異国奉行
禎兆九年(1589年) 六月中旬 近江国蒲生郡八幡町 八幡城 朽木基綱
パチリと黒石を置いた。置いてから拙いかなと思った。
「どう思う?」
問い掛けると主税が困ったような顔をした。
「あまり上手い手ではないと思いますが」
「そんな事は分かっている。さっきの話だ」
主税が”はあ”と声を出した。
「アゴーという町は何処にも属していないのでしょう? ならば服属を認めても問題無いと思います。まあアゴーの長を確認してからとは思いますが」
主税がパチリと白石を置いた。うーん。なんか嫌だな、この石。俺の石が分断されそうだ。ここは手当てしておくか。黒石を白石の隣に置いた。パチリ。
「確かに問題は無い。だが呂宋のイスパニアは面白く思わない」
「それはそうでしょう。喉元に刃を突きつけられたようなものです」
主税がパチリと白石を置く。俺が置いた黒石の傍に白石が有る。俺の黒石は凄く窮屈な感じになってきた。白に押し込まれているような感じだ。
「大殿、会ってから服属を認めないという事が有りましょうか?」
主税が俺をじっと見た。
「無い。会うのは人物を確認するためだ。服属を認めなければイスパニアがアゴーに手を伸ばす。俺はアゴーを見捨てた事になるだろう。日本人町はアゴーだけでは無い。他にも沢山有るのだ。彼らの不信を買う事は出来ない」
これから海外に出るとなれば彼らを無視する事は下策だ。主税が一つ息を吐いた。
「では戦になります」
「ああ、そうなるな。イスパニアにとってアゴーはこの石のようなものだ。邪魔だし目障りだ。取り除きたいと思うだろう。間違いなく戦になる」
主税が訝しげな表情をした。
「そこまで分かっているなら何故某に相談を?」
窮屈な黒石に援軍だ。パチリ。白石を抑える形で黒石を付けた。打ってから思った。あんまり意味無いような気がする。
「大殿、その手は」
主税が苦笑いだ。俺って下手だな。一緒に苦笑いだ。
「酷い手だな」
「はい、酷いと思います」
二人で声を上げて笑った。
「如何します?」
「うむ、もう少し続けよう」
「分かりました。それで繰り返しますが何故某に相談を?」
主税が白石を置いた。溜息が出た。更に形勢が悪くなった。止めとけば良かったかな。
「その方を異国奉行にする。月末の大評定で皆に話す」
主税が”はあ?”と声を上げた。
「某は異国の事など何も知りませんが」
「皆そうだ。気にするな」
主税が”そうは言っても”と呆れたような顔をした。
「大殿が異国奉行の人選に苦慮していた事は知っています。……いっそ商人を任命しては如何です? 海外の事情に詳しいと思うのですが」
「駄目だ」
即座に却下した。
「確かに詳しいだろう。だがな、商人は利が絡むと朽木のためでは無く利のために動きかねぬ」
主税が”なるほど”と頷いた。まあ商人だけじゃないけどな。史実では対馬の宗氏がそうだった。対馬だけでは喰っていけないという現実が有るのは分かる。しかしだ、宗氏のような外交交渉をされては何を信じて良いのか分からない。
「それにな、異国奉行は伊賀衆、八門とも絡む。信頼出来る者でなければ任せられぬ」
主税が”はあ”と息を吐いた。
「ご信頼は有り難いのですが荷が重いですなあ」
「基本的には俺の相談相手だ。これまでと変わらん」
主税が困ったように笑った。多分信じていないな。俺も信じていない。最初は相談相手だ。そのうちにドンドン仕事は増えるだろう。外務大臣が暇な国など無い。
パチリと黒石を置いた。これまでとは少し離れた所に置く。これ以上あそこで戦うのは不利だ。ここから繋いで地を厚くしていこう。
「戦は何時頃に?」
「多分、来年だ。未だ準備が整わぬ」
「アゴーから人が来るのは今年の末でしたな」
「ああ」
主税が盤を見ながら頷いている。パチリと石を打った。主税は自分の白石を補強するようだ。俺ももう少し粘れば良かったかな。
「となると問題は明と朝鮮、それにポルトガルですが……」
主税が不安そうに俺を見た。
「戦になる前に琉球は明、朝鮮に使者を出した。日本が攻めてくるとな。だが明も朝鮮も無視だ」
「……」
「俺も少し前に朝鮮に文を出したが突き返してきた。受け取れぬとな」
「文には何を?」
「琉球を滅ぼす事、今後は琉球王は日本に仕える事を書いた。書式では俺と朝鮮王は同格だ」
主税が溜息を吐いた。
「それでは受け取りますまい」
そんな非難するような視線で俺を見るなよ。
「朝鮮には明の使者が来ている。銀を差し出せとな。琉球からの文と俺の文を使者に見せたようだ。だが使者は関心を示さなかった」
関心を示せば受け取ったんだが……。
「琉球は見殺しですか」
「そのいう事だな。明の使者だけじゃ無い。明の朝廷も関心を示さない」
また主税が溜息を吐いた。
明は調停の使者を出さなかった。使者を出して断られた時の事を考えたのだろう。面子が潰れるのだ。宗主国としては兵を出して日本を懲らしめなければならない。しかし琉球も日本も海上に有る。琉球を救う、そのために日本と戦うとなれば船を用意する必要がある。莫大な費用、時間がかかる。間に合わないのだ。そういう事も琉球を見殺しにした一因だろうな。
それに明にとって安全保障上の問題は北虜南倭だ。ここでいう北虜は北方の遊牧民の事だ。元々明はモンゴル族の元王朝を北方に追い払って出来た帝国だ。当然だが北方遊牧民に対する警戒は強い。太祖洪武帝は北方に兵を送って元の残存勢力を討ち破ったし三代永楽帝は何度か北に親征している。後の事だが一度は明の皇帝が捕虜になるほどの負け戦を喫した事もある。北に対する警戒心は極めて強い。
南倭というのは後期倭寇だから主体は明人だ。日本人じゃない。日本に対して不信感は有るだろうがそれほど危険視しているとは思えない。秀吉の朝鮮出兵では明は朝鮮を守るために兵を出した。宗主国として朝鮮を守る義務があったのは事実だ。しかし本音は日本が朝鮮を滅ぼすと日本と北方民族が一緒になって攻めてくるという事を怖れたのだろう。明の目は日本よりも北方民族を重視していたと思う。この世界でもそれは同じだろう。
「大殿は文で明、朝鮮の反応を確かめたのですな?」
「……明が動かねば朝鮮も動かない。明の使者は関心を示さなかった。明の政府も動かない。朝鮮も他人事で終わりだ」
黒石をパチリと置いた。黒石が並んでいる。何かしっくりこない。
「ところで、李旦は信用出来るのでございますか? 元は倭寇との事ですが……」
「李旦の望みは自由な交易だ。明ともイスパニアとも組んでいない。ポルトガルともな。利旦が組んでいるのはムスリムだ」
「ムスリム?」
主税が首を傾げた。
「回教という宗教があってな。それを信じる者達をムスリムと言う。明にも居るが多くは南の国々で信じられている」
主税が”はあ”と言った。分かったのかな?
「それらの国々はポルトガル、イスパニアとは敵対関係に有る。ポルトガルもイスパニアも近年になって南の海に来た。領地を奪われて滅んだ国も有るし交易を邪魔されている国も有る。あの連中は力を背景に遣りたい放題にやるからな。注意は必要だが俺を陥れるような事は無かろう」
「それならよろしいのですが……」
「利旦は俺がイスパニア、ポルトガルと戦って勝つ事を望んでいる。イスパニア、ポルトガルを南の海から叩き出す事をだ」
李旦は呂宋を中心に活動していた事も有るそうだ。そしてイスパニアに捕まった事も有る。逃げ出したようだが明もイスパニアも李旦を犯罪者と見ている。ポルトガルも同じだろう。自由に交易をしたいと考えている李旦にとっては明もイスパニアもポルトガルも邪魔なのだ。そして東南アジアの国々にとってもイスパニア、ポルトガルは心を許せない存在だ。自然と組むようになったのだろう。
「李旦は大殿を利用しようとしているので?」
「そうだ。俺がイスパニアやポルトガルを追い払って自由に交易出来るようになって欲しいと望んでいる。明も潰して欲しいと思っているだろう。あの男は俺が大きくなるのを望んでいるのだ。そのために俺に協力している。李旦は明から砂糖を作れる人間を連れてきたぞ」
主税が”なんと”と呟いた。吃驚したかな? 可笑しくて”ふふふふふ”と笑ってしまった。
「よろしいのでございますか?」
主税が心配そうに俺を見ている。
「構わない。自由な交易が必要なのは日本も同じだ。それ無しでは日本は繁栄出来ない。俺と李旦の望みは同じなのだ」
モンゴル帝国の登場には色目人と呼ばれるムスリム商人の協力が大きかった。彼らは強大な庇護者の元で自由な交易を望んだのだ。同じ事が今アジアの海で起ころうとしている。そういう風に考えよう。
禎兆九年(1589年) 六月下旬 出羽国置賜郡米沢村 米沢城 片倉景綱
「本丸の普請は順調のようだな、小十郎」
声が明るい。殿は笑みを浮かべている。昨年の戦で荒れた田畑も補修して稲はすくすくと育っている。城の普請も順調だ。領主として手応えを感じているのだろう。
「気を緩められては困ります。このままなら夏が終わる頃には仮普請は終わりましょう。しかしそれ以上は無理です。伊達家は米も無ければ銭も有りませぬ」
「それを言うな」
殿が顔を顰めた。
「いいや、言わねばなりませぬ。秋が来れば穫り入れですが直ぐに冬です。そちらの準備をしなければなりませぬ。米が無い、銭が無いというのはそれだけ弱く貧しいという事です」
「口惜しい事だ」
殿が唇を噛み締めた。
「上方では物が溢れておりました。それだけ豊かなのだと思います。伊達家も領内を豊かにしなければ……」
「そうだな」
殿が頷くのを見ながら暗澹とした。淡海乃海の賑わいを思い出す。あの湖を使って荷が京に運ばれていた。だが奥州には京のように人が多く物を消費する町は無い……。
「奥州総奉行がこちらに来ると聞きましたが?」
「うむ、宮城郡、名取郡に居を構えるそうだ。湊が使える広い平野に居城を作る事になるらしい」
「なるほど。江戸と同じですな。海の近くに居を構えれば飢饉の時はそこに米が届く事になります」
「そうだな。船ならば荷を一度に沢山運べる」
そうか、城を造るとなれば人が集まるな。殿が”羨ましい事だ”と羨望の声を上げた。
「俺もそれほどの米を扱える身になりたいわ」
胸が痛んだ。
「そのためにも領内を豊かにしなければ……。奥州総奉行ですが蒲生忠三郎様と聞きましたが?」
殿が”うむ”と頷いた。
「朽木では兵糧方で腕を振るったお方らしいな。相国様の文にそう書かれていた。小十郎は近江で会ったか?」
「いえ、会ってはおりませぬ。近江には居なかったと思います。兵糧方は地方に出歩く事が多いと聞きました」
「そうか、残念だな」
全くだ。顔を繋いでおけば良かったのだが……。
「殿、蒲生様とは積極的に親交を深めた方がよろしいかと」
殿が眉を上げた。驚いたらしい。
「勿論だ。奥州総奉行は相国様の代理なのだ。反目などしても何の役にも立たん」
「そうでは有りませぬ。奥州総奉行の居城は相当大きな物になる筈です。当然ですが人も集まるでしょう。米を売れば儲かりますぞ」
殿が”あ”と声を上げた。米の他にも味噌や漬物が喜ばれそうだな。
「小十郎、その方は奥州総奉行を相手に商売をしろというのか?」
「人が集まるのですからその人を相手に商売をする事を考えるべきだと申しております」
「それは分かるが……」
いかぬな、殿は納得していない。伊達家が商売をするというのが納得がいかないのだろう。朽木ならば……。
「殿、この米沢の周りには大きな町はございませぬ。つまり、物を作っても売る場所が無い、買ってくれる人が居ないという事になります」
「なるほど、そうだな」
殿が頷いた。
「奥州総奉行の居城は相当大きな物になりましょう。いざ普請となれば沢山の人を集める筈です。それに兵も率いて来る筈。町ではありませぬが大勢の人が集まるのです。そして城が出来上がれば町も作られる筈です。奥州で一番大きな町になるかもしれませぬ」
「うむ」
「伊達が豊かになるにはこれを利用するしかありませぬ」
「うーむ」
殿が唸った。多少は心が解れたようだ。ならば……。
「伊達家が表に出るのは避けましょう。伊達家が商人に売り、商人が向こうに運んで売る。そういう形に致しましょう」
「そうだな、そういう形が良かろう」
ホッとしたようだ。まあその方が商人も商いが大きくなる。喜ぶだろう。大商人とは言わぬが米沢にもそれなりの商人が居た方が良い。使う商人は三人にしよう。一人だとその商人に頼りきりという事になる。それは面白くない。
「直に蒲生様が奥州へ参られましょう。お出迎えをした方がよろしゅうございます」
「俺がか? 後でも良いのでは無いか?」
「急いだ方がよろしゅうございます」
駄目だな、納得していない。
「蒲生様は街道の整備もなさる筈。米沢への街道を整備して頂ければ物も動き易くなりましょう」
殿が頷いた。
「なるほど、一番に挨拶して伊達を売り込めという事か」
「はい、伊達は頼りになる。いざという時はその道を使って伊達から援軍が来る。蒲生様にそう思わせるのです」
殿が”ははははは”と声を上げて笑った。
「面白い手だ」
「笑い事ではありませぬぞ」
殿が笑うのを止めた。
「他家に遅れを取ってはなりませぬ」
「……最上の伯父上か?」
殿の問いに”はい”と答えた。
「油断出来ぬお方にございます。多分蒲生様も最上様の事を油断出来ぬ相手と見ておられましょう。なればこそ」
殿が”うむ”と頷いた。
「伊達は信用出来る。頼りになると思わせるのだな?」
「はい、その事が伊達家を発展させる事になります」
「分かった」
最上は酒田の湊が使える。その分だけ有利だ。伊達には海が無い。奥州総奉行が整備する湊を使うしか無い。その湊を使って荷を関東に運ばせよう。そして関東から伊勢の海へ。米沢の物が上方に行く。そういう日がきっと来る。




