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幻想徒然絵巻  作者: 日生
早春
146/150

妖の導き

「じゃ、また後でねユキちゃん」


 諸々の準備を整え、椿さん、翔さん、洸さんがついに北山へ出発した。


 古御堂家の結界の中はまだいくらかましだけど、門の外の淀みはどんどんひどくなっている。


 濁った空を見上げていると不安に駆られてしまう。アマノザコノヒメ様は人の心を惑わす神様。振りまかれた呪いの中で人が正気を保つことは難しい。


 なので、翔さんがまず神様の水で道を払い清める。


 清流が走り抜けると、地面まで下りてきている黒い霧が押し流されて、喉を押さえ付けられるような息苦しさがなくなった。

 こんな感じで、翔さんたちが北山までの道を整えてくれるみたい。


 後続の私たちは、先陣を切ってくれる椿さんたちの戦いに巻き込まれない距離を保ちつつ、周囲の安全を確認してからの出発となる。


 スケッチブック、鉛筆、絵を描くのに必要なそれらだけは忘れないよう、リュックの中身を何度もチェックし、私は玄関でそわそわと時を待つ。


「佐久間、右手貸して。術をかけ直しておく」


「あ、うん」


 一緒に待っている煉くんが、また防御用の炎の蔦を右腕に巻き付けてくれた。


 炎はじんわりと温かい。

 気のせいかもしれないけど、あの緋色の神様にも応援してもらっているような心地がする。


 同じように玄関で待機している綾乃さんも慧さんも、煉くんの術の具合を念入りに確認してくれた。


「煉、何があろうとお前だけは絶対にユキさんの傍を離れてはなりませんよ。そのかわり、慧」


「わかっている。戦闘は俺が担う。もっとも、椿らがほとんど片付けるとは思うが」


「決して油断してはなりません。我々は二度と、失うことはできないのです」


 厳しく言う綾乃さんは、そっと私の両手を包む。


「どうか、傷一つなくお戻りくださいませ」


 手が、言葉が、とても温かい。

 すべてがうまくいき、私が無事に帰ってきたら、綾乃さんの後悔は晴れるだろうか。

 そうなったらいいなと思う。そうしたいと思う。


「帰ってきたら、おじいちゃんの話をたくさん聞かせてください」


 願うと、綾乃さんはちょっと驚いたような顔をしていた。


 おじいちゃんと神様を返そうとした時の話とは別の、二人の思い出をもっともっと知りたい。


 洸さんみたいにすっごく仲良しだったのか、正宗さんみたいにいっぱい世話を焼かされたのか、綾乃さんにとっておじいちゃんはどんな人だったんだろう。


 たぶん、私は絵を描かせてほしいとお願いする時と同じ顔をしていたと思う。

 綾乃さんはどこか懐かしそうに、目を細めていた。


「――お菓子と熱いお茶を用意して、たくさんお話ししましょう。冬吉郎さんとの思い出なら、語り尽くせぬほどにあります」


「楽しみにしています。綾乃さんも、絶対に怪我をしないでくださいね」


「はい――」


 その時、頭上から屋根を割るような大きな音がした。


 みしりと梁の軋む音が続く。


 その場にいた全員が外へ飛び出す一方で、私のことは煉くんが引き寄せ、いったん警戒してすぐには玄関を出ない。


 ガアガアという、カラスの鳴き声が聞こえた。


 それに、覚えのある威圧感が空気から伝わってくる。


「大天狗?」


 煉くんと私はお互いに顔を見合わせ、急いで外に出た。


 古御堂家の瓦屋根に一本下駄の歯を突き立て、大天狗様が黒い羽を広げていた。


「大天狗様!」


 私は咄嗟に呼びかけた。


 あ、そういえばお借りしてた隠れ蓑、天宮家で失くしちゃってる。どうしよう。


 逡巡する間に遠く北のほうを眺めていた大天狗様の顔が、ゆったりとこちらに向けられる。


「姫のもとへ、行かれますか」


 背筋がぞくりとした。


 そういえば、アマノザコノヒメ様は天狗の祖だと聞いた。だから女天狗である笹原さんは従っていたんだろう。


 アマノザコノヒメ様が顕現した今、大天狗様は私たちの味方でいてくれるのだろうか。


 すると、煉くんが誰よりも先に大声で問い質した。


「俺たちは北山へ行く! 大天狗はまだ佐久間の味方か!」


 それに大天狗様は口を開けて笑った。


「意気やよし。だが愚問だ、煉よ。あのお方は尊い我らの女神であるが、我が地にこう節操なく邪気を振りまかれてはいささか不愉快」


 その言葉でわかった。

 大天狗様は妖怪の神様に従う天狗ではなく、この東の土地を守護する土地神様として、ここにいるんだ。


 期待を込めて見上げる私にも大天狗様は微笑んでくれた。


天逆毎(アマノザコ)――逆らう者こそ、まさに御神の子でありましょうや。親に似ぬ忠義者の女天狗めは、狐殿が四肢を引きちぎり、我が刃で翼を切り落としておきました。しばらくは現れません。佐久間殿におかれましては、どうぞご存分にお役目を果たされよ」


 今、さりげなく怖いことをおっしゃった。

 笹原さん、生きて、る・・・?

 しばらくは、ってことは生きてる、んだよね?

 そうだと言ってほしい。


 大天狗様が味方してくれる喜びより、そっちの心配のほうが強くなってしまった。


「大天狗様、笹原さんは――」


「東の守護はおまかせあれ。貴女のご無事と早急な解決をお祈りしております」


 大天狗様が片手に持っていた羽団扇を振り上げる。


 ほぼ同時に煉くんが私を抱き寄せた次の瞬間、視界が回転し地面の感覚が消えてしまった。


「ひっ――!?」


 悲鳴は風にあっという間に流されていく。

 吹き消えた頭上の黒雲の隙間に、青い空がちらりと見えた。


 自分の状態がよくわからない、けど、たぶん私、大天狗様の起こした風で空を飛んでいる。いや吹き飛ばされている。


 目を瞑って煉くんにしがみつくことしかできない。


 どこまで飛ばされるんだろう、と思ったところで、ぽすんと柔らかいものに受け止められた。

 目を開ければ、視界にはうねる金色の毛並み。


 どこかの家の屋根の上で、お狐様の九尾のうちの一本が、私たちを絡め取っていた。


「お狐様!」


「無事か、ユキよ。大天狗め雑な飛ばし方をしおって」


 お狐様はいつもの青年の姿ではなく、鋭い顔の狐の姿になっている。おじいちゃんが神社に奉納した絵そのもの。

 普通の狐どころか人間よりもずっとずっと大きい、千年妖狐。


 その背中にアグリさんが乗っていて、同じ屋根には一つ目入道さんが煙管をふかして座っていた。


「西の守護は我にまかせよ。南もようやっと山住姫が御簾より出でたようだ。両面宿儺の封印を解かば、はた迷惑な女神を四方で囲い込めるぞ」


「なんでまたお前らは知ってるんだよっ」


 煉くんの疑問は当然。話してないのに私たちの考えが伝わっている。


 どうして、と思った鼻先に、薄桃色がかすめた。

 辺りを見渡せば、暗雲に支配された町中に、季節外れの無数の桜が舞っている。


 千年桜の花びら――おじいちゃんだ。

 おじいちゃんが木霊さんに頼んで、土地の妖怪たちに伝えてくれたんだ。


「おじいちゃん、おじいちゃんですよね!?」


 興奮する私に、お狐様は口の端を上げて牙を見せる。

 とても嬉しそう。


「さあ飛ばすぞ。一つ目!」


「おうさ」


 お狐様が尻尾を振り私たちを宙に放ったところへ、一つ目入道さんが煙管の煙を吹きかけた。


 香ばしい匂いに包まれ、目を瞑って開くと同時に、足の裏に着地の軽い衝撃があった。


 目の前には小さな古ぼけたお社。

 夏祭りで花火を見た場所。いつの間にか、私たちは北山神社の前に立っていた。


「そろいもそろって、ありがた迷惑な」


 煉くんは眉間に深い皺を寄せている。


 椿さんたちに先に行ってもらったり、色々段取りしていたことが全部飛んでしまったもんね。

 こんな状況でなんだけれど、私はお腹の奥がくすぐったくて我慢できず、それを煉くんにも気づかれた。


「・・・おもしろい?」


「う、ん。ごめん。ちょっとわくわくしてます」


 みんなの想いが愛おしくて。怖いのに楽しくなってきてしまった。


 すると、煉くんもつられたように表情を緩めた。


「やっぱ佐久間はいつでも佐久間だな」


「え?」


「実はかなり肝が据わってる」


「えっ? そんなことないよ?」


「あるよ。おかげで何度も助かってる」


 ちりん、とその時、鈴の音がした。


 煉くんにも聞こえたらしく、二人とも辺りを見回す。


 ちりん、ちりん、と一定の間隔で続く音のもとは、どうやらお社の中。


 煉くんが先に扉に手をかける。

 鍵はかかっておらず、床の上に鈴の付いた絵馬が一枚、落ちていた。


 ちりん、とまた鈴が鳴り、絵馬から金色の光が溢れる。

 さらにその光の中からおじいさんが現れた。


 床まで届く長い長い顎髭に、烏帽子をかぶったその姿は、かつて白児さんの琴探しで出会った、絵馬の精さんだ。


「あずまの子、神のお使い、迷い子よ。木霊に呼ばれ待っておったぞ。こちらへおいで」


 絵馬の精さんは私たちを迎え入れるように両手を広げる。


 確か、この方は封印のあるお社を管理している、宮守妖怪たちの一員だったと思う。

 敵ではないはず、だけど、急なことだったので煉くんは私を背に庇ったまま。すぐには招きに応じない。


「何をするつもりだ」


「我は社の門を守る者。邪悪が辺りをさまようゆえ、迷い子も迷い込めぬほど、門を常より深ぁく隠しておる。北山様を解きたくば、おそれずおいで。ぬしらに鍵を与えよう」


 どうやら、封印場所まで普通には辿り着けなくなっているということらしい。


 おそれず、なんて難しかったが、私と煉くんは互いに目配せし、二人同時に一歩、踏み出した。

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