ごめんなさい
百鬼夜行は町を一周した後、私たちを天宮家の前に降ろし、山へと帰って行った。
お家にいらした綾乃さんと椿さんはとても驚いていたものの、その場で細かい説明は求められず、椿さんから、
「とりあえずユキちゃんはお家に連絡して、今夜はうちで休んでいって。私の服貸してあげるから」
と、てきぱき指示された。
家に連絡しようとして、そこでやっと携帯などの荷物をまるっと天狗の宮に置いてきてしまっていたことに気づいた。今すぐ取りに戻ることはできないので、とりあえず天宮くん家の電話をお借りする。
なんと珍しい黒電話で、最初ちょっとダイヤルの回し方がわからなかった。
深夜も深夜だったけれど、コール二回でお父さんが出た。さすがに心配で寝ていられなかったらしい。いつものんびりしているお父さんが、早口に無事を確かめてきた。ただ、それでも警察に連絡したりなどの大事にはしないでいてくれたらしい。
どうやら綾乃さんが先に連絡をいれてくれていたそうで、ある程度の事情は私が話す前からお父さんたちも知っていた。
続けてお母さんとも少し話し、とにかく無事だったので、明日の朝にはちゃんと帰りますということを伝え、電話を切った。
報告できた私のほうも、一安心して胸をなでおろす。
すると眠気が思い出したように湧いてきた。
実はお腹も空いている。よく考えたらお昼以降、何も食べていない。
でも緊張と興奮の連続でさすがにへとへとで、食欲よりも眠気のほうが強く、椿さんが用意してくれたお茶漬けを客間でいただいている途中で、うっかりお茶碗に鼻を突っ込みそうになってしまった。
なんとか食べ終えたら、椿さんがさらに寝る用にスウェットの上下を貸してくれ(手足の布が余ってしかたがなかった)、布団まで敷いてもらってしまい、恐縮しながら横になる。
泥のように眠り、目が覚めた時にはすっかり明るくなっていた。
今、何時だろうか。部屋には時計がなく、腕時計も携帯も手元にないのでわからない。
でもこの明るさなら、少なくとも早朝ではないと思う。
早いところ着替えて、失礼したほうがいいだろう。
「――佐久間、起きてる?」
すると、ちょうど制服に着替え終えたところで、障子戸の向こうから声がかかった。
「天宮くん?」
「うん、俺。入っていい?」
「あ、ちょっと、待って」
スカートのポケットに入れていたシュシュで手早く髪をまとめ、まだ畳むまでいかなかった布団の横に正座する。
「はい、どうぞ」
戸を開け、入って来た天宮くんはTシャツに着替えており、特に眠たそうでもない顔だ。
怪我も、うん、治ってる。元気そうだ。
「体調どう?」
障子を閉めて、天宮くんが傍に座る。
「大丈夫。ちょっとまだ眠いけど。あの、ところで今、何時ですか?」
「十時になるとこ」
うわあ。人様のお家で、たっぷり寝てしまった。
「ご、ごめんなさい、すごい寝てしまって・・・」
「好きなだけ寝てていいよ。それだけ大変だったんだから」
「ううん、私はそんな、別に。それより天宮くんのほうが怪我とか」
「俺は大丈夫。慣れてるし、あの狐の使いの治療が効いたっぽい」
「そっか、よかった」
「いや、うん、まあ俺のことはどうでもよくて」
すると天宮くんは急に、緋色の頭をがくっと下げた。
「ごめん」
「え?」
「佐久間のこと、ちゃんと守れなかった。むしろ、俺が佐久間に助けられた」
「そ、そんなことないよ!」
「ある」
上げられた顔は、とても苦い表情だった。
「俺が天狗にやられたせいで、佐久間は危うく人間やめさせられるとこだったろ」
「あ、あれは」
「さらわれたのも油断してた俺が悪い。焦って一人で乗り込んで、助けに行ったはずが逆に俺だけ助かりかけた。だから、ごめん」
「・・・」
もう一度下げられた頭を見つめて、私は、何を言うべきかをずっと考えていた。
「・・・顔を、上げて? 天宮くん」
言葉を迷いながら、口にする。
「あの、気を悪くしたら、ごめんなさい。――私ね? 天宮くんには神様が宿っていて、だから天宮くんはとても強くて、妖怪たちは天宮くんに絶対に敵わないものなんだって、思ってた。でも・・・違う、んだよね? 天宮くんにも、敵わない妖怪がいるんだよね? よく考えたら当たり前だよね。神様を宿しているだけで、天宮くんたちも人間なんだもんね」
その時、天宮くんが顔を上げた。
まるで驚いているような表情の彼と、ちゃんと目を合わせる。
「天宮くんは自分も本当は危ないのに、助けてくれていたんだよね? なのに私、勘違いして、当然みたいに守ってもらってた」
「・・・佐久間を守るのは天宮の都合だ」
「だからなおさら、私がしっかりしなきゃいけなかったんだよ。――ごめんなさい。天宮くんは、私のせいで殺されかけたんだよね」
彼が違う世界の人間だなんて、どうして思ったんだろう?
強力な妖怪の前では、天宮くんも私も同じだったんだ。
非力な人間で、未熟な子供。
危険を承知で、本当はぎりぎりのところで戦ってくれていたんだ。
少しばかり人より力があるせいで、弱い者に全身で寄りかかられ、なんとか足を踏ん張って立ってくれていた人に、私は、ひどいことを思った。ひどいことをした。
「ごめん、ごめんなさい」
ここで泣くのはだめだと、わかっているけど涙があふれた。
怖かった。とてもとても怖かった。
天宮くんのことでも自分のことでも、本当に怖かった。
でも大天狗様が悪いんじゃない。彼らは人のおそれそのもの。近づいた私が報いを受けただけ。
頬を伝って落ちる雫を、不意に掬われた。
遠慮がちな強さで、天宮くんが指で涙の筋を拭ってくれる。
「謝らなくていい。佐久間は悪くない」
「・・・天宮くんだって、悪く、ないよ・・・」
「うん・・・ありがとう」
すると天宮くんは不器用に笑った。
「お互い、もうこれで済ませよう」
それはとても優しい提案だった。
悔いても悔いてもきりはない。謝れば謝るほど、とめどなく罪悪感が湧いてくる。
それでも彼が、許してくれるというのなら、その気持ちは別の一言に込めればいい。
だから私も泣きながらのおかしな顔で、いっぱいの感謝を言葉に込めて、その提案に乗らせてもらうことにした。
「ありがとう、天宮くん」
17時にもう一話投稿します。




