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幻想徒然絵巻  作者: 日生
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今日は満月

 お父さんにネットで調べてもらったところ、今月は二十八日が満月らしかった。


 みどりの日の前日。

 つまりは今日、無事に下校して、朝になったらひとまず狙われるのは終わりってこと。


 天宮くんとの無言の登下校も最後。


 気持ち的に色々と限界だったから正直、やっと、という感じ。もちろん天宮くんのほうもそうだろうし、私よりもずっと心待ちにしていたかもしれない。


 あれから一つ目入道さんは私の前に姿を現してない。無事かどうか、それだけが心配だ。この騒動が終わったら、いるかわからないがお社を覗きに行こうかと思っている。


 そのためにも、今日も早く家に帰って、明日になるまで部屋に閉じ籠ろう。


「――佐久間ちゃん!」


 ところが、速やかに昇降口に向かう途中の廊下で、呼び止められてしまった。


 銀色のフルートと黒い譜面台を持って、どこかに移動する途中といった様子の笹原さんが、私を見つけて声をかけてくれたのだ。


 笹原さんは一緒にいた友達に断り、こっちに来る。


「知り合い?」


 天宮くんにこっそり尋ねられたので頷くと、「じゃあ下駄箱の前で待ってる」と気を回してくれた。


 入れ替わり、隣に来た笹原さんは天宮くんの背にちらりと目をやり、


「あ、ごめん邪魔したかな。今の彼氏?」


「違います!」


 もう何度目にもなる質問だったので、反射が早くなっていた。笹原さんがたじろいでしまうほどに。


「クラスメートです、ただのっ」


「そ、そっか。すごいイケメンだねー。モテてそー」


 笹原さんの感想はもっとも。不思議と表だって騒がれてはいないけれど、きっと密かにあこがれている人は多いだろうと思う。なのに私なんかと噂が立ってるから本当に胃が痛い。


「まあいいや。イケメンくんの話は置いといて、桜の絵は描きに行った?」


 絵を描いたら見せるという約束を、笹原さんは覚えていたらしい。


 私も忘れていたわけではないのだけど、なにせ現物はすべて木霊さんに渡してしまって一枚もない。


 それに紙をつなげて大きな絵に描いたのだから、結局全部そろってなくちゃ仕方ないのだ。


「すみません。行くには行ったんですが、描いた絵が風に飛ばされてしまって」


 見せたくない言い訳だと思われるかな。


 心配していたら、笹原さんは「ありゃりゃ」と苦笑いしていた。


「災難だったね。桜は? きれいだった?」


「はい、とても。教えてくださってありがとうございました。約束したのに絵をお見せできなくて、本当に申し訳なく・・・」


「いいよいいよ。きっと佐久間ちゃんがきれいな絵を描いたから、山の神様がほしくなっちゃったんだよ」


 それは冗談、だったんだろう。


 でも私はうかつにも驚いてしまい、変な間を作ってしまった。


「あ、そうだ。じゃあ絵がないかわりにこれ、運んでもらっちゃおうかな?」


 返す言葉に迷う私に、笹原さんは左手に持った折り畳み式の譜面台を示した。


「これからパート練習で空き教室に行くんだけどさ、楽器と楽譜と譜面台まとめて持つの大変なんだ。もし時間あったら手伝ってくれないかな?」


「は、はい、喜んで」


 譜面台を受け取り、笹原さんと並んで廊下をA棟の端のほうに向かって歩いていく。天宮くんを待たせることになってしまうが、急いで戻ればたぶん大丈夫。


 笹原さんの言い方が、どうしても気になったのだ。


 あるいは、笹原さんは私が引っかかることを予想していたのかもしれない。


「――ねえ佐久間ちゃんさ、この前、もしかして私のことお化けと勘違いして逃げたんじゃない?」


 思わず息を呑む。


 笹原さんは、変わらず朗らかな笑みを浮かべていた。


「いや、あの後よく考えてみたんだけどさ、誰もいない空き教室で、少女がピアノ弾いてるってホラーかもと思ったわけ。でもさ、一瞬そう見えても、やっぱり人間そんなものいるわけないってどこかで考えてるから、まず様子を窺うと思うのね? だけど佐久間ちゃんの逃げっぷりは全然迷いがなかったから、ひょっとして」


 笹原さんの大きな黒い瞳が、私を映す。


「佐久間ちゃんはそういうの見える人なの?」


 答えられずにいると、すぐに「ああごめんね」と続いた。


「お願いだから変な先輩だと思わないでねー。ちょっと興味があるだけなんだ」


「・・・お化けに、ですか?」


「うーん、お化けというより、お化けが見える人に興味がある」


「人のほう?」


「見えないものが見える人たちの世界は、普通の人よりもずっと広いんじゃないかなあと思うんだ。だから話を聞いてみたい。一体、普段何を見て、何を感じて生きてるのかなあ、って」


「・・・」


 自分とは違う存在に対する興味。それは私が妖怪に対して抱いている気持ちと似てる。


 普通は気味が悪いと思うところだろう。当たり前だ、見えないものはあるはずがないのだから、見えると言い張る人がおかしいのだと思われる。


 思われて、見なされて、孤立する。私も経験がある。


 いわゆるいじめまではいかなかったけど、みんなと感じられる世界が違い過ぎて、うまく話を合わせられず四苦八苦していた時期があった。


 だから、じっと答えを待っている笹原さんに、話すのは正直怖かった。たとえ相手が、たぶん受け入れてくれるだろうと思っても、何重にもロックをかけて金庫の中にしまいこんだ秘密を取り出すのは、果てしない勇気がいる行為だったのだ。


 でも――。


「・・・桜は、本当にきれいでしたよ」


 私は、できるだけ笑顔で言った。


「とても優しい桜でした」


 すると笹原さんはちょっとびっくりしたように瞬いて、それから、また笑ってくれた。


「――そっか。佐久間ちゃんが満足してくれたなら私も嬉しいよ」


 今、はっきり告げる勇気はないけれど。


 次こそ、絵を描いたら笹原さんに見てもらおうと思った。









「じゃ、ありがとね」


 すでに練習が始まっていた空き教室に笹原さんの荷物を運び、手を振ってくれる先輩に頭を下げたら、すぐ昇降口へ取って返す。


 廊下を走ると怒られるので、できるだけの早足。急がなきゃ。


「わ――」


 途中、窓が開いていて、急にすごい風が吹き込んできた。


 空気の塊が顔にぶつかったみたいな衝撃があり、思わず目を瞑る。


 ――と同時に、腕を強く引かれた。


 どれくらいの強さかというと、両足が浮くくらい。


「え――?」


 目を開けた。


 すると羽ばたきの音。黒い羽が一枚、視界を泳いだ。


「佐久間ユキ殿でありますな?」


 腕を引っ張り上げられて、お姫様抱っこみたいに抱えられる。


 間近に迫った顔は、まっ黒。大きく太い嘴がにょっきり生えていた。それがかぱかぱ開いて、喋っている。


 首を回せば同じく嘴と背に翼を持つヒトが、もうひとり宙にいた。


「我らは東山の烏天狗。お答えくだされ、貴殿が高名な妖怪絵師の佐久間ユキ殿か」


 二人? 二羽? 二匹? とにかく、二つの鳥の顔をしたヒトが交互に喋っている。山伏のような格好をしている姿は、どこかで見たことがある気がした。


「どうかお答えくだされ。貴殿が佐久間ユキ殿でなくば大変なこととなりまする」


「・・・は、はい。私が、佐久間ユキですが」


「したり」


 烏天狗さんたちは喜色を浮かべた。全体は鳥のようでも、目は人のようなので表情がわかる。


「折り入って貴殿にお頼みしたき儀がござる」


「近くに天宮がおりますゆえ、長居はできませぬ。道中ご説明いたす」


 彼らは翼をぴんと張り、空の青を切って進んでいった。


 風が強く、体全体に吹きつける。


 もしかして、もしかしなくとも、私、さらわれてる・・・?


 下は見れない。怖くて見れない。事実を確認することが怖い。


「実は大天狗様が東山の主となられてから千年目を祝した宴が、今宵ございましてな」


 飛びながら烏天狗さんたちが話してくれたことは、一つ目入道さんが教えてくれたことと大体同じ。


「我々家来は、大天狗様にお祝いの品を献上せねばならぬのです。しかし大天狗様は気難しいお方。生半な物ではお喜びくださらぬ。よって我ら兄弟は思案の末に、妖怪絵師として名高き佐久間殿に宴へお越しいただこうと思い立ったのです」


「佐久間殿には大天狗様の御前で、かのお人の絵を描いていただきたいのです」


 完全に、宴会の出し物として私を使うつもりらしい。その場で、みんなに見られながら即興で、って難易度が高過ぎませんか・・・?


「いや、なかなか天宮の奴めが離れぬので肝を冷やしておりました」


「大天狗様に取り入ろうとする木っ端妖怪どもを、追い払うには便利でしたが。我らだけ品を用意できぬとあらば、この首を差し出さねばならぬところでございました」


 烏天狗さんたちは、よかったよかったな雰囲気でいるけれど、それって、それって、満足してもらえなかったらそのまま、私の首を差し出すということになるんじゃ?


 私、確実に殺される!


「あ、あのっ! たぶん人違いだと思うんです!」


 できる限りの大声で、正直に訴えた。


 もしかしたら憤慨されて下に落とされるかもしれないけど、山に連れて行かれて逃げられない状態で殺されるよりは、まだ助かる希望があると見た。


「なんと? 人違い?」


 烏天狗さんが宙に急停止する。鋭くなった目に、心が勝手に竦んでしまう。


 でもちゃんと言わなくちゃ。この烏天狗さんたちのためでもあるんだ。


「さ、さっき、私を妖怪絵師とおっしゃっていましたが、それはきっと、私じゃなく祖父のことだと思うんですっ」


 なりたいとは思っていても、これまで一度も私は妖怪絵師だなんて名乗ったことはない。妖怪たちの間で有名だったのもおじいちゃんだ。彼らは勘違いをしている。


「お探しだったのは、佐久間冬吉郎のほうではありませんか?」


 ところが、烏天狗さんたちは嘴をそろえて言った。


「いいえ、妖怪絵師は佐久間ユキ殿です。我らはしかとその名を聞き申した」


「え?」


 だ、誰から?


「さ、急ぎますぞ」


 烏天狗さんたちは質問を受け付ける時間も惜しいらしく、さっきの倍のスピードで風を切る。


 私はもう、目も口も開けていられなかった。


 この状況、どうしよう。私は一体どこで道を間違ってしまったんだろうか。


 天宮くんの助けは来ない。来るはずもない。


 願わくば、彼がこの顛末を知った時に激怒しないことを、空中で祈るばかりだった。

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