表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

企画参加作品(ホラー抜き)

大空を飛ぶキリン

作者: keikato

 小さな動物園の片すみで、ずっと前から一頭のキリンが飼われていました。

 このキリン。

 年老いたせいで、体がめっきり弱っていました。

 近ごろは、いつも朝から横になっています。

 キリンはときおり首を立て、小屋の窓から外の景色を見やります。そして目に映るものといえば、空と動物園の中だけの風景でした。

 それは昨日と同じ。

 いえ……。

 ずっと、ずっと前から同じでした。

 けれどキリンは、それをあたり前のことだと思っています。

 ここで生まれ、ここで育ったキリンは、窓から見えるものしか知らなかったのですから……。


 冬になったある日。

 キリンはひさしぶりに母さんのことを思い出していました。

 まだ子供だったころ――。

 母さんはよく、自分たちのふるさとの話をしてくれました。

「そこは遠い海の向こうにあってね。母さんはそこで生まれて育ったのよ」

「そこって、どんなとこ?」

「とても広くてね。どこまでも、どこまでも緑の草原が続いてるの」

 キリンは草原を知りません。

 頭の中に広い空が思い浮かびました。

「母さんたち、そこを思いきり走っていたのよ」

「ねえ、走るってどんなこと?」

 動物園の狭いサクの中では、これまで一度も走るということがなかったのです。

「とっても速く前に進むことなの」

「どうすれば、ボクも走れるの?」

「何度も、何度も地面を思いきりうしろにけるの。するとね、飛ぶように前に進めるのよ」

「ふうーん」

 母さんの話だけでは、草原のことも、走るということもよくわかりませんでした。でも、ふるさとの話を聞くたびに……。

 キリンは想像したのでした。

 鳥のように空高く……。

 鳥のように速く飛ぶことを……。


 いつかしら雪が降り始めていました。

 年老いたキリンにとって、寒さはなによりも体にこたえます。このときすでに、立ち上がれないほど弱っていました。

 その夜。

 キリンは夢を見ました。

 どこまでも続く青い草原。

 母さんに教えられたとおり、足で地面を思いきりけりました。

 何度も、何度も地面をけりました。

 すると……。

 足が地面からはなれ、鳥のように空を飛び始めたのです。

――走るって、なんて気持ちがいいんだろう。

 とても自由な気分になりました。

 キリンは大空のなか、どこまでも思いきりかけたのでした。


 翌朝。

 動物園の敷地は雪におおわれ、どこもかしこもまっ白になっていました。

 その片すみにある小屋の中。

 一頭の年老いたキリンが眠るように息をひきとっていました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最後寒い中苦しい思いをしながら亡くなるのではなく、最後には母と夢の中で出会い、羽ばたくと言う素敵な夢を見ながら、眠りにつくことが出来たのは、最後の幸せだったのかなと感慨深く思いました。
[一言] キリンさんは駆けるだけでなく、羽ばたくこともできたのかなと思いました。 たとえそれか夢の中であったとしても、キリンさんがその感触を知ることができて、よかったなと思います。 動物園に生きる動物…
[良い点] 動物園で生まれ育ったキリンにとって、お母さんから聞かされた緑の草原は夢に思い描いた故郷だったのですね。 雪の日の旅立ちが穏やかで心安らかな物であった事は、この年老いたキリンにとって救いだっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ