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幻想徒然絵巻  作者: 日生
早春
131/150

天宮家と古御堂家

 広い部屋に赤い灯芯のストーブが二つ。温かい空気が浴衣越しに感じられる。

 他には誰もいなくて、外の吹雪もやみ、黄昏時の静寂だけがある。


 ストーブで毛先を乾かしていると、襖がすらりと開いて、煉くんが顔を出した。


「温まった?」


「ん」


 傍にくると、お風呂上がりでほかほかしているのがわかる。煉くんも私と同じく、濡れた制服のかわりに用意していただいた浴衣と羽織を着ていた。


 廊下には割烹着姿の拓実さんのお母さん、瑞穂(みずほ)さんがいて、湯呑に入れた甘酒を私たちそれぞれに出してくれる。


「あ、ありがとうございます。すみません」


「お心遣い感謝します」


 頭を下げる私たちに、瑞穂さんは笑みを見せ、


「どうぞごゆっくり」


 音もなく襖が閉まる。


 正宗さんは煉くんにあまりいい顔をしていなかったが、瑞穂さんのほうはとても親切で、気のせいかもしれないがどことなく楽しそうにも見えた。


 私たちを追ってきた妖怪は煉くんが全部追い払ってくれた。

 今、古御堂家の方々は近くに妖怪がいないか確認し、またお家に入ってこないように結界を強化しているらしい。


 詳しい話は安全を確保できてから、ということで私たちはこの部屋で待機している。


 お風呂上がりに浴衣を着て、畳の部屋にいるのがまるで旅館みたいだなんて場違いなことが頭に浮かぶ。


「・・・思ったよりすんなり入れてくれたよな」


 ストーブの前で足を崩し、煉くんがぽつりと言った。


「正宗さんはずっと本当のことが知りたかったんだと思うよ。あ、と、今さらだけど、全部お話ししてもいいんだよね?」


「うん。古御堂を味方にできれば、天宮家への牽制にもなって動きやすくなる。でも俺や親父たちだけじゃ、まずまともに話も聞いてもらえなかったと思う。佐久間と佐久間のじいさんに感謝だな」


「私は何もしてないよっ。正宗さんが優しいだけだよ」


 それはもう、本当に。

 とても面倒見のいい方なのだと思う。そういうところは龍之介さんや拓実さんとも似ている親子だ。


「まあ、佐久間をほっとけない気持ちはわかる」


 なぜか少し笑みを浮かべ、煉くんがそんなことを言う。

 濡れている緋色の髪が首筋に纏わって、それが妙に色っぽく見え、私はやたらに焦ってしまった。


「そ、うですか?」


「佐久間こそ優しいから変なことによく巻き込まれるだろ? 危ない目に遭っても相手を恨みもしないし、だから心配になる」


 え、あ、ううん、どう、だろ?

 よく巻き込まれるのは私が不注意だからで、相手を恨むも何も、そもそも私に落ち度があったからその当然の報いとして怖い目に遭うことが多かっただけで。


「って、今まさに危ない目に遭わせてる俺が言えることじゃないよな」


「そんな、全然そんなことはないですっ」


 慌ててそれだけは言い返したら、「だから、そういうとこ」とすかさず返された。


「佐久間はもっと俺らを責めていいよ」


「と、とんでもないです。煉くんたちは長い間私たちを守ってくれていたんですから。――何も知らずに私たちが全部背負わせてしまったんです。煉くんたちこそもっと早く助けが必要だったんだと思います。私なんかが少しでも役に立てるなら、嬉しいです」


 事態がどんな方向へ転んでも望む結末だけは変わらない。


 いつか必ず千年の呪いが解けてほしい。


 膝の上の右手を握り締めると、そこに煉くんの手が重なった。


「なんか、じゃない」


 真剣な声で言われた時、その後ろの襖が勢いよく開いた。


 鴨居に頭をぶつけそうな拓実さんが、ぎろりと私たちを見下ろす。


「人の家で乳繰り合ってんなよ」


「・・・」


 煉くんは無言で手を離した。


 いや、うん、あの、別に、変な意味はなかったと思う。私が勝手に期待しそうになっただけ。


 拓実さんは両手に抱えていた荷物を畳の上にどさりと落とした。よく見れば、学校に置いてきてしまった私と煉くんの鞄だった。


「わ、ありがとうございます。わざわざ取ってきてくださったんですか?」


「ついでだ。学校のほうに妖怪は残ってなかった」


 よかった、あの怖い妖怪たちがいなくなっているのなら、沙耶たちも無事だろう。ひとまずは安心。


「明日は学校に行かないほうがいいんでしょうか?」


「それは、まあ」


「学校どころか家にも帰れねえだろお前は」


 ごもっとも。

 うちの周りはお狐様が守ってくれるだろうけど、そこに行くまでに襲われては意味がない。すでに注意しなければいけない対象が妖怪たちだけではなくなっているし。


 すると、廊下のほうから騒がしい声がしてきた。


 怒鳴っているのはおそらく正宗さん。その合間に別の声が混じり、やがてせわしない足音とともに洸さんが現れた。


「ご無事ですかユキさん!?」


 洸さんは真っ先に私のほうへきて両手を取る。

 指先がとても冷たい。黒いコートは濡れていて、足元にぽたぽた雫が垂れていた。


「お怪我は?」


「な、ないです。洸さんこそ、大丈夫でしたか? 慧さんは」


「我々は問題ありません」


「こちらには問題があるっ!」


 と、一拍遅れて正宗さんが背後から怒鳴りつけた。その後に龍之介さんと慧さんが続き、さらに意外な人まで現れた。


(しょう)?」


 煉くんが二番目のお兄さんにいぶかしげな顔を見せる。私もちょっとびっくりした。


 水面のように髪の色が変化する翔さんは、廊下の暗がりと部屋の明かりが半分ずつ映り込んでいる。驚く私たちにひらひらと手を振っていた。


 どうして翔さんがいるのか、詳しく尋ねる間もなく正宗さんの怒号が響く。


「即刻出て行け!」


 やっぱり正宗さんは洸さんから何一つ事情を打ち明けられてはいなかったらしく、突然押しかけられたことに怒り心頭の様子だった。


 けど、洸さんはまったく動じていない。

 肩を掴む正宗さんに抵抗するように、私の手を握る力がさらに強くなる。


「恩人の孫を追い出すのか? 薄情な奴め」


「出て行くのは貴様だけだ! その子に触れるな!」


「短気になるなよ。お前がまだ私たちを疑っているのはわかってる。だがな、ユキさんにここへ逃げるよう言ったのは私だぞ?」


「なんだと?」


 怒気をはらんだ眼差しはそのまま私に向けられた。うぅ、怖い。でも、話を聞いてもらわなくちゃ。


「正宗さん、あの、大丈夫です。洸さんはずっとおじいちゃんを助けてくれていたんです。どうかお話を聞いてあげてください。お願いします」


 懇願するほどに正宗さんの眉間の皺が深くなっていく。


 それがとても心配だったけれど、再び間髪入れず怒鳴られることはなかった。


「長い間、隠していて悪かった」


 沈黙する正宗さんへ、洸さんが語りかける。


「虫がいいのは承知の上だ。それでも今はユキさんを守るために力を貸してほしい」


「・・・なぜ古御堂(うち)を頼る」


「そりゃあ、絶対怒ってくれない冬吉郎さんのかわりに、私を半殺しまで殴ったお前がいちばん信用できるからだ」


 おどけているようでも、洸さんは真剣だ。


 それぞれがうちのおじいちゃんとそうであったように、このお二人どうしも子供の頃からの長い付き合いであり、たぶん私にはわからない独特な関係性が築かれているんだと思う。


 正宗さんは厳しい眼差しで洸さんを見定めていたが、ある時に、急にその場にどっかりと腰を下ろした。


「――話は聞く。その後で決める」


 とても簡潔で前向きな返答。正宗さんらしい。


 私も洸さんも安堵したところで、煉くんが「いい加減に離せ」と間に割って入った。

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