屋根の上で
「―――」
カーテンの向こうで明かりが消えるのを確認し、天宮煉は小さく息を吐いた。
まだ深夜にもならない時間帯、日中ならば町の住人におかしな目で見られそうな狩衣をまとい、他人の家の屋根に座っていたのにはもちろん理由がある。
「寝た? 彼女」
ちょうど、同じく狩衣をまとった男が横に降りた。
兄の翔だ。水面のように辺りの風景を反射する髪は、時々月を映すものの、基本的には闇を映して漆黒だ。
月さえなければ、闇の中限定ではこの男は普通の人間にも見える。
「こういうの、気分悪ぃんだけど」
「お前が変なこと考えてるからだろ」
「ちっげーよバカ!」
「図星だからって大声出すな愚弟」
「だからちげーよっ、そういうのじゃなくて・・・っ」
一応声を低くし、煉は唸るように続ける。
「佐久間に、悪いだろ」
向かいの家は、近頃天宮の家でにわかに最重要人物となった佐久間ユキという少女の自宅だ。
煉は当主に命じられ、この家に近づく存在がないかこっそり監視していたのである。
「これは彼女を守るためでもあるんだから仕方ないだろ。そんな気にしなくても、残念ながらカーテンしてれば中までは見えないしさ」
「何が残念だよ」
「思春期の好奇心を代弁してみた」
「本気で殴るぞ」
「どうどう。お前の気持ちもわかるが、だいぶ譲歩してるほうなんだぞ? 親戚連中の間じゃ腕を切り落とすとか殺すとか、物騒な意見もあったくらいだ」
「・・・人間とは思えねえよ」
「今さらだろ」
すると夜風が吹き、兄弟の異質な色の髪を巻き上げた。
「天宮は人を守るが、人は天宮を守らない。俺たちは俺たちで一族を守っていくしかないんだよ。――行くぞ。当主から東山の様子を見てくるよう指示が出てる。あとは式を置いていけ」
翔は言うと電柱を飛び移り、あっという間に行ってしまった。
「・・・わかってるよ」
つぶやきを残し、煉もまた闇へ身を躍らせた。