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幻想徒然絵巻  作者: 日生
早春
128/150

味方か敵か

「行ってきまーす」


 洸さんから衝撃的な話を聞かされた翌日、私はいつもと変わらず家を出て学校へ向かう。


 今日、洸さんは天宮家で一族の人たちに神様を返す話をするらしい。


 話を信じてもらえれば、私は煉くんたちを描いて神様を絵に移す。信じてもらえなければ・・・どうするのかは、まだ知らされていない。


 できれば喧嘩にならず、穏便に事を収められたらいいけれど。そればかりはちょっと、私にはどうにもできない。

 せめて、力を得た時のことを完全に思い出されば、洸さんやおじいちゃんの言っていたことを自信をもって後押しできるのに。


 おじいちゃんのアマノザコオノカミ様の絵を見た後も、私はあの神様を見たことがある気がすると感じるだけで、それ以上に鮮明な記憶が蘇ったりはしなかった。こんなところまで鈍臭くて非常に情けない。


 何かしらの刺激にならないかと、自分のこめかみをぐりぐりしながら家の敷地を出たところで、私はぐにゃりと何かを踏み付けた。


「わっ!」


 すぐさま足を上げたら、そこには青黒い大きなカエルがいた。


「あ、ご、ごめんなさい!」


 反射的に、踏んでしまった背中をさする。つるつるして冷たい。

 だ、大丈夫かな? 一応、中身などは出ていないけれど。


 そのカエルはまだ雪の残るアスファルトにでんと座っていた。

 踏んでしまったのに逃げようともしないのは、寒くて動けないためだろうか。本格的な春はまだまだ先なのに、まちがえて出てきてしまったのかな?

 このままでは凍え死んでしまうかもしれない。なによりまた人に踏まれるかもしれない。


 えっと、えっと、どうしよう?

 カエルは土の中で冬眠するんだっけ。土に埋めてあげればいいのかな?

 でも何か生き埋めにするみたいで気が引ける。自分で埋まるのと人に埋められるのとでは勝手が違うかもしれないし・・・。


「ご、ごめんね、ちょっと運ぶね?」


 迷った末、私はカエルを両手で持ち上げ、家の縁の下に置いてみた。

 ここなら雨雪を凌げるし、土の上なら少しは温かいだろう、と思う。


「大丈夫そう?」


 しゃがんで、覗き込むとカエルの黒い瞳が濡れて光っている。


 ・・・よく見ると、なんだか変なカエルだ。

 はじめはヒキガエルかなと思ったけど、目が外に飛び出していないし位置が顔の真正面にある。この造りはどちらかというと、カエルより人間に近いような・・・?


 つい考え込みそうになり、はっと気づく。いけない、あんまりゆっくりしてると遅刻してしまう。帰ってきてからまたよく見てみよう。


 急ぎ足で再び家を出る。


「おはよ」


 と、道路に出てすぐ、今度は煉くんに遭遇した。


「お、おはよう。どうしたの?」


 家のある方向がまったく違うので、学校の前でもなければ煉くんに通学路で会うことは絶対にない。ということは、わざわざ早く家を出てここにきたということだろう。


「佐久間のじいさんのこともあるから、念のため迎えにきた。しばらくは日の高いうちでも、できるだけ一緒にいたほうがいいと思う」


「あ、そっか。そうだよね」


 おじいちゃんが訳もわからず襲われたのだから、警戒するに越したことはない。煉くんには面倒をかけて悪いけれど。


「ありがとう。ごめんね?」


「佐久間が謝ることじゃないよ」


 二人で並んで歩き出す。


 私の家から学校へ向かっているこの状況は、何やら既視感がある。


「前にもこんなことあったよね? 確か春頃に」


「佐久間が大天狗に狙われてた時の話?」


「そうそう。初めて煉くんのお家に行った次の日だったよね」


 あの出来事がとても昔のことのように感じられる。

 もうすぐ一年経つんだなあ。


 私がしみじみと懐かしくなっている一方で、煉くんはバツが悪そうな顔をしていた。


「・・・去年から進歩がないよな。結局、俺たちの都合に佐久間を巻き込んでる」


「そ、そんなことないよっ。問題を引き起こしてるのは私のほうだもの」


 大天狗様の宴にさらわれたのだって、私が千年桜を見ににのこのこ行ったのが事の始まりだった。この不思議な力を得たのも、私が小さい頃からふらふらしていたせいだろう。我ながら成長がない。


「いつも守られてるだけで、申し訳ないです」


「いや、守られなきゃいけない状況にしてるのが俺らだから。何度も言うけど、佐久間は気を使わなくていい。特に俺の場合は、まあ、自分でしたくてしてるだけだし」


 煉くんはマフラーの中に口を埋めて言っていた。


 彼は自分の正しいと思うことを私にしてくれている。それが嬉しい反面、この優しい人に、つらい思いをさせてしまっているのではないかと心配になる。


「例の親族会議は今日の夕方頃から始めるって」


 話は変わり、煉くんが気になるそのことに触れた。


「親父は昼のうちに本家に帰ってくるらしい」


「昨日はお家に帰らなかったの?」


「うん。なんか根回しがあるとか言ってた。まあいくら準備しても一日で結論が出るわけないだろうけど」


「そっか・・・うまく、いくといいね」


「難しいと思う。荒れるのは確実。結果によっては、黙って神を返したほうが良かったって、後悔することになるかも」


「で、でも、すごく大事なことだもん。天宮家の皆さんが納得してからのほうがいいよ」


「すんなり納得してくれる連中じゃないからなぁ・・・」


 煉くんはいつもよりどんよりしている。


 天宮家の方だと、私は煉くんのご家族以外では莉子さんと、莉子さんのお父さんに会ったことがある。お父さんのほうは、私の右手を切ったほうがいいと思っている方で、かなり強めの敵意を持たれている。

 きっと、そういう方は他に何人もいるんだろう。


「親父は当主が味方のつもりで話してたけど、それにしては佐久間に昔のことで嘘をついたり、色々と怪しいんだよな」


 洸さんと綾乃さんの話の矛盾点について、煉くんが気づいていないわけなかった。


「洸さんが証拠を持って帰ってくるまでは、あんまり言わないようにしてた、とか?」


「うん・・・まあ、誰が佐久間のじいさんを襲ったのかわからない以上、あの時点で不用意なことを言うのは避けたとも考えられなくはない」


「あ、そっか。きっとそうだね」


 私は天宮家の人が犯人だとは思わないけど、綾乃さんはその辺、慎重になったのかもしれない。壁に耳あり障子に目ありだ。


「でもそうじゃなくて、単にもう佐久間のじいさんの話を完全に信じてない可能性もある。佐久間によけいなことを思い出させないように隠したのかも」


「あ・・・」


「その場合、家の連中の説得はよっぽど難しくなると思う」


 天宮家の人々はなんとなく、当主の綾乃さんの言うことが絶対的な感じがする。

 例えば私の扱いについても綾乃さんが様子見としてくれたから、あまり過激な措置をされずに済んでいたらしい。


 私は自分のおじいちゃんだからその話を信じたいと思えるけれど、事実だけを見れば神様は返せなかったのだ。

 綾乃さんがやっぱり嘘だったんだと結論づけてしまっていたとしても無理はない。


「せめて私が何か思い出せてれば・・・」


 さっきのように頭をぐりぐりしてみる。

 しかし捻れど唸れど新しいものは出てこない。


「アマノザコオノカミのことはともかく、その佐久間を封印場所に連れて行った奴の正体は気になるよな」


 私がわずかに覚えているのは、誰かに手を引かれて、顔の二つある岩の前に連れてこられたこと。


 繋いだ手の感触を右手が覚えている、気がする。

 ただ相手の顔を思い出せない。勘違いじゃないかと言われれば、そうかもと納得してしまいそうな本当にかすかな記憶なのだ。


 でも煉くんは私の気のせいじゃないと思ってくれている。


「そいつは神を奪える力のことを知っていて、佐久間にもそれを与えたかったってことだ。力のことを知っていたのは天宮家の人間と佐久間のじいさんと――当のアマノザコオノカミか。神を取られたくない天宮家の人間の仕業はあり得ないとして、親父や佐久間のじいさんでもないのなら、アマノザコオノカミの意思を受けている存在が他にいるのかもしれない」


「神様のお使い、みたいな?」


「そう。アマノザコオノカミは妖怪を従える神だ。その姿は天狗に近い」


「天狗・・・」


 私は反射的に東の方角を見た。


 思い出すのは大天狗様の真っ黒な姿。おじいちゃんのアマノザコオノカミ様の絵に羽は生えていなかったが、まとう雰囲気は似ていたと思う。


 前にお狐様が言っていた。おじいちゃんは天狗にだけは近づこうとしなかったと。それは、かつて遭遇した得体の知れない恐怖を、思い出すから?


「大天狗様が、何か関係あるのかな。おじいちゃんのことはご存知ないみたいだったけど」


「わからない。天狗が使いになる可能性が高いってだけで、それに限られるわけじゃないから。ただ、確かめる意味はあると思う。――少なくとも、佐久間の力と荒神のことをすでに知ってる妖怪がいるはずだ」


 言われて、私の頭の中にもいくつか浮かぶ顔がある。


 本来、誰にも知られてはいけなかったはずのことだけど、知っていなければ、あの方々はあんなことを口にしなかったはず、と今では思う。


「・・・聞きにいってみる?」


 緊張の唾を飲む。

 私と天宮家との関係のように、聞いたら何かが変わって、崩れてしまうこともあるかもしれない。だけど私はもう、立ち止まっていられる状況にはないから。


 すると、煉くんはゆるく頭を左右に振り、


「今すぐじゃなくていい。天宮の出方が決まってからにしよう。いっぺんに事を進めて混乱するのだけは避けたい」


 慎重になるよう、焦る心をとどめてくれた。


「そ、そうだよね。ごめんね、慌ててしまって」


「怪しい奴が多過ぎるんだから仕方ない。敵か味方か、一つずつ確かめていこう」


「うん」


 自分の記憶すらはっきりしていない状態だけれども、確実に味方だと信じられる人が傍にいてくれるのは、本当に頼もしいことだった。

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