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幻想徒然絵巻  作者: 日生
22/150

それから、それから

 その日、私は天宮くんに家まで送ってもらい、両親との感動の再会もそこそこに二度寝した。


 そして翌朝、下に降りると朝刊を取りに行ったお父さんが、もう片方の手に見慣れない風呂敷包みを持って戻ってきた。


「これユキのじゃないか? ドアの前に置いてあったぞ」


 風呂敷の中身はなんと天狗のお屋敷に置いてきたままだったリュックと学校の上履きで、さらに栓をされた瓢箪ひょうたんと、墨で書かれた手紙が添えられていた。


 手紙というか、時代劇で見たことのある細い長方形の書状のようなもので、七折りくらいされていたのをぱたぱた開いて読んでみるも、字が読めない。日本語ではあるのだろうけど、達筆過ぎて。もしかしたら字も古いものなのかもしれない。


「どれ貸してごらん」


 言われてお父さんに手紙を渡すと、「えー、先の晩はまこと素晴らしき絵をいただきありがたく候」とすらすら読み上げ始めた。


「お父さん読めるの?」


「これでも大学では考古学を勉強してたんだぞー。古文書くらい読めるさ」


 意外な親の特技のおかげで、手紙の差出し人は大天狗様で、あの晩のお礼と、私が忘れていった荷物を烏天狗さんに届けさせてくれた旨とが書いてあるとわかった。


 なお瓢箪の中身はお酒で、お土産とのこと。中身がなくなっても、栓をして二日おけば、いつの間にかお酒が満杯になる不思議な瓢箪なんだとか。私よりお父さんがとても喜んでいた。


「またぜひ宮へお越しください、だって。すごいなあ、天狗と知り合いになれたのかー」


「あはは・・・」


 でも行ったら帰してくれないパターンかなあ・・・。


 お父さんにもお母さんにも宴に招かれたと言っただけで、危ない目に遭ったことは話してないので、ひたすら、いいないいなと私をうらやましがるだけだった。この二人はそれでいい。


 さて、一連の騒動が終わり、周りを見渡せば、花の散った木々が青葉を広げ、町に爽やかな風が吹く。


 入学式からひと月経ったその日、私は美術室で絵を描いていた。


 四月の仮入部期間が終わり、五月から一年生は本格的に部活を始める。私は結局、美術部に入ることにした。


 たった一人で寂しく活動、と思いきや、私の隣には緋色の髪の男の子が座っている。


 今日も今日とて眠たそうにあくびをしつつ、天宮くんは私が描き上げる絵を眺めていた。


「すげー・・・な」


 ぽつりと、そんな感想をいただく。


 描いているのは相馬先生からリクエストがあった、お狐様のお社だ。


「よく、こんなきれいに描けるよな」


「ううん、全然だよ。実物はもっときれいだもん。見える通りに描けるようになれたらいいんだけど・・・」


「十分描けてると思う」


 うう、天宮くんは気を使ってくれてるんだろうけど、あんまり言われるといたたまれない気持ちになってくる。


「あ、天宮くんも、なにか描く?」


 話題逸らしに言ってみるも、首を横に振られた。


「いや、俺は部員じゃないし」


 そう、天宮くんは美術部に入ったわけじゃない。


 彼は私を守るため、ここにいる。これも当主命令とのことだ。


 神様の力を奪ってしまえる私の秘密が、妖怪に知られることがあってはいけないが、その可能性はわりと低い。


 大天狗様の宴が終わり、私をさらおうとする妖怪はもういないからだ。でも可能性はゼロじゃない。

 時々は様子を見て、私がまた騒動に巻き込まれたら助け出す人が必要だと天宮家の方々は考えたらしい。


 そこで、まだ祓い屋としては半人前である(とてもそうは思えないけど)、天宮くんの修行も兼ねて、というより同じクラスなので必然的に、彼が引き続き私の護衛として、事件がなくとも余裕のある時には一緒にいてくれることになった。


 とてもとても申し訳ないのではじめはお断りしたのだけど、綾乃さんからこれも秘密を守るため、それにぜひ天宮くんの修行にも協力してほしいと逆に頼まれてしまい、今のような状況になっている。


 四月のように朝から夕方までずっと見張るわけではないが、困ったことがあったら遠慮なく頼ってほしいと言われている。


 申し訳なく、でも、とても心強いし嬉しい。


 騒動が終われば天宮くんとは口も利けなくなるかと思っていたけど、こうして一緒に穏やかに過ごす時間ができたらぽつぽつと、少しずつ会話が増えていった。


 とはいえ相変わらず、部活中も天宮くんは机に突っ伏して寝ていることが大半。

 お疲れ様ですと思いながら、彼の寝顔をこっそり眺めるのも、密かな私の楽しみになりつつある。


 この関係を友達と呼んで果たしていいのかどうか、自信はないが、若干、心の距離は近づいた、と思う。


 ま、焦らず一歩ずつだ。永遠の時を私たちは持たないけれど、誰かと仲良くなれる時間くらいは、きっと残されているだろうから。


「――ユキ、遊びに来たぞ!」


 突然、わずかに開いていた窓から、白金の光を放つ妖怪が中に入ってきた。


「っ、お狐様?」


「ユキさまあっ!」


 ぴょん、とアグリさんが私の膝に乗る。よく見ればお狐様の豊かな九尾の影に西山の妖怪たちが勢ぞろいしていた。


 いや、西山の妖怪たちだけじゃない。見覚えのない、他の妖怪もたくさん、たくさんいて、お狐様が開け放した窓から入り教室を埋め尽くし、入りきれなかった妖怪は窓にべたーっと貼り付いていた。


「・・・」


「・・・」


 私も天宮くんも唖然として、しばらく何も言えなかった。周りで楽しそうにはしゃいでいる、妖怪たちに。


「お、我が社ではないか。なんとも美しく描けておる」


 絵を覗いているお狐様のほうを、ぎぎぎ、と私は錆びたロボットみたいな動きで振り仰いだ。


「お、お狐様? どうして、こんなに」


「そなたに会いにゆくと言ったらしもべどもが付いて参ってな、その後を通りすがりの妖怪たちが勝手に付いて参ったのだ。まあ気にするな」


「い、いえあの、さすがに気にしないでは」


「佐久間殿ぉっ! 我が絵を描いてくださるとはまことか!?」


 すると妖怪たちが一斉に騒ぎ始めた。


「わっちが先ですよぉっ!」


「我を一番に描いておくれ!」


「なにをキサマ遅れて来おったくせに! わしが先ぞ!」


「一番早くに来たはあたし!」


「いやいや佐久間殿に一番に頼んだは我じゃ! 我が先であろうが!」


「ええい若輩者どもが! 譲らぬか!」


「ぎゃあ! こら頭を噛むでない!」


「さあさあユキ、木っ端どもは捨て置き我の絵を描いておくれ。社もよいがやはり我が姿を描いてもらうが一番だ」


 どたんばたんと妖怪たちが暴れている。窓の外でも我先にと妖怪が妖怪を蹴ったり殴ったり噛みついたり。


 いくら普通の人に見えないとはいえ、こんなに騒いでいたら誰か気づくんじゃないかな。っていうか早く止めないと教室を壊されてしまうかも。


 その時、隣から大きな大きな溜め息がして、次の瞬間、紅蓮の炎が空間を焼いた。


「おおぉうっ!?」


「そうじゃ、天宮がおったのじゃった!」


 逃げ惑う妖怪たち。天宮くんは私のほうへ、疲れた顔を向けた。


「これから、そうとう大変な目に遭っていきそうだな」


「・・・うん、そうだねっ」


 対して私は、不謹慎にもわくわくしてしまっていた。


 私の妖怪たちとの生活は、始まったばかり。


 さっそく怖い目に遭ったし、迷惑もたくさんかけてしまった。これからもきっといろんな人や妖怪にお世話になることだろう。

 わかっていても、もうこの生活からは逃れられない。逃れたいとも思わない。


 私は、妖怪が大好きだから。


 この身に降りかかる災いも幸いも、そのひとつひとつがすべて私の絵に深みをくれるだろう。

 おじいちゃんが、そうであったように。


 いつだって、私たちの傍には闇がある。


 そこに不用意に踏み込むことはいけないけれど、おそるおそる一歩踏み出した先にはもしかしたら、とても素敵な出会いが、待っているのかもしれない。



1章終了。

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