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幻想徒然絵巻  作者: 日生
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お狐様

 広い廊下の幅が一杯になるくらい、ふさふさとした九本の美しい尾。


 毛の一本一本が光り輝いている。同じ色の三角の耳と、床まで届く長髪も、同様に眩しい。


 中心にあるのは端正な顔立ちの男性。


「さてさて。大人しく様子を見ておったが、相も変わらず目に余る天狗の横暴ぶりに、思わず飛び出してしまったな」


 そのヒトの視線の先には、飛び退いた大天狗様がいる。


「これはこれは。まさか狐殿がお越し下さるとは思いも寄りませんでした。お招きもしておりませんのに、ありがたき次第です」


「すまんな。今宵、貴様を祝うつもりはまるでなかったゆえ、手土産を持って来ておらん。あとで届けさせよう」


 大天狗様も現れたヒトも、凄みのある微笑みで牽制し合っている。


 その時、金毛の中からひょっこり、浴衣姿の小さな女の子が飛び出した。


「アグリさん!?」


「ユキさまっ、ごぶじでなによりなのですぅ!」


 ぴょい、とアグリさんは私の傍に着地する。


「おけがあります? わたくしなおします」


「わ、私は大丈夫です。それより天宮くんが」


「はい。あまみやも、とくべつだいさーびすですっ」


「っ、なっ?」


 思うように動けない天宮くんの顔やら腕やら体に、アグリさんはぺたぺた葉っぱを貼っていく。薬草、とかなのかな。


 最初は人の子だと思って、後から妖怪だってことがわかったアグリさん。あれ以来、なかなか勇気が出なくてお社には行けていなかったけれど、こうしてまた会ったら自分でも不思議なくらい、安心できた。


「天宮くん、大丈夫だよっ。アグリさんは味方ですっ」


 無条件で、そう思える。


「味方って・・・つか、これ、治んの?」


「さ、さあ?」


「なおります。おきつねさまじきでんなのです」


 アグリさんは天宮くんを葉っぱだらけにしつつ、自信満々に胸を張る。


 とりあえず天宮くんは大丈夫そう。問題は、突然現れた謎のヒト。


「あ、あの、アグリさん。一緒にいらっしゃった方はどちら様で」


「西の金毛九尾の狐」


「ひゃっ!?」


 こっそりアグリさんに訊こうとしたら、頭上から声が降ってきた。


「気軽にお狐様と呼んでくれてよいぞ、ユキ?」


「お、お狐様?」


「うむ。そなたも大きくなったなあ」


 そのヒト――お狐様は、嬉しそうに赤い瞳を細めていた。


「そなたには我がしもべが世話になったそうだからな、さてもはた迷惑な天狗からその身を救ってやろうぞ」


 お狐様は一歩、二歩、と前に出て、広がる九尾で私や天宮くんを庇うように覆った。


「大天狗、酔狂もほどほどにするがよい」


 大天狗様の姿はよく見えず、ただお二人の声だけが聞こえる。


「酔狂ではありません。貴殿も佐久間殿の才に触れたのならば、同じように思われたのではないですか?」


「・・・確かにな。貴様が失いたくないと思う気持ちは、我もようわかる。だが」


 お狐様はまったく喧嘩腰ではなく、穏やかに大天狗様に語りかけていた。


「その想いは間違っておる。貴様とて真にわからんわけではなかろう? この娘の描く絵にそれほど強く心惹かれたは、儚きものの生み出したものであるがゆえだ。もし、それに永久の命を与えてしまえば、輝きから情感からすべて消え失せてしまう。賢き天狗は知っておろう?」


「・・・」


「儚きがゆえに美しく、我らが心から惜しむがゆえに、わずかな欠片まですべて愛おしくなる。貴様は知っておろう? 人は弱く脆く、失いやすいものなのだ。そういうものでなければ、輝けぬのだ」


 黙す大天狗様にお狐様は言い募る。


「今宵は我がこの者らを預かる。貴様は少々頭を冷やすがよい」


「・・・是非もありません」


 そして大天狗様は案外あっさりと、引いてくれたのだった。


「ここで貴殿と争えば、せっかくの絵に傷がついてしまう。どうぞ、この場は狐殿にお譲りします」


「すまんな。やはり祝いの品はあとで我が自ら持って来てやろう」


「お待ちしております。では佐久間殿、またいつの日か」


 どうやら話はついた、らしい。


 お狐様はくるりと振り返るや、私を片手で抱き上げ、動けないでいる天宮くんのことも肩に担いだ。

 アグリさんはお狐様の尻尾の一つに掴まる。


「お、おいっ」


「暴れるなよ天宮の小僧。仮にも我は神と呼ばれる者ぞ。悪いようにはせん」


 お狐様は悠々と宴会場を去る。


 烏天狗さんたちが警戒している間を通り、お屋敷を出ると、近くにあった杉の木のてっぺんまで一気に飛び上がった。


 そうして細い木のてっぺんからてっぺんを次々と乗り移り、あっという間に天狗の山を脱出する。


 住宅街を突っ切り、そしてまた山の中へ。


 長い移動だったけど、お狐様は一歩一歩の跳躍が大きく、滞空時間が長いのでまるで空を飛んでいるのと同じで、しっかり抱えられていることもあり、つまりは快適だった。


 お狐様に降ろしてもらったのは、山の洞穴の中。


 紫の火の玉が泳いで空間を照らし、ごつごつした岩肌が見える。天井は非常に背の高いお狐様がぎりぎり頭をぶつけないくらいのもの。

 普通の人には十分な高さだけど、お狐様には窮屈そうだった。


 奥に行くとやや広い空間に着き、そこにはたくさんの妖怪たちがひしめいていた。


「ユキ! 無事であったか!」


 真っ先に駆け寄って来てくれたのは、一つ目入道さんだ。


「よかったよかった、ほんに、よかった」


 一つ目を嬉しげに細め、笠のような大きな手で優しく、頭をなでてくれた。まるで親がその子の無事がわかって、喜んでいるかのように。


「ええいどけ貴様らっ」


 他にも踊り喜ぶ妖怪たちを蹴散らし、お狐様は最奥の毛皮を積み重ねたソファらしき場所にどっかりと腰を降ろす。「適当に寛げ」と私たちにも促した。


「さて、改めて挨拶とゆこうか」


 九尾を優雅に揺らし、お狐様が言う。


「我はこの西山を統べる土地の神、金毛九尾の狐。そして、冬吉郎の友だ」


「あなたが、お狐様・・・」


 小さい頃から通ってる、神社に祀られた妖怪の神様。


 やっと、会えた。


「は、はじめましてっ、私は佐久間ユキといいますっ。わ、私、ずっとお狐様にお会いしたくてっ」


「うむうむ」


 興奮して言葉をつかえさせてしまう私に、お狐様は穏やかな眼差しを向けてくれていた。


「我もそなたに会いたかったぞ。早く帰ってくればよかったなあ。いや古馴染みのもとへ久方ぶりに顔を出しに行っていたのだがな? つい長居してしまったのだ。ようやく帰って来てみれば、しもべどもが天狗にそなたをさらわれたと騒いでおった」


「偶然、見かけての」


 なんでも私が烏天狗さんに運ばれているところを、一つ目入道さんが目撃したのだという。夜になってからちょうど山にお狐様が戻ったので、知らせてくれたらしいのだ。


 お狐様は、おじいちゃんと友達だった縁もあり、私を助けに出向いてくれた。そして一つ目入道さんたちは、ここで私が無事に帰って来るのを待っていたと、こういうことだった。


 洞穴の中には様々な形の、様々な大きさのヒトがひしめいて、勘違いでなければ皆さん、嬉しそうにしている。


「おうおう、驚いた顔が冬吉郎とよう似ておるわ」


「なつかしいなあ」


「奴が死んで幾年過ぎたか」


「なつかしや」


「なつかしやのう」


 ぺたぺたと、触れてくる妖怪たちの手はなんだか不思議な感触で、向けられる顔はどれもおそろしかったけれど―――声が、手が、温かく私を迎えてくれているのがわかった。


「・・・皆さんも、おじいちゃんの友達なんですか?」


 彼らは大いに、頷いていた。


「冬吉郎はよき友であった」


「おうとも。我らをよく愛してくれる者であった」


「すばらしき絵を描いてくれる男じゃった」


「ああ冬吉郎の絵はまことにすばらしかった」


「ユキさまのえもすばらしいのです!」


 お狐様の肩に乗ったアグリさんが声を上げる。

 すると皆さんはおそろしく、でも穏やかな笑みを浮かべた。


「わかっておるさ。ユキにもちゃあんと冬吉郎の才が受け継がれておるということは」


「ユキよ。我らは皆、お狐様の守護のもとに暮らす妖たちだ。お狐様の大事な友は、この山に棲む者にとっても大事な大事な友なのじゃ。むろん、その孫であるユキ、うぬのこともな」


「・・・」


 私は、言葉を失っていた。


 底まで温かい好意が嬉しくて。

 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、幸せで。


 何を言ったらいいのか、全然わからなくなってしまった。


「・・・ありがとう、ございます」


 じんわり浮かぶ涙が、幸せな光景をぼやけさせる。


「ありがとうございます、皆さん・・・」


 それだけ言うのが精一杯で。


 あとは温かい手たちが、私が泣きやむまで背中をさすってくれていた。

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