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幻想徒然絵巻  作者: 日生
正月
105/150

歳末助け合い

 はらはらと、白い結晶が空から降ってきた。


「あ」


 手のひらでその結晶を受け止める。

 皮膚に触れて、すぐに消えてしまう、私の名前と同じ、雪。


 この町は山に囲まれている分、よく雪が降る。けれど今年は例年より温かく、大晦日の今日になっても、道路をうっすら覆う程度にしか積もっていなかった。


 お母さんに頼まれた買い物の帰り、道の雪を踏みしめながら、色々あった一年だったなあ、なんて私はしみじみと振り返っていた。


 妖怪絵師だったおじいちゃんから、私も高校生になったら妖怪に関わってもいいと言われ、希望を胸に始まった新しい生活で、偶然同じクラスになった緋色の髪の男の子に出会い、そこから連鎖的に、神、妖怪、祓い屋と呼ばれる方たちに次々と出会って、大変な経験をいっぱいした。


 楽しかったこと、怖かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、すべて大切な思い出として、絵に描きとめることができた。


 今年はたくさんの素敵な出会いがあった。

 来年は、どんな出会いが待っているのかな。


 そんなことを考えながらふと、通りがかった公園に目を向けた時だった。


「・・・?」


 何か、黒い大きなものが公園に落ちている。


 布? と思ったらその下から手足と頭が出ていて、ややあってそれがうつ伏せに倒れている人だと気づいた。


 雪に埋もれて、まさか昼寝しているわけがない。


「だ、大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄り、その人を揺すった。


 体格からして男性だ。黒のロングコートを着て、同じ色のハットが横に落ちている。

 仰向けに返すと顔色は悪かったが、幸いにも意識はあった。


「大丈夫ですか? 今、救急車を呼びますからっ」


「あ、お構いなく」


 携帯を取り出した時、男性は目を開き、思いのほかしっかりした声で答えた。


「それより食べ物を持っていませんか? お腹が空いてお腹が空いて」


「え?」


「いやあ、空腹で目眩がしてしまいまして」


 ・・・お腹が空いて倒れていたの?

 年の瀬に、一体この人の身に何があったというんだろう。


「肉まんならありますけど・・・」


「それ! ください!」


 お母さんが希望したコンビニの肉まんを、私やお父さんの分も含めて三個とも、その男性はすごい勢いで食べてしまった。


 よほどお腹が空いているみたいだったので、スナック菓子も差し上げたらそれもぺろりと平らげ、


「やあうまかった」


 満足そうにお腹をさすった。

 心なし、さっきより肌がつやつやして見える。


「実はここ三日ほどまともに食事を摂っていなかったもので。ほんと助かりました」


「み、三日もですか」


 それなら倒れても無理はない。けど、どうしてそんな状況に。

 もしかしてホームレス、とかなのだろうか。


 こうして改めて見ると、男性はちょっと怪しいというか、全身黒ずくめでまるで影法師のよう。


 でもお顔はとても整って爽やかな印象であり、はっきりと何歳というのがよくわからない感じだ。

 全体的に身ぎれいで、路上で生活しているようには見えなかった。


「病院は行かなくても平気そうですか?」


「はいっ。お優しいお嬢さんのおかげです」


 子供のように無邪気な笑顔で、その人は立ち上がる。


 私よりずっと背が高い。

 男性は帽子を胸に当て、深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


「いえ、大したことはしていませんから」


「いえいえ。このお礼はきっといつの日か」


「そんな、気にしないでください」


「そうおっしゃらず、ぜひお名前だけでも教えていただけませんか?」


 うーん、まるで時代劇みたいなセリフ。

 肉まんとお菓子をあげただけなのに。


「あ、えと、私は佐久間ユキといいます。でもほんとに気にしないでください」


「え?」


 その人はとても、驚いた顔をしていた。


「え・・・な、なにか?」


「ああいえっ」


 こちらもちょっとびっくりしてしまうと、慌てたように首を振る。


「知り合いに似た名前の人がいたものですから、ね。ちょっとびっくりしてしまったんですよ。――佐久間ユキさんですね? しっかと覚えましたよ」


 帽子をかぶり、また口元に笑みを取り戻したその人は、長いコートの裾を翻す。


「ではまた近いうちにお会いしましょう。さようならー」


 ひらひらと後ろ手を振り、男性は公園を去っていった。


 ・・・なんだか妖怪に化かされたような気分。


 どうにも捉えどころのない人だ。あちらの名前は聞きそびれてしまったし。


 まあでも、この近所では普段見かけない人だったから、また会う確率は低いかな。


 とりあえず。


 肉まんだけでも買い直すため、私は道を戻ったのだった。

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