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幻想徒然絵巻  作者: 日生
正月
112/150

鬼は外

 ・・・騒がしい音がする。


 誰かが怒鳴っているような声や、ばたばた走り回る音に目を覚まし、布団の下で身じろぎした。

 まだ夜だ。辺りは暗く、閉じた障子の向こうの雪明かりが、かすかに見えるだけ――と思ったその時、影が走った。


 障子を横切って、一瞬だったけど、見間違いでなければ、人の形をしたものに長い角が二本生えていた。


 鬼・・・?


 すぐにその妖怪のことが浮かんだ。


「動いちゃだめ」


 静かな声に、姿を探せば襖に背を当てて立つ莉子さんがうっすら見えた。


「・・・何かあったんですか?」


「どこかの妖怪が忍び込んだみたい。ゆんちゃんは大人しくしててね」


「妖怪って、今、そこを通った?」


「うん。でも心配しないで。煉や椿ちゃんたちがすぐ退治してくれるよ」


 莉子さんの言った通り、部屋で息をひそめていれば、やがて騒ぎは収まっていった。


 完全に静かになって、それからまたしばらくすると煉くんが部屋にやって来た。


「佐久間、無事?」


 照明を点けると、煉くんの格好は仕事衣装の狩衣ではなく、もっとラフな格好で、寝ていたところをいきなり起こされたという感じだった。


「むぅ、ゆんちゃんだけ? 莉子の心配は?」


「お前は大丈夫だろ」


「あ、と、私も大丈夫です」


「ん。とりあえず追い払ったから安心して」


「退治しなかったの?」


 莉子さんの尋ねに煉くんが頷く。


「今、慧たちが深追いしてる」


「強かったの?」


「総出でかかってなんとか追い払えた」


「えっ、じゃあすごい大物だったんじゃん? 正体は? わからないの?」


「これから調べる。俺も出てくるから、お前は佐久間を守ってろ」


「はーい」


 そうして煉くんはすぐに、また行ってしまう。


「あの、大丈夫なんですか?」


 今の会話を聞く限り、けっこう大変そうな状況だ。

 そもそも祓い屋のお家に妖怪が押しかけて来た時点で異常だ。


「煉たちのことだったら心配いらないよ。四兄弟そろったらどんな妖怪も敵わないもん。でも相手の狙いも正体もわかんないし、警戒しとくに越したことはないかなー。ゆんちゃんは気にしてもしょーがないから寝ちゃっていいよ」


 言われると同時に照明を消され、私は布団に潜るしかなくなる。


 莉子さんが隣の布団に戻る気配はなく、ずっと襖の前に座っているようだった。


 皆さんが警戒しているなかで、一人ぬくぬく寝るなんて、かなり気が引ける。けど、まあ、他にどうしようもなかった。



 あきらめて目を閉じて、再び開けたら外が明るくなっていた時は、私って自分で思ってたより神経図太いのかなあと反省した。

 お父さんとお母さんのこと暢気とか言えない。


 部屋に莉子さんはおらず、とりあえず着替えて布団を畳み、お呼びがかかるまで待つことにする。

 勝手に動いたら怒られるかもしれないし。


 ただ待っているのも暇なので、スケッチブックと鉛筆を鞄から出し、昨夜、一瞬だけ障子に映った影を描いてみた。


 上半身しか映らなかったため、とりあえずそこだけ。髪は長く、ばらばらと先が乱れ、そして立派な角が二本、たぶん額の辺りから生えていた。


 改めてシルエットを描いてみても、やっぱりこれは鬼だろうと思う。前にも鬼を見たことがあるから、きっと間違いない。


 鬼が、天宮家に何をしに来たのだろう。まさかとは思うけど、私に用があったわけでは・・・ない、よね? 知らない妖怪にまで名前を知られてしまっている昨今、その辺りが心配。


 絵を見て悩んでいたその時、どたどた大きな足音が聞こえ、がたん、と襖が一度揺れた。


 誰か来たのかと思ったけれど襖は開けられず、外から「佐久間は関係ないっ!」と煉くんの怒鳴る声がした。他にも声は複数ある。


 な、なんだろう。

 襖越しではくぐもって、内容はよくわからないが、ちょこちょこ私の名前が聞こえてくる。


 気になって、そっとこちらから開けてみた。


 すぐ間近に緋色の頭があった。

 煉くんは部屋の入口に背を向け、まるで庇うような体勢だったのだ。


「っ、佐久間、中にいてっ」


「いいや、出て来てもらいましょう」


 慌てて私を押し戻そうとする煉くんを、遮るように言ったのは、莉子さんのお父さんだ。

 後ろには椿さんたちの姿もある。


「昨夜の鬼はあなたが呼び込んだものですか」


 あまりに唐突過ぎて、咄嗟に私は答えられず、かわりに煉くんが怒鳴った。


「佐久間は無関係だと言ってるだろう!」


「お前には聞いていない」


 莉子さんのお父さんは厳しい表情で続ける。


「昨夜の鬼は西へと逃げ、山の中に入ったところで姿を見失いました。西山と言えば九尾狐の縄張り。あなたは狐と縁故が深いのでしたね?」


 鬼がお狐様のいる西山で消えた? 

 お狐様が何か関係しているのだろうか。でも、少なくも私は西山で鬼を見たことがない。


「心当たりはありませんか」


「・・・すみません。ちょっと、わからないです」


「ねえ、少し冷静になってもいいんじゃない? (いつき)おじさま?」


 と、椿さんが莉子さんのお父さん、樹さんの横に回って言った。


「あの鬼はおそらく外から来たものよ。彼女には関係ないんじゃないかしら」


「では縁もゆかりもない鬼が偶然、彼女が来た日の夜に祓い屋へ忍び込んだと?」


「それは・・・」


 椿さんは言葉に詰まってしまう。


 再び樹さんは私のほうへ問いかけた。


「どうでしょうか、佐久間さん。ここはぜひ、あなたにご助力願いたいのですが」


「・・・え?」


 樹さんは目を細めた。その表情が、お姉さんの綾乃さんにとてもよく似ている。


「鬼の正体と目的を調べていただけませんか」


「・・・わ、私が、ですか」


「相手は妖気を隠す特殊な術を心得ているらしく、神の力をもってしても気配を探知することができません。事態は深刻なのです」


「彼女をわざわざ妖怪のもとへ出向かせると?」


 懐疑的な翔さんにも、樹さんは頷いた。


「妖怪たちに慕われている彼女は連中への聞き込みに最適だろう。今は御巫のこともある――いかがでしょう、佐久間さん。あなたが心から我らの味方であるとおっしゃるならば、力を貸していただけませんか」


 ・・・要するに、鬼が消えた西山の、お狐様のところに行って、正体を確かめて来てほしいということなのかな。


 私のほうは全然構わないのだけれど、問題は煉くんや椿さんたちがとても嫌そうにしていること。


 たぶん、あまり得体の知れないものと私を関わらせたくなくて、あとは単純に私みたいなのには頼りたくないんじゃ、ないだろうか。


 いわばプロが素人の手を借りるようなものだもの。頼りないし、信用もできないはずだ。

 それは樹さんだって、同じ気持ちだと思うのだけど・・・。


「――私からもお願い致します」


 凛とした声が響いた。


 皆さんが振り返ると、寒椿の柄の入った黒い着物の女性、天宮家ご当主の綾乃さんが、静かに佇んでいた。


 椿さんたちが道を開け、ただ煉くんだけが動かない。

 綾乃さんは途中で止まり、頭を下げた。


「新年あけましておめでとうございます、ユキさん」


「は、はい、おめでとうございます」


 こちらも慌てて頭を下げ返す。綾乃さんはきちんと新年の挨拶を済ませてから、本題に入った。


「状況は樹の申した通りです。もしお力を貸していただけるのならば、大変助かる次第です」


 天宮家の当主からも直々に頼まれてしまっては、もう、断るに断れなかった。


「私なんかでお力になれるのでしたら、もちろん」


「ありがとうございます」


 綾乃さんは樹さんと共に、きれいに微笑んだ。


「何はともあれ、まずはお食事を。ただいまお部屋へお持ち致します」


「え? あ、す、すみません」


 それから皆さんは綾乃さんの目配せに従い、解散した。椿さんたちはまだ軽く眉をひそめているようであったけれど、特に何も言わなかった。


 煉くんだけがその場に残り、


「・・・ごめん。やっぱ変なことになった」


 静かになったところで、謝られてしまった。


「ううん、私は全然、構わないですよ。お狐様にお話を聞いてくればいいんだよね。お狐様のところなら安全だよ」


「でも昨日の鬼はこの土地の者じゃないんだ。ほら、佐久間のじいさんが昔襲われたのって、この土地の外から来た妖怪って話だったろ?」


「あ・・・」


 そうだ。妖怪絵師として、妖怪たちから愛されていたおじいちゃんを突如として襲い、利き手を奪ったのは土地の外の妖怪だったと、当時現場にいた綾乃さんと、それからお狐様も証言している。


 今回、天宮家に忍び込んだ鬼も外から来たもの。もし、忍び込んだ理由が私にあったのだとしたら、その鬼が昔、おじいちゃんを襲った相手である可能性は、ある。


「じゃ、じゃあ、なおのことよく調べないとだよね」


 ぎゅっと胸の前で自分の手を握ると、煉くんは心配そうな顔をした。


「無理、してないか?」


「・・・た、多少は。――でも、怖くたって立ち止まっていられないから」


 もしおじいちゃんを襲った妖怪だったら、また何かがわかるかもしれない。とにかく手がかりのあるほうへ、私は進まなければいけないんだ。


 それに私は、一人じゃないから。

  怖いけど、怖くない。

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