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幻想徒然絵巻  作者: 日生
12/150

祓い屋の仕事

「な、なんで? っていうか無事か?」


 座り込む私に合わせ、天宮くんも地面に片膝をついた。


「どうして、こんなとこに?」


「・・・あ」


 説明しなければと声を出そうとしたら、同時に涙があふれた。


「佐久間?」


 天宮くんをぎょっとさせてしまって悪いが、次から次へと湧いてくるものを止められなかった。


 怖かったのだ、とても。


 天宮くんが現れたということは、助かったということ。そう思ったらほっとして、涙が止まらなくなってしまった。


「ど、どっか痛いのか?」


「ごめ、わ、わた、しっ」


「謝らなくていいから、落ちつけ。もう大丈夫だから、な?」


「う、ん・・・」


 天宮くんが優しく声をかけ続けてくれ、しばらくすると、いくらか落ちついた。

 嗚咽も収まって、ようやくまともに口がきけるようになったら、ぽつぽつ彼に事情を説明する。


「――そっか。家に来られたのか」


 まだ立てない私の目線に合わせ、しゃがんだまま天宮くんは話を聞いてくれていた。


「天宮くんは、どうしてここに?」


「妖気が集まってたから様子を見に来たんだ。この辺にも人家があるし、追い払おうと思って」


 やっぱり、さっきの炎は天宮くんのものだったんだ。今も彼の右手に灯っているこの火が、神様の力なのだろう。とにかく、助かった。


 改めて安堵したその時、また近くに何かが落ちる音がした。


 炎のゆらめきを髪に映して、こちらも天宮くんと同じような和装の、翔さんだった。


「あれ? ユキちゃんじゃないか」


「そっちの妖怪は」


「全部追い払ったよ。で、こっちはなにがあったんだ?」


 翔さんは天宮くんから事情を聞き、眉をひそめた。


「例の話は誰にもしてないんだよね?」


「は、はい、それはもちろん」


「どうして急に妖怪たちに名前を知られるようになったのか、心当たりはある?」


「・・・関係あるかはわからないですけど、祖父が」


 私は天宮くんたちにおじいちゃんのことと、おじいちゃんの友達だったという一つ目入道さんが、さっきまでこの場にいたことを話した。


「・・・妖怪と友達?」


 天宮くんも翔さんもまずそこに引っかかっていた。


「その、おじいさんのお友達が君を助けてくれたわけだ?」


「はい。近頃、私の噂が立っているって、その一つ目入道さんが言っていました。確か・・・オオテング? に妖怪たちが私を献上しようとしてるんだ、って」


「大天狗? 東山の天狗の大将か?」


 天宮くんが翔さんを振り仰ぐ。翔さんは頷いた。


「この町で天狗といえばそれしかない」


「ご存知なんですか?」


「まあ、ね。天狗相手に何かした覚えはある?」


 天狗というと、鼻が長くて顔が真っ赤で、山伏の衣装を着て背中に羽が生え、山の奥深くに棲んでいる、というくらいは私も知っている。でも実際に見たことはない。


「東山に行ったことは?」


「まったく、ありません。家とは反対方向なので行く機会もなく・・」


「そっか。うーん、なんだろねえ。――ま、いっか」


「よくねえだろ」


 軽い調子で考えるのをやめた感じの翔さんを、天宮くんがすかさず咎めたけれど、


「ここで悩んでても仕方がないってことさ。早くユキちゃんをお家に送ってあげろ、風邪をひかせてしまうだろ?」


 翔さんの言葉で、ようやく私は自分の格好を顧みた。


 パジャマ姿に、髪も縛ってないからぼさぼさ。寝ていたのだから当然と言えば当然ではあるのだが、かなりみっともない格好をご兄弟の前に晒してしまっていたのだ。


 今さらながら、顔が熱くなった。慌てて髪だけでも手櫛で整えてみるけど、無駄な努力だ。


「じゃ、後はまかせた」


 翔さんは言い残し、闇の中にふらっと消えてしまった。山の暗がりでは、明かりが届かない場所はもう、何も見えない。


 天宮くんが右手を軽く振った。するとその上に灯っていた炎が離れ、宙に独立して浮く。そうしてくるりと体の向きを変える。


「乗って」


「え!?」


 おんぶだ。確実におんぶをしてくれようとしている。


 それはさすがに気が咎めた。


「靴なきゃ歩けないだろ。乗って」


「そ、そこまでしてもらえません! 歩きます!」


「いや、裸足で山道歩いたら怪我すると思う」


「平気です!」


「なんでそんな頑なに・・・」


 天宮くんは怪訝そうにしている。彼にとってはなんでもないことなのかもしれないが、異性と触れ合う経験がろくになかった私には重大な問題だ。


「・・・よくわかんねえけど、遠慮してんならそういうのいいから。新手の妖怪が来る前にここ離れないと」


「え・・・妖怪が、来るの?」


「夜は妖怪の動きが活発になる。だから俺らが見回ってんの」


「見回り、ですか?」


「封印があるこの地で妖怪どもに妙なことされると困るから。退治の依頼がなくても基本は毎晩見回るようにしてる」


 そっか。だから天宮くん、学校ではずっと寝てたんだ。今晩だけじゃなくて、毎晩こうして妖怪が悪さをしていないか見張ってくれているから。


「じゃあ、私たちが夜に安全に眠れるのは、天宮くんたちが守ってくれているからなんですね」


「・・・まあ」


 今まで、ただただ彼をよく寝る人だなあと思っていたことが申し訳ない。


「ありがとうございます」


「や、礼はいいから早いとこ運んでいい? 悪いけどこの後も仕事あるんだ」


「え、あ・・・は、はい」


 私のことはもう気にせず行ってください、とまで言える勇気も漢気もなく、結局、押し切られてしまった。


 申し訳なく思いながら、彼の背におぶさる。


「ごめんなさい、重いです」


「軽いよ」


 そう言って天宮くんは難なく立ち上がった。


 腕に当たる背中の筋肉は硬い。顔は女の子のようにきれいでも、やっぱり彼は男の人なのだと実感する。


「もっとしっかり掴まって」


 あんまり密着されるのも嫌だろうと、肩のところに手を乗せるだけにしていたら、思わぬ指示を出された。


「腕、首に回していいから」


「は、はい」


 言われるがまま、両腕を天宮くんの首の前でクロスさせる。


 ・・・ってこれ、完璧に抱きついている形でかなり恥ずかしい。密着しているから心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思う。


「しっかり掴まってて」


 火が消え、天宮くんの顔は見えなくなる。が、声からすると完全に平静のようだ。


 変に緊張しているのなんて私だけなんだ。そう思えばまた恥ずかしい。


「行くよ」


 けれどすぐに、そんなことを考えている余裕はなくなった。


 一瞬、彼は身を屈めたと思ったら、あろうことか木の上に飛び乗ったのだ。


「っ!?」


「舌噛むから叫ぶなよ」


 一言注意しただけで、天宮くんは足にバネでもついているのかと思うくらい、軽やかに木から木へ飛び移り、あっという間に山を出ると、今度は電柱を足場に夜空を走る。


 人一人を背負ってこの跳躍力、どう考えても人間業じゃない。

 不思議な炎だけじゃない、これも神様の力なのかな。


 もはや恥ずかしがっている場合ではなく、私は振り落とされないよう天宮くんにがっちり掴まり、そのうち、気づけば自宅の屋根の上に着いていた。


 二階の開いた窓から入り、部屋の中に降ろされる。天宮くんは一階の屋根の上に立ち、目を回す私をちょっと心配そうに覗いていた。


「大丈夫? ごめん、このほうが速いから」


「だ、大丈夫・・・あ、ありがとう、送ってくれて」


 けど、最初に言ってほしかった、かも。


「また妖怪が来ても次は無視して。家はそれ自体が結界になってるから、家主が開けなきゃ簡単には入れないんだよ」


「そ、なの?」


「うん。じゃあ、俺は行くから。ちゃんと閉じまりしといてな」


 身を翻すや、天宮くんはまた飛び上がり、遠くへ消えてしまった。


 荒れ果てた部屋で、床に転がった時計を拾い上げると、午前四時を指している。


 東の空はすでに白み、間もなく夜が明けようとしていた。

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