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第2話 授業前だコノやろう!

ん〜。難しいなコレ。

 リーンゴォォォォォォン。

 授業開始を告げるチャイムの音が、若干壊れているスピーカーでこだまする。

 私立晩飯中学校。そこは築35年ということもあり、教室や廊下、黒板やロッカー等、所々に古臭さや過去の生徒達による生活の痕跡が伺われた。

 例えば、廊下にこびり付いたチューイングガムは、すでにあの嫌なネバネバ感は消え去り、生徒達に何度も踏みつけられて大小様々なホクロを描いている。

 教室の後ろ側にある個人用の木製ロッカーには、彫刻刀で相合傘が掘り込まれており、傘の柄を挟んで「シンゴ先輩・チナツ」と描かれている。傘の中にはしっかりと「LOVE」という二文字が……まぁ誰にでも消したい過去の一つや二つはあるハズだよね。

 教室の廊下から反対側にある大きめの窓の両端に付けられた厚手のカーテンは少しカビ臭く、教壇の右側に取り付けられたブラウン管テレビは32型であった。後頭部が物凄く飛び出たやはり年代物。2010年には使い物にならないだろう。 

 3階建の校舎は、1階から3年生、2年生、1年生と階が上がる毎に下級生になるように振り分けられている。職員室が1階にあった為、一番管理しなきゃならん3年生を手元に置きたいというのが伺われる。

 各階に男子・女子トイレがあるが、その中でも人気があるのが1階にある職員室の向かいに設置された職員用トイレだった。なぜなら理由は簡単。その職員用トイレだけが洋式だったからである。和式トイレでないとできない! と言う奴らの気が知れない。

 

 3年H組18番、長谷川 翔太。彼もまた自身の家のトイレが洋式であった事で、大きいほうをもよおした際には、必ずと言っていいほどその職員用トイレを使用していた。

 前に使用していたヤツの残り香があるとその日の気分が最悪なので、かち合うこと、または誰かの後になる事が無いように細心の注意を払った。大抵そのトイレの前までくればアレで判断がつくので、使用に失敗するとわざとトイレの中でパァン! と手を叩いた。トイレでデカイ音をさせると反響して通常の3倍くらいに感じられる。これは単なる嫌がらせだ。

「俺がヤル前にヤッテんじゃねぇ!」

 と、本人から言わせればそういう事らしいのだが。

 

 チャイムが鳴り終わる頃、生徒達は一斉に席につきノートや鉛筆、ボールペンをいじり始める。まるで魔法にでもかかったように誰もがその音に反応する訳だ。

 人通りの無くなった廊下は、その突き当りまで障害物は一切無い。あたりはシン、と静まりかえっていた。

 3年H組の教室の中は新任の教師を待つ生徒達が少し緊張気味にそわそわしている。朝の挨拶の時は無関心だったくせに、こればかりは違うらしい。

 翔太はこの時を待っていた。

 おもむろに席から立ち上がると教室中の意識が集まっているドアを開けそのまま廊下へと出て行った。

 翔太はトイレに行きたかったのだ。 

 案の定、邪魔者の気配は無い。ただ一人、廊下の向こう側から歩いてくる新任教師の鈴木今日子以外は。

 お互いに気がつき、翔太は内心ドキッとしながらもその足を緩めることは無かった。早くしないと○○○が……。職員室のトイレをゲットすることが今の翔太の最重要達成項目だ。目の前の鈴木をいじり倒す事よりも前客のいないであろう便座で一息つきたい。

 鈴木は翔太の顔を確認するなり、今朝の失態がフラッシュバックしてウゲっとベロを出したい気分になっていた。そのまま、あら? 誰かしら? 的なしらばっくれ様を決め込みたかったが、翔太のギラついた目がそうさせてくれる気配にない。

 徐々に縮まっていく二人の距離。

 鈴木の胃はキリキリと。翔太の腸もキリキリとして、二人とも歩き方がややおかしくなっていた。

 そうして迎えた最接近、はじめに口を開いたのは鈴木のほうだった。

「あら? どうしたの? もう授業は始まっているわよ?」

 よし! これなら不自然なくやりすごせそうだ。と鈴木は思った。

「あ?だからこうして教室から出て行くんだろうが」

 翔太は鈴木の事はどうでも良かったが、今朝の事もあり絡んでくることは無いだろうと思っていたため少し腹が立ち、憮然として言い放つ。

「はい? 授業は始まっている、と言ったのよ? きみ、私のクラスの子でしょう、さっさと教室に戻りなさい」

 その態度に鈴木も腹が立ったため、当然のようにすり抜けようとする翔太を引き止めた。

「だ・か・ら、みんな教室に収まっているから、俺は出ていくんだってばよ! ふざけんなよ、おまえ、俺はやりたいことがあるんだよ、おい!」

 もうそろそろ限界に近づいてきている翔太の腹。しかしその言い回しようは誤解されかねないぞ。

「いやいや……ん。よし、わかった。私もそのやりたいことを見に行くわ。うん。そうそう。だって、私は今日からきみの担任なんだからね! 監督責任があるもの」

 言われて翔太はクラァっと立ちくらみを覚えた。

 やばい、かなりヤバイ。こいつに関わると、絶対と言っていい程の不幸があるんじゃないか、ていうか、俺より他の生徒に構っとけよ、今だけは。

「いや、あのね、鈴木。俺、ちょっと所用があるわけね、実際。だからその、ついてこられるとかなり迷惑なわけ、ね。ほんの10数分だけでいいから、放っといてくれますか?お願い」

 トーンダウンするのも頷ける。

 こんな時に教師たるもの〜的な変なやる気を見せられても迷惑なこと限りない。

「ん、もう! 悩みがあるなら相談してもいいのよ! 恥ずかしがらないで、ね?」

 やや弱り気味な翔太を見て母性を擽られたのか、鈴木はやはり勘違いの最中である。

「っうぜぇんだよ!!」

 ま、そうなるよね。

 あの馬鹿でかい声でもう一度鈴木を撃沈すると、翔太は当初の目的であった職員用トイレへ向かった。

 鈴木はヨロヨロと後ずさり、翔太がすたすたと廊下を歩いて行くのを呆然と眺めるしかなかった。

(なんなのよぅ。あの子、絶対好きになれないわぁ。意味わかんなすぎ。第一、なんなのよあの声、変声期? おかまみたいだったわぁ。ハァ、あんな変なのがいると、またやっちゃうんじゃないかしら……)

 翔太の爆音のせいで、長い廊下の右側から教室の窓を開けて、生徒が2・3人鈴木をチラ見している。若干ホラーだぞ君ら。

「な、なんでもないのよぉ」

 得意のニコニコ顔でそう言うと、生徒達は頭だけ出された窓からひゅんと中に引っ込める。

 ハァァァァァと、鈴木は前途多難を容易に想像できる初日の幕開けに、3年H組の教室の前で立ち止まりずいぶんと長い溜息を放った。 

「神様、どうかこの私に幸多かれ! と祝福を」

 鈴木、無神論者のくせに都合のいいことをぬかすんじゃない。

 ガラガラガラと教室のドアを引くと、鈴木は開口一番、

「ただいまー!!」

 教室中の視線が突き刺さる中、鈴木だけがのほほんと気にせず出欠をとりはじめた――。 

 

 

誤字、脱字、意味がわからん等ありましたら教えてください。

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