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幻想徒然絵巻  作者: 日生
正月
113/150

聞き込み① 狐

 支度を整え、煉くんと一緒に玄関を出ると、そこには莉子さんの姿があった。


「莉子も護衛するぅ♪」


 私たちを待っていたのだろう、彼女もすっかり支度を整えている。煉くんは莉子さんの姿を見るや一言。


「いらねえ」


「ひどっ! でも当主にはお許しもらったもんねー。煉の意見なんか聞かないもーん。行こ行こゆんちゃんっ」


「あ、はい」


 私は莉子さんに引っ張られ、その後ろを溜め息まじりの煉くんが付いてきた。


 お狐様は西山の中にある祠にいらっしゃる。


 そこに行くには麓の狐神社の拝殿の裏を回って行くのが一番早いのだけれど、お正月とあって普段まったく人気のない神社にも参拝客の姿があり、扉が開け放たれた拝殿で祝詞を神主さんが唱え、おそらくバイトの巫女さんが入口で破魔矢などを販売している。


 とりあえず鳥居をくぐったものの、この人目の中で堂々と山に入っていいものか私たちが迷っていると、


「――佐久間さんっ、天宮くんも、あけましておめでとう」


 水色の袴を穿いた相馬先生に声をかけられた。実家のお手伝いをしていたのだろう、先生は小走りに私たちのもとに来て、眉尻を下げたいつもの優しい微笑みで迎えてくれたので、私たちも頭を下げる。


「そっちの子は? 友達?」


 と、相馬先生は莉子さんを見やる。

 莉子さんもそちらに小さく頭を下げた。


「俺のいとこです」


「へえ! そっかー、確かに似てるねー」


 初対面の二人をそれぞれに紹介し、ひと通り挨拶を済ませた。


「今年は佐久間さんに描いてもらった絵でポスターを作ったおかげか、例年より参拝客が多いんだよー。ありがとね佐久間さん」


「ほ、ほんとに作ったんですか? ポスター」


 絵というのは私が趣味で描いた狐神社の外観だ。

 言われてみれば、入口に貼ってあるの、私のだ。


 ロゴなどが入れられ加工されていたので、すぐにわからなかった。自分の絵が町中に飾られていたかと思うと、恥ずかしい。

 本当は飾っていただけるようなものではないんだもの。


「佐久間さんたちもお参りに?」


「え、ええと、まあ、はい」


 曖昧な返事をすると、相馬先生は急に笑みを引っこめて、それから、軽く屈んで内緒話をするように口元に手を添えた。


「僕たちのことは気にしないで、山に入っていいよ。今年もどうぞよろしくと、お伝えしてください」


 先生は、じゃ、と私たちに背を向けて、まるで自分が見てないうちに行きなさいって、言ってくれているみたいだった。


「・・・あれって」


「うん」


 煉くんに、私は頷きを返す。


「相馬先生もおじいちゃんの友達だったの。きっと、全部わかってるんだよ」


 でも、はっきり訊くと私たちが困るから、黙って見守ってくださっている。


 ありがたい気遣いに感謝しつつ、こっそり拝殿の裏手に回り、慣れた山道を進んでいくと、やがて石造りの祠が見えてきて、中から楽しげな騒ぎ声がする。


「一つ目入道さん!」


 入り口に座っていた影に声をかけると、頬を赤らめている妖怪が、私たちをその大きな一つ目に捉えた。


「おうっ、ユキではないか!」


 大きな口を開き、一つ目入道さんも満面の笑みだ。


「あけましておめでとうございますっ」


「おめでとう。今、お狐様と山の衆で宴をしておったところじゃ。――おっと、天宮の小僧がおるは例の如くじゃが、知らぬ小娘もおるか」


「こちらは煉くんのいとこの莉子さんです」


「では、天宮の者か。そういえばゆうべ、山中を天宮の連中が走り回っておるようじゃったが?」


「はい、実はそのことでお狐様にお伺いしたいことがあって来たんです。今、大丈夫ですか?」


「おうとも。お狐様もうぬに会いたがっておるよ」


 一つ目入道さんの招きで、私たちは祠へと入る。

 洞窟のような中は、紫色の火の玉の明かりが浮き、暗くはない。

 奥に進むと広い空間があって、すっかり顔なじみになった山の妖怪たちと、お狐様が寝転がりながらお酒を飲んで、騒いでいた。


 お狐様は人の体に狐の耳と九尾を生やした姿で、毛皮を重ねたソファの上に一人だけ座り杯を重ねていたが、やって来た私たちをすぐに見つけて「ユキ!」と叫ぶ。


「あけましておめでとうございます、お狐様、皆さんも」


 頭を下げると、いつの間にか足元に立っている小さな女の子、お狐様の従者のアグリさんの姿が目に入った。


「おめでとうございます、ユキさまっ」


 小さなアグリさんには、飛びつかれてもちっとも重さを感じない。


「今年もよろしくお願いします、アグリさん」


「こちらこそなのですっ」


「さあさあユキ、こっちへおいで。我にも近くでよく顔を見せておくれ」


 お狐様はだいぶ酔っているようで、側に座ろうとしたら腕を引っ張られ、そのまま倒れ込む形でぎゅう、と抱きしめられた。


「よしよし、愛い奴よ」


「おいこら放せっ」


 煉くんの慌てた声が聞こえたけれど、直後にお狐様の九尾が動いてそれを阻んだらしい。


「我が友に触れようと、貴様なぞに咎められる筋合いはないわっ」


 お狐様は低く喉を鳴らして唸り、より一層強く私を抱きしめる。ちょっと、苦しい。


「忌々しい小僧め。貴様がおると不愉快だ。さっさと出て行け」


「お前こそさっさと佐久間を放せっ。聞くこと聞いたらすぐ出てってやるよ」


「貴様に何を聞かれたところで答える気にならぬわ」


 抱きしめれているせいで見えないけど、なんだか背後が険悪な雰囲気になっていっている。

 ここは私がちゃんとしなければならないところだろう。


「す、すみませんお狐様、お願いします、どうしても教えていただきたいことがあるんですっ」


「おう、そなたの願いならばどんなことでも叶えてやろうぞ」


 拍子抜けなくらい、お狐様の態度はころっと変わる。

 腕の力が緩み、お狐様のにこにこ笑顔が見えるくらいには、少し身を離せた。


「ゆうべのことなんですが、こちらに鬼が逃げて来ませんでしたか?」


「うむ? 茨木のことか?」


 怪訝そうなお狐様の口から、漏れた名前にすぐ、莉子さんが反応した。


「まさか、茨木童子?」


 するとそちらに目をやったお狐様が眉をひそめたので、煉くんのいとこなのだと紹介すると、


「ほう? では、もしやこの間そなたが小僧と喧嘩をしたのは――」


「わああっ!?」


 いきなりお狐様がとんでもないことを口走ったので、私は礼儀も忘れ慌てて大妖怪の口を両手で塞いでしまった。


「なんだ、よいではないか。ここで小僧の不実を存分に責め立ててやろうぞ」


「お願いですからそれだけはっ、それだけはご勘弁をっ」


 莉子さんに嫉妬して、落ち込んで、お狐様に慰めてもらったことを煉くんに知られたら、まずいどころじゃない。

 っていうか今大事なのはそんなことじゃなくて!


「お、鬼の、鬼のことを教えてください!」


「だから茨木であろう? そなたも会ったのか」


「いえ、直接は会っていませんが、いばらき? さんとおっしゃる鬼なんですか?」


「ゆんちゃん、茨木童子を知らないの?」


「え?」


 莉子さんの声に振り返ると、どうやらこの場で何もわかっていないのは私だけのようだと、二人の表情から知る。


「ゆんちゃんは相変わらず何も知らないねー。けっこー有名な話なのに」


「ご、ごめんなさい。教えていただいてもいいですか?」


 こんな時にも面倒をかけるのは忍びなかったが、置いて行かれると困るので申し訳ないながら二人に教えてもらった。


「茨木童子は平安時代に京都を荒らし回っていた鬼で、酒呑童子という鬼の手下だった奴だよ。酒呑童子は源頼光という人物に退治されたけど、その時、茨木童子は逃げ延びたんだ」


「平安時代から生きている鬼だったんですか?」


 だとすればお狐様クラスの、かなり年経た大妖怪ということになる。


「渡辺綱っていう、源頼光の家来の人と戦う話が色んな本に書いてあるよ。その人に腕を切り落とされて取り返しに来る話は有名ね。ゆんちゃん本当に知らないの?」


「すみません、勉強不足で」


 妖怪は好きだけど、私の知識はおじいちゃんの話から得たものしかなく、莉子さんたち祓い屋さんからすればほとんどゼロに近いようなのだ。うう、勉強しよ。


「――で、茨木童子は今どこにいるんだ」


 煉くんの尋ねに、しかしお狐様はつーんと顔を逸らしてしまう。

 なんだか今日はいつにも増して彼に冷たい。酔ってるせいかな。


「お狐様、ご存知でしたら教えていただけませんか?」


 私のほうからもなんとか、お願いしてみた。


「実は昨夜、茨木さんが天宮家に忍び込んだんです。ちょうど私がお邪魔している時でして、それで、もしかしたら私に用があったのかもしれないと思いまして、事情をお聞きしたいんです」


「・・・少なくともここにはおらん」


 渋々、お狐様は教えてくれた。


「我のところへ訪ねて来たは年が明ける前だ。せっかく泊めてやると言うたに、奴は天狗の宮のほうが寝心地が良いなどとほざきおったのだ。我のところよりあの高慢な天狗めの見栄の塊のごとき巣が良いなど無礼極まりなき物言いであろう? 腹立ちのあまり蹴り出してやったわ」


「では、大天狗様のところに?」


「かもしれぬ。まあ、ゆうべは天宮の者どもに追われておったようだから、いつまでも一所に留まってはおらぬやもしれぬがな。ふん、あのようなこと言わずば助けてやらんでもなかったものを」


 お狐様のご立腹な様子を見る限り、茨木さんはこの山で姿を消しはしたものの、お狐様が匿ったわけではなさそう。


 そして今はここにもいないということを聞いて、少しほっとした。


「あの、お狐様」


「なんだ?」


「その・・・茨木さんは、この土地の妖怪ではないんですよね? おじいちゃんを襲った妖怪のことについて、何かご存知だったりするのでしょうか」


 お狐様は真顔になり、そして穏やかな、優しい微笑みを浮かべて私の頭をなでた。


「案ずるな。茨木は冬吉郎を襲った妖怪ではない。そうであれば我が許さぬところだ」


 確かに、言わてみればそうだ。


 お狐様はおじいちゃんの大親友だったのだから、茨木さんがおじいちゃんを襲った相手なら、招き入れることすらなかっただろう。


「だが、何事かは知っておるやもしれん。聞いてみるがよい。鬼は残忍だが、茨木は義を重んじる者だ。誠実な心を向ける者に乱暴はせぬ」


 お狐様の言葉は私の不安を和らげてくれた。


 ――うん。なんだか、天宮家とかおじいちゃんのこととか関係なく、今はとっても、茨木さんとお話ししてみたい気分だ。

 平安の時代から生き続けている、お狐様の友達の鬼と。


「煉くん、莉子さん、大天狗様のところにも行ってみていいですか?」


「そう・・・だな」


 煉くんはすぐに了承してくれたけど、莉子さんはものすごい声を上げた。


「莉子あいつヤだぁ!」


 前に大天狗様に脅かされたことがあるからだろう。


 しばらくは全力で拒否していたけど、煉くんに「じゃあ帰れ」と言われたら渋々口を閉じた。それはさすがに嫌だったみたい。


「む? ユキ、もう行ってしまうのか? 茨木などいま少し放っておいてもよいではないか」


 でも莉子さんのオッケーがもらえたと思ったら、今度はお狐様が放してくれなかった。


「でも、茨木さんが帰ってしまったらお話が聞けませんし・・・」


「どうせしばらくはこの地にいるさ。何やら探し物があると申しておったでな」


「探し物、ってなんですか?」


「詳しいことは聞いておらんが、京よりわざわざ出でて来るほどだ、よほど得難きものなのであろうよ。どうせすぐには見つからぬ。ゆっくりしてゆけ。ほれ、今日はそなたも酒を飲んでみぬか?」


 お狐様は私を抱え直し、膝の上に座らせて杯を押しつけてくる。


「いい加減にしろ」



 煉くんが、杯を持つほうのお狐様の手首を掴んで止めた。


「友達なら、邪魔をするなよ」


「む・・・」


「ほら」


 煉くんがもう片方で勢いよく私の腕を引いたので、そのまま、私は彼に抱きつくような格好になる。


 もちろんすぐに離されたけれど、一瞬だけ煉くんに抱きしめられた感覚が残って、顔が熱くなった。


「ユキさま、いってしまうのですか?」


 服の裾をアグリさんに掴まれ、我に返る。


「は、はい、すみません。また今度ゆっくり来ますので」


 寂しそうにしているアグリさんや、まるで拗ねた子供のように口を尖らせているお狐様たちに丁重にお礼と、すぐに失礼してしまうことをお詫びし、祠を出た。

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