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幻想徒然絵巻  作者: 日生
早春
136/150

百鬼襲来

 日暮れの空の無数の異形。


 土地の外の者、もとより内にいた者、両方の妖気が渦を巻き、この地を覆い尽くそうとしていた。


 彼らは待っていた。


 そしてついに姿を現した黒い双翼の女天狗を見つけ、悟った。


 時が来た、と。


「皆の衆、よくぞ集まってくれた」


 女天狗の声がこだまする。

 常人には聞こえず、妖たちだけがそれに沸き立つ。


「佐久間の右腕か、首か、いずれかを取ってきた者に褒美を与える。この機に祓い屋どもにもたっぷり復讐するがいい。今宵はこの女天狗が力を貸そう――さあ! 存分に楽しませておくれ!」


 彼女が妖気を撒き散らすとともに、空の影が四方へ洪水のように広がった。


 地上でも日頃の鬱憤を晴らそうと、あるいは人々の災厄として本領を発揮せんと、身を潜めていた影が走る。


 狙うは絵師の小娘一人。


 他愛ない相手、ゆえに早い者勝ち。

 夜がくれば彼ら妖魅から逃れられる獲物はいないのだ。


 日が落ちるにつれ膨れ上がってゆく妖気。


 東西の山からも強大な気配が立ち上がる。


「――木っ端どもが。我が地で騒ぐな」


 西より差した金色の光に多くの影が焼かれた。


 さらに幾本もの尾の影から西山の妖怪たちが踊り出で、闇を這う者たちに喜々と食らいつく。


 神格のまばゆい輝きを放つ狐の巨体が、黄昏の空に舞った。


「西の金毛九尾の狐は佐久間に味方するっ! 冬吉郎の分まで覚悟せぇよ女天狗っ!!」


 天をも揺さぶる千年妖狐の怒号が、周囲へ波及しながら女天狗を狙う。


「ま、あなたはそうなるか」


 女天狗が他人事のように腕組みなどしていると、東から同じ黒い翼を持つ者がやってきた。


 背後に手下の烏天狗どもを引き連れ、自らも羽団扇と抜き身の太刀を持った大天狗。

 その切っ先は女天狗へ向けられる。


「やっと出てきたと思ったら、あなたもそっち側?」


 殺気を受けて彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「天狗のくせにいいのかな?」


「はて、楽しませよとの命であろう? 早々に決着がついてはまずかろうて」


 大天狗はとぼけて言った直後に、太い声を周囲に放つ。


「――聞け。東の大天狗は佐久間殿にお味方す。女天狗に与する者は心してかかれ」


 地響きを伴う天狗の恫喝。卑小な影たちは一斉に戦慄いた。


 続けて烏天狗たちがけたたましく鳴き、手に手に太刀を抜いて女天狗を取り巻く妖たちに斬りかかる。



 さらにその頃、南山では妖怪たちが主の御簾の下りた神輿の前に集まっていた。


「山住姫よ、あんたはどっちにつく気だ?」


 ネネコ河童が、一同を代表し主に意向を尋ねると、御簾の向こうの姫は面倒そうに返事する。


「わらわはいずれにもつかぬ。この寒いに、愚か者がようはしゃいでおるわ」


「あんたはぶれないねえ。よいさ、ならばネネコは佐久間につこう。よそ者にでかい面をさせておくものか」


 すると足元で三毛の猫又がぴょんと跳ねる。


「姐さん、姐さん、わっちもお供いたしんすっ。祓い屋に恨みつらみはあれど、佐久間様には生きて、もっとわっちらの絵を描いていただきとうござんすっ」


 その他の妖怪たちも続々名乗りを上げる。

 では、と少女の姿をした大禿がそれらを取りまとめた。


「南山の有志一同、佐久間様に助太刀いたしんす」


 勝手にせよ、と山住姫は御簾の中で呻いた。



「――サクちゃん、愛されてるなあ」


 黒い羽の飛び交う上空にて、西と東と南の邪悪が大妖たちによって散らされる様を眺め、女天狗はしみじみ呟いた。


 そんな彼女も暢気にしてはいられない。配下がいくらか盾になっているものの、怒れる妖狐と同族の刃が肉薄しているのである。


「そうこなくっちゃねっ」


 女天狗は自らの危機をこそむしろ喜んでいた。




 ❆




 もう生きた心地がしなかった。


 頭上から家より大きな骸骨が逃げる私たちを覗き込み、炎に包まれた人の頭が横を間一髪で走り過ぎる。

 かと思えば、巨人の生首がどかどかと道に降り注いだりする。


 この上なくアグレッシブなお化け屋敷、みたいな。いやそんな楽しい状況ではもちろんないけども。例のごとく私は煉くんに抱えられ、落ちないように必死にしがみついている。


 百鬼じゃ足りない。町中のどこにでも妖怪が溢れていた。


 お母さんや沙耶たちにも影響がないか心配になる。

 ちょうどみんなが家に帰ろうとする時間帯なのに。おじいちゃんの時もこんな感じだったんだろうか。それとももっと激しくなっているんだろうか。

 ああ何も心配がなかったのなら、この光景全部、絵に描きたいのに。

 ああいやそんなこと考えてる場合でもなくて。


「変だ」


 斜め前を走っていた拓実さんが、急に止まった。


 妖怪たちの襲撃をかわしながら、どうにか道を縫って古御堂家に戻ろうとしている最中のことだ。


「遠回りしてるにしても道が長ぇ。ここまでかからねえはずだ」


迷神(まよわしがみ)だ」


 慧さんが即座に特定する。

 笹原さんと対峙する前に、念のため付いてきてもらって本当によかった。


 つまり道を迷わせる妖怪がどこかにいるってことらしい。いったん止まって、周囲を見渡すと、なんだか視界がぼやっとする。


 妖怪の術?

 でも、四方全部がそうではない。


「あ、あの、何か、前よりも後ろの道のほうがはっきり見える、ような?」


 気のせいかもしれないしあんまり自信はなかったが、試しに言ってみると、「そうか」と慧さんはあっさり道を戻った。


「えっ、いいんですか?」


「君の目のほうが正確だろう」


「さっさと方向を言え」


 拓実さんもどんどん行ってしまう。

 だ、大丈夫なのかなあ。


「大丈夫だって」


 煉くんにも励まされ、曲がり角のたびに鮮明に見えるほうの道を言っていくと、やがて見覚えのある住宅街に出られた。だいぶ高校のほうに戻ってしまっていたけれど。油断も隙もない。


 空から黒い羽が降っている。烏天狗さんたちが大きな骸骨相手に刀を振り回している姿が見えた。


 さっき大天狗様と、それからお狐様の声が響いてきて、どうやらお二方は私に味方してくれているらしい。こんなに頼もしいことはないだろう。


 お狐様たちに報いるためにも、ここで死ぬわけにいかない。


「止まれっ」


 再び先行してくれていた拓実さんが突如足を止めた。


 ここを越えれば古御堂家まであと少しという、アスファルトの橋の上で、なぜか女性らしい桃色の着物を羽織った人がうずくまっている。


 私は一瞬、女装して人を驚かす妖怪の否哉(いやや)さんかと思った。けれど、帽子がない。否哉さんは私の白いハットを気に入ってかぶっていたはずだ。


 彼女はゆっくり立ち上がる。すると、みるみるうちに体が倍の大きさになっていく。


 振り返った額には二本の太い角。

 ざんばらの黒髪と、青黒い体。

 なのに大きな一つ目のある顔だけは鮮血を浴びたように真っ赤。


 鋭い牙と爪を掲げる、鬼だ。


「天宮かえ?」


 さらに、橋の下から次々と別の妖怪たちが這い上ってきた。


「佐久間はいずこや」


「退けわしが獲るっ」


「なにを貴様こそ退け!」


 こちらは息を呑んで身構えていたものの、妖怪たちは我先に行こうとしてお互いを踏んだり蹴ったり。別の争いが勃発してしまった。


「血の気の多い連中を集め過ぎたんだろうな」


 煉くんがぼそっと言う。

 協調性とか譲り合いとか、あんまり妖怪は考えないもんね。ある意味助かる。でも橋を渡るのは無理そう。


「ええい退けぇっ!」


 ごう、と風の唸る音がして、二本角の鬼が妖怪たちを吹き飛ばし、一瞬でこちらに迫った。


 煉くんが右に避け、拓実さんが朱塗りの棒で鬼の爪を受ける。


 棒がみしりと音を立てたけれど、拓実さんは器用に爪の下から身を抜いて、前のめりになった鬼の体勢を崩し、そこへすかさず慧さんが雷を浴びせた。


「があああっ!」


 鬼は絶叫を響かせ黒焦げになってしまう。


 こ、怖い。

 大丈夫かな、なんて考えてるうちに、立ち直った他の妖怪たちも迫りくる。


 ――そんな時、ぽふんと小さな女の子が頭上から降ってきた。


「アグリさんっ?」


 煉くんの肩に器用に立ち、懐から取り出した緑の葉っぱを振りまく。今の時期にあるはずのない桜の葉の香りがした。


 同時に生じた竜巻が周囲の妖怪たちを吹き飛ばしてしまう。


「あ、ありがとうございますっ」


 アグリさんはにっこり笑った。可愛らしい姿が今日は非常に頼もしく見える。


 でも、彼女ひとりで現れるなんて珍しい。お社の外にいる時は、常にお狐様の傍にいないといけないはずじゃなかったっけ。


 夕闇の影の落ちたアグリさんの顔は、なぜかいつもよりずっと大人びていた。


「あまみやよ。いまこそ、いちぞくのふしまつにかたをつけよ」


 舌足らずな口調でアグリさんは厳粛に言い放つや、くるりと一回転して地面に降りる。


 はじめ私も煉くんも驚いたものの、程なくしてその意図を理解した。

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