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幻想徒然絵巻  作者: 日生
早春
150/150

二人の時間

 長いようで短かった入院生活を終え、私が登校する頃には暦が三月になっていた。


 空気はまだまだ冷たいけれど、道路にあった雪はほとんど残っていない。梅の蕾が前より気持ち膨らんできている。


 教室に入ったらあっという間に沙耶たち取り囲まれて、退院を喜んでくれたのがとても嬉しかったものの、クラス中の注目を浴びてすごく恥ずかしかった。


 入院していたことはみんな知らされていたが、お見舞いに行くのは遠慮していたと聞き、それはほんとに助かったと思う。


 沙耶たちにはどういう関係か一言で説明しにくい人や、妖怪がたくさん病院にきていたので・・・鉢合わせにならなくてよかったです。


 病室も個室で正解だった。あれは綾乃さんが配慮してくれたみたい。

 ただ、お見舞いやお礼と称してうちの両親は天宮家から色々と渡されたらしく、大変申し訳ない気持ちになった。


 しかしそのことはひとまず置いといて、目の前に問題が一つ。


 それは、入院している間に期末試験が実施されていたということ。


 登校した今日が金曜日だったので、担任の鈴木先生から来週追試をするからねと言われ、一気に現実に引き戻された。

 全然勉強してなかったです・・・。


 入院中も忘れていたし、その前からもう忘れてた。

 それでも後からテストを受けて他の人と同じように採点するわけにはいかないので、何割か得点から引くことになるそうで。進級できるのかな、私。


 土日に死に物狂いでがんばろう。

 ということで、金曜の放課後はいつも通り美術部の活動を行うことにした。


 だって今ものすごく描きたい絵があって、我慢できなかったのだ。


 美術室の後ろの机を片付け、昔、習字の授業で使っていたフェルトの下敷きを床に置き、長い和紙の一部を乗せる。


 他に用意したのは墨と硯、おじいちゃんが遺してくれた色んな太さの筆を五種類。


「なに描くの?」


 隣に煉くんが座る。


 今日も部活に付き合ってくれるだけじゃなく、退院したばかりだからか今朝はうちまで迎えにきてくれた。


 黒髪がまだ少し見慣れなくて、傍に寄られるといつもよりどきどきする。

 美術室の暖房、そんなに強くないのに顔が熱くなってきた。


「えっと、絵巻です。私が今まで出会った妖怪たちがみんないる百鬼夜行絵巻を描きます」


 昔、おじいちゃんにお狐様の夜行の絵巻を見せてもらってから、いつか私も自分の絵巻を作りたいと思っていた。入院中は勉強もせず下絵ばかり描いてたんだよね。


 お小遣いをはたいて買った和紙と墨を使って日本画風にする。もちろん後で色も塗る。今日だけでなく長い時間をかけて描いていくつもり。


 これからも新しい妖怪に出会うたびに、絵巻に描き足していくのだ。


 きっと、私の人生そのものを表す絵になるだろう。


「みんなって、ここらの妖怪全部?」


「うんっ。笹原さんが連れてきてた土地の外の妖怪たちも描くよ。あんな状況じゃなきゃみんな描きたかったから」


「あれを全部覚えてんの? すごいな相変わらず・・・あー、念のため、アマノザコは描かないでな? またなんかの拍子に顕現しても困るから」


「う、うん。そっちは私も怖いので描かないでおきます。でも緋色の神様たちは描いていい?」


「それはいいよ。たくさん描いてやって」


 私と天宮家との間には、もうなんの制約もない。

 私は描きたいものを存分に描くことができる。


 だから、ここに煉くんを縛り付ける理由もない。


 封印が消えても天宮家の祓い屋としての仕事は続いていく。煉くんだってお家のことが忙しいだろうし、他にも遊んだり勉強したりやりたいことが山ほどあるはずだ。

 私と過ごしてくれる時間はぐっと減るだろう。


 このまま何も言わなければ皆無になるかも。

 それは嫌だ。

 でもそのほうが煉くんの負担にならなくていい。


 寂しい。

 だからなんだって言うんだろう。自分は好きに絵を描いてるだけのくせに。

 彼が傍にいなくなると想像すると、耐えられないほど胸が痛む。


 全部終わったら告白しようと思ってた。でもこんなの結局は自己満足なのかもしれない。

 私が当たって砕けるのは勝手だけれど、それで煉くんに不快な思いをさせてしまわないだろうか。


 どうしても特別な存在になりたいわけじゃない。今までのように隣にいてもらえなくても、せめて普通の友達として付き合ってもらえたら十分。


 けれど、それすら疎ましく思われないか、不安。


「煉くん、あのっ」


「なに?」


「あの、ね・・・」


 やっぱり自分の心に従って生きるなんて難しいです、お狐様。色んなことが頭をよぎって臆病になってしまいます。


 あぁ、でも、それでも――願わなければ、神様だって叶えることはできないんだ。


「こ、これからも・・・煉くんの気が向いた時でいいので、美術室に遊びに来てください。絵を描きながら、待ってます、ので」


 告白、にもなってないかも。

 あなたの負担になりたくない、けれど会いたい、そんな図々しい願いに自分で呆れてしまう。これ以上の高望みはきっと無理。


 現に煉くんは首を傾げていた。


「それは、仮に毎日来ても構わない?」


「ぇあ!?」


 思わず変な声出た。

 え、いや、もちろんいいけど、え?


「・・・毎日は、煉くんが無理では」


「何もない日はできるだけ来たいと思ってる。佐久間の邪魔じゃなければ」


「わ、私は全然っ。あのでも、もう護衛とかもしなくていいんだよ?」


「そんなの、前から勝手にしてるだけのつもりだったよ。本当は俺がいなくても、佐久間は妖怪相手にだって毎回なんとかなったんだと思う。それでも俺が佐久間を守りたくて、無理やり傍にいただけだ」


「む、無理やりだなんて、違うよ・・・」


 彼は自分の正しいと思ったことをしてくれていたのだ。

 それに私がどれだけ助けられたか。


 すると煉くんは、ふーっと息を吐いた。何か緊張してるみたいに。


 そうして体ごと私に向き直る。


「俺は、佐久間が好きだ。よければこれからも傍にいさせてほしい」


 え――

 私は咄嗟に受け止めきれず、頭が真っ白になった。


「さすがに神を降ろしてた時のようにはいかないけど、やりようはいくらでもある。佐久間が不安になる立ち回りはしない。・・・できる限り。知恵も力もつけてどんな存在とも渡り合えるようにする。あとは――えっと、なんだろ」


 耳を疑ってしまう。

 冗談なんじゃないかとさえ思える。

 だって私はいつも迷惑をかけてばかりで、煉くんの優しさにやっと許されていたようなものだったはずで・・・なのに、まだ私の傍に、なんて。

 

 責任感? 同情? ――ううん、違う。

 聞きまちがいじゃないなら、煉くんは、好き、って、言ってくれた。

 私は彼がそんな冗談を言う人じゃないことをよく知ってる。


 言葉を迷い、不安そうにしてる顔は、そういうのじゃないとわかる。


「その・・・佐久間は、俺がいるのは嫌じゃない?」


 激しく首を横に振った。


 もうわけがわからない。

 混乱して信じられなくて、でも疑う余地はなくて。

 ただただ、泣きそう。


「私もっ、好きです・・・ずっと、好きでしたっ」


 どんな面倒事にも付き合ってくれた、優しい強さにいつも救われた、彼を失うことが何よりも怖かった、傍にいてくれるだけで全部うまくいくと思えた。


 言わなきゃいけないことはたくさんあるのに、胸が詰まって声にならない。


 私はこんなに情けなくてみっともない。

 見られるのが恥ずかしくて、両手で顔を覆った。


 すると優しく、抱き寄せられる。


 妖怪から庇うためでも、無事を確かめるためでもない。最初はそっとだったのが、気持ちを表すように強くなっていく。


 幸せすぎて死にそう・・・。


 とっくに限界を超えて悶えていたら、少しだけ体が離れ、指に柔らかいものが触れた。


 びっくりして顔を覆っていた手が取れた、ら、次は目元にキス、された。


「えっ」


「あ」


 思わず声が出てしまうと、煉くんも自分で驚いたみたいに瞬く。


「ごめんっ、勢いでつい・・・あ、っと、傍にいるだけじゃなくて、こういうのも今後許してくれたら――いや、ごめん。ほんとごめん」


 煉くんは素早く身を引いた。


 ええと、ええっと・・・!


「い、嫌じゃないので・・・大丈夫、です」


 もしかして変なこと言ってる? 私の頭こそ大丈夫?


 だって、いいん、だよね? 煉くんも、好きでいてくれるなら、触れてほしいって、触れたいって、思ってもいいんだよね。


 でも目を瞠ってる煉くんの顔を見たら、すごく恥ずかしいことを言った気がして、爆発してしまいそうになった。


「うぅ~・・・」


「っ、泣いてる?」


「何か、夢みたいで・・・」


「それは――俺も同じ気持ち」


 優しい声音。

 涙目で見やれば、煉くんの白い頬も淡く赤みがかっているようだった。


「・・・触ってもいい?」


 頷き、目を瞑る。


 煉くんは神様の炎のように温かく、何も怖くはない。


 頬と、唇にかすかに触れて、離れた。


 ほんの一瞬だったけれど、体中に愛おしさが溢れる。


「・・・煉くん」


「ん?」


「煉くんの絵も、描かせてもらえますか・・・」


 いっぱいいっぱいで顔を見ることはできなかったけれど、穏やかに笑う声は聞こえた。


「喜んで」


 夕方の柔らかな光の差す教室で、幸いだけが私を包む。


 この結末は彼が私の手を取り歩んでくれたおかげ。

 そして、土地のあらゆる存在が私の願いを叶えてくれたおかげ。


 一生忘れない。


 夜の闇の中、昼間の影の中、私はいつも守られていた。


 たとえ外見は災いの形をしているものでも、よく観察し描いてみれば、その中から必ず素晴らしい宝物が現れた。


 これからも、それらを見つけ描いていきたい。


 冬の気配が去って、また春が芽吹き、私のかけがえのない日常は続いていく。

 いつか命を終える日まで、大切な存在とともに――。


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