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幻想徒然絵巻  作者: 日生
早春
141/150

幼馴染

 耳を切り裂くような夜気の中、電柱や家々を飛び移りまっすぐ天宮家へ向かう煉くんの背で、私は目を瞑っていた。


 頭に当たる風がとても冷たい。でも蓑の中は二人分の体温がこもって熱いくらいで、普段よりずっと速く血が体の中を巡っているみたいだ。


 間もなく目的地へ到着してしまう。


 綾乃さんは今、どうしているだろう。


 彼女は椿さんと翔さんを古御堂家へ向かわせた。

 この機に乗じて本家へ襲撃してくる妖怪たちもいるだろうに、最大の戦力であるお二人を使って、私を排除することを優先させたんだ。


 わかっている。

 綾乃さんは必死に家を守ろうとしているだけ。洸さんたちとは考え方が違うだけ。すぐに私の処分を下さなかったことこそ、彼女の優しさの表れだったと思う。

 もしかしたら、おじいちゃんへの義理もあったんじゃないだろうか。


 綾乃さんはそれを後悔しているかな。

 約束を破った私のことをどう思っているだろう。

 想像すると、少し、怖い。


 覚悟は決めたし後にも引けない。たとえ恨まれても赦されなくても。


 頭では全部わかってる。けれどふとした拍子に、本当にこれでいいのかと、隙間風のように不安がよぎるのは、どうしてだろう。


 移動の激しい動きが緩やかになった。


 目を開けると、雪の積もった樹林に囲まれるお屋敷の白い壁が見える。

 門前の明かりは点いているが、母屋のほうは暗い。誰もいないのかと思えるほどに静か。


 煉くんは忍び込む前に、まず建物を一度ぐるりと見回った。


「さすがに結界は張ってあるな」


 当然門から入るわけはなかったけれど、どうやら塀を飛び越えて入ることもできないらしい。


「すごく、静かだよね。明かりも点いてないし」


「戦える奴は妖怪祓いに出てるのかも。当主は本家で結界を維持しつつ全体指揮ってとこか。忍び込むタイミングとしては最適」


「そ、っか。他の人と戦ったりしないで済むなら、よかったです」


「うん・・・ただ、都合がよすぎる気も」


 途中で煉くんが言葉を止めた。素早く背後を振り返り、木々の向こうを警戒する。


 間もなくして、人影が現れた。


 黒いまっすぐな髪の、華奢な体の少女。

 満月のもとに現れたのは、息を弾ませる莉子(りこ)さんだった。


 私は思わず息を呑んだけど、煉くんはじっとしている。


 莉子さんは煉くんのいとこで、普段は隣町に住んでいるけれど、とても強いのでおそらく本家に助っ人に呼ばれたんだろう。上衣や袴の裾がいくらか汚れているのは、今まで妖怪たちと戦っていたからかもしれない。


「煉・・・?」


 莉子さんに私たちの姿は見えないはずなのに、彼女は長い髪を振り、辺りを探す。


 もしかして、さっき話していた声が聞こえた?


 風向きが悪かったのか。このまま動かず声も出さずにいれば、見つかりはしないだろうけど――。


「悪い、佐久間。少し待ってて」


 いきなり、煉くんが首元の紐をほどき、私を地面に下ろした。


「こっちだ」


 蓑から出て莉子さんを呼ぶ。


 莉子さんは素早く振り向き、両腕を構えた。

 その鋭い眼差しにあるのは、敵意。


「・・・椿ちゃんと翔ちゃんはどうしたの」


 いつもの楽しい雰囲気は欠片もない。当たり前だけど、莉子さんは戦うつもりなんだ。


 対して煉くんは身構えることもなく、裏門を軽く叩いた。


「開けてくれ」


「・・・は?」


 煉くんがまるで普通に頼むものだから、莉子さんは大いに動揺していた。敵意が薄れて、困惑が顔に浮かぶ。


「あ、開けるわけないじゃん!」


「力ずくで破るには時間がかかるし目立ち過ぎる。頼む、通してくれ。天宮を救うためだ」


「嘘! ゆんちゃんのためでしょ!」


 煉くんが冷静であればあるほど、反対に莉子さんは声を荒げていく。


「煉は莉子たちよりゆんちゃんを選んだ! ゆんちゃんを殺そうとする莉子たちが憎いんだ! だから神を奪って天宮を消そうとしてるんでしょ!?」


「俺も天宮の一族だ」


 莉子さんの言葉にかぶせて煉くんが言う。あまりにきっぱりとした口調だったので、莉子さんも口を噤んだ。


「佐久間を守って家を助ける。誰も死なせるつもりはない」


「っ・・・」


「ここを開けてくれ」


 煉くんは静かに繰り返す。

 彼を睨む莉子さんは、今にも泣き出しそうだった。


「・・・莉子なら言うこと聞かせられると思ったの? 煉のことが好きだから?」


 私は勝手にどきりとしてしまった。

 でも、そうだ。

 莉子さんは私と違ってよけいな隠し立てなんかしない。いつだって好きな人へまっすぐな気持ちを向けていたんだもの、伝わらないわけがない。


 煉くんは何も言わず、ただ真剣に莉子さんを見つめていた。


「・・・どうして」


 とうとう莉子さんは泣き出して、いつしか戦闘の構えも解き両目をしきりにこする。


「莉子のほうがずぅっと一緒にいて、ずっと煉のこと好きだったのにっ」


「・・・うん」


「煉は莉子の嫌なこと絶対しなかった! わがまま言っても付き合ってくれてた! ゆんちゃんに会うまでは・・・なのに、ゆんちゃんがいたら莉子の言うこと全然聞いてくれないっ」


「莉子」


 煉くんが呼ぶと、莉子さんはびくりと震えた。


 大きな瞳からぽろぽろ涙が零れている。


 煉くんは莉子さんを信じて待っている。

 強引に押し通ることはせず、でも諦める素振りもない。


 やがて、諦めたのは莉子さんのほう。

 うつむきながら、静かに戸口を開けた。


「――ありがとう」


 ぽんと、煉くんは最後に莉子さんの肩に触れて、中に入る。


 私も、後を追う。


「赦さないから」


 すれ違いざまに、莉子さんが言った。


 煉くんに言ったのでないことは、振り返った時、莉子さんの視線が残雪を踏んでしまった私の足跡を辿っていたことから、すぐにわかった。


「ゆんちゃんのせいで煉は悪い男になっちゃったんだ。全部――嫌なことなにもかも、ゆんちゃんのせいだ」


 憤りと、憎しみと、悲しみと、色んな感情が混ざり合った瞳にはっきりと睨まれている。


 それでも、莉子さんは私をこの先へ行かせてくれるんだ。


「莉子たちが助からなかったら、絶対に赦さない」


 とても嫌なんだろうに、不安だろうに、莉子さんは信じてくれた。


 だったら私は、絶対に報いなくちゃいけない。


「――はいっ」


 どんなことがあっても必ず、天宮家を助けます。

 

 大きな声を出せないかわりに、ありったけの気持ちを一言に込めて、私は止めた足を動かす。

 ここにくるまで感じていた不安は、もうどこかに消えていた。

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