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隠居所




禎兆九年(1589年)    五月中旬            近江国蒲生郡八幡町 八幡城  朽木基綱




 読み終わって書類を膝の上に置いた。平四郎が俺をジッと見ている。

「如何でしょうか?」

「まあ、良いんじゃないか」

 平四郎が不満そうな表情を見せた。

「あんまり気のない返事ですね。これでも一生懸命作ったんですけど」

「だから良いんじゃないかと言っている。怠け者の平四郎が琉球統治の基本方針を纏めてきた。大した物だ。俺は感心した。努力は認めているぞ」

 平四郎が溜息を吐いた。


「認めて欲しいのは中身なんですが」

「努力は認めなくて良いのか?」

「いや、そっちも認めて欲しいですよ。苦労したんですから」

「なら問題ないだろう」

 俺と平四郎の遣り取りに相談役の黒野重蔵、松永弾正、飛鳥井曽衣、長宗我部宮内少輔、舅殿が笑い出した。


「平四郎殿、如何でしょうか? 等と訊くよりも不備は無いかと訊く事だ。そうでないと大殿に遊ばれるだけだぞ」

 弾正の言葉に他の三人が笑いながら頷いた。

「やはり不備は有りますか?」

 平四郎が面目無さそうに言うと四人が益々笑った。


「当たり前だ。全体的に悪くない。だが大事なところで足りぬ部分が有る。及第点はやれぬな」

「足りぬ部分とは?」

 平四郎が問い掛けてきた。重蔵を呼んで書類を渡した。重蔵が席に戻り読み始めた。

「一番問題なのは朽木は琉球を滅ぼしたのだという事、そして滅ぼした国の民を治めるのだという点に配慮が足りぬ事だ」

「一年間税を取らず琉球を調べますが?」

 不満そうだな。


「それは認める。琉球という国を知らねば正しい統治は出来ぬ。平四郎はそう考えたのだろう。良い考えだ。だが琉球の民はどう考えるかな?」

 平四郎が”どう考えるか……”と呟いた。

「税を搾り取るために調べるのではないか。そう考えるとは思わぬか?」

 舅殿が”なるほど”と声を出すと他の相談役も頷いた。平四郎は口惜しそうに唇を噛み締めている。重蔵が読み終わった。隣に居る弾正に書類を渡した。弾正が読み出した。


「朽木家は日本では善政を布いてきた。だから攻め取った国で朽木の政に不安の声を上げる者は居なかった。だが琉球は異国だ。日本でどのような政が行われてきたかなど琉球の民は知らぬ。そして国を滅ぼされたのだ。酷い事をされるのではないかと怯えるだろうし税を重くされるのではないかと不安に思うだろう。そこへの配慮が足りぬ」

 平四郎が俺を見た。


「つまり民への説明が足りぬと?」

 ”そうだ”と頷いた。平四郎はこの辺りの察しは悪くないんだよな。良い行政官になると思うんだが……。

「俺は朽木の当主になった時、三年何も言わずに俺に従えと言った。朽木家の当主だからそう言えた。だが平四郎は琉球王ではないし琉球の重臣でもない。琉球の民にとって平四郎は余所者なのだ。自分が何をやろうとしているのかを説明しなければならぬ。そうでなければ琉球の民は不安に思うだけだぞ」

 平四郎が”はーっ”と溜息を吐いた。頭を掻いている。


「面倒くさいなあ」

 相談役達が皆で笑った。

「阿呆。面倒でもやるのだ。まず朽木家の方針を示す。君臣豊楽の方針をな。臣には琉球の民も含まれるのだと言えば良い。税を一年間取らない。琉球の調査に一年間使うというのも税を重くするためではなく負担を少なくするためだと言うのだ。政を正しく行うためだと」

「うーん、納得しますかね?」

 平四郎が首を傾げた。あ、弾正も読み終わったな。次は舅殿か。


「簡単には納得しない。だが様子を見てみようという気にはなるだろう。それで良いのだ。そこからは平四郎が結果を出せば良い。そうすれば少しずつ信頼されるようになる」

「銭の事とか?」

「まあ、そうだな」

 琉球には琉球政府が発行した独自の銭が有るらしい。明の銭も使っているらしいから琉球独自の銭はそれほど発行量は多くは無いのだろう。平四郎はそれを相場の倍の値段で買い取る事を考えている。勿論父親の平九郎の発案だ。琉球王の臭いを消し同時に儲けさせる事で琉球総督府への反発を弱めるのが狙いだ。


「何をやろうとしているのか、何をやったのか。小まめに布告文を出すのだな。それと琉球は細長い島だ。他にも幾つか島が有る。隅々までその布告文が届くようにしなければならん。船を揃え仕組みを整えておけ。そういう事も民の評価に繋がるのだ」

 平四郎が”はい”と答えた。行政のサービス向上も大事なんだ。そうする事で民は統治者を身近に感じる事が出来る。手を抜くわけには行かない。これは日本本土にも言える事だ。考えなければならんな。


「それと、その方が連れて行く者達に乱暴、狼藉はさせるな。あっという間に反感を持たれるぞ。琉球統治は上手くいかぬ。万一不法を行った者が居れば打ち首にしろ。そうするしか信頼を回復する術は無い。その事も記載しておけ」

「分かりました」

 占領地だからこそ細心の注意が要る。


「琉球総督府は朽木と同じ組織にするようだな」

「はい、最初は奉行だけで良いかと思いましたが親父から兵糧方、軍略方も備えた方が良いと言われました」

「奉行は足りぬぞ」

 平四郎が”え?”と声を上げた。相談役も驚いている。

 

「俺はな、新しく交易奉行、異国奉行、寺社奉行を作ろうと思っている。琉球総督府にも作れ。交易奉行には船の出入りと荷の出入りを管理させる。それと異国奉行には異国の調査、寺社奉行は神社、仏閣の管理だ。もう朽木は大名では無い、天下を治める者なのだ。日本全体を考えて政を執らなければならん」

 平四郎が”なるほど”と頷いた。

「交易奉行、異国奉行、寺社奉行ですか。分かりました。琉球総督府にも作ります」

 書類は宮内少輔に渡った。後は曽衣だな。


「書類は修正して月末の評定に提出しろ。そこで裁可する」

「月末ですか? 日が無いですよ」

「そろそろ琉球遠征も終わりだ。統治の基本方針が決まっていないなど話にならん。やれ!」

 無理に押し付けると平四郎がシュンとした。

「相談役にも意見を聞けよ」

「はい」

 まあ、こんなものだな。後は交易奉行、異国奉行、寺社奉行を誰にするかだ。人事が一番面倒だな、頭が痛いよ。あ、京に行かなくては。




禎兆九年(1589年)    五月下旬            山城国葛野郡  中御門大路  朽木基綱邸  朽木基綱




 目の前に新築の邸が有った。木の匂いがする。

「これが俺の隠居所か。なかなかのものだな」

「お気に召して頂けたでしょうか?」

「まあ、俺はな」

 伊勢兵庫頭が困ったように笑った。そうだよな、使うのは琉球王なんだから。俺も笑った。


 邸は築地塀で囲まれている。俺達は門の前に居るのだが中々の門構えだ。門は家の格を表すのだが近衛家の門に似ているな。まあ琉球王も摂家だから同格の門を用意したのだろう。

「中を御覧になりますか?」

「うむ、案内を頼む」

「はっ」

 兵庫頭の案内で門から中に入った。木の匂いが更に強くなる。悪くないと思った。


「寝殿造りか。伝統的な公家屋敷だな」

「はい」

「本当に俺の隠居所を造る時は武家風の書院造りにしてくれよ」

「はっ、そのように致しまする」

 兵庫頭が笑いながら答えた。寝殿造りは壁が少ないんだ。御簾や几帳、屏風、障子などで部屋を区切る。その時々で大きさを変えるわけなんだが日本は湿気が多いから風通しを良くするために壁を少なくしたと言われている。書院造りはそれとは逆に個室化が進んだ。そして部屋によって格式を定めた。


 邸の中に入る。床はピカピカだ。良いねえ。これなら琉球王も満足するだろう。

「南の庭を先に見たいな」

「はっ、ではこちらに」

 兵庫頭の案内で邸の中を歩く。あれ? 琉球王って椅子と卓かな? 中国の影響が強いから多分そうだと思うんだが……。


「兵庫頭、椅子と卓は用意したか?」

 兵庫頭が困ったような顔をした。

「いいえ、用意しておりませぬ。整えますか?」

「……いや、良い。常日頃使う物だ。琉球王に選ばせよう。費えはこちらで持つと言えば喜ぶだろう」

 兵庫頭が”はっ”と畏まった。なんなら琉球から今使っている物を運ばせても良い。待てよ? そうだな、そっちの方が良いな。琉球王の使っていた椅子、卓は全て此処に運ばせよう。その方が琉球王も喜ぶだろうし王の権威が保たれるというものだ。案外これが切っ掛けで日本にも椅子と卓が広まるかもしれない。そうなれば琉球王も悪い気はしないだろう。


「それとな、人を用意してくれ」

「人でございますか?」

「ああ、この邸で働く人間だ。言葉が通じぬ。場合によっては筆談という事も有る。読み書きが出来るのは必須だ。それと性格の穏やかな者が良い」

「分かりました。揃えまする」

 八門から人を入れるか? いや止めよう。監視されていると思えば息苦しくなる。日本への不満が募るだろう。


 暫く歩くと兵庫頭が”こちらにございます”と言った。なるほど、これが南庭か。寝殿造りは南の庭に池を造るんだが此処にも池が有る。池も有れば石も有る。周囲には木もあるから季節毎に風情を楽しめるな。

「如何でございましょう」

「うむ、良いな。風情がある。琉球王も喜んでくれるだろう」

「はっ」

「ただな、俺の隠居所には池は要らぬ。池など造ったら夏は蚊に食われる事になるからな」

「そのように致しまする」

 兵庫頭が笑いながら答えた。ついでに言えば蛙も居るだろうし蛇も居るだろう。蛙に夜煩く泣かれては安眠妨害だ。蛇が邸に入ってくるのも困る。あんまり自然が豊かすぎるのも考え物だ。


「琉球に比べれば京は寒い。寝具などは綿の入った物を用意した方が良いだろう」

「そのように致しまする」

 これから暑くなるから問題は秋から冬だな。その辺りはきちんとフォローしなければならん。寒くて風邪を引いてそれが原因で死んだなんてことになったら大変だからな。




禎兆九年(1589年)    五月下旬            近江国蒲生郡八幡町 八幡城  朽木基綱




 自室に戻って茶を飲む。大評定が終わるとホッとするわ。今日の大評定では色々と決めた。平四郎の琉球統治の指針書は問題なく承認された。平四郎がつっかえながら読み上げると皆がニヤニヤ笑った。ものぐさで怠け者の平九郎が懸命に説明しているんだ。可笑しかったのだろう。親父の平九郎も笑っていた。困ったものだ。俺も可笑しかったけど真面目に聞いたぞ。膝を抓りながらな。


 奥州総奉行は蒲生忠三郎に決めた。忠三郎は喜んでいたな。宮城郡、名取郡を中心に湊が使える広い平野に奥州総奉行の居城を作れと命じた。まあ、仙台平野に作るだろう。忠三郎は兵糧方として経験も積んでいる。湊の整備、河川の整備など十分に対応出来るだろう。忠三郎は自分を助ける人間を六月までに選んで奥州へ行くようだ。雪が降るまで現地調査を行う事を考えている。その後はこちらに戻って本格的に奥州を統治する準備を整えるようだ。


 武家諸法度の制定も決まった。公事奉行の守山弥兵衛は喜んでいたな。相談役も制定メンバーに選ばれて嬉しそうだった。異国奉行、交易奉行、寺社奉行を新たに作る事も皆が納得した。問題は誰を奉行に任命するかだ。皆から色々と意見が出たんだが寺社奉行には石田佐吉をという意見が出た。九州では辣腕を振るったからな。皆から評価されているらしい。


 それも良いんだけどね、佐吉は計数に明るいから交易奉行の方が良いんじゃ無いかと俺は思うんだ。異国奉行は推薦は無かったな。海外の事だからな。難しいんだろう。それと伊勢兵庫頭を京都奉行に任命した。まあこれは現状の追認でしかない。しかしこの方が良いし兵庫頭も喜んでいた。いずれ各役職の職務、職責を明文化する。そうなれば京都奉行を伊勢氏の家職にしなくても済む。 


 兵糧方の組織の再編については問題なく了承された。これは右兵衛の叔父と左衛門尉の叔父が中心になって行う事になる。年内には再編は終わるだろう。軍の組織も考えた方が良いよな。軍政と軍令、そして実働部隊の組織を如何編成するか……。軍令は軍略方が有るが軍政は如何する? やはり奉行が要るよな。そうなると軍政と軍令の関係もきちんとしないと拙い。


 士官学校の創設も考えた方が良いよな。海軍は既に形が出来上がりつつあるが陸軍は手つかずだ。こいつは俺が主導で考えなければならんが次の当主の大樹の意見も聞かなければならん。それと海軍と陸軍の関係も考えなくては……。大日本帝国は陸軍と海軍を並立させた事で国防方針が滅茶苦茶になった。ここは注意しなくてはならない。


 琉球侵攻は順調らしい。田沢又兵衛からそろそろ琉球は降伏するだろうと報せが届いた。今頃は降伏しているかもしれない。予定通りだな。三郎右衛門も四郎右衛門も良くやっているようだ。又兵衛が褒めていた。小夜と雪乃に教えたら大喜びだ。戦が終わり戻ったら三郎右衛門は六角家の名跡を取らせて九州へ送ろう。皆が納得する筈だ。


 大樹が戻ったら正式に相国府の開府を宣言しよう。統一日本の誕生だ。国内の統治体制を整えつつ海外に進出する。国を開いて交易で国を富ませつつイスパニア、スペインに対抗する。いずれはオランダ、イギリスが来るだろう。だが連中に好き勝手にはさせない。国を閉じる事無く世界で日本は競っていく。間に合ったかな? 間に合ったと思おう。これからだ。 


 辰が妊娠した。本人は大喜びだが未だ未だだ。男女合わせて後二十人は要る。気合いを入れなくてはならん。



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― 新着の感想 ―
>イスパニア、スペインに対抗する。 どっちも同じ国を表してるから片方違う名前が入るかと思います。 ポルトガルですかね?
日本が中華の土地を統治できない以上は中国という大国は体制は変われど未来永劫日本の隣にあるということだから、それを考えると実は琉球を日本領にしたのは間違いだったのではないかと思うときがある。 琉球処分が…
防衛大学校みたいに統一の士官学校として、そこから陸軍部と海軍部に進む方式とすれば。同じ釜の飯を食った仲ならツーカー、最悪でも任務として話は出来る。 問題は卒業生が任官してから。現場では当分の間は軋轢が…
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