聞き込み② 天狗
続いて向かうは東山。大天狗様が統べる天狗の山である。
大天狗様のところへは、正直、以前ならばあまり行こうとは思えなかった。
大天狗様は私の絵をとても気に入ってくださり、人の世へ帰したくないとまでおっしゃって実際その通りにされそうになったことがあったから。
春の時は煉くんが殺されかけ、私は人間でない何かにされてしまうところだった。
でもこの間、秋に莉子さんに襲われて助けてくださった時には、私に不老不死の丸薬を無理に飲ませようとはしなかったし、煉くんを認め、私を人の世に帰してくれた。
煉くんが傍にいてくれる限り、大天狗様はたぶんもう、私を帰さないということはないと思う。
ただ少し気になることがあるとすれば、千年も東山におわする大天狗様が私のおじいちゃんを知らなかったということ。
なんでもご存知のお狐様が私の進む道のヒントになるものとして、おじいちゃんが天狗にだけは、はじめから近づこうとしなかったと話してくれたことがあり、まだ私はその言葉の意味がわからないでいる。
山の中に入ってしばらく進むと、やがてくちばしと黒い翼を持ったふたりの烏天狗さんが立っており、大喜びで私たちを案内してくれた。
天狗さんたちも例に漏れず、新年会を催しているらしい。
二本の大きな杉の木の間を通ると、周りの空気が変わる。
辺りに霧が満ち、妖怪の世界に入る。
そしてあるところで急に視界が開け、大きな大きなお屋敷が現れる。大天狗様の宮に来るのはこれで三度目だけど、この空気にはまだ慣れない。
中に通され、両開きの豪華な扉を開けると以前にも見たような酒に酔って騒ぐ烏天狗さんたちの光景が広がり、そして一番奥の段差の上、漆黒の立派な翼を持った大天狗様が座していた。
「これはこれは佐久間殿」
大天狗様はわざわざ席を降りて、流れるような動作で私の手を取る。
「よくぞいらっしゃいました」
「あ、あけましておめでとうございます大天狗様。すみません、突然押しかけてしまって」
「貴女ならばいつでも大歓迎ですよ。さあ、どうぞこちらへ。宴を楽しんでいってください」
「待て」
そのまま流されて連れて行かれてしまいそうだった私の、反対側の手を煉くんが掴んで止める。
大天狗様はそこで初めてその存在に気づいたように、「おや」と声を上げた。
「そなたは、煉であったか。今日も佐久間殿の側に付いておるのだな。そちらの小娘は、はて、見覚えはないが天宮の者か?」
大天狗様は莉子さんのことを本気で忘れてしまったようで、莉子さんはぷくーっと両頬を膨らませ、無言で怒りを示していた。
でも大天狗様は以前、彼女を八つ裂きにしようとしていたから、かえって忘れてくれていてよかったと思う。
「よかろう。特別にそなたらも隅に置いてやる。佐久間殿はどうぞ、私の隣へ」
「だから待てっ。俺たちは宴に来たわけじゃない」
「ほう?」
大天狗様は動きを止め、私を見る。
「何かご用が?」
「は、はい。茨木さんのことでお聞きしたいことがあるんです」
大天狗様にも事情を説明し、またお狐様から茨木さんがここに来たらしいということを聞いて来たのだと話した。
もとの席に戻って、杯を傾けながら話を聞いてくれていた大天狗様は、やがて一つ、頷いた。
「茨木ならば確かにこの宮へ参りましたよ。もっとも、昨夜から姿を見ていませんが」
「帰ってきていないんですか?」
「はい。年が明ける前に参って無理やり居座ったかと思えば、出かけてくると申しそれきり帰って参りません。どこにおるかはわかりかねます」
「そうですか・・・」
天宮の人々に追われて、茨木さんはでも大天狗様のところにも逃げ帰って来なかったんだ。他に泊めてくれる友達のお家があったのかな?
「あの、お狐様が、茨木さんは何かを探していたとおっしゃっていたんですが、大天狗様はそのことをご存知ですか?」
「確かにそのような話は聞きました。ですが詳しいことは存じません。ただ、奴にとってはよほど大事なものであるようでした。そういえば隣の山で、木端妖怪どもに何かを尋ねて回っていたようでしたが」
「探し物のことですか?」
「おそらくは。私には知られたくないことなのでしょう」
「大天狗様は何も訊かれていないんですか?」
「ええ」
大天狗様に知られたくないこと、ってなんだろう?
友達に知られたくない探し物をしていたということ? それってなんだろう。
「茨木をお探しならば、少々手こずるやもしれませんね。奴は今、私の蓑を持っておりますゆえ」
「みの?」
大天狗様の蓑・・・あ。
これは私にもわかった。
「天狗の隠れ蓑ですか?」
昔話の絵本で読んだことがある。
着れば途端に姿が見えなくなるという、西洋風に言うなれば透明マント。
「あれは姿だけでなく、妖気を消すことさえできるのです。それで天宮は貴女を頼ったのでしょう」
綾乃さんは髪色は普通の黒だけど、その実神様を宿しているらしく、印を付けた相手の位置をどこにいても把握できるという力を持っているそうなのだ。
神の力でも茨木さんの居場所がわからないのは天狗の秘宝のためだったんだ。
そんな貴重なものをぽんと渡してしまうなんて、大天狗様は気前がいいんだなあと思ってお話を聞いていたら、
「茨木が掛布がわりに勝手に持ち出したのです。おそらく天狗の宝であるとは気づかずに。今はさすがに気づいておると思いますが、天宮から隠れるため、わざと返さぬでいるのでしょう」
お面に隠れていない大天狗様の口元は、笑っているけれど背後から湧く空気が黒い色をしていた。
「佐久間殿。茨木を見つけた際には私にもどうかお知らせください。貴女のお手を煩わせたことも含め、仕置き致しますゆえ」
大天狗様のお仕置きは・・・すごく、怖そう。
茨木さんって、おっちょこちょいな方なのかな?
煉くんたちが教えてくれた伝説から想像されるイメージと全然違って、ますますどういう方なのか気になる。
「あの、でも、そうすると茨木さんの姿は誰にも見えないということですよね?」
これじゃあ、いくら探したって見つからないかもしれない。
ぜひともご本人とお話ししたいのに。
「いえ、佐久間殿の目であれば見えるかと」
「? 私、ですか?」
「その目がすべてを映すからこそ、貴女はすべての存在を描き表すことができるのです」
よく、わからないけれど、大天狗様が言うなら、私には茨木さんの姿が見えるんだろうか。
では次にここの隣の山に行ってみようかということになり、すぐに失礼しようとすると「お待ちください」と大天狗様にも引き留められた。
「早々に出て行かれてしまうとはあまりにつれない。次に宮を訪れた際は絵を描いてくださるとのお約束だったではありませんか」
そういえば、そうだった。
もちろん、私としては一向に構わない。煉くんたちに確認を取っても、別にいいということだったので、絵を描くことになる。
紙と筆と絵具は烏天狗さんが用意してくれたものを使わせてもらった。
前は真っ黒で水墨画みたいだったから、今度は色をもっと使って、背景に山の木々と、その枝に点々と烏天狗さんたちの姿を描く。
多くの天狗たちを従える立派な大天狗様の姿が写せたらいいなと思った。用意してもらえた紙がまた大きく、細部まで凝ったら時間がかかってしまったけれど、なんとか完成した。
大天狗様も、飲んだくれていた烏天狗さんたちも周りに集まり、絵を見てとても喜んでくれた。
「実に素晴らしい。また上達なさいましたね」
「あ、ありがとうございます」
大天狗様は側に来て屈み、私の手の上に小さな紙の包みを落とす。
広げて見たら、白くて可愛い金平糖がいくつも入っていた。
「心ばかりの御礼です」
「わ、すみません。ありがとうございます」
「本音を言えば茨木も天宮も放っておいて、もっと私の相手をしていただきたいところなのですが・・・今日のところは、我慢することといたしましょう。またどうかお顔を見せにいらしてください」
「はいっ」
大天狗様にもまた訪れることを約束して、宮を出た。




