後始末
禎兆七年(1588年) 十二月中旬 近江国蒲生郡八幡町 八幡城 朽木基綱
疲れたと思った。近江に帰ってきてから休み無しだ。毎日毎日面会者が現れる。溜まっている書類を見なくちゃならんのだがそれも思うように進まない。家庭サービスもある。子供と遊ぶのも楽じゃ無い。それに夜は女達の相手をしなければならん。はあ、身体が二つ欲しいわ。気分転換に庭に出たんだが空はどんよりと曇っているし少し寒い。駄目だ、気が滅入るわ。全然気分転換にならない。
こんな時は仕事だ。諦めて仕事の事を考えよう。庭をそぞろに歩きながら仕事をするんだ。奥州では大崎左衛門佐義隆が小田原の大樹の所に現れた。供は五人程だったと聞く。朽木に敵対するつもりは無かった。これからは決して逆らわない。朽木に従うと言って許しを請い願った。大樹が大崎家は改易し新たに上総で一万石を与えると告げると苛酷だと騒いだらしい。
自分が奥州連合に与した事を忘れたらしいな。大崎家は足利の支流の名門だとも言ったらしいが大樹は全く取り合わなかった。偉いぞ。今は朽木の天下だ。足利なんて名門でも何でも無い。大樹に嫌なら戦の準備をしろ、次は降伏は認めないと言われると渋々受け入れたそうだ。
大崎左衛門佐の話によると左衛門佐は笹野村の戦いで最上源五郎に攻撃されて戦場から離脱したのだが領地に戻る途中で同じく離脱した葛西左京大夫晴信に追い打ちを掛けられたらしい。酷い負け戦で兵は四散した。左京大夫は逃げながらも好機だと見て左衛門佐を攻撃したわけだ。凄まじいな。左衛門佐は左京大夫を武士の風上にも置けない卑怯者と罵ったらしいがこれじゃ一緒に戦うなんて無理だわ。何だって一緒に奥州連合に加わったのかさっぱり分からん。
う、寒いな。風が吹く。帰ろうか? いや、考えるんだ。左衛門佐はどうも兵達に愛想を尽かされたらしい。義弟の最上源五郎には裏切られ宿敵の左京大夫にも散々に負けたからな。こんな盆暗には付いていけないと思ったのだろう。逃げた兵は戻らなかったようだ。兵を失った左衛門佐には行き場が無かった。それで小田原に行ったらしい。上総で一万石という条件を渋々でも受け入れたのはもうどうにもならないという諦めが左衛門佐に有ったからだろう。
悪くない。岩城、白河、二階堂、田村、懸田、石川、二本松、大内、葛西。この連中からは大樹の下に服属を申し出る使者が現れている。使者達は服属の条件は関東で一万石と聞いて主の下に戻ったようだ。だが左衛門佐が一万石で上総に移る事を受け入れたと聞けば他の大名達は迷うだろう。突っぱねれば滅ぶ。それを覚悟で突っぱねるか、皆でもう一度奥州連合を再結成出来るのか。再結成して勝てるのか。それとも諦めて関東に移るか。選択を迫られる事になる。
平九郎から琉球王の扱いについて話があった。公家として扱い一切実務に関わらせない。朝廷で帝の権威を高揚させる飾り物として扱う。なかなか面白い事を考えるわ。朽木の家臣にしたら俺は明の皇帝と同格になるからな。朝廷で朽木を危険視する人間が登場するだろう。海外出兵にも反対する人間が現れる筈だ。安全保障問題で色々と支障が出かねない。琉球王本人も俺に使われるのなんて屈辱だろう。それにだ。飾りなら幾つあっても問題は無い。むしろ多い方が見栄えが良い。琉球王以外の王も降した後は日本に連れてきて飾りにしよう。朝廷は大喜びだろうな。その分だけ朽木への信任は強まる筈だ。
琉球の名前は如何する? 琉球国は拙いよな。琉球人に国として認められていると思われるのは面白くない。国は無い、日本の一部なんだと思わせる必要が有る。……道は如何かな、琉球道。東海道、東山道、北陸道という名称は既に有るんだ。それほどおかしな命名じゃないだろう。いずれ細分化する必要が発生したら国に分けよう。だが先ずは琉球道だ。問題は琉球を如何治めるかだが役所を一つ作ろう。名前は……、うん、琉球道総督府だ。明には総督が有る。琉球人にもそれほど違和感は無い筈だ。
こちらから総督とその下で総督を助ける人間を送る。そして現地の有力者を積極的に登用する。現地の有力者を無視すれば反発して琉球は安定しない。そうなれば呂宋侵攻は上手く行かない。しかし琉球人には親明感情が強い。その辺りは気を付ける必要が有る。現地の有力者の子弟を日本に呼ぼう。人質の意味も有るが日本に慣れさせて親近感を持たせるんだ。十年もすれば親明感情は相当に薄れる。
首里城は利用せずに新たに総督府を作った方が良いな。首里城は王城だ。それを使えば琉球人の反発は必至だろう。琉球王に敬意を払っていると琉球人に思わせた方が良い。それに琉球道総督府が動き出せば人の出入りは空き家の首里城よりも総督府の方が多くなる。国は無い。王も首里城に居ない。琉球人は誰が自分達を治めているのか自分の目で確かめる事になる。徐々に慣れていくだろう。
「父上!」
声のした方を見ると龍だった。笑顔でこっちに駆けてくる。
「危ないぞ、走るな」
「平気です!」
ジャンプして抱きついてきた。そして俺を見上げてニコッと笑った。年が明ければ龍は十一歳になる。そろそろ縁談の話も出るだろう。
「如何した? まるで小さい子供のようだぞ」
龍が唇を尖らせた。子供扱いされたと思ったかな。
「父上がお庭を歩いているのを見たので」
「庭に出たのか?」
問い掛けるとこくりと頷いた。
「父上が居ない間は寂しかったです。お戻りになってもなかなか遊んで貰えません」
「済まぬな、仕事が溜まっていたのだ」
頭を撫でると龍が嬉しそうにした。あー、父親失格だな。
「少し寒いな。風邪を引いてはならん。部屋に戻るか」
「はい」
手を繋いで歩く。琉球は大体良いだろう。となると琉球王の待遇だな。国は無いんだからもう王では無い。だが此処は琉球王という令外官を作って帝から任命して貰おう。官位は従一位だな。待遇は左大臣の上で太政大臣、関白、摂政と同等とする。敬称は殿下だ。うん、出来たな。これで太閤殿下、関白殿下に話してみよう。戻ったら龍と熱いお茶でカステラでも食べるか。
禎兆七年(1588年) 十二月下旬 近江国蒲生郡八幡町 八幡城 朽木滋綱
ファン・コーボという呂宋から来た伴天連がなにやら必死に喋っている。喋り終わると通訳が口を開いた。日本人だ。何と言ったかな?
「コーボ神父は自分達は騙されたのだと言っております。コエリョ神父の独断だと知っていれば兵など送らなかった。イエズス会からの正式な依頼だと思ったので兵を派遣したのだと」
確か……、ロレンソ・了斎だったな。異国の言葉が分かるのだ。大したものだ。
「似たような事をそっちの連中も言っていたな」
父上が顎をしゃくって伴天連達を指し示した。其処にはイエズス会の伴天連達が大人しく控えている。
「信用出来ませんな。口裏を合わせたのでございましょう」
御倉奉行の荒川平九郎が言うと彼方此方から同意する声が上がった。今日は年内最後の大評定がこの後で行われる事になっている。俺と四郎右衛門も参加を命じられ奉行衆の下座に座っている。
「コエリョ本人も自分の独断だと言っている。平九郎、嘘だと決めつける事もあるまい」
父上の言葉を通訳から聞いた伴天連達が頻りに頷いている。
「お信じになられますので?」
殖産奉行の宮川又兵衛が問うと父上が”ウフッ”と笑った。
「駄目か? 又兵衛」
「駄目とは申しませぬが……」
又兵衛が呆れている。同席している評定衆、奉行衆、軍略方、兵糧方も呆れ顔だ。平九郎が”また悪い癖が”とぼやくと父上が声を上げて笑った。
「そうぼやくな、平九郎。まあ、皆の気持ちも分かる。だが嘘だと言い切るだけの証拠は無いのだ。それに天下統一は未だ成らぬ。今少し時が掛かるだろう。新しい国造りにも時間が掛かる。現時点でイスパニアと揉めるのは得策では無いな。此処は言い分を認めてやろう。布教についてもこれまで通りとする」
父上の言葉に伴天連達がホッとしたのだろう。顔を綻ばせながら口々に何か言った。多分礼だな。間違っていない。通訳が皆感謝していると言った。喜ぶのは早いと思うんだがな。父上は琉球を攻める。呂宋は目と鼻の先だ。
「コエリョは首を刎ねる」
シンとした。伴天連達も通訳から聞いてるのに反応しない。
「俺が奥州に行っている間に異国の兵を引き入れ騒乱を起こしたのだ。許しがたい行為だ。お前達も随分迷惑を掛けられたようだしな。異存は無かろう」
「……」
「俺はな、誰が何を信じようと何を説こうと興味は無い。だが神に従えなどと言って騒乱を起こす者を許す事は無い。それに従う者もだ。女子供で有ろうと殺す。今回は五千人だったが五万人でも同じだ。殺す」
誰も何も言わない。通訳の声だけが聞こえた。
「ファン・コーボと言ったな。コエリョに騙されたと言ったがイスパニアが日本に攻め寄せたのは事実だ。どうやって償うのだ?」
通訳から聞いたファン・コーボが頭を一度下げてから何かを言った。
「それについては呂宋の総督が決定権を持っているので条件を教えて頂ければそれを伝えるとの事にございます」
通訳の言葉に父上が頷いた。
「そうか。では銀五十万両を払って貰おうか」
ざわめきが起きた。ファン・コーボは通訳から聞いて慌てて何か言い出した。
「その方に決定権は無い。決定権が無い者は喋るな。何の意味も無いからな。帰って呂宋の総督に伝えよ。返事は総督から聞く」
「……」
「安心しろ、全部払う必要は無い。半分はイエズス会に払わせるのだな。元はと言えばイエズス会の阿呆が引き起こした事件なのだ。イスパニアは騙されて巻き込まれただけ。そうだろう?」
通訳の言葉を聞いたファン・コーボが渋々頷いた。イエズス会の伴天連達も渋い表情をしている。
「この国で布教したいというなら申し出ろ。朽木の法を守るのなら布教を認めるからな。まあ順序としては銀五十万両を払ってからという事になるが」
「……」
「コエリョの処刑は長崎で行う。首は十日間晒す。その後で首と胴体を伴天連達に引き渡す。まあこの季節だ。首も胴体も左程に傷むまい」
「……」
「俺からは以上だ。何かあるか?」
ファン・コーボが何か言い出した。
「捕虜を返して頂きたいと申しております。勿論身代金は払うと」
通訳の言葉に父上が”ふん!”と鼻を鳴らした。
「それも銀五十万両を払ってからだな。それ以前に話し合うつもりは無い」
「……」
「急げよ。捕虜を喰わせるのも楽では無い。首を刎ねた方が楽なのだからな」
「……」
「話は終わった。下がれ」
伴天連達が肩を落として下がる。自分と四郎右衛門も下がろうとすると父上から”其処に居ろ”と言われた。伴天連達への扱いを見ておけという事だと思ったが大評定にも参加するのか。
「藤吉郎、入れ!」
父上の声に”はっ!”と答えて木下藤吉郎が部屋の中に入ってきた。顔が強張り緊張しているのが分かった。
「三郎右衛門、四郎右衛門、少しずれよ。藤吉郎を中へ入れろ」
「あ、いや、それは」
俺と四郎右衛門がずれると藤吉郎が困惑しておろおろした。
「藤吉郎、早く座れ。その方は俺が任じた奉行だ。其処がその方の座る奉行の席だぞ」
「はっ、失礼致しまする」
藤吉郎が身を屈め恐縮しながら席に着くと父上が満足そうに頷いた。なるほど、藤吉郎は出自が良くないと聞いた事が有る。そして奉行は譜代が多い。外様で出自が良くない藤吉郎に配慮したのだろう。
「既に知っているだろうが改めてこの場で伝える。新たに関東総奉行という役職を設けた。関東総奉行の仕事は江戸に城を造る事と利根川の流れを変える事。そして関東八カ国の内、上野を除く七カ国の河川、街道の整備だ。大きな仕事だ。其処に居る木下藤吉郎なら務まると判断して任じた。藤吉郎、何か一言申せ」
父上の言葉に藤吉郎が”はっ!”と畏まった。
「木下藤吉郎秀吉にございまする。某、元は織田家にて足軽、小者として仕えた卑賤の出の者にございます。此度関東総奉行に任じられたのは望外の誉れ。身命を賭して職務に励む覚悟にございます。皆様にはよしなに願いまする」
藤吉郎の顔面が紅潮している。自ら恥を曝したのだ。余程の覚悟だと思った。
「はははははは、何を言うかと思えば」
笑ったのは平九郎だった。
「藤吉郎殿。詰まらぬ事を気にするな。朽木家はな、元は八千石の国人領主であった。吹けば飛ぶような小さい家よ。某も昔は朽木の家臣に生まれた事を寂しく思ったものじゃ。それが妙な主を持ったばかりに朽木家は天下人の家に成ってしまった。成り上がり、下克上と蔑まれながらな。お主と同じよ、何も変わらぬ」
皆が笑い出した。父上も苦笑している。
「見られよ、この場を。朽木の譜代など数えるばかりよ。殆どが外様じゃ。そうでなければ朽木家は回らぬようになってしまった。なんせ天下を動かすのだからの。そうでござろう?」
平九郎の言葉に他の譜代から”その通り”、”全くじゃ”と声が上がった。
「だからな。我等はそなたが何処の誰で有ろうと全く気にせぬ。もう慣れておるからの。ちょっと変わった奴が来た。そんなものよ」
また皆が笑った。藤吉郎も笑っている。
「聞いての通りだ、藤吉郎。平九郎は口は悪いが正直な男だ。朽木のために働け。さすれば皆がそなたを受け入れる筈だ。この場でも遠慮は無用だぞ。思った事はドンドン言え」
「はっ!」
藤吉郎が畏まった。
「皆、良く聞け」
皆が姿勢を正した。
「天下統一は間近だ。だが天下統一は終わりでは無い。新たな国造りへの始まりだ。そしてこれからは異国との戦も覚悟しなければならぬ。呂宋のイスパニアが攻めてきた。そして琉球は俺との約を破った」
皆が頷いた。
「宜しいのでございますか? 伴天連達の事でございますが」
「如何にも、あれは間違いなく口裏を合わせておりましょう」
大叔父の朽木長門守、祖父の平井加賀守が伴天連達への不信感を露わにした。
「年が明けたら琉球を攻める」
”おお”とどよめきが起きた。
「兵力は二万。一万で琉球を攻め残りの一万は九州で待機。万一の時の後詰めとする。琉球攻めは三月に行う。軍略方、兵糧方はその準備にかかれ」
「はっ!」
軍略方、兵糧方から声が上がった。意気込んでいるのが分かった。
「三郎右衛門、その方は兵を率いて琉球攻めの軍に加われ」
「はっ!」
認められたのだと思った。これまで軍に加わる事はあっても兵を率いて戦う事は認められなかった。ようやく戦うのを認められた……。
「四郎右衛門」
「はい!」
「その方は軍略方に加われ。その方は琉球に行った。その事が役に立つだろう」
「はい!」
四郎右衛門が力強く頷いた。
「伊勢兵庫頭」
「はっ!」
「京に邸を造ってくれ。俺の隠居所としてな」
「はあ?」
兵庫頭が困惑している。皆も同様だ。妙な話だ。これから国造りだと言っているのに隠居所? 皆が困惑しているのも納得だ。
「いずれな、琉球王が其処に住む」
父上の言葉に”なんと!”、”おお”と声が上がった。
「琉球王は殺すな。降伏させ日本に連れて来い。分かったな」
「はっ!」
「それと、琉球攻めについては口外を禁ずる。呂宋は琉球の直ぐ先に有る。伴天連達の警戒心を刺激したくない。京に造るのは俺の隠居所だ。良いな」
「はっ!」
皆が畏まった。




