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幻想徒然絵巻  作者: 日生
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百鬼夜行

「ほんによかった、よかった。ユキが天狗の虜とならば我らは二度とこうしてうぬと会えぬことになるところであった。お狐様に感謝じゃ」


「そうだったんですか・・・ありがとうございますお狐様」


「なに、よいよい」


 涙を拭き、深々と頭を下げると、お狐様は上機嫌に言った。


「そなたを高慢な天狗めに取られては冬吉郎に申し訳が立たぬと思っただけだ。それに、しもべどもの頼みを聞いてやるのも、主たる我の務めであるからな」


「お狐様も、皆さんも、ありがとうございます。ほんとに、本当に・・・」


 私は何度も何度も頭を下げて、何度も何度もお礼を言った。


 お狐様が助けてくれなければ、私は今ごろ人でも妖怪でもないモノになっていた。感謝してもしきれない。


 気が済むまでお礼をして、それからは少し、お狐様に昔のことを聞いた。


「祖父とは、どうして知り合ったんですか?」


「昔、あやつが木っ端どもにからかわれて道に迷いおってな。山の中で泣いておったのを拾ったのだ」


 お狐様は当時を思い出したのか、こらえきれずに笑い声を漏らした。


 若い頃から妖怪と関わり、人と妖怪の世界をあちこち行き来していたというおじいちゃん。山で迷子になっちゃったんだね・・・。


「話してみればこれがまた面白い。それになんともよい絵を描く。我が姿を存分に写させ、夜を明かしたのよ。あんなに楽しい夜は、初めてであったな」


 お狐様は、どこか遠くを見るように目を細めていた。


「また必ず参れと念を押し帰した。しかし奴ときたら無精者でなかなか訪ねて来ぬゆえ、我から家に押しかけたこともある。迷惑だとほざくかと思ったが、冬吉郎は我を見るといつも嬉しそうに笑うのだ。その顔が、我はとても好きだった。もう一度見とうて、何度でも会いに行った。奴が小僧の時分に初めて会ってから、嫁をもろうて、やがて息子が生まれ、孫が生まれても、奴はいつだって我を歓迎した」


 遠くから私に視線を戻し、お狐様はとても優しげに微笑む。


「・・・そして最後に訪ねた時、冬吉郎は死の床にあった」


 おじいちゃんは、自宅で亡くなった。ひと月前に患って、入院しても治らなくて。


 当人の希望で自宅に帰った三日後に、急に家族を集めて二言三言会話して、眠るように亡くなってしまった。まるで自分が死ぬ時を知っていたみたいに。


「ユキ、千年生きた狐はな、神通力を得て少しばかり先を見通すことができるのだ」


「・・・え」


「我は冬吉郎に会ってすぐ、奴があと三日で死ぬことがわかった。我はそれを奴に伝えた。つい口が滑ってしまったのだ。だが、奴は笑って礼を言ったよ。教えてくれてありがとう、とな。――すると我は無性に惜しくなって、どうしても奴を死なせたくなくなった。死が迫っている者に対し、死ぬのは怖かろう、逃げたかろうなどと口走ってしまった。我らのように長い時を生き、子や孫の行く末を見たかろうと、あの手この手で冬吉郎を誘惑し、奴に一言、死にたくないと言わせようとした。言えばすかさず奴を我らの仲間にしてやろうと思っておった。・・・妖魅としての愚かしいさがよな。しかし冬吉郎は我の話を最後まで聞き、やはり礼を言ったのだ」


 お狐様はまるで仕方がなさそうに、肩を竦めた。


「我の拙い誘惑など、もとより効いていなかった。――奴は、死ぬ時に人は最上の幸を得るのだと言っておった。我らにすれば短いその一生を、懸命に生き抜けば、死ぬ時に味わう幸福は何倍にも膨れ上がるものらしい。そして自分はもう力の限り生を生き抜いた自信があるから、死んで確かめたいと言うのだ。最上の幸を味わって、冬吉郎という名の生を終えるのだと。死ぬまでが、己の役目なのだと。・・・冬吉郎が最上の幸とやらを味わえたのかどうか、確かめることなどできぬが、そなたを見ておれば察しはつくな。奴は幸せな男であった」


 噛みしめるようにお狐様は言って、おもむろに毛皮の下を探り始めた。


「冬吉郎は死ぬことをすっかり決めたら、今まで何度せがんでも譲ってくれなんだ絵巻を譲ってくれた。他にもたくさん奴の絵は持っておるが、これが一番、奴の心が込められているように思う」


 そうして、お狐様は取り出した巻物を端から端まで広げた。


「―――」


 それは、細長い画面いっぱいに、たくさんの異形たちが描かれているもの。


 百鬼夜行。


 おそろしいものたちが、雲の上を楽しそうに、踊りながら、歌いながら、自由自在に駆け回っている絵。


 私が見るのは初めてじゃない。


 一番大好きな、おじいちゃんに何度も何度もせがんでは見せてもらった絵巻。私はこれを見て、妖怪の存在にあこがれた。


 いつの間にか失くしてしまったと思っていたら、おじいちゃんの大切な友達がずっと持っていてくれたんだ。


 お狐様の言う通り、たぶん、これがおじいちゃんの人生最高傑作。


 私の絵も、褒めてくれる方はいたけれど、


「まだまだ・・・ですね。私は」


 おじいちゃんの、妖怪への想いが全部詰まった絵の前では、足元にも及ばない。今の私では全然遠い。届かないんじゃないかって、挫けそうになるくらい。


 でもそれは当たり前なんだ。


 だからこそ、私はこの絵が大好きだったんだ。


「これ、お狐様の百鬼夜行なんですか?」


 先頭に金色の狐が描いてあったから、もしかしたらそうなのかなと思った。するとお狐様は嬉しそうに二度頷いた。


「うむ。月のよい晩にな、山の妖怪たち皆で夜空の散歩にくり出した時のものだ。そうだ、ユキ、そなたも夜行をしてみるか?」


「えっ」


「ちょうどまとっておる衣は雲を織ったものであろう? 我らの出会いの記念だ。者ども外へ出よっ」


 おおおお、と妖怪たちの声が祠にこだまし、彼らは意気揚々と飛び出して行った。


「天宮の小僧もそろそろ傷が癒えたであろう? 特別に貴様も雲に乗せてやるから来い」


「・・・は?」


「行こっ、天宮くんっ」


「さ、佐久間っ?」


 私も妖怪たちと同じで、気持ちがとてもうきうきしていた。


 いつもより気が大きくなり、戸惑う天宮くんの手を引いて、洞穴の外へ出た私の体は、地を蹴ると同時に高く浮かび上がる。手をつないだ天宮くんも一緒に。


 お狐様が作ってくれた紫色の薄雲の上に、妖怪たちと私たちが乗って、月夜の下、百鬼夜行は出発した。


 笛の音、琵琶の音、鈴の音、太鼓の音が、軽やかに響く。楽器を持たない妖怪たちは手を叩き、酒瓶を仰ぎ、踊って、歌って、楽しげに空を駆ける。


 煌々と照る月は、異形の姿を妖しく映し出すだろう。けれど闇に生きる百鬼たちはこんなにも陽気だ。


「楽しいね天宮くんっ!」


 大きな歌声に負けない声で、私は手をつなぐ彼に言った。


 祓い屋が、まさか百鬼夜行にまざっているなんて、当人でさえ想像できなかったことだろう。


「私ね! 百鬼夜行にまざることが、小さい頃からの夢だったの!」


 ちょっと暗いから、彼の細かな表情までは見えなかったけれど、怒っていなければいいなと思った。


 どうか今夜だけは、許してください。


 だって楽しいんだもの。すごく楽しいの。生きてることが、こんなにも。


 闇の中だって、世界は明るく美しい。


 みんなに伝えたくて、陽気な歌を高らかに歌い続けた。

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