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幻想徒然絵巻  作者: 日生
早春
135/150

黒幕は

 赤い夕陽の差す空き教室に、古いピアノが置かれている。


 埃をかぶって見えるけど、調律はされているらしく、いつも素晴らしい音色を奏でていた。


 私がここにくるのは決まって早朝で、しかも窓の外から中を覗くだけ。廊下側から、放課後に入るのは初めてのことだった。


 ブラスバンド部の練習する音がどこか遠くに聞こえる。

 受験のある三年生はもうとっくに引退していて、だからその人がいるかどうか確証はなかった。


 けれど、いた。


 まるで私を待ってたみたいに、ピアノを弾いていた。


「笹原さん」


 曲の終わりに声をかけた。


 セミロングの似合う優しい先輩。


 彼女に向き合う私の隣には、険しい顔の煉くんもいる。


 二人がこうして対面するのは初めてだったはず。

 それでも、笹原さんは驚きもせず笑みを浮かべた。


「どうしたのサクちゃん? 今日は休みじゃなかったっけ」


 彼女はピアノの横に立つ。


 影になる表情にも少しも怪しい感じはなくて、本当に普通の人に見える。

 今でもまだ、信じられない。


「笹原さん。笹原さんが、私を神様のところへ連れて行ってくれたんですか?」


 神社で家族と花火を見ていた時、私は影から伸びてきた手に引かれ、両面宿儺の封印場所へ連れて行かれた。


 繋いだ手を辿り、下から見上げたその人の顔は、彼女のものだった。


 そこだけは、思い出せた。


 何も答えてくれない笹原さんへ、煉くんがさらに追及する。


「三年の名簿を探したが、笹原という女子はどのクラスにもいなかった。ブラスバンド部の連中もあんたのことを知ってても、あんたのクラスや連絡先は誰も知らなかった」


 ここに来る前に職員室に行って相馬先生に協力してもらい、各クラスの名簿を確認したし、その前にはブラスバンド部の人たちに聞き込みもして確かめた。


 よく一緒にいるのを見かけた、同じ学年の三年生の先輩たちは笹原さんとの一年生や二年生の時の思い出を何も持っていなかった。でも、彼女とはずっと仲良しだったと言い張る。何も思い出せないのに、信じて疑わない。


「お前は女天狗だな?」


 おかしいことの正体がわかれば、煉くんたちがあっという間に相手を特定してしまった。


『女』天狗と特に呼ばれる天狗は、人の中にまぎれて暮らす妖怪だという。


 決まって美しい女性の姿をしていて、でも全然妖怪らしいところがなく、妖術であたかも昔からそこにいたかのように周囲の人に思わせることができる。

 だから、自ら天狗の羽を出すまで誰も正体に気づけないそうだ。


 笹原さんは、にっこり笑った。


「大正解!」


 あっけなく認めた。

 私がまだ心の底では信じ切れないでいるのに。


 ぱちぱちと笹原さんの虚しい拍手が夕暮れの教室に響く。


「・・・ほ、本当に、笹原さんだったんですか?」


「そうだよ。騙しててごめんね」


「っ・・・どうして、私を神様に会わせたんですか? 天宮家の神様を返させるためですか? アマノザコオノカミ様を顕現させるためですか? 教えてくださいっ」


「うん。全部教えてあげる」


 笹原さんは簡単なマジックの種を明かすみたいに軽く言っていた。


「私はね、楽しい物語を紡ぎたかったの」


「・・・物語?」


「そう。期待どおり、思惑通りの展開をおもしろいとは言えないでしょう? 荒神を返してはい終わり、めでたしめでたし、なんて結末は糞にもならない。――だからね? 私はサクちゃんのおじいさんから力を奪ってみた」


「え?」


 待って。何か、おかしな話が始まった。


 笹原さんはなんて言った?


 おじいちゃんの力を奪った、って・・・?


 笹原さんは私を神様に引き合わせたヒト。私に神様を奪う力を与えたヒト。


 神様を返そうとしたおじいちゃんを襲った黒幕と、それは別のヒトではなかったの?


「つまらない結末を阻止できたのは良かったけれど、おじいさんが力を失ったら平穏に戻ってしまった。平穏は退屈だよ。私は新しいお話を始めなきゃいけなかった。それで、悪いけどサクちゃんのお父さんにはそういう才能がなかったから、次はサクちゃんに力を得てもらうことにした」


「・・・待て。つまり、佐久間が力を与えられたのも、佐久間のじいさんが襲われたのも、どちらもお前の仕業だったと?」


「そう言ってる」


 こともなげに頷く。

 私たちが今までさんざん考えて、悩んで、理屈をこねくり回して真相を追っていたのに、それら全部が蹴散らされるみたい。


「私が何もしていないのは、サクちゃんのおじいさんが力を得た時くらいだね。あれは本当に、偶然。でも他は違う。サクちゃんを大天狗に引き合わせたのも、白児の琴を影女に盗ませたのも、夏休みにキの神をばらまいたのも、私。あぁ、文化祭の前にサクちゃんが両面宿儺の封印場所に迷い込んだアレも私が原因になるのかな。その後は勝手に色々起きていたみたいだね。天宮の動きが私にとっては好都合だったな。サクちゃんには色んな存在と出会って力の使い方を覚えてほしかったから」


「・・・お前の目的はなんだ」


 話についていけない私のかわりに煉くんが問い詰める。

 怒気をはらむ声にも笹原さんは怯まない。


「左は右に、前は後ろに、平穏は不穏に――何事もあべこべにするのが我々のモットーなので。サクちゃんが神様を返せたらサクちゃんの勝ち。返せなかったら私の勝ち。目的はどこまでも楽しむこと。わかりやすい悪役でしょ? やっぱり両面宿儺しかり、いつの時代も邪悪が物語には必要だよね」


 身も蓋もない、茶化しているようにも聞こえる答え。

 私は命を狙われた恐怖よりも、おじいちゃんを傷つけられた怒りよりも、ただただ悲しさが膨らんできた。


 私はこの力のおかげで、妖怪たちに、煉くんたちに、出会えた。

 でもそれは後で奪うためだったと言う。

 理不尽で、冷酷な、いかにも妖怪らしい理由であるだろう。


 だけど・・・本当に、そうなんだろうか。


 実はこの期に及んでも私はまだすべてを思い出せたわけじゃない。たとえばおじいちゃんはアマノザコオノカミ様の絵を描き出せるほど覚えていたのに、私はその姿を思い出せないのだ。


 他にも私は忘れていることがあるかもしれない。


 あの時、私の手を引いて、笹原さんは私になんと言っていた?


「笹原さん・・・それは、全部本当のことなんですか?」


 どうしても納得できなくて、無駄かもしれなくても訊かずにいられなかった。


 恐ろしいことを平然と口にするこのヒトと、私を励まし助けてくれたあの人がどうしても重ならなくて。


 不意に笹原さんの表情が陰った。

 笑っているのに、なぜだか彼女もまた、悲しそうに見えた。


 おもむろに鍵盤に手を伸ばし、ぽーん、と寂しい音が響く。


「・・・ここでピアノを聞いてもらうの楽しかったな。たまに先輩風吹かせてサクちゃんの相談に乗ったりさ。いつか私も絵を描いてもらいたかったけど――残念だね。妖怪の正体に気づいてしまったら、どちらかが消えなきゃ物語は終わらない」


 顔を上げ、笹原さんは最後に言った。


「逢魔が時だよ、サクちゃん。がんばって生き延びてね」


 彼女の背中から漆黒が広がる。


 教室の端から端まで届く黒い翼が生え、それと同時に膨れ上がる、息苦しいほどの妖気。大天狗様のそれに気配も圧もよく似てる。


 そして空間を舞うカラスのような羽がばちばちと鳴り出し、ある時に弾け、笹原さんの後ろの窓が一斉に割れた。


 割れた窓の向こうで拓実さんと慧さんが破片を浴びている。

 私たちが気を引いている隙に張っていたはずの結界は破れ、笹原さんは外へ飛び立っていった。


「笹原さん!」


 慌てて呼びかけても届かない。


 赤い空にはいつの間にかたくさんの影があった。

 まるで鳥の群れみたいでも、違う。一つ一つが見たこともない形をしている。


 ――百鬼夜行。


 おじいちゃんの絵巻では心が躍った。けれど、あれらすべてが私を襲うために集められた妖怪たちなのならば、わくわくどころじゃない。


 心臓が凍りつく。足が竦んで動けない。

 怖い。

 すぐそこにおびただしい死が迫っている。


 怖い、怖いけど、目を離せない。

 ずっと見ていたいとさえ思い、恐怖に囚われ動けない足がむしろ都合のいい言い訳に感じられた。


 不気味な赤に浮かぶ歪な黒にどうしようもなく惹きつけられてしまう。絵を描きたくて、右手が震えた。


「佐久間!」


 煉くんに揺すられ、やっと衝動から解放された。


 凍り付いていたところから一転、心臓がばくばくする。


 笹原さんがすべての黒幕で、再び妖怪たちを集め、おじいちゃんの時と同じように私を襲おうとしている。

 どんなに信じられなくても、目の前にある事実はそれだけ。


「行こう!」


 考えている猶予はなく、今はとにかく逃げるしかなかった。

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