クズの定義とは?
佐藤真織は悩んでいた。このままでは自分はクズになると。
高校入学までは良かった。失敗したのは大学受験の時だった。
受けた大学はぎりぎりで受かった滑り止めのさらに下のランクのところだった。
まあまあ優秀な高校だったために変なプライドが邪魔をした。親に頼み一浪させてもらった。
一年だらだらと勉強したために結局一年前に合格した大学に入学した。
そこからだろうか、自分は人より優れていることがなにも無いと感じた。
顔がかわいいわけでも無く、スタイルがいいわけでも無い。これといった特技がない。
ただし、この時点では、別に珍しいことではない。意外とそんな人は多くいる。
ただし、私はここでドロップアウトした。というのも、日々の生活に嫌気がさし
五月病をこじらせ、自室にこもるようになった。この時点でもまだやり直しは効く。
ただ、この時点で真織は自分に暗示をかけた。私は馬鹿でクズでブスで自分じゃ何にも
できない。だから、できなくても仕方がない。私はそういうやつだ。
その瞬間すべてが楽になった。なーんだ。私ができないのは生まれつきなんじゃん。
私が悪いんじゃなくて、生まれつきなんだから悪いのは遺伝だ。
この瞬間に真織の心はクズになり始めた。
-低知能型人間削除計画推進本部
渡辺隆は悩んでいた。クズと一般人の線引きがあまりにも難しいことを。
その線引きができないと、低知能型人間の削除ができないからだ。
自分がこの部署に配属になったのは、一か月前のことであった。
いきなりの職場移動、移動先は何をしているのかもわからない部署。
正直、一か月は今自分が置かれている状況を飲み込むのに必死であった。
やっと、自分に仕事が回ってきたと思ったらクズの定義を考えている。
一体、今までここの人たちは何をしていたのだろう。
大きなため息とともに渡辺は椅子の背もたれに寄り掛かった。
「渡辺君、クズの定義は分かった?」
先輩の三井あかねが聞いてくる。
「いや、わからないですね。」
「そう。そこが決まらないと、何もできないのよね。」
先輩がどこか他人事なのに、少しいらだちを覚えながらも
ぐっとこらえ、今までの疑問を口にする。
「今まで一つも案は出ていないんですか?」
先輩はこっちを向いて笑顔で答える。
「いや、大まかなものは出来上がっているのよ。」
「じゃあ、何が」
「それが人道的かって事なの」
「どう意味ですか?」
「例えば、社会的活動を行わずに他人に害悪を及ぼしているとする。これはクズかしら。」
「クズではないんですか?」
「じゃあ、アルツハイマーを発症して、自分のことがわからなくなったり、近所を徘徊してしまう人はクズ?違うわよね。でも、社会的活動はしていないわよね。もしかしたら、家族はとても大変な思いをしている。でも、これはクズとは違うわよね。」
「そうですね。」
「じゃあ、これはどう?会社に利益をもたらし、PTA活動もしっかり行う父親。でも、いいのは外面だけ。家庭内では散々にモラハラを行い、うまくいかない事があると家族に暴力を振るう。でも社会的にはとても役に立っている。これはクズよね。」
「そうですね。」
「でも、こいつをクズと定義するにはどういった文面にすればいいのかしら。」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「そうね、それを迷ってるのよ。クズはね人の数だけいるし、人の数だけクズの規定はある。新たな規定を作ったら、その規定外のクズが出てくる。全く、どこの脱法ハーブよ。やってらんないわ。」
「そんな事言われても。」
「そうだわ、こうしましょう。とりあえず、一例を作りましょう。」
「一例ですか?」
「そう、規定のクズを作って、それを基準にクズを回収しましょう。」
「回収ですか?一応、人間なんですからそこはもっと言い方があると思いますよ。」
「あら、聞いてない?私たちの仕事はクズの人権を剥奪して、平和な世界を作り出す事よ。」
さらっと今しがた自分で言った、基準のクズを作るために動き出す先輩をぽかんとした顔で見送ることしかできない。なんだこの部署は。クズの人権を奪う?どういうことだ。さっきまでの会話をうまく消化できず、有耶無耶なままで自分が一体何をすべきなのかわからなくなっていた。