「妖怪祓いの術を知ってたわけじゃないよね?」
「たぶんなあ」
お父さんは考えるように、空を見上げた。
「よく言えば天真爛漫、悪く言えば考えなしと言うか・・・まあ、そういう人だったから案外、危ない目に遭ってもどうにかなったのかもしれないね」
「? なにそれ?」
「ごめん。ほんとはよくわからない」
あはは、とお父さんは無責任に笑う。
「妖怪たちに聞いてみたらわかるかもしれないよ。ユキはそれができるだろう?」
「あ、うん・・・」
「ユキのほうは? 毎日天宮くんが付き添ってくれてるのかい?」
「必ず毎日ってわけじゃないけど、でも、うん。よく付き合ってくれる。すごいんだよ、天宮くんが睨むだけで妖怪はみんなおとなしくなっちゃうの。だから、とっても助かってるんだけど・・・」
「けど?」
ちょっと悩んでいることを、言おうか言うまいか、迷って口ごもってしまう。
私は、できれば誰かに天宮くんとのことを相談したかった。
でもお父さんは天宮くんが純粋に、厚意で私を守ってくれているんだと思っている。要するに友達だからだと思っている。
護衛の本当の理由は家族にもばらしてはいけないのだ。そこへ、彼と友達になりたいんだけどと相談することはできない。
でも仲良くなるためのヒントが、とてもほしい。
「あの・・・あのね?」
恥ずかしいのをこらえ、思いきって口にしてみる。
「なに?」
「その・・・男の子とは、何を話したら、いいのかな?」
「ええ?」
お父さんは呆れたのかなんなのか、変な声を上げ、失笑したみたいだった。笑われるとよけいに恥ずかしさが増して、せっかく夜風に冷めた頬がまた熱くなる。
「なに? 会話が続かない?」
「つ、続かないっていうか、それもあるけど、そもそも話題があんまり、ないっていうか」
「なんでも好きなことを話せばいいじゃないか。男も女もそこまで変わらないよ」
「で、でも、天宮くんにどうでもいいような話はできないでしょ?」
「そんなことないと思うよ」
「あるよ。たぶん退屈がられるし、うっとうしがられるかも」
「じゃあ、妖怪の話なんかは?」
「したよ。でも私のほうがなんにも知らないから、一方的に教えてもらうだけで会話してるって感じじゃないの」
「別にいいじゃないか」
「でも天宮くんが楽しくないんじゃない?」
「つまらなそうにしてるのかい?」
「それは・・・よく、わからないけど」
天宮くんは基本的にいつも眠たそうで、あんまり表情が変わらない。他によく見るのは妖怪たちに怒っている顔くらい。
笑った顔はこれまでに一度か二度しか見たことがなくて、あとはひたすら寝顔。
「・・・少なくとも楽しそうではないよ。もしかしたら、あんまり喋りたくないのかも」
「なら、それでもいいじゃないか」
「え?」
「沈黙が好きな人もいるよ。色んな付き合い方があっていいんだ。なにも絶え間なく喋り続けていなければ、仲良くなれないわけじゃなし」
「そう?」
「ユキだってあんまりお喋りは得意じゃないだろう?」
「・・・ずっと黙ってていいの?」
「身構えなくていいってことだよ。話したいことがあれば話せばいいし、特になければ、ユキも沈黙を楽しむといい。何事も必要以上におそれないことだね。要するに、ユキは天宮くんに嫌われるのが怖いんだろう?」
それは、その通りだ。私にとって、誰かに嫌われることはおそろしい。どうしていいかわからなくなる。
「でもね。おそれる気持ちは大切だけど、気を回し過ぎても疲れるだけだ。ある程度は思いきって、自分の好きな通りにしていいんだよ。それで嫌われたとしても大した問題じゃない。そもそもがまったく知らない他人どうしなんだ。失敗を活かして、また一から仲良くなればいいさ」
ぽん、とお父さんの手が頭に乗った。
「ようやく本当にやりたいことができるようになったんだ。怖がってばかりいないで、出会えるすべてを楽しみなさい。たとえ何があっても、この土地がユキを守ってくれるよ」
ついでに軽くなでられて、お父さんの手が離れていく。後には不思議な感覚が残った。
「・・・なんか、おじいちゃんみたいだね」
「え、そう?」
お父さんはちょっと驚いていた。
「言い方が似てた」
「まあ、そうだね。父さんが昔おじいちゃんに言われたことの受け売りだから。虎穴に入らずんば虎子を得ず、ってね。なんでも積極的にやってみろってさ」
「私には慎重になるようにって感じのことをよく言ってた気がするよ?」
「ユキは見える子だからね。若い頃のおじいちゃんは、そりゃあ簡単に虎穴に飛び込む人で、たくさん痛い目にも遭ったらしいから、ユキには気をつけてほしかったんだよ、きっと。もちろん、父さんも妖怪相手には積極的にいってほしいとは思ってないぞ? でも人に関しては、ユキはもう少し勇気を出していいんだと思う」
「・・・うん、わかった」
嫌われることをおそれてあれこれ思い悩むより、話したいことがあるなら話してみろと、そういうことかな。
それでやっぱり黙っていたほうがいいとなるかもしれない。それならそれで、別にいいんだ。
仲良くなる方法は様々だから。とりあえずぶつかってみなければ、本当の距離はわからないのかもしれない。
完全に悩みが解決したわけではないけれど、少しだけ、気持ちが明るくなった。がんばってみよう、と思えた。
恥ずかしさを我慢してでも、話してよかったな。




