新しいお家
3ヶ月がたって、首を座らせた。夜中に母親の携帯でググってみたところ、ちょっと早いかなぁ……程度だったので、良しとした。お座りもそろそろしてやろうと思っている。ただ、喋るのはまだまだだったので、1歳辺りまでは我慢しようと思う。
さて、首が座ったことによって、周りが見やすくなった。そこで、新しい家をしっかり紹介しようと思う。
家はまさかの3階建て。金持ちというのは恐ろしい。1階は玄関があって(これも広い)、左手に客間が2つあり、反対には客用のトイレとお風呂がある。
2階はリビングとダイニングにキッチン。そして、お手伝いさん用の部屋に両親の寝室、トイレと馬鹿でかい風呂がある。お手伝いさんは住み込みなのだ。
3階には子供部屋と物置部屋がいくつかある。大きくなったら、それぞれに部屋がもらえるらしい。だから今はほとんどが物置部屋となっていて、私が昼間にいるベビーベッドがあるのは3階の子供部屋である。
さて、本日は京子も忙しくて来られないとのこと。姉は友人の家に遊びに行くようで、朝、お手伝いさんの夏原水城さんが連れて行っていた。ちなみに私は面倒くさかったので、寝たふりをしてお留守番した。
そんな訳で今日は水城さんと2人っきり。他人の子供を放ったらかすことはできない、と考えたのだろう。水城さんは今日は私をおんぶしたまま働いている。あの、おんぶの……布? を使って。
―――それにしても、パワフルというか、なんと言うか……。
6キロ弱ある(らしい)私を抱えたまま、キビキビと働く水城さん。とても47歳とは思えない。頼もしいね。
「お嬢様、今日は少しお外に行きましょうか」
七瀬として生きだして3ヶ月経ったが、この「お嬢様」呼びには慣れない。どちらかと言えば止めてもらいたいが無理だろう。この順応力の無さがちょっと悲しい。
退院以来初のお外の目的地は両親が勤務している「小鳥遊総合病院」だった。道は総合診療医で副院長のようで、院長は同じく総合診療医の祖父、広だ。夕陽は先月仕事を再開し、早速、副看護師長となったようだ。もともと腕の良い看護師の上、患者に人気だったようで、そのせいではないかというのは水城さんの意見である。
病院は家から歩いて10分ほどの所にあった。2人とも朝が早く、お弁当を作り上げるのは大変なので、10時くらいに水城さんが届けているのだ。
病院に着くと迷い無くナースステーションに向かう水城さん。そこには夕陽と何人かの看護師がいた。
「奥様」
「あら、みず……なぁちゃん!」
―――まずは「ありがとう」を水城さんに言いなさい。
夕陽が我が子ラブなことは既によく分かっている。家にいるときは鬱陶しいくらいベッタリだ。姉と私を両脇に座らせてテレビを観るのが最高に幸せだと夕陽は言う。
「あら、この子が七瀬ちゃん? 小鳥遊さんによく似ていて可愛いこと」
「本当ね。お母さん似? ということは、将来は美人ちゃんね!」
「そうですか!? だって、なぁちゃん。嬉しいねぇ!」
似てるね、と言われることはとてつもなく嬉しいようだ。私も嬉しい。夕陽に似れば可愛くなること間違いなしだろう。
「こら。仕事中だぞ。少し静かに……七瀬!」
そこに親バカ2号……いえ、道が登場した。もう収集がつかない。
―――患者に迷惑でしょ!? ちょっと静かにしようよ、お父さん、お母さん! おおーい!!
必死に心の中で叫ぶが当然2人、いや、そこにいる人たちには届かない。「水城さんも奥でニコニコ見てないでこの人たちを止めようよ!」と、思っていると、
「騒がしい! 何事……七瀬ー!!」
元気なおじいちゃん、広が登場した。もう、今度こそダメだ。院長がこんなんで大丈夫、この病院? と思いながら、対策を練る。うるさすぎて、揉みくちゃにされすぎて、そろそろ限界だ。あ、そうだ!
「あーーーーーーん! うぁーーーーん!! あーーん!」
泣いてみた。
「ほら! お前たちが騒ぐから七瀬が怯えて泣いてしまったではないか!」
―――あんたが1番うるさかったよ、じいちゃん!?
その後私はしばらく泣き続けて、水城さんの腕の中に戻ってきて寝た。ちょっと泣いただけで、どっと疲れたのだ。わかっていたことだが、赤ちゃんって体力無さすぎる。
空腹で目が覚めると、既に家に帰ってきていた。
「起きましたか。では、お食事にしましょう」
食事は食事だが、粉ミルクだ。まっずい。味覚は前世のものがしっかりと残っているので、粉ミルクを飲むだけという食事は嫌で嫌で仕方がない。だが、体が発達していなくて消化できないし、歯がないので噛めないし、なにより生後3カ月の赤ちゃんが普通の食事を食べるのはおかしすぎるので仕方がない。しばらく我慢である。フォイトだ、私。
美味しくない食事を食べた(飲んだ?)あとは、また眠くなって寝た。本当に、1日のほとんどはまだまだ寝ている状態だ。そのくせお腹はよく空く。赤ちゃんは3時間ごとに起きるというのは、どうやら本当のようだ。
次に起きたときには、家族全員が帰っていた。道も夕陽も、今は夜は仕事が無いようにしてくれている。だが、あと数カ月もしたら、2人とも昼夜関係無く忙しくなるそうだ。その為に水城さんが住み込みなのだろう。
時計を見ると午後7時。夕飯の時間だ。私はもちろんミルク。そんな悲しい私の目の前で家族と水城さんが食べているのは、水城さん特製チーズインハンバーグ。いいお肉を使ったハンバーグにナイフを入れると、肉汁とチーズが溢れでる。……ずるいわ!
―――私の前でそんなの食べるのではなぁい!!
「美味しい! 水城さん、おいしいよ!」
「ありがとうございます、一歌お嬢様」
―――そりゃ、うまいでしょうね。
「これは、なんの肉だ?」
「宮崎牛でございます」
「ぶふぉ!!」
―――ご、ごほっ。はぁ!? 宮崎牛ぅ!? な、馬鹿じゃない? え、今日は何かあったっけ!?
「あら、むせちゃったかな? 大丈夫、七瀬?」
むせるに決まってるわ! と思いながら、私は気管に入ってしまったミルクをゴホゴホと出す。宮崎牛を普通に夕飯の材料として使うとは……この家、絶対におかしい。
贅沢なみんなのご飯をみながら、美味しくない私のご飯を食べるという、悲しい食事を終えたら、お風呂に入る。いつもは水城さんと2人で入るのだが、今日は一歌も一緒に入った。
「なぁちゃんと一緒に入るの初めてだねー」
「一歌お嬢様、七瀬お嬢様のお顔にお湯がかからないよう、お気をつけください」
「わかったぁ! ねえ、なぁちゃんとお風呂遊びできる?」
「いつものように激しすぎなければ」
―――お姉ちゃんが風呂に入ったらうるさい理由がわかったよ。暴れてたのね。
私の顔にかからないように注意しろ、と水城さんは言うが、一歌もまだお手伝いが必要だ。しかし、自分でやりたい時期なのだろう。水城さんは私を洗っているふりをしながら、一歌に気付かれないように落ちていない石鹸を流していた。素晴らしい。慣れているというのだろうか。私なら普通に「ここ流れてないよ」、バシャー、としていただろう。
洗って湯船に入って、じょうろで遊んだ。一歌が。私はまだまだ遊べるような歳ではないので、見てケタケタ笑った。驚いたのは、3歳児の発想力。お湯と洗面器でお料理ごっこ遊びをするとは……。ある意味凄いなぁ、と思った。
お風呂から上がったら、あとは寝るのみ。両親も私達がお風呂からあがると、入れ違いで入って寝る。水城さんはみんなが入った後、掃除をしてから寝る。
みんなが寝静まったとき、私の時間が始まる。
子供部屋は、今のところ遊ぶためだけの部屋で、寝るのは2階の寝室で、家族4人で寝ている。今日も右横に寝ている3人の寝息が聞こえてくると、私はむくりと体を起こした。
美奈はまだ17歳で、赤ちゃんの成長過程なんて知らなかった。だから、不自然に思われないように、私は夜中、夕陽や道のスマホを使って調べている。今日ももちろんスマホをいじっていた。パターン式のロックは、意外と指の動きでわかるものだ。また、私にはわからないと思っているのだろう。2人とも私の視界の中で、普通に解除するのでパターンは知っていた。
いつもは、いくつかのサイトで、今の自分の年齢なら何ができるのかを調べて、履歴を消して終わる。
だが、今日は上手くいかなかった。
「ん〜……。ん? なぁちゃん、起きてたの? あ、こらこらスマホいじっちゃダメよー」
夕陽が起きたのだ。しかも、
「え、これ、なぁちゃんがした……?」
検索画面を見てしまった。検索エンジンには「赤ちゃん 成長過程」と入っている。
ちなみに今日ロックを解除したときの画面はツイッターだった。ブラウザも夕陽の好きなアイドルのページだった。
これを調べたのは、どう考えても私しかいない。
「どういうことっ!?」
初!連続更新!!
そりゃあ、いつかバレますよね。
話せない(ことにしている)七瀬はどう誤魔化すのか。それとも、夕陽が忘れるのか。道の反応は? 一歌は? 水城は??