歳末助け合い
はらはらと、白い結晶が空から降ってきた。
「あ」
手のひらでその結晶を受け止める。
皮膚に触れて、すぐに消えてしまう、私の名前と同じ、雪。
この町は山に囲まれている分、よく雪が降る。けれど今年は例年より温かく、大晦日の今日になっても、道路をうっすら覆う程度にしか積もっていなかった。
お母さんに頼まれた買い物の帰り、道の雪を踏みしめながら、色々あった一年だったなあ、なんて私はしみじみと振り返っていた。
妖怪絵師だったおじいちゃんから、私も高校生になったら妖怪に関わってもいいと言われ、希望を胸に始まった新しい生活で、偶然同じクラスになった緋色の髪の男の子に出会い、そこから連鎖的に、神、妖怪、祓い屋と呼ばれる方たちに次々と出会って、大変な経験をいっぱいした。
楽しかったこと、怖かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、すべて大切な思い出として、絵に描きとめることができた。
今年はたくさんの素敵な出会いがあった。
来年は、どんな出会いが待っているのかな。
そんなことを考えながらふと、通りがかった公園に目を向けた時だった。
「・・・?」
何か、黒い大きなものが公園に落ちている。
布? と思ったらその下から手足と頭が出ていて、ややあってそれがうつ伏せに倒れている人だと気づいた。
雪に埋もれて、まさか昼寝しているわけがない。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄り、その人を揺すった。
体格からして男性だ。黒のロングコートを着て、同じ色のハットが横に落ちている。
仰向けに返すと顔色は悪かったが、幸いにも意識はあった。
「大丈夫ですか? 今、救急車を呼びますからっ」
「あ、お構いなく」
携帯を取り出した時、男性は目を開き、思いのほかしっかりした声で答えた。
「それより食べ物を持っていませんか? お腹が空いてお腹が空いて」
「え?」
「いやあ、空腹で目眩がしてしまいまして」
・・・お腹が空いて倒れていたの?
年の瀬に、一体この人の身に何があったというんだろう。
「肉まんならありますけど・・・」
「それ! ください!」
お母さんが希望したコンビニの肉まんを、私やお父さんの分も含めて三個とも、その男性はすごい勢いで食べてしまった。
よほどお腹が空いているみたいだったので、スナック菓子も差し上げたらそれもぺろりと平らげ、
「やあうまかった」
満足そうにお腹をさすった。
心なし、さっきより肌がつやつやして見える。
「実はここ三日ほどまともに食事を摂っていなかったもので。ほんと助かりました」
「み、三日もですか」
それなら倒れても無理はない。けど、どうしてそんな状況に。
もしかしてホームレス、とかなのだろうか。
こうして改めて見ると、男性はちょっと怪しいというか、全身黒ずくめでまるで影法師のよう。
でもお顔はとても整って爽やかな印象であり、はっきりと何歳というのがよくわからない感じだ。
全体的に身ぎれいで、路上で生活しているようには見えなかった。
「病院は行かなくても平気そうですか?」
「はいっ。お優しいお嬢さんのおかげです」
子供のように無邪気な笑顔で、その人は立ち上がる。
私よりずっと背が高い。
男性は帽子を胸に当て、深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いえ、大したことはしていませんから」
「いえいえ。このお礼はきっといつの日か」
「そんな、気にしないでください」
「そうおっしゃらず、ぜひお名前だけでも教えていただけませんか?」
うーん、まるで時代劇みたいなセリフ。
肉まんとお菓子をあげただけなのに。
「あ、えと、私は佐久間ユキといいます。でもほんとに気にしないでください」
「え?」
その人はとても、驚いた顔をしていた。
「え・・・な、なにか?」
「ああいえっ」
こちらもちょっとびっくりしてしまうと、慌てたように首を振る。
「知り合いに似た名前の人がいたものですから、ね。ちょっとびっくりしてしまったんですよ。――佐久間ユキさんですね? しっかと覚えましたよ」
帽子をかぶり、また口元に笑みを取り戻したその人は、長いコートの裾を翻す。
「ではまた近いうちにお会いしましょう。さようならー」
ひらひらと後ろ手を振り、男性は公園を去っていった。
・・・なんだか妖怪に化かされたような気分。
どうにも捉えどころのない人だ。あちらの名前は聞きそびれてしまったし。
まあでも、この近所では普段見かけない人だったから、また会う確率は低いかな。
とりあえず。
肉まんだけでも買い直すため、私は道を戻ったのだった。




