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幻想徒然絵巻  作者: 日生
正月
111/150

場違いな客人

 扉を閉め、静かな廊下で一人、息を吐く。


 煉くんの部屋での宴会はまだまだ続いており、私はお手洗いを借りに一時、席を外した。


 場はとても楽しいのだけど、煉くんと慧さん以外は皆さんすっかり酔っぱらってしまい、色々と歯止めがきかなくなっている状態であり、ちょっとだけ、疲れた。

 集中的にからまれている煉くんは輪をかけて疲労が濃い様子だ。


 天宮家のご親戚方も、まだ宴会を続けているのだろう。トイレを出ると、かすかに笑い声が聞こえてきた。


 この分だと、綾乃さんへの挨拶は明日に持ち越しになるかもしれない。本当は来てすぐにご挨拶するべきだったと思う。他の、ご親戚の方々にも。


 私を殺したほうがいいと思ってる人たちに会うのは怖いけれど。でもいつかちゃんと、話さなくちゃいけない時が来るだろう。


「――もし、誰かいませんか」


 唐突に、横からくぐもった声が聞こえて、私は文字通り飛び上がるほど驚いた。


 ちょうど雨戸が閉じられた縁側を歩いている時で、外からその雨戸を叩く音がする。それも叩きながら移動しているようだ。


 妖怪、とも思ったけれど、ここは祓い屋大家の天宮家だ。普通に考えて人だろう、と思う。いや、ぬらりひょんさんは、さっき入って来ちゃったけれども。

 もしかしたら天宮家の人かもしれないし。


 それならそれで別の意味でちょっと怖かったけれど、無視するのも悪い気がして、そっと雨戸を開けてみた。


 空が昏く青みがかった日暮れの中、男性がズボンを雪まみれにして戸を叩いていた。


「ああ、よかった」


 私が開けたことに気づき、男性は戻ってきた。


 毛糸の帽子にダウン、ジーンズ、よく見ると靴はスニーカーだ。雪に濡れちゃうだろうに。

 格好も見た目も若め。なんとなく大学生みたい。


「すみません、玄関が開いてなかったもんですから。ここ天宮家ですよね? ちょっとお尋ねしたいんですが」


 こちらに歩いて来る間にも、何か色々言われて焦る。

 なんだか、天宮家の人ではない感じ? お客さん?


「す、すみません。私は、ここのお家の者ではなくて」


「え?」


「お邪魔してるだけなんです」


「あ・・・あー、お客さんかー」


「すみません。今、お家の方を呼んで来ますね」


「あ、いや、待ってください? かえって天宮の人じゃないほうがいいかもしれない」


 とりあえず煉くんたちにお知らせ、と思ったら、男性本人に止められた。


「あの、天宮の当主の――あ、今は違うんだったか。あー、なんて言えばいいんだ? ちょっとこっちに来てないか教えてほしくてですね」


「え、え?」


 男性の話はなんだか要領を得ない。


 雰囲気的に誰かを訪ねてきたような感じだけど、なんでか天宮家の人に会いたくなさそうにしているし・・・ちょっと、変かもしれない。この人は一体どういう人なんだろうか。


「あの、失礼ですが、あなたは・・・」


 名前だけでも聞いておこうと促してみたら、そちらのほうはあっさり教えてくれた。


「あ、すみません、御巫(みかなぎ)宗助といいます。怪しく見えるでしょうが、怪しい者ではないんです、これでも。ほんとに。天宮家とは先祖からの付き合いで」


「そこで何をしているっ」


 またしても突然、大きな声が横合いから響いてきた。

 私も、話し途中だった男性も、思いきり飛び上がる。


「やばっ」


 男性、御巫さんは、そのまま全力で走って逃げ出した。


 一方の私は、薄暗い廊下の向こうから、足音を立ててやって来る男性を、ただ身を縮めて待っているしかなかった。


 今度現れたのは、立派な黒い羽織を着ている、年配の方だ。


 厳しい目つきのその人は、私を一瞬ねめつけて、素早く庭に身を乗り出して確認する。ちょうど、御巫さんの姿が母屋の影に消えるところだった。


「誰と話していた」


 男性の目が再び向けられる。私の体は外の冷気と恐怖で震えていた。


「み、御巫さんと、おっしゃる方、でしたが・・・」


「御巫だと?」


 男性の声が半分裏返った。


 なんだかものすごく、怒っているような。


「どういうことだ? なぜ今さら御巫が・・・」


 どうやら知らない相手、ではないらしい。

 というか、この男性はどなたなんだろうか。天宮家の方だろうとは、思うけれど・・・。


「何を話していたのですか」


 急に口調が丁寧になった。

 けれど、橙色の薄暗い廊下の明かりに浮かぶ、冷ややかな眼差しはそのまま。

 そのお顔立ちは誰かに似ている。


「・・・ど、どなたかを、訪ねて来られたようでしたが」


「誰を」


「わかりません・・・」


「なに?」


「き、訊けなくてっ」


 声から伝わる威圧感が増していく。

 質問というより、尋問されているみたい。


 私はまだ名乗ってもいないのに、すでに明確な敵意を感じる。


 きっと、この人のほうは私が誰なのか知っているんだ。

 知っている上で、敵意を向けている。


 その時、男性の目線がふと動き、私は後ろに手を引かれた。


 見やれば、煉くんがいる。

 私がなかなか戻って来ないから、様子を見に来てくれたんだろう。


「近づくな、って命令だろ」


 煉くんは低く、警告しているよう。


 男性のほうは鼻を鳴らした。


「ならば、よけいなことをさせるな」


 雨戸を閉めて、男性は素早く踵を返す。


 それを見送り、煉くんは小さく息を吐いた。


「なんもされてない?」


「だ、大丈夫です」


 遅れて心臓がばくばくしてきた。

 なんともなかったものの、少し、怖かったな。


「あの人は莉子の父親。今んとこ一番警戒しといたほうがいい相手だ」


「あ・・・そ、そっか、莉子さんの」


 煉くんにとっては叔父さんだ。

 綾乃さんの弟さんらしい。以前、莉子さんに聞いたことがある。


 莉子さんのお父さんは、私の右手を切ることに賛成、なんだそうだ。


 だからこそ莉子さんは私を一度襲った。

 大人の事情でなかなか動けないお父さんのかわりに、業を煮やした莉子さんが実行に移したのである。


「ごめん。やっぱ付き添えばよかった」


 煉くんは謝ってくれたけど、トイレに付き添われるのはちょっと、あの、だいぶ恥ずかしい。


「ううんっ、私が、寄り道してしまったせいなので」


 まっすぐ部屋に戻っていれば、鉢合わせることはなかっただろう。

 とはいえ、御巫さんを無視するのは難しかったのだけれど。


「あの、煉くん。御巫さんって知ってる?」


 先ほどの不思議なお客さんのことを訊いてみる。

 と、煉くんは瞳を大きく開いた。


「それ誰に聞いたの?」


 莉子さんのお父さんと同じくらい驚いている。よっぽど珍しいお客さんだったのだろうか。


 その人がさっきまで庭にいて、誰かを訪ねて来たようだったということを話すと、煉くんは思いきり怪訝そうな顔になった。


「御巫が・・・? なんで今さら」


 やっぱり莉子さんのお父さんと同じ反応だ。


「どういう方なの? って、あの、聞いても大丈夫ですか?」


「あ、うん、えっと」


 煉くんは一拍置いて、それから教えてくれた。


「昔、御巫家っていうものがあって、そいつらが帝の命を受けて、天宮の人間に神降ろしの儀を行ったんだ」


 昔というのは、千年も前のことを指しているらしかった。


「もともとは天宮なんて家はなかった。はじめに神をその身に宿せる素質を持った人間が集められて、その依代たちを《天宮》と呼んでいただけなんだ。そして御巫家は、それらを統括する朝廷の役人の家だった。要するに、御巫家は天宮の監視役だったんだよ」


「監視、って?」


「天宮がちゃんと務めを果たしているか、見張る役ってこと。また宿儺の封印を維持するために、必要に応じて都から呪い師なんかを派遣してた。それらの子孫が今の古御堂みたいな、祓い屋になってる。もとはそいつらも天宮と共同でこの地を守る者だったんだ。それが長い間に分裂して、まあ、対立したり、時々は手を組んだりして、今でも生き残ってるわけだけど、逆に都にいた御巫家のほうは、中央の戦乱に巻き込まれて消えていった」


「・・・じゃあ、もう、見張り役はいなくなっているということ?」


「そういうこと。子孫がいるっていうのも今初めて聞いた。こんな時代になって今さら、天宮に接触してくる意図がわからない」


 煉くんは考え込んでしまう。


 つまり御巫家というのは、天宮家のもとを作ったお家。天宮の人たちに神様を宿らせ、ずっと鬼神の封印を守り続けるように命じた、上司みたいなものなんだろう。


 けれどもう、朝廷なんてものはなくなって、御巫家のお役目もとっくに消えている。


 ただ封印だけは残っているから、天宮家の皆さんが自主的にそれを維持している。

 そんなところへ、御巫家の人が突然訪ねてきた。


 煉くんたちからすれば、今さらなんの用だ、というところなのだろう。


 うん、なんとなく状況は掴めたかな。


「そいつが探してる相手は天宮の当主、って言ってたんだよな?」


「あ、うん。でも今は違うか、ってその後に」


「じゃあ前の当主、とかなのか・・・そいつけっこう年いってた?」


「ううん、若い感じでした」


「ふうん・・・?」


 煉くんはやっぱりよくわからなそうに、首を捻っていた。




 部屋に戻ったら、他の皆さんにも御巫さんのことを話した。

 すると椿さんを中心にすっかり温まっていた場に、一瞬にして沈黙が下りてしまった。


「・・・御巫ねえ」


 椿さんの目が細くなる。お顔が整っている分、そういう表情をすると、冷ややかさと鋭さが際立つ。


「――バカ騒ぎは終わり。各自片付け。私は当主のところに行く」


 次に椿さんは簡潔に指示を発した。

 それに、翔さんも慧さんも皆さん、誰も何も言わず速やかに従う。


 そして指示は私にも出た。


「ユキちゃんは今夜りーちゃんの部屋で寝てくれる? ごめんね、今は一人にしてあげられないの。ま、煉の部屋でもいいけど、どうせあんたらそこまで進展してないでしょ?」


 冗談を言う椿さんはいつも通りのようだけれど、どこからか緊張、警戒、そんなものを感じる。


 御巫さんの意図がわからないこと、その状況で私が御巫さんに接触したこと、たぶんその辺りに理由があるのだと思う。


「りーちゃん、ユキちゃんのことをよろしくね」


「莉子はいいけどー、そんなに警戒するほどのことなの?」


「念のためよ。特にユキちゃんの周りじゃあ、何が起きても不思議じゃないわ」


 そう言われると、なんとも言い返せない。


「ご、ごめんなさい。もう、下手にうろつかないようにします・・・」


「そうね。そうしてくれると助かるわ。あんたも、それで文句ないわね?」


「・・・ああ」


 椿さんに確認され、煉くんも了承する。

 状況がわかるまで、私を一人にするのは避けたいんだろうな。


 妖怪でもない、人が一人現れただけでこんな物々しい空気になるなんて、本当にこのお家は複雑な事情を抱えている。


 そんなこんなで、昼から続いた宴会はお開きとなり、片付けを終えると煉くんたちも足早に綾乃さんのところへ行った。


 私は他にできることもなく、一緒に残ってくれた莉子さんと布団を並べ、嫌な予感の中でその日は眠った。

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