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幻想徒然絵巻  作者: 日生
初夏
24/150

気を置く関係

「――ではまたな、ユキ。今度お狐様に顔を見せにおいで」


「はいっ。お土産ありがとうございました」


 部活終了の放送が流れ、窓から帰る一つ目入道さんを見送ったら、後片付けを始める。天宮くんも、妖怪たちが荒らした机を直すのを手伝ってくれた。


「あ、ごめんね天宮くん。ありがとう」


「いいよ」


 天宮くんは部員でもないのに、やって当然といった感じでてきぱき動き、私が絵具をしまっている間に教室はあらかたきれいになる。


「ごめんね、今日はお昼寝の邪魔もしてしまって」


 天宮くんのお家では妖怪たちが悪さをしないよう夜回りをしてくれているため、日中は眠いのだ。

 放課後に限らず、授業中でも休み時間でも天宮くんはずっと寝ている。


「いや、佐久間を守るのが俺の仕事なわけだから、そんなこと謝らなくていい、てか、ええと、ごめん。いつも寝てて」


「え? いえ、それはいいんですっ」


 なぜだか気まずそうにしている天宮くんに、慌てて言い募る。


「天宮くんは夜にもお仕事があるんだから、いっぱいいっぱい寝てください。私がもっとちゃんとしてれば起こさないで済んだのに、ほんと申し訳ないです」


「いや、そしたら俺いる意味ないから」


 そうは言っても、あまり迷惑をかけないようにしたい。本来の彼は私に構っていられるほど暇じゃないだろう。本人は文句の一つも漏らさないが、負担になってはいないかといつも考える。


「俺のことは気にしないで、佐久間は普通に過ごしてればいいよ」


「でも、あの、こんな毎日妖怪に会ってていいの? 私はとても楽しいですけど、天宮くんたちにとっては・・・」


 きっと、好ましい状況ではないだろう。私が天宮くんたちから神様を奪える秘密がばれないように、なるべく妖怪とは関わらせたくないんだって以前、言っていたのだから。


 ところが、今の天宮くんは首を横に振った。


「平気だよ。緩和手段みたいなもんだ」


「? どういうこと?」


「えっと・・・まず、妖怪がここまで佐久間の絵をほしがるのは、たぶん存在証明がほしいからなんだ」


 言葉を選ぶようにしながら、天宮くんは話してくれる。


「妖怪ってのは存在が不安定なんだ。誰にでも認知されるわけじゃないし、姿形がきっちり定まってるわけでもない。《あるかなしか》の存在なんだ。だから、確かに自分が《ある》と証明してくれる佐久間の絵が、奴らにとってはかなり魅力的で、どうしてもほしがる奴らが出てくる。そういうの全部蹴散らしてたら、妖怪どもが業を煮やして佐久間をさらったり、家のほうに押しかけたりするかもしれない。でも望みを叶えてもらえば無茶はしないだろ?」


「あ、だから、緩和?」


「そう。それにあんまり警戒し過ぎて怪しまれたら元も子もないから」


「そっか、そうだね」


 つまりこの現状は、必ずしも望ましくはないが、ある程度は天宮くんたちも納得している状態ということだろうか。ならちょっとだけ、安心だ。


「むしろ俺のほうがずっと張り付いてて邪魔なんじゃないかと」


「そんなことないです!」


 やや心配そうにこちらを窺う様子の天宮くんに、断固として言った。


「天宮くんのおかげで毎日楽しいです。安全にいろんな妖怪の絵を描けて、邪魔だなんてとんでもない、いつも感謝しています。私にできることがあれば言ってください。なるべく天宮くんの負担にならないように、至らないところはがんばって直しますから」


 ところが、「あー・・・うん」とたじろいだような天宮くんに目を逸らされてしまった。


「別に気にしなくていい、し、畏まることもないよ。負担どころかここ昼寝場所として最高・・・えっと、だから、つまり、とにかく俺のことは気にしなくていいから」


「うん、天宮くんが気にせずゆっくりお昼寝できるように、妖怪が来てもなるべく静かにするね」


「いや妖怪が来たら起きるよ」


 結局、改善要求等は聞けず、部活の日誌に今日の活動内容を簡単に書き、戸締りを確認したら、職員室に鍵を返しに行く。


「あ、お疲れ様ー」


 顧問の相馬先生は、授業で生徒たちが提出したデッサンのプリントを採点しているところだった。


「ごめんねー、今日も顔出せなくて」


「いえっ」


 入部してから、相馬先生が部活に来たのは数えるほどもない。いろいろとお忙しいらしい。


 なので、いつもこうして謝られるけれど、本音を言えば相馬先生がいてくれないほうが、なにかと都合がよかった。


 だって好きなだけ妖怪の絵が描けるし、一応は部外者である天宮くんを気軽に招けるし。


「何も問題なかった?」


「大丈夫です」


 最近は、しれっと嘘もつけるようになってきた。まさか美術室がお化け屋敷になっていたとは、先生は知る由もない。


「気をつけて帰ってね」


「はい、さようなら」


 職員室の外では天宮くんが待ってくれていて、一緒に学校を出た。


 天宮くんのお家は私とは全然方向が違うのだが、部活に付き合ってくれた日は必ず家まで送ってくれる。


 あまりに申し訳ないので何度かお断りしてみたものの、毎回「仕事だから」の一言で済まされる。


 茜色の空を横切り、飛び去るカラスなどを見上げる帰り道は、特別会話も多くない。天宮くんは無口なほうで、私は口下手なので、しかたがない。


 出会ってから、もうすぐ二ヶ月が経とうとしているが、いまだに天宮くんといると緊張する。


 恥ずかしながら、私はこれまでの人生で一度も、恋人はおろか友達としても男の子と付き合ったことがない。ほとんど会話らしい会話をしたことがないので、勝手がよくわからない。


 なにより問題なのが、天宮くんとの関係性である。私たちは決して友達どうしじゃない。彼にとって私は護衛対象なのだから。いつも、迷惑をかけてはいけないという思いが先に来てしまう。


 例えば普通の友達なら、今日こんなことがあったとか、昨日見たテレビの内容とか、特に意味のない会話も平然とできるけれど、天宮くんに同じことはできないだろう。


 もっと彼に関係のある、祓い屋のお仕事や妖怪のことなどの話題は、もうほとんど尽きてしまった。それだけの時間を一緒にいた、ということでもある。


 友達でもないのに、仕事だから、私についていなければならない天宮くんはどんなに退屈だろうか。


 せめて何か楽しい話題をと思っても浮かばないし、そもそも彼は別に私となんか話したくないかもしれない。


 嫌われている、と思うわけじゃない。ただ、負い目がある。


 私に迷惑な力がなければ、もっと普通に友達になれたのかな。


 そのきれいな姿を、描かせてもらえたかな。


 少しは近づけたような気がしたけれど、やっぱり心はまだまだ遠くにあるのかもしれなかった。


「それじゃあ。なんかあった時は連絡入れて」


 家に着くと、天宮くんはいつもの言葉を口にして、私が中に入るまでを見届ける。

 それに丁重に頭を下げてから、私は玄関の扉を閉めるのだった。

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