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幻想徒然絵巻  作者: 日生
正月
115/150

聞き込み③ 祓い屋

 隣に連なる山に、私の知っている妖怪がいるかはわからなかったけれど、とりあえず聞き込みに向かう。

 運がよければ話を聞けるだろう。


「ゆんちゃんって、ほんとに妖怪に好かれてるんだ」


 道すがら、莉子さんに言われた。どこか不思議そうにしている。


「名前で縛ってるわけでもないのに妖怪が協力してくるなんて、ヘンなの」


「お狐様も大天狗様もお優しい方ですから」


「ゆんちゃんにだけ、ね。人も妖怪も、ゆんちゃんにはみんな優しくしたくなっちゃうのかな」


「? え?」


「なんでもなーい」


 ぷいと顔を逸らし、莉子さんは先に行ってしまう。莉子さんの様子がちょっと気になったけど、結局話の続きは聞けなかった。


 山に入った途端に、辺りが騒然としていたから。


「なんだ?」


 鳥が騒ぎ、足元を小さな妖怪たちが駆け抜ける。それに、どこからか人ではないおそろしげな声だか悲鳴だかが響き渡っていた。


 煉くんも莉子さんも足を止め、私は二人に前後を挟まれる形で守られてる。


「まさか茨木童子?」


「奴は気配を消せるからな・・・」


 緊張した会話が交わされるその最中。


 突如、草叢から影が飛び出して前方を走った。


 そしてそれを追うように、後から黒っぽい影も飛び出す。


 後から出て来たほうが空に飛び上がった影の体を棒で横凪ぎし、地面に落ちたところを踏みつけた。


「ぐぇえっ!」


 潰れた悲鳴を上げる影を押さえているのは、まるで忍者のような身軽な格好をして、猿のお面をかぶった人。

 朱塗りの棒で妖怪の喉を潰している姿に見覚えがある。


「・・・た、拓実さん?」


 声をかけると、その人はくるりとこちらを振り向き、お互いの姿をまじまじと見合ってから、面を取る。


 短い黒髪に鷹のような鋭い目つき。

 まごうことなき、拓実さんだった。


「なんでいる」


 それはこちらも同じく訊きたいこと。


 でもふと目を下に向けたとき、いまだ潰されたままの影が、よく見たらそちらも知り合いだったので慌てた。


「猫又さん!?」


 女の人に化けているけれど、変化が解けかけ、お尻に二股に分かれた長い尻尾が出ている。


「拓実さん、拓実さんどいてあげてください!」


「あ?」


「猫又さんが死んじゃいます!」


 なんとか拓実さんに降りてもらい、猫又さんを助け起こす。


 ぽん、と軽い音を立てて、猫又さんが本来の三毛の姿に戻った。思いきり潰されていたせいで息も絶え絶えだったけど、しばらくすると意識を取り戻した。


「大丈夫ですか猫又さんっ」


「さ、佐久間様・・・ありがとう、ござんす。助かりんした」


 げほげほと咳き込む猫又さんの小さな背をさすってあげている間、煉くんたちは拓実さんへ向き合っていた。


「こいつが古御堂なの?」


「ああ。なんでここにいる」


 煉くんが拓実さんに同じ質問をするが、商売敵の古御堂家と天宮家の二人の間は常に険悪で、素直に答えが出てくることはまずない。


「天宮には関係ねえ。おい」


 拓実さんは案の定質問には答えず、足元にしゃがんでいた私の頭を掴んだ。


「お前だけ来い」


「へ?」


「触んなっ」


 煉くんがすかさず手を払うが、拓実さんは睨むだけだ。


「二人も女連れてんならいいだろ。こいつ寄越せ」


「てめえにだけは絶対渡さねえ!」


「あぁ?」


「目的を言えっ。言わねえなら、言いたいくなるようにしてやろうか?」


「やってみやがれ」


「ああああのっ!」


 拓実さんが棒を構えたので、あ、もしかして本気で喧嘩するのかなと察し、急いで仲裁に入った。


「私たちは茨木童子さんを探してるんですっ」


 喧嘩になるよりはと思い、先に言ってしまう。

 すると拓実さんの動きが止まった。


「茨木童子?」


「はい、実は・・・」


 本日三度目となる事情説明。

 ここに辿り着いた経緯まで、拓実さんはじっと無表情で聞き、


「俺もそいつを探してる」


 話し終えた時、そう言った。


「古御堂も一昨日の夜に忍び込まれた」


「茨木さんにですか?」


「たぶんな。蔵を荒らすだけ荒らして、なんも盗らずに帰りやがった」


「蔵を? 蔵ぼっこさんは無事ですかっ?」


 拓実さんに以前紹介していただいた、幸福を招く妖怪、蔵ぼっこさん。

 糸車を回すのが好きなとっても可愛らしい妖怪が怪我をしなかったか心配になっていたら、拓実さんに睨まれてしまった。


「てめえ、俺らより妖怪の心配かよ」


「え!? あ、す、すいません! 拓実さんたちもお怪我はっ」


 つい、拓実さんたちなら強いから大丈夫かと思ってしまって。


 すると、ちっ、と舌打ちされた。


「ねえよ。蔵ぼっこが鬼を追い払った」


「え。蔵ぼっこさんって、そんなに強いんですか?」


「蔵守妖怪だっつったろうが。妖怪は自分が主となれる領域では最強なんだよ」


 あんなに小さくて可愛らしいのに、おそろしい鬼を追い払えるなんて、見かけで判断はできないんだなあ。


 ひとまず皆さんが無事だったのは本当によかったけれど、荒らされただけで何も盗まれず、そして誰も怪我をしなかったなら、一体何が目的だったのだろうか。


「忍び込まれる心当たりはありますか?」


「ない。だから調べてんだ」


 拓実さんは苛々とした様子だ。


「あ、あの、では、ここにいたのは?」


「手当たり次第その辺の妖怪とっ捕まえて尋問してた。お前が来やがらねえから」


 どうやら、昨日の拓実さんの用件はそれだったらしい。


 妖怪たちの間でそこそこ顔が広く、祓い屋ではない私なら聞き込みがしやすいだろうということで、呼び出そうとしたんだそうだ。


 でも私が天宮家にいると知り、引っ張り出せないと思った拓実さんはあきらめて、自力で話を聞くために妖怪たちを追い回していたみたい。

 だからこの山は騒がしかったんだ。それにしても。


「・・・拓実さんのお家にも忍び込んだということは、私に用があったわけじゃないんでしょうか」


 偶然、祓い屋のお家が立て続けに忍び込まれるとは思えない。


 それに、これは最初から疑問ではあったんだけれど、仮に私に用があったとしても、町へ来たばかりの茨木さんが、どうやって私の居場所を知れたというのか。


「うちだけじゃねえ。周りの家も軒並み入られたみてえだ」


 さらなる拓実さんからの情報提供に、疑問はいよいよ増す。


「侵入された家に特徴は?」


「ない。どこも盗まれたものもねえし、死んだ人間もいねえ」


 煉くんの尋ねにも、今度はすらすらと答えてくれた。


「――あの、佐久間様? 一体どういうことなんで?」


 その時、猫又さんが膝の上から私の袖に爪をかけて、おずおずとした様子で言った。

 そうだ、すっかり忘れていた。


「あ、すいません。今、茨木さんを探しているんですが、猫又さんは見かけていませんか?」


「茨木様なら、明け方に南山の山住姫の宴に来んしたよ」


「え!?」


 思わぬ情報に私は勢い込んで、猫又さんに詳しいことを尋ねた。


「今、どこにいますか?」


「さあ、もうわっちらのところにはおりんせん。ネネコ姐さんにご用だったようでありんすが、わっちは詳しく知りんせん。ちょうど座を外している時にいらっしゃったようで」


 ネネコさんに用事? 探し物というのは、河童の女親分さんに関わりのあるものなんだろうか。


「茨木さんが何かを探してるとは聞いていませんか? この山で妖怪たちにそれを尋ねて回っていたそうなんですが」


「さあ、わっちは何も聞いておりんせん。そっちの怖い旦那が暴れ回るから、他の者は皆、隠れたちまったでありんすよ?」


 煉くんと莉子さんに、咄嗟に非難の眼差しを向けられた拓実さんは、あさっての方向に目を逸らした。


「わっちは宴の肴が足りなくなったので調達に来ただけでありんすのに、殺されるかと思いんした。せっかく集めた肴も全部落としちまったし、このままじゃ大禿様に大目玉を喰らっちまう。佐久間様ぁ、助けておくんなんし」


 にゃあにゃあすり寄って来る猫又さん。なんとかしてあげたいけど・・・かわりの食べ物を用意すればいいのかな?


 大禿さんは猫又さんのお師匠様だから(なんの師匠なのかはよく知らないけど)、猫又さんは大禿さんに怒られるのが一番怖いみたい。


「きっと大禿様たちは痺れを切らしているでありんしょう。佐久間様、どうかわっちと一緒に南の御山に来てくださりんせん? 肴のかわりに佐久間様をお連れしたら怒られなくて済むでありんすっ」


「私なんかで大丈夫ですか?」


「あいっ。佐久間様の絵をいただいたら、わっちらはもう他に何もいらないと思いんすものっ。ねえ、お願いでありんすっ。それに茨木様のことを聞きたいならネネコ姐さんにお尋ねするのがようござんすよ?」


 確かに、どちらにせよ茨木さんの足跡を追うなら南山に行ったほうがいいのだろう。最新の目撃証言がそこなのだから。


 というわけで、次は南へ。拓実さんも手がかりを求めて私たちと一緒に行くことになったものの、煉くんと莉子さんはあきらかに不満げだった。


 古御堂家と天宮家との確執は、新年明けてもなかなか解消しない。

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