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幻想徒然絵巻  作者: 日生
早春
123/150

甘い贈り物

大変長らくお待たせいたしました。再開します。



 それは山に囲まれた古い町の、小さな社の桜が美しく紅葉した頃のこと。


 社の濡れ縁に腰かけ、柔らかな日差しに目を細めている老人と、彼の腿の上に頭を乗せている幼い少女がいた。

 少女は先程まで同じ背丈の子供と境内で一緒に遊んでいたのだが、遊び疲れて寝てしまい、相手になっていた子供はそれを見て虚空に消えてしまった。


 老人は紅葉から腿の上の少女へ視線を移し、起こさぬようそっと小さな頭をなでた。


「まさか、この子まで俺と同じ目に遭うとはなあ」


 苦笑している。


「やっぱり俺とお前が見たアレは夢じゃなかったんだろう」


「そうですね」


 隣に座っている者が静かに同意した。


「少なくともまだ、この子は力を使えない。逆に言えば、絵の腕が上達するまでは誰にも気づかれないってこった」


「ええ。大事に隠しておかなければ」


「人と、妖と、神にとっての希望だ。絶対に守らなきゃなんねえ」


「過去を繰り返す気はありませんよ。すべては彼女が成長した時、明らかとなるはずです」


 彼らの密談は続いていく。


 朱と白の美しい社で、何も知らず安らかに眠る少女の額に、柔らかな夕日の差す、とある秋の日の出来事だった。




 ❆




 二月。

 暦の上では春を迎え、道に残る雪は徐々に減っていき、近所の梅につぼみが見え始め、かすかに春の足音が聞こえる。

 とはいえ、まだまだ寒い日が続いており、今朝もコートとマフラーが欠かせない。


「――おはよう」


 校門の前で、白い景色の中にすいと鮮やかな緋色が現れた。


「あ、わ、おはよう(れん)くんっ」


 ちょっとびっくり。

 まさかこの時点で会えるとは思っていなかったので、不意打ちだった。


「今日は早いんだね?」


 普段の彼の登校時間はもう少し遅い。

 なぜなら煉くんのお家は代々妖怪祓いをしている祓い屋さんであり、夜ごと町の見回りを行っているから。登校前のぎりぎりまで仮眠を取っているらしい。


 なぜ夜回りが必要かというと、この土地は妖怪が集まりやすい性質を持っているらしく、妖怪たちが人里で暴れたりしないよう、そして、かつて都を荒らし、天宮の人々がその身に神様を降ろすきっかけになった鬼神の封印を荒らされないようにするためなのだ。


 鮮やかな髪色が表すとおり、火の神様を宿している煉くんは今朝も眠たそう。誰もが振り返るような美人さんが、どよんとした半眼になっている。


「ストーブ壊れて、寒くて起きた」


「え、大変だったね?」


 マフラーに口元が隠れていて、声がもごもご聞こえる。煉くんのお家は果てしなく広いし、木造だからさぞかし冷えそう。

 昇降口に向かって並んで歩きながら、煉くんはあくびをかみ殺していた。


「大丈夫?」


「どうせ、寝ても寝なくても眠いから」


 本当にお疲れなんだなあ。あ、だったらちょうどよかったかも。


「煉くん、あの」


 ちょっと足を止め、私はトートバッグからラッピングした箱を出した。そして周りに知り合いがいないことを確認。よし、オッケ。


「あの、これよかったら食べてみてください」


「え?」


 箱を受け取り、煉くんは目をぱちぱちさせている。


「トリュフチョコです。手作りなのでおいしくないかもしれないけど」


「佐久間が作ったもんならうまいだろ。いいの? もらって」


「うんっ。疲れた時は甘い物がいいと聞くので。日頃のお礼も兼ねて」


 秋頃、妖怪にもらった栗と柿を使ったお菓子が煉くんに意外と好評で、調子に乗って今回も手作りしてしまった。一応、味見をしたところでは問題はなかったけれど。


「早めに渡せてよかったです。今日は煉くん、いっぱいもらうかもしれないもんね」


「何を?」


「え? だから、チョコを」


「誰に? なんで?」


 なんでって・・・あれ、もしかして煉くん、今日がなんの日かわかってない?


 立春の他に二月にやって来る春、バレンタインデー。


 普段からお仕事で忙しいせいかなあ、あんまりこういうイベントを覚えていないんだろうか。

 煉くんだったら毎年色んな女の子からたくさんもらっていそうだけどな。直前まで、この日に渡すのはやめておこうかと思っていたくらいなのだ。


「今日ってなんかの・・・あ」


 あ、気づいたみたい。煉くんは虚空をさまよっていた視線を持っている箱に落とし、反対の手でマフラーの位置を直した。


 でも気づいてくれたらくれたで、こっちが恥ずかしくなる。

 や、やっぱり今日はチョコなんか渡さないほうがよかったかも。


「ごめんねっ、他にいっぱいもらったら私のは無理に食べなくていいですからっ」


「え、いや」


「煉くんにはお正月からずっとお世話になりっぱなしだったので、何かお返しできたらと思ったんだけど、ごめんね、チョコじゃないほうがよかったよね。いらない時は捨ててもらって構わないので」


「いや食べる、食べるよ」


 私につられたのか、煉くんも若干焦ったように、急いで手袋を取って箱を開けてしまった。

 一口大の丸に色んなトッピングをしてあるチョコをつまみ、ひょいと口の中に放り込む。


「うまい」


「む、無理しなくていいよ?」


「してないよ」


 なんか、かえって気を使わせてしまったようで申し訳なかった。


 けっこうたくさん作ったため、煉くんは歩きながらつまんでいる。中にはホワイトチョコのソースでハートマークのデコレーションをしたものも浮かれて混ぜてしまっており、内心ではかなりどぎまぎしていた。


 これまでの私にとって、バレンタインデーは親や友達にお菓子を贈るだけの日だったのだが、今日は生まれて初めて好きな男の子にチョコをあげた。

 でも告白したいわけじゃない。それはまだ早い。私には色々と問題があるから。


 絵を描くことで、煉くんたちからその身に宿る神様を奪えてしまう私の不思議な力のせいで、天宮家とは微妙な関係が続いている。


 神様の力によって、かつて都を襲った鬼神の封印を保ち、妖怪を祓ってきた彼らにとって私の力は脅威であり、私自身に神様を奪う意思がなくても、誰かに利用される可能性まで考えると安心してはもらえない。それで利き手を切られそうになったことさえある。


 でも煉くんは、たとえお家で私を排除すると決定したとしても、私を守ると言ってくれた。


 本当はそれに甘えちゃいけないとわかっている。煉くんを家族と敵対させちゃいけない。

 だから、私は信じてもらえなくたって、いつも天宮家の味方でいると決めた。この厄介な力のことも必ずどうにかすると。


 なので告白するならすべてが解決してから。

 もう私の傍にいる必要がなくなった時でないと、きっと煉くんを困らせてしまうと思うから。


 今日、お菓子を通して伝えたいのは本当に日頃の感謝の気持ちだけ。なのにハートマークなどを付けてしまったのは、友達に言われたせいだったりする。


「残りは後で食べる」


 校舎に入る直前に、煉くんは箱をしまった。


「ほんとに無理しなくいいからね?」


「大丈夫だって。いっぺんに食べちまうのがもったいないだけ。それに、他にもらうようなアテもないよ」


「そ、そう?」


「女子でまともに知ってるの佐久間くらいだから」


 でも知り合いじゃなくたって、今日は憧れの人にチョコを渡す日だし、煉くんくらいかっこいい人だったら皆無じゃないと思うんだけど。

 とか考えてこっそり隣を窺ったら、目が合った。


「だからってわけでもないけど、佐久間にもらうのがいちばん嬉しいよ」


 ・・・ちょっとお世辞が大げさ過ぎませんか?


 そんなこと言ってもらえるような上等な贈り物をしたつもりはない。煉くんって、たまに無自覚にどきっとすること言うから勘弁してほしい。


 こっちは顔が赤くなるのを止められないんだから。せめてもマフラーで隠せてよかった。


「よ、喜んでもらえたなら、よかったです、うん。とりあえず食べられる味で。こ、この分なら、他のも大丈夫そうかな」


 つい、焦って別に言わなくていいことまで口走ってしまった。


「と、友達に配る分なんだけどね? 沙耶とか、クラスの女の子に。あ、で、でもこっちはクッキーだから関係ないか」


「佐久間なら大丈夫だろ。いくつも用意しなきゃなんなくて大変だな」


「ううんっ、楽しんでやってることだから。みんなからももらえるし、普段仲良くしてもらってるお礼みたいな感じかな」


 ここまで言ってしまってから、でも他の人にはクッキーで煉くんにはチョコっていうのは、あれ怪しまれるかなと気づいた。


「あ、その、煉くんがチョコなのは特にお世話になってるので特別というか」


「・・・特別」


 慌てて言い訳を付け足したら、なんか墓穴を掘った気がする。いえあのそこに注目されると困るんですが。


「そっか・・・そっか。ありがと」


「っ、こ、こちらこそ、もらってくれてありがとうっ」


「なんで佐久間がお礼言うの」


 煉くんはかすかに笑っていた。普段はあんまり笑わない彼が、不意にそういう顔を見せてくれると、心がふわっとして、こっちが嬉しくなる。そしてまた顔が熱くなってしまう。


 大丈夫かな。ばれてないかな。

 一緒にいればいるほど、どんどん好きになって、この気持ちを最後までちゃんと隠し通せるのか不安になってくる。


 問題を解決して、早くこの気持ちにとどめを刺したいと思う一方で、でも傍にいてもらえなくなるのなら、今がずっと続いてほしいとも思う。我ながら身勝手な話だ。


 ちなみに私と煉くん、クラスでは付き合っていると勘違いされている。


 煉くんが私を妖怪から守るために、放課後に美術部に付き合ってくれたり家に送ってくれたりしているのを見て、みんなが誤解してしまったのだ。

 また私がなまじ煉くんを本気で好きなものだから、強く否定しきれていないせいでもある。


 そして今日、この日に奇しくも一緒に教室に入ってしまった私たちは、よけいな注目をクラスで浴びる羽目になった。


 煉くんはいつも通り(たぶん)気づかず、「じゃ、ありがと」と再度お礼を言って、自分の席につくや早々に突っ伏して寝てしまう。


 私の席の隣には、うきうきした顔の友達がいる。


「その感じだと、ちゃんと渡したのね?」


「うん、まあ」


 今朝の展開は、この沙耶(さや)に強く後押ししてもらった結果。


 ショートヘアの可愛らしい、クラスの人気者の沙耶は、私と煉くんの仲をよく気にかけてくれていて、本当はスルーしようかとも思っていたバレンタインにチョコを贈るよう私を説得し、お菓子作りまで昨日の休みに手伝ってくれたのだ。

 彼女曰く、イベントは大事にすべき、らしい。


「どう? 天宮くん喜んでた?」


 沙耶の大きな瞳はきらきら期待に輝いている。こちらがちょっと戸惑ってしまうくらい。


「いちおう、食べてはくれたよ」


「喜んでたでしょ? あんだけ散々作り直したやつだもん、おいしいに決まってる」


「うん、ありがとね。沙耶のおかげだよ」


「私はなんにもしてないよ。むしろユキに教わってただけで」


「ううん、沙耶が付き合ってくれなきゃできなかったもん。それでこれ、お礼のかわりに作ってみたんだけど、よければ」


「え? あ、プリン!」


 昨日、沙耶が帰った後に作ったものだ。

 プラスチックのカップにスプーンを付けて、蓋はラップで粗末なものだけど、二人で一緒に作ったクッキーをあげるのもなんだかなと思ったので、こちらはこちらで別に用意してみた。


「うわあ、ありがと! ユキってほんと器用だよねー」


「おいしくなかったらごめんね?」


「絶対おいしいよ! 今すぐ食べたい。まだ先生来ないよね?」


 時計を確認してから、沙耶はラップを取ってぱくりと一口。「ん~~」と体を震わせるのは大げさだ。


「うま~! もーいっそ私がユキを彼女にしたいっ」


「わっ」


 いきなり抱きつかれてびっくり。こういう気さくなところが沙耶の人気の秘密で、私も大好きなところ。いつもひまわりのように明るい沙耶にこれまで何度も助けられてきた。


 彼女は妖怪が見えないけれど、私の妖怪の絵を気味悪がらないし、たまに様子がおかしい私のことを本気で心配してくれる。


 とても優しい、大切な、人の世界での私の友達。もうすぐ二年生になりクラスが変わってしまうけれど、たとえクラスが別れてもできればずっと付き合っていきたい。


「なに? 沙耶何もらったの?」


 すると騒ぎを聞きつけ、他のクラスの友達も集まってきた。


「あ、プリン!」


「ユキ作だよっ。めっちゃうまい」


「頼む一口!」


「一口だけね」


「いいな~」


「みんなの分もクッキー作ったよ」


「え、やった! ありがとっ」


「私も持って来たよー」


 それから先生が来るまで、お菓子交換タイムは続いた。みんなの力作を味見しつつ、昔に比べてずいぶん友達が増えたなあと感慨深く、うっかり泣きそうになる。


 クラスの友達には朝のうちに無事配り終え、お菓子入れ専用に持って来たバッグの中身は、ほぼなくなった。

 でもあと少し、残った分がある。

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[良い点] 再開嬉しいです! ありがとうございます
[良い点] 待ってました、ありがとうございます
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